54話 騎士アルフォンゾ
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本日三話目。
騎士団の一員が訪れたと聞いて、村人たちは村長の家に詰め寄せる。
村長宅の前では、何処から漏れたか調査報告として訪れたらしいとの噂で持ち切りであった。
子供たちは親の足元で憧れに満ちた目を輝かせており、また大人は尊敬と感謝を交えた目線で村長宅の扉を見上げていた。
だが集う村人たちは総じて皆不安と安堵の表情を浮かべており、街道の魔女の行く末が気になって仕方がないと言った様子で、その扉が開かれるのを今か今かと待ち侘びている。
「騎士様の姿、見たか?」
「いや、俺は何も……。後で中のジークに聞いてみようぜ」
騒ぎが大きくなってから駆け付けたバードンとアルドもまた、街道の魔女の件に気を立てながらも、遠目に見る事しか叶わなかった憧れの騎士を間近で見られると思うと胸が高鳴るばかり。何せ、村に騎士が訪れるのなんて三十年ぶりなのだ。次にみられる時があったとしてもそれ程先になるのだとしたら、その目に焼き付けておかない理由はないだろう。
盛り上がる二人とは別に、ジークは次期村長として祖父と共に騎士と対面しているためこの場にはいなかった。
村に入ってくる騎士の姿を見たと言う村人の話を聞いて妄想を働かせていると、前方から歓喜の声が上がる。
「騎士様だ――!」
「おぉ、なんと美しい――」
「あれが護国の剣――!」
「あぁ、あの逞しい腕で抱き締められたい――!」
「お、出てくるみたいだぜ」
騎士を称える歓声が村人たちから上がる中で、他の村人宅と比べて一段高いステップにある村長宅の玄関に騎士が並び立つ。
その数、五名。
高いだけでなく幅もあると言うのに、僅か五名の騎士が並んだだけで狭く感じるステップの隅に肩身の狭い思いで身を縮こませるジークと、普段と変わらぬ不愛想を振りまく村長を見て一部の村人は親し気に微笑みを浮かべる。
バードンだけはジークの様子を見て腹を抱えて笑っていたが、アルドは騎士の先頭に立つ人物に熱心に視線を向けていた。
「まず、調査内容の報告から伝えよう」
村人の歓声、視線の中心に立つ騎士、金髪碧眼の整った顔面を惜しみなく輝かせる美丈夫が右手を掲げそう言い放つと、村人たちは静まり返り、期待に満ちた視線を騎士に向ける。
無数の視線が刺さっているにも関わらず顔色一つ変えずに振舞う姿を見て、ただでさえ優柔不断なジークは騎士の傍らに立ちながら村人とは別の意味で尊敬の眼差しを向ける。前に一歩踏み出した騎士は、羨望も期待も不安も、その場の全ての視線を掌握し高らかに声を上げた。
「エッジ管轄騎士団第二分隊、アルフォンゾ・ガル・ジストーレの名において、街道の魔女の存在は確認できなかった。……一週間に渡る騎士団の総当たりによる調査の結果、魔女の痕跡は疎か、行方不明者の残骸すら確認できなかった。故に、魔女の仕業と断定できるには及ばず。引き続き行方不明者の捜索は行っていくものとするが、既に捜索隊の規模の縮小は決定されている。――以上だ」
騎士アルフォンゾの有無を言わせない調査内容の報告に、村人たちは困惑する。
それもそのはず、騎士がやって来たと言う事はつまり色好い報告をもたらしてくれるもの、と一方的に期待していたから。
だと言うのに、待っていたのは騎士団ですら見つけられないという、期待していた答えとは全くの正反対のもの。更には、騎士団が創作の規模を縮小すると言う、被害者家族にとっては「期待するな」と言われているような報告。
それもそのはず、いつまでもこの件にばかり構っていられるほど騎士団は暇ではない。
村長が情報収集のために交流を図る各村々にも、今も魔物であったり野盗と言った問題が発生している。
過去の掃討で魔物の数が減ったとは言え、この村にも、エッジの町にも魔物の被害は少なからず存在している以上、成果の望めないこの村の街道に留まっていられる程騎士の数に余裕があるわけでは無かった。
細かな内容は村長が説明すると、街道の魔女に関しての痕跡が全くと言っていい程見つからなかったと言う。
街道沿いの平原も、森も、限られた騎士の数で人海戦術を一週間に渡って行ったものの、行方不明者の痕跡が見つかるばかりで、街道の魔女の痕跡は何一つ見つからなかった。
「行方不明者の、ダンデの馬車は見つかった! 俺たちが、運んできたから……!」
男衆の一人が騎士ではなく村長に向かって声を上げる。
彼の言う通り、行方不明者が連れ去られた痕跡は見つかるのだが、荷物には手を付けた様子も無く、魔術の痕跡も無い。加えて、行方不明者の痕跡が街道沿いのあちこちに散らばって見つかっており、街道の魔女の行方は何一つ掴むことができないまま時間だけが過ぎたのだった。
村長の説明も終わり、十分前まで羨望と期待に満ちていた村人たちの空気は不安に支配され、けれども騎士を相手に不服を申し立てる勇気など持ちえない村人たちは静かに騒ぎ立てる。
そんな中、村人に目もくれずステップを折り始めた騎士に駆け寄る影が一つ。
「お、お待ちくださいっ! どうか、どうか、私の夫を――!!!」
「か、母さん……!」
最近はめっきり外に出ることも無くなったアルドの母が、騎士の足元に縋りつくように地面に額を擦り付けていた。
その声は金切り声で悲鳴を上げているように耳障りであり、アルフォンゾは足を止めざるを得なかった。
「よさぬか、ベル――ッ!!」
アルフォンゾが帰るには、その女と村人の波を超えなければならず、ここから一歩でも踏み出せば女を蹴り飛ばす羽目になるだろう。
もしこれが、村人の信じる清廉潔白で由緒正しい騎士ならば間違いなく手を差し伸べてくれただろう。しかし、ここは王国の僻地。それも過去に打ち捨てられ、帝国との前線からも遠く離れた名も無き農村。王都を守る品行方正な中央騎士にはなれなかった者達、いわば騎士の負債を抱え込む土地であることを知る村長が今すぐにでも離れろと声を張り上げる。
――やつらは、人を人とも思わぬ外道の連中だ、と。
だがしかし、アルフォンゾと名乗った騎士はなんの躊躇いもなく足を振り払わんと動くのが、村長には見えていた。
気を病み食の細った女程度、身体強化をせずとも、鍛えられたその肉体のみで、片足でも十分に道を開けるとでも言いたげに口元を歪ませたアルフォンゾの足が動き始めたその時、アルフォンゾの耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んでくる。
「やっぱり、あの女が――」
「間違いない、魔女なんだよ――」
「なんて姑息な――」
「だが、最近は被害が無いとか――」
「それは騎士様がいるからで、立ち去り次第また狩りを繰り返すに違いない――」
同じく、その声を聞いた騎士に肩を掴まれ制止を強制されるも、アルフォンゾは足を振り抜こうとした代わりにその手を弾き飛ばす。
頭上でそんなことが起こっているとも知らないアルドとその母の元に、アルフォンゾは右手を胸に当てながら静かに膝を落とす。アルドとその母からすれば、温かな笑みを浮かべ弱者に寄り添おうとする正義の騎士の姿に見えたやも知れないが、事情を知る村長からすればその横顔は薄ら寒いものがあった。そんなこと、口が裂けても言えるはずがない。言ってしまえば最後、即刻打ち首ものだから。
人好きのする笑みを浮かべて、女性に手を差し伸べる姿もまた周囲の村人は目を奪われ、彼らにも聞こえるようにアルフォンゾは宣誓するのだった。
「私、アルフォンゾめが、騎士の名誉にかけましてもこの事件、解決いたしましょう。ですが、そのためには我々騎士だけでなく、皆さんの協力が必要不可欠。まずはその、魔女、について話を聞かせてもらいたい――」
アルフォンゾ・ガル・ジストーレと言う男は、横柄で傲岸不遜である。
ジストーレ男爵家の次男として恵まれた体格と優れた才能を持って生まれたアルフォンゾは、王国人の夢である聖騎士、中央騎士になる、と確信して生きてきた。
周囲の同年代の子供が「なりたい」と考えるのに対して、アルフォンゾは「なれる」と考え、周囲を見下して生きてきた。
幼いころから魔力の身体強化を使いこなしていたアルフォンゾは周囲から神童と持て囃されていたため、その性格は幼いころから変わることなく成長していった。更にアルフォンゾを調子づかせることに、アルフォンゾには竜気の素質まで備わっていたのだ。
王国では魔力以外の力を禁忌としているが、実のところ護国の騎士と称される王国最強の騎士は皆、竜気を操っていることをアルフォンゾは知っていた。建国記念の祭りの日に、偶然出会った最強の騎士から、竜気のことを学んだため、自分は必ずその地位に上り詰めるのだと信じて止まなかった。中央騎士など、踏み台に過ぎない、通過点に過ぎないのだと考えていた。
だが、現実は違っていた。
騎士育成学校の卒業御前試合の日、アルフォンゾは為す術も無く負けた。
大多数の人の目がある以上、竜気を封じられ、純粋な魔力のみでの戦闘に、アルフォンゾは大敗した。
『――もう一度……、もう一度だッ! こんな勝負、俺は認めんッ! まだだ……、俺はまだ、負けてなどいないッ!!』
王の御前にて、神聖な卒業認定の日に騎士らしからぬ清廉さの欠片も無い振る舞いを撒き散らした結果、育成学校では上から二番目と言う優秀な成績だったのにも関わらず、中央騎士としての資格無し、と決定づけられた。
それこそが、三年前に起こった卒業認定での中央騎士の排出がたった一人と言う真相であった。
騎士育成学校を次席で卒業しながらも、竜気を封じられての戦闘で敗北しただけで人間性に難ありと評価を決めつけた中央の人間を見返すため、御前試合で自分を打ち負かしたアイツを倒すため、アルフォンゾは僻地に飛ばされて尚、中央騎士になるべく大きな手柄を辛抱強く待ち続けていた。
その結果、今回の街道の魔女の件がアルフォンゾの元に降りてきたのだ。
魔女の討伐は騎士に課せられた使命であり、中央に行くために大きな加点になると踏んでいたアルフォンゾはこの機会を逃すまいと、他の騎士に手柄が取られるよりも我先に、と人一倍高いモチベーションで挑んでいた。
しかし、街道の魔女が見つかる気配がないまま、被害は広がっていく一方。
他の騎士たちが徒労に喘ぐ中、アルフォンゾは密かに被害の増大にほくそ笑んでいた。
元々数人だった被害規模が、時間が経てば経つほど増していき、今では数十人にも及ぶ任数の被害が出ている。初めは中央への加点になればと考えていた程度が、時間が経つほどに中央への片道切符になる可能性が増している状況を、アルフォンゾは酷く喜んでいた。
しかし、エッジ管轄の騎士団総員が力を合わせても尚見つからない魔女の姿に、アルフォンゾは次第に苛立っていた。
それもそのはず、アルフォンゾには魔女が見つからない不安に加えて、他の騎士が見つけてしまうかもしれないストレスとも向き合わねばならないから。
故に、調査報告として訪れた寂れた村で汚らしい女が王国から賜った鎧のブーツに縋りついてきた時には目の前が真っ白になるかと思うくらい頭にきたものだった。
だがしかし、直後に耳に入ってきた情報からすれば、その程度の無礼も、お釣りがくるものだった。
村での情報収集は思いの外収穫が大きく、しかも銅貨一枚すらかからぬ情報の量にアルフォンゾはご満悦な様子で街道を歩いていた。
「魔女、と思しき女、ねぇ……」
「村人の言う事を信じるのですか、アルフォンゾ様」
「どうせ、足を運ぶだけ無駄ではないかと……」
金銭のかからない情報は、不正確だ。真偽も定かではない情報に踊らされること程愚かな行為は無いと知るアルフォンゾの取り巻き騎士は、その可能性もある、とアルフォンゾに進言する。
「魔女かどうかは確認してからでも遅くは無いだろう。だがそれ以上に、魔物を従えた少年と言うのも気にかかる」
確かに、騎士の残飯を漁るような汚物が如き冒険者の中には魔物を従える者も一定数いる。
貴族の中には、好んで魔物を飼育する物好きもいるが、アルフォンゾからすればどれも側溝の中で足を引っ張り合うだけの愚図にしか思えなかった。
村人の話では、帰らずの森の方角からやって来たと言う情報もあるため、もしかしたら異端の民族の可能性も鑑みて、魔女と思しき女もそれを匿った罪で連行することも可能だとアルフォンゾは考えたのだ。
想像以上に辺境の村の情報は役に立つかもしれない、と後ろを着いて歩くアルフォンゾ直下の部下同様、使える駒として頭の片隅に書き留めておくことを決める。
アルフォンゾが駒と呼ぶ騎士たちからすれば、魔女討伐と言う騎士の使命に燃えるアルフォンゾが眩しく見えるだろうが、アルフォンゾが考えているのは、如何にして中央の奴らを見返せるかどうかと言う事ばかり。
「……魔女でなかろうと、魔女に仕立て上げるのは容易い事よ」
「……? アルフォンゾ様? 何か申されましたか?」
「いや、何も。それより見えてきたぞ。各自抜剣の用意を。万が一魔女だった可能性を考えるように――」
背後で頷くのを確認しながら、アルフォンゾは異様な枯れ木が門の横に立つ家に向かって歩いていく。
――中央の奴らは、見る目がなかったと証明してやる……!!




