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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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38話 白銀の風

読んでいただきありがとうございます。

本日六話目。

 





 満月草に飛散した血は、レイのものでもあり、同時に双頭の魔物のものでもあった。





「ガ……、ゴフォッ……!!!」


 竜気によって強化された身体能力と、流れてくる動作を点で捉えることができるレイの目でもって「生きる」ことを最優先に判断したレイの本能が体を突き動かした。


 知らず、伸びた右腕は双頭の魔物の口内に飲み込まれ、燃えるような熱が今も腕を伝って地面に落ちていく。


 考えるよりも早く動いた故に、レイの意識はすべてが終わって初めて、目の前で何が起こったのかを認識する。


「ぅぐ……ッ!!」


 遅れてやって来た激痛は今すぐにでも手を放したい欲求に駆られるも、引いてはならぬと即座に判断したレイは、過度な負荷によって悲鳴を上げる心の臓に喝を入れて、両足で踏ん張ることを決意する。





 ――レイの右腕は魔物の口の中に突っ込まれ、()()()()()()()()()()()()()





 あの一瞬で、レイは手に持っていた矢を逆手に持ったまま、大きく顎を開いた双頭の魔物の口に腕を突っ込み、上顎に矢を突き刺した。


 それこそが、あの場で唯一取ることができた行動。命がけの選択なのであった。


 双頭の魔物もまた、レイの動きは想定外だったようで、なんの抵抗も無く、すんなりと矢を突き刺すことができた。


 腕を突っ込まれた魔物は、鏃が脳髄を貫通して頭から矢の先端を生やしていながらも尚、レイを睨む目からは激しい怒りを滾らせている。

 信じられない程の生命力に驚く隙も無く、レイはただ右腕を降ろすことなく必死に竜気を放出し続ける。

 身体強化を維持し続けなければ、右腕は肘から下が無くなる上に、双頭の魔物を地面に降ろしてはならないからだった。


 双頭の魔物は、片方の首を封じたとしても、もう片方の首は生きている。

 今も、残された右側の首だけがレイを仕留めようと、首を解放しようと躍起になって足掻いている。

 右腕一本で宙吊りにされているために、片方の首が足掻けば足掻くほど、鏃が貫通したもう片方の首の傷が深くなっていくとも知らずに。


 双頭の魔物の口に包まれた右腕は、大量の血の塊と脂で手指が滑るものを、段々と感覚が失われていくのが分かる。

 また、魔物の息遣いも事切れる寸前であると分かる中、レイの限界も近付いてくる。

 そう長くは持たないであろう我慢比べは、先に諦めた方が命を落とす状況であった。




 睨み合う状態が続く中で、決着がつくのにそう時間はかからなかった。




 レイの腕に深々と突き刺さっていた牙を支える顎がいつしか弛緩し始め、やがて憎悪を滾らせていた瞳からは光が失われる。ごぽり、と音を立てて口から漏れ出る血の塊と共に右腕がスルりと抜け、僅かに残る力を振り絞って身体強化された肉体でもって双頭の魔物の体を蹴り飛ばす。



「――ッ、カ八ッ……ッ!! はぁっ、はぁっ……!」



 瞬間、緊張が解けるのと同時に竜気が掻き消え、抑えていた激痛と疲労が一緒になって体に襲い来る。


 血だまりに膝をついてなんとか呼吸を整え魔物達の方を見やる。

 まだ、犬型魔物も、双頭の魔物のもう片方の首も残っているのだ。気を抜くことは出来ない。


 幸いにも竜気の残量は問題ない。そもそもレイの体で竜気不足になった経験は一度も無いくらいの量をレイは誇っていた。

 問題は体の方、穴の開いた右腕だろう。


 これは腹の掠り傷のように見て見ぬ振りができる軽傷だなんて口が裂けても言えない。誰が見たって重症間違いなしの大怪我だった。


 軽く右手に力を込めて握るだけでも、溢れ出る血の量が増えて激痛が走る。

 どう考えてもこれ以上戦闘に身を置いていい怪我ではなく、このまま放置してしまえば命に関わる傷、関わらずとも右腕一本を失う羽目になる重症であった。


「はぁ、はぁ……っ、いっ……、だぃ……!!!」


 処置を行うにも、右腕だけでは上手くいかないし、少し触れるだけでも涙が出るくらい痛い。

 どう考えても戦える状態ではないというのに、レイは重い腰を上げて血だまりから立ち上がる。



 ――魔物達が、動きを見せ始めたからだ。



 レイに蹴り飛ばされ、絶えず流れ続ける血を撒き散らして満月草の上を転がされた双頭の魔物であったが、双頭の魔物は力なく首を垂らした片方の首に、必死になって声をかけていた。それはまるで、死を恐れているような、受け入れられないといった様子だった。


 当然、健気にも声をかけ続ける首の願い通りに、既に事切れた首が再び動き出すということは無い。



「――ガゥバァウッ!!!」



 犬型魔物が、片方の首を亡くした双頭の魔物に牙を立てる。


 上位種によって支配されているとは言え、魔物の世界は弱肉強食。

 支配者の立つ足元が揺らいだのであれば、下位の魔物であろうともその座を奪いにかかる。

 片方の首が使い物にならなくなった双頭の魔物は、上に立つに相応しくはないと判断されたが故に、上位種と言う座から引き下ろすべく一頭の犬型魔物が双頭の魔物の体に噛みつきにかかる。


 しかし、一瞬の攻防の末、犬型魔物は亡骸となって森の中に投げ捨てられた。

 支配者は変わらぬ、と叫んだ号令は、犬型魔物を突き動かし、その身と共にレイに向かって迫りくるのであった。その眼は泣いているようにも、怒っているようにも思える。

 だがしかし同情する余地もないまま、レイは立ち上がらなければならない。今ここで動かなければ、待ち受けるのは奪われる未来。

 許諾できるはずがない、受け入れられるはずがない、と叫んで迫り来る双頭の魔物へと視線を受ける。





 だが、右腕の出血が止まらない。




 ――痛い、苦しい、怖い。





 マイナスな感情ばかりがレイの頭の中を埋め尽くしていく。

 今すぐにでも全て放棄して、投げ出して、逃げ出したい衝動に駆られる中で、レイは地面に矢筒を放り投げ、矢を地面に散らばらせる。



「……やんなきゃ、死ぬだけ、奪われるだけ、だからッ」



 動かない右腕はとめどない血流を吐き出すばかりで、竜気を纏わせたって使えやしない。

 逃げ出したいと叫ぶ心を黙らせて、やらねばならないのだと自分に言い聞かせる。


 地面に落ちた矢を屈んで口に咥えると、レイは口で矢を番える。

 自慢の早がけの何十倍もの時間をかけて番えた矢は、矢を引くのに最低限の張りをもって応える。

 弦で口の中を傷付けるも、目が生きている限りは狙いを外すことは無いという自負から、矢を放つ。


 腕で引くよりも引きが甘い矢は、それでも先頭を走る犬型魔物を転ばせるだけの勢いは出る。


 先頭に切り替わった双頭の魔物は、動かなくなった首を振り乱しながら、犬型魔物と同様に力任せな身体強化でもってレイを轢き殺そうと速度を緩めることなく、油断することなく突っ込んでくる。


「はぁっ、はぁっ……、突っ込んでくるなら、避けるだけ――」


 もう一射を番えるだけの距離と時間のないレイが、弓を捨て、守るべきリュックを手に持って立ち上がろうとした瞬間、レイは地面に膝をついて崩れ落ちる。





「な、んでっ、どうして、急に……!?」





 竜気は問題なく体に力を与えてくれていた。

 だというのに、立ち上がろうとした瞬間に竜気も、込めた力も全て砂の塔のように崩れ、結果としてその場で地面に倒れ伏すことしかできなくなってしまう。


 なんで、どうして、と疑問に包まれる中で、突如として姿を現し襲い掛かる()()に、心当たりが生まれる。



「体が、限界……っ、か――」



 レイが内包する竜気は、ほぼ無尽蔵。底をつくような感覚は今まで一度も感じたことは無いが、レイの体はまだまだ幼いがために、体への負担は相当な物。

 体への負担がピークに達した時、竜気による肉体の崩壊を防ぐために、人間に兼ね備えられた制限機能が働き、強制的に休眠に入らせる。この睡魔にレイは一度として抗えたことは無く、危険を目の前にしながらも重なった疲労はレイを容易く夢の世界へと誘っていく。


 このまま一生冷めることのない眠りについてしまう、奪われてしまう。

 二つの危険信号が頭の中で鳴り響き、酷い頭痛がレイを襲うも、遂にレイの体から力が抜けていく。

 抗う力も、気力も、全て失い眠りにつく。


「いや、だ……、ま、だ――」


 眠りについていくレイが、ぼんやりとした視界で最期に見たのは、双頭の魔物や犬型魔物が迫る景色ではなく、月の光を束にして流したかのような、()()()()()()だった。





















 ――満月草の、心許ないクッションにレイが倒れ込み意識を失ったと同時に、魔物の群れを率いて先頭を駆ける双頭の魔物が残忍な表情でレイの体目掛けて駆け込んでいく中、双頭の魔物の胴体を白銀の風が撫でる。





 バクンっ。





 そんな音がして、現れた()()は夜風の如く自然で、降り立った満月の如く不自然だった。


 今宵は風のない満月の夜。


 風のように音も無く現れた()()は、レイの弓矢も弾く双頭の魔物の体に易々と牙を立て、悲鳴を上げさせる間もなく引きちぎった。

 片方の首を貫いたレイの時の出血とは比べ物にならない程の夥しい量の出血は、月光と遜色ない白銀の輝きを宿す毛並みを臓腑と血肉で汚していく。


 だが、その程度で纏う神々しさや威光が揺らぐことはなく、とうに絶命した双頭の魔物を夜の森に向かって投げ捨てる。

 双頭の魔物の死に顔は、レイに固執したままの憎悪と怒りが張り付いたままで、恐怖を感じることなく殺されたことが読み取れるが、口元を赤く汚した白銀の獣を前にした犬型魔物はそのような些末な事を気にしていられる余裕は無かった。


 白銀の風の乱入に足を止められたのは、本能が先走ったからか、白銀の獣の前で立ち止まった犬型魔物は、双頭の魔物とは比べ物にならないプレッシャーを前に、腹を見せて降伏の証を見せつけていた。


 それに見向きもしない白銀の獣は、ただ黙って、鋭い視線を一頭の犬型魔物に向ける。


 ただ一匹を見詰めているだけだというのに、犬型魔物は群れの全員が睨まれているような錯覚に陥る。



 一瞬で現れた白銀の獣は、ただそこにいるだけで場を支配するだけの存在感を放っていた。



 白銀の獣は、威嚇をすることも、力を誇示することも無く、ただ睨みを利かせているだけで犬型魔物は勝手に恐怖し、尻尾を撒いて逃げ出していく。


 一匹が逃げて行ってしまえば、二匹、三匹と続いて夜の森の中に逃げ帰っていく。

 そうして、最後に取り残された降伏の姿勢を取り続けていた犬型魔物が立ち去ると、そこには白銀の獣とレイ、双頭の魔物の死体だけが取り残される。


 結局、レイは双頭の魔物にしか敵意を向けておらず、犬型魔物には行動不能に至る程度の傷しか与えていなかった。ファジーベアードの親子を「甘い」と言っておきながら、何よりも甘いのはレイの方であった。


 そんなレイは、今も意識を失ったまま、止血が十分ではない右腕は今も出血が止まっていない。

 これ以上の流血は命に関わるのだが、白銀の獣が自身の鼻先をレイの右腕に近付けると、淡い光が放たれ傷が癒えていく。腕の穴も、腹の傷も塞がっていく。


 変わらず顔色が悪いままのレイを口で持ち上げ自らの背に乗せると、傍に転がっていたリュックも咥える。


 自身の背の上で眠るレイが落ちないよう慎重に歩きながら、白銀の獣は夜の森を進んでいくのだった。





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