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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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39話 龍の御子の帰還

読んでいただきありがとうございます。

本日七話目。

 


 レイを見送ってから、一か月が過ぎた。


 その間、グレイ爺とシオは二人だけの時間を使って、シオの潜在能力を引き出す訓練に時間を費やした。

 それでも、今まで片時も離れたことのないレイが傍にいない時間というのは酷く退屈で、まず先に音を上げたのはシオの方だった。当然と言えば当然の帰結なのだが、グレイ爺もまた、長い時間孤独に生きてきた、これから先も命尽きるまで一人でいると思った矢先に降って湧いたレイとの触れ合いの時間が何よりも大切に感じており、シオに負けず劣らず限界が近かった。



『もういい! 俺はレイを迎えに行くぞ!?』



 そう言って森の方に向かおうとするシオをグレイ爺が必死になって引っ張って止めたのが、レイが森に向かってから三日後の事。


 力尽くで止めたのは良いが、次の日からはシオが訓練に対する身の入りが中途半端になってしまい、レイが帰ってきたら目ん玉飛び出るくらい驚かしてやる、と言ってやる気満々だったシオの威勢の良い初日の影はすっかり身を潜めてしまっていた。


 そして、グレイ爺に限界が訪れたのは、満月の夜を超えた次の日だった。



『えぇい! もういい、ワシが悪かった! レイを探しに行くぞ!?』



 満月草が採取できれば、後はレイの実力ならば問題ない範囲の素材であると判断したのだが、条件の厳しい満月の夜を過ぎてもレイは戻って来なかった。ただでさえ心配して不安定だった精神状態が悪化し、グレイ爺はシオを注意したその口で、その足で森の奥へと向かおうとするのを、シオが体を張って雁字搦めにしてようやく止める。


 病人と言えども手加減のできない相手に、シオはぜいぜい、と息を切らす羽目になってしまった。


 結局その日の夜になってもレイが帰ってくることはなく、ここで初めて、グレイ爺はレイを騙す形で森へ送り出したことを後悔する。それと同時に、同じ傷を持つ者同士、シオと語り合って傷を舐め合うことで慰め合っていた。


「……俺は最初から反対してたけどな」

「なんじゃ……そんなワシを責めるような目で見るでないわい」

「レイならきちんと説明すればちゃんと理解できるだけの頭はあるっつぅの。それを爺さんは何を早とちりしたのか、自分の体を、命を削ってまでレイを騙して脅して追い立てるようにしてよぉ。誰が悪いのかは考えなくても一目瞭然だろ。そんな捨て身な真似ばっかりして、レイが真似したらどうすんだよ」

「レイの事を知り尽くしたような言い方をしおってからに……、嫌味か?」

「そうだよ嫌味だよ。俺はレイが赤ん坊の頃からずっと一緒だから分かってんだ。今頃一人で寂しい思いをしているってのもな。グレイの爺さんが変に焚きつけるから俺がレイと離れる羽目になっちまってよ」

「ぐ、ぬ……。わ、ワシだってのう、レイが好む味付けだって知っておるし、成長の一つ一つを日記に記しているんじゃからな。その中にはシオにも内緒にしてくれと言われた秘密も書かれておるがの!」

「んなッ!? れ、レイのやつ、いつの間にそんなことを爺さん相手に……!? っつぅか、日記に書きとどめるのは普通にキモイぜ爺さんよ」

「ハァ!? おうおう、舐めた口利きやがるのう、蛇風情が。今日はお前の必死さに免じてレイの元に向かうのは止めたが、本来ならば振り切るなど容易い事よ。ワシは自分の犯したことに対して猛省しておるだけじゃわい。今すぐにでもレイを助けに行ってやるべきじゃと思って居るんじゃが!?」

「落ち着けよ爺さん、確かにキモイは言い過ぎたな、悪かった。だがレイには……、と言うか、俺にも、他の誰にも見つからないようにしておけよ? 流石にそれを見られて一番ダメージを負うのはレイだろうからな。それと、もうあれは勘弁してくれ。流石にしんどいんだわ」


 レイの事になると盲目になりがちなグレイ爺を前に、厄介な保護者だなと心の中で悪態を吐くシオ。


 シオもまたグレイ爺と同じかそれ以上に、レイを心配してはいるが、生命を共有しているが故にレイがまだ無事であることは把握しているため、今すぐにでもという切羽詰まった様子は見せない。シオの生存自体が、レイの無事を証明しているようなものだから。


 けれども、若干の体の怠さは感じられる以上、不安ではないのかと聞かれたら間髪入れずに「不安に決まっている」と答えるだろう。ここまでの長い時間、長い距離を離れていたことが今までに一度も無かったために、シオが感じる体の怠さがレイの疲労なのか、それともこうして離れているからなのかは分からず、そういうものかと考えていた。考えないようにしていた、と言う方が正しいか。


 しかし、その事実をグレイ爺に伝えてはいるものの、シオはどうしてグレイ爺がそこまで心配しているのかがはっきりとは理解できていなかった。


「なぁ、どうして爺さんはそんなにレイの事を心配してるんだ?」

「なんじゃ、心配しては悪いのか」

「いつにも増して偏屈だな……。違ぇよ、なんつうか、レイにどうしてそこまで固執する必要がある? たかが一年と少し一緒に生活しただけの相手だろう?」

「……シオはそう思っていたのか? ワシがただ同じ家に住む老人、と」

「そう言うつもりで言ったわけじゃねぇよ。ただ、率直な疑問だ。どうしてレイに、俺たちにここまで世話を焼く? あまつさえ命を削るような真似をしてまでも」


 シオからしても不自然なまでの肩入れ。レイは当然のように受け入れているが、普通はこんなトラブルの塊、厄介事を招き入れるなんてしない。シオはそれくらいの常識はあるつもりだった。

 だと言うのに、グレイ爺は世話を見るだけでなく、レイとシオがこれから先外に出ても恥ずかしくないくらいの教育を施してくれている。それに裏があるのかと勘繰るのも失礼だとは分かっていながらもシオは問いかける。


 シオの問いを受けたグレイ爺は、レイが返ってくるまでの時間つぶしにちょうどいいか、と笑って語り出す。


「……レイが幼く、その身の上に同情したのが最たる理由ではあるが、それ以上に、ワシはレイに救われとるんじゃよ」

「救われた?」

「あぁ、ワシは昔な――」


 そうしてシオに語ったのは、グレイ爺の半生。

 奪われ続けた過酷極まりない半生だった。









 とある事情を抱えて追われる身となったグレイ爺は、亜人の村落を転々として生活をしていた。

 亜人には元から興味があった故に、様々な地を巡ることにはなんの苦も感じていなかった。


 亜人は人間を忌避するために、始めは敵として認識されてきたが、根気よく話を続けることでグレイ爺は亜人の生活の輪に自然と溶け込んでいく。

 逃亡の身として多少薄汚れていたとしても評価の変わらない自慢のルックスと持ち前の朗らかさ・そして気兼ねなく懐に入っていく度胸を買われてすぐに亜人たちとは打ち解けることができていた。


 当然、そんな男に惹かれる亜人の女性も多く存在していて、抱いた亜人は数えきれない、とグレイ爺はシオ相手に自慢げに語る。


「――じゃが、ワシは追われる身。追手がワシの訪れた亜人の村に近寄る気配を感じ取っては、追手を引き連れてワシはその村を離れねばならんかった」


 自慢話から一転、グレイ爺は落ち着いた声のトーンで語る。

 それの繰り返しだった、と。


「当然、ワシはワシを好いてくれた女子を全員愛していた。愛していたからこそ、ワシは全てを置いて逃げるしかなかったんじゃ」

「……他に、手は無かったのかよ」

「ワシの追手は『人間至上主義』。亜人が人間を嫌っているのではなく、人間が亜人を排斥するからじゃ。亜人を人だとは思えない奴らは、当然女子供関係なく亜人の住処を荒らす。追手を撒けるだけの力がある相手に、好きな女を、その家族を、その友を巻き込めるはずが、無かろう?」

「……変な事を聞いて悪かった」


 世話になった亜人の村には、もしも万が一グレイ爺の追手が駆け込んできたときに、十分に抵抗できるだけの力、竜気の使い方を教えてから去っていた。

 一番は追手が亜人の村に気付かないことが最良であるため、同じ村には二度と近寄らないと決めて。


 そうした徹底した考えの奥には、一番初めに世話になった亜人の村での出来事があった。


「追手は、村の全てを焼き払った。妻も、家族も、友も、幼子も、全て、の。恐らくはそれからじゃのう、『別れ』に対する感情が欠落し始めたのは」


 そうして数えきれないほどの出会いと別れを繰り返して、グレイ爺はこの森に辿り着いた。

 この森を選んだのに特に理由など無く、逃げてきたからじゃ、と悲し気に目を伏せるのみだった。


「そんな折、レイとシオに出会い、レイの成長を見守るにつれて、ワシはかつて共に愛を育んだ妻たちの事を思い出したんじゃ」


 グレイ爺の語る妻の数が如何程のものなのかは、シオには想像もつかなかったが、そこで口を挟むほどシオは空気の読めない龍では無かった。空気の読める龍なのであった。


 命を懸けてもいいと思わせる大切な存在と離れ離れにされた物悲しさ。寂しさ、そして何よりも、恐怖がグレイ爺の心に宿ったのは、レイが森から戻って来ない事実を前にしたからだった。


「――レイは、凍り付いた人の心を解かす熱を持った子じゃ。人の心に安らぎと癒しを与えてくれる子じゃ。これから先、レイは多くの人の助けになるじゃろう。そしてワシもまた、レイのおかげで凍っていた心が解けた。救われたというのは、そう言った意味があるでのう」


 半世紀以上も凍って固まってしまっていた心を、レイは僅か一年で、いや、もっと前から溶かしてくれていたのかもしれない。


 レイと離れ離れにされて気が付いたグレイ爺の心は、あの時グレイ爺が離れていった妻の心と同じなのかと思うと、この胸に宿る大きすぎる不安に押し潰されてしまいそうだった。

 そんな不安を、悲しみを彼女たちに背負わせていたのかと思うと、グレイ爺は自分の人生は後悔と未練に塗れているばかりだと気付く。


「故に、レイを失いはせん。奪わせはせん。シオだけでなく、ワシにとってもレイは欠かせない存在になっているんじゃよ」


 明日までに戻って来なければ、と表情に不安を浮かべるグレイ爺に対して、シオは溜め息を吐く。

 そうじゃないだろう、と。


「俺たちにできるのは、レイを迎えに行く行かないで揉める事じゃなく、レイを信じて待つことだけだろ。レイの体に何かあれば、俺が合図するからよ」

「う、む……。そうだな、そうしよう」

「おうおう、やけに素直じゃねぇか。待っている間に、グレイの爺さんが後悔を募らせる相手に謝罪の手紙でもしたためればいいんじゃねぇか」

「いや、今までは少しヒートアップしすぎたようじゃ。話したら少しは落ち着いたわい。体を休めるのもまたレイを信じて待つことに繋がるからの。帰ってくる前にくたばるところじゃったわい。……レイに何かあれば、すぐに教えるんじゃぞ」

「満月の夜が終わって満月草が採れれば、後は簡単な奴ばっかりなんだろ?」

「あぁ、深層北部はレイの実力でも十分に対処可能な魔物ばかり。知能ある魔物も、アルバヒメタケモドキのファジーベアードくらいじゃしの。西部と東部の魔物に比べればずっと温厚じゃよ」


「そっか、それなら安心だな!!」
















 そんな会話を繰り広げたのが、三週間ほど前。


 レイが森に向かってから二度目の満月を迎えた夜日、シオの体の不調がこれまでの比ではないモノを感じてグレイ爺が戦闘準備に入る。

 ぐったりとするシオを抱き上げて森に出向こうとしたその時、シオは前方からレイの気配が近寄ってきている事に加え、もう一つ、グレイ爺と同じかそれ以上の力を感じ取る。


「……なぁ、レイの向かった深層は比較的安全なんじゃなかったか?」

「……何があったかは、レイの目が覚めてから聞こうじゃないか」

「それもそうだが、今は目の前のバケモンをどうにかすることを考えてくれよ……っ!」


 薬も残り僅かになった状況、グレイ爺と同等の力を持つ化け物を、万全じゃない状態の自分と病人のグレイ爺とでどうにかできるのか。とシオは思考を巡らせる。


 深層とは異なり、満月の光が森の中まで照らす夜の森の中で、シオは近づいてくるレイの気配と化け物が共にいることに気が付く。

 自分の体調からして、レイが気絶、ないし意識を失っているものだと考え、殺されていないのは上位種の戯れかと訝しむ。


 化け物が近付くにつれて、近付いてくる力の正体が判明する。


「……っ、これは、竜気か? おい爺さん、自然界に竜気を使う魔物なんて、存在するのか?」

「ん? まぁ、おらんわな。魔物は生まれ持って魔に適応するもの。人が手を加えなければ、まずありえんじゃろうて」

「爺さん、もっと気を引き締めて――っ!?」


 二人がかりでもどうしようもない可能性すらある存在を前にして、グレイ爺はいつもと変わらぬ様子でシオの質問に答える。

 何を呑気に、と最悪レイを助けてグレイ爺を置き去りにすることまで考え始めたシオに向かって、前方から暴風が吹く。


 実際には穏やかな夜風が森を過ぎただけだが、シオの体には荒れ狂う濁流の如き竜気の波が轟轟と音を立てて迫りくるのを感じ取っていた。


 荒れ狂う濁流は暴風に代わり、その圧が竜気そのものであることにシオは驚きのあまり目を瞠る。

 総量で言えばレイやシオの方がずっと多いのだが、身に纏う竜気の濃さは、グレイ爺のそれを遥かに凌ぐ。


 これは本格的にグレイ爺を囮にするしかない、と心に決め、戦闘態勢をとる。

 不調を理由に引き下がっては、死ぬに死にきれない。


 竜気を持つ魔物がいないということは、それ即ち、目の前に迫るのは幻想種。

 幻想種と言う事は、幻想の森からレイとシオを始末――否、回収しに来た幻想師か、とシオが睨みを強めると、より一段と色濃い竜気がシオとグレイ爺を襲う。





『竜気の御子を見つけたかと思えば、まさか同じ幻想種に出会えるとはな。長生きはするものだ。安心しろ、龍の御子の帰還だ』





 森の奥、夜の闇より出でるのは、金の瞳。

 夜の闇が避けるようにして、月光を反射させる白銀の毛並みを浮かび上がらせると、森全体に聞かせるような、耳障りの良い澄んだ声音が響き渡った。


 体を大きくして臨戦態勢をとっていたシオは、完全に白銀の獣の放つ竜気に飲まれ、鱗肌に汗をかいていた。

 不調に緊張が重なったシオの傍に寄り、グレイ爺は落ち着かせるように声をかける。


「安心せい、こいつはワシの古い知り合いじゃ。レイを悪いようにはせんよ」

「レイッ!!」


 グレイ爺の視線の先、白銀の獣の背に寝そべって幸せそうな寝顔を見せるレイを見つけて、シオはレイの体を巻き付けて白銀の獣の背から奪い取る。


 嫌われたの、と笑い合うグレイ爺と白銀の獣が語り合う様子を、シオはレイを丁寧に抱き込んで眺めるのだった。


『――いつの間に龍の御子を連れ込んだんだ、グレイ(ボケ爺)よ』

「はっ、お前に教える必要があったか? レイはワシに生きる希望を与えてくれた子じゃ。譲る気は、毛頭ありはせん」

『ほう、レイと言うのか、良い名だ。譲る譲らぬではなく、御子はいずれ、己の意志で我の元に来るだろうよ。グレイ(ボケ爺)も、常々考えていたのではないか。故に、我の見守る深層に送り込んだ。違うか?』

「……そうじゃな。ワシら人間には限界があると教えてくれたお前が言うならば、間違いないのだろう。じゃが、最後はあの子の意志が全てじゃ」

『そもそも、お前の教え方が悪いのがいかんだろう。双頭魔物(オルトロス)相手に死にかけておったぞ』

双頭魔物(オルトロス)!? まさか迷い込んでいたとはな……。ヤツは人よりも頭が回る。普段は東部にいるはずなんだが……。今の例では手も足も出なかっただろうな、ファジーベアードですらヤツには狩られるのじゃから。狩られる前に助けてくれたのだろう? ありがとうの」

『お前に礼を言われる筋合いは無いわ。それに、我が見ている限り、双頭魔物(オルトロス)に殺されかけたのは事実だが、追い詰めたのはその子だった。勝負に勝ったから我は助けたまで。負けていたり、勝負から逃げるようでは、我は助けたりせん』

「んなッ!? レイが、双頭魔物(オルトロス)を追い詰めた、じゃと……!? ワシの想像を遥かに超えておったという訳か……!! 流石はワシの自慢の子よ!」

『自慢、ね。お前の教え程度では、我の隠形にも気付かんかったぞ。随分と老いたものだな、グレイ(ボケ爺)よ』

「風の神性精霊、銀狼の隠形など、ワシにも見抜んわ、アホ抜かせ」

『誰がアホだと?』

「さっきから黙ってりゃボケ爺だなんじゃと言ってんのは何処のどいつじゃ?」


 恐らく人類最強の老人と、シオすら唸る幻想種がにらみ合いを繰り広げる中、ひとまずはレイが無事であったことに安堵するシオ。

 生傷が多く見られるため、しばらくは様子見と言う名の休息が必要だろう。

 一か月ぶりのシオのひんやりとした鱗肌に、眠りにつきながらもうっとりと頬を寄せるレイは、一か月前よりも精悍な顔つきになったように感じるシオ。


 周りの騒がしさにも動じることなく眠りにつくレイは、深層で様々な目に逢いながら、様々な経験を経て、当初の目的、四種類の薬草キノコを無事持ち帰る事が出来たのであった。







ブクマ、評価等ありがとうございます。


レイは少しは成長できたでしょうか。

よろしければ評価、ブクマ、感想等よろしくお願いします。


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