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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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28話 初めてのお使い

読んでいただきありがとうございます。

本日二話目。

 



 グレイ爺が倒れているのを最初に発見したのは、シオだった。


 朝、食後から外に出たっきり夕暮れ時までトレーニングに集中して帰ってこないレイとは違い、カウちゃんの世話だったりグレイ爺の様子を伺いに頻繁に戻ってくるシオが、最初に見つけた。


 家に入ってすぐ、テーブルの傍で、グレイ爺が倒れているのを見つけたシオは、すぐさま大きな声でレイを呼び戻す。



「――レイッ!! グレイの爺さんがッ!」



 森の中でトレーニングの最中だったレイにもその声は届く。

 滅多に大声を上げたりないシオの叫び声に、レイは汗を拭うのも程々に、即座に家まで戻ってくる。シオの声は、緊急火急の要請に違いないものだったから。


 また、『木の板十枚身体強化使用疑惑事件』があったあの日から時間が経った今では、レイもグレイ爺の不調にはある程度気付いていた。

 無理をした笑顔で取り繕っている以上、グレイ爺が隠したい事なのはわかっていたし、シオに相談するとシオが注意して見ていてくれるとのことで信頼して任せていた。


 しかし、レイとシオとではグレイ爺の不調への理解度が大きく異なっていたため、レイからすれば軽い風邪なのかもしれない、という程度の心配に過ぎなかった。

 それが、今回のシオの悲鳴にも近い叫び声によって、もっとずっと深刻な事態だったということに気付かされてしまうのだった。


 弓矢も放り出してシオが入っていった家に飛び込むと、浅い呼吸で横たわったグレイ爺の姿がレイの目に飛び込んでくる。






 ――レイ、約束……守れなくて、ごめんなさい……。






 刹那、レイの脳裏に、姉の最期の光景が蘇る。



 鮮血で濡れた口元、自分の吐いた血に沈む姉。

 温かな優しさに包まれると同時に、冷たくなっていく姉の手を思い出して、知らず、レイの体は恐怖に囚われたかのように全身の震えが止まらない。



 激しくなる呼吸、頬を伝う汗が、胸を打つ早鐘がうるさい。



 後ろに下がろうとしても、閉じた扉が逃がしはしないとばかりに現場に押さえつけられる。

 遂には視界が暗転しかけたその時、口元に当てていた手に、確かな体温が伝わってきた。



「まだ死んでない!! 落ち着け、レイ!!」



 その声に焦点を合わせると、レイの目と鼻の先にはシオの顔があった。

 手の平をしっかりと尻尾が握り締め、この世に繋ぎ留めるための楔のようにレイを繋ぎ留める。ここでレイまで倒れられては、シオは堪ったものではない上に、活動する上での支障をきたしてしまう。


 シオもいつかの光景が確かに頭を過り、一瞬パニックに陥りかけたものの、レイの焦る姿を見て、逆に冷静さを保つことが出来た。冷静さを保っている、と言うよりも、パニックに陥ることを防いだというべきか。グレイ爺が苦しんで息をする姿を前に、落ち着いてなどいられるはずも無かったから。


 シオもまた、レイ同様にヒジリとラナが力尽きていく光景に恐怖を抱いていることに程度の差はあれど、恐怖していることに違いは無いのだから。

 そのトラウマを差し引いたとしても、一年以上自分たちと接してくれた恩人が目の前で倒れている状況を、冷静に落ち着いて判断できるはずも無かった。


 それでもレイの力が、協力が無ければグレイ爺を助けることは出来ないし、見殺しにしてはもっと大きな何か、取り返しのつかない事態になってしまうことが分かっているため、シオは勇気を振り絞って、自分にも言い聞かせるように声を上げた。



「今俺たちが動かなきゃ、グレイの爺さんは死ぬ! お願いだ、レイ、どうすればいい!?」

「ぼ、僕だって、わ、分からない……っ、……ううん、やるしか、ないんだ……!」



 額を打ち合うシオもまた焦っているのだと気付いたレイは、震える声で逃げ出そうとする自分を無理やり黙らせる。


 シオの言う通り、レイの言う通り、今ここで動かなければ、グレイ爺を見殺しにすることになる。


 ヒジリの最期といくら似ていようとも、あの時とは決定的に何もかもが違う事にようやく気付いたレイは、うつ伏せになったままのグレイ爺に近づき、その巨体をゆっくりと横倒しにする。


 震える指先、止まらない大量の汗にも構わずグレイ爺に呼びかけようとすると、突如としてグレイ爺が咳き込み、喉の奥に溜まっていた血の塊を吐き出す。



「グレイ爺っ、大丈夫!? 大丈夫なら、返事をして! 僕たちは、何をすればいい!? どうすれば、グレイ爺を助けられる!?」



 シオ相手には使う機会がないかもしれない、と念のため教えてもらった応急処置が初めて役に立つも、その知識をフルに稼働させても、今のグレイ爺を助ける方法は思いつかない。

 ならば、グレイ爺の言っていた通りに、大人に頼るしかない。グレイ爺を頼ることでしか、グレイ爺を助けることが出来ない不甲斐なさに打ちひしがれると同時に、奪われないための力の本質を突き付けられたような感覚に襲われる。


 そんな中で、グレイ爺は咳き込みながらもどうにか掠れた声でレイとシオの願いに答える。


「――塩と……水、を……っ!」

「シオっ! 水!」

「違ぇだろ!? 塩と水だな!?」


 レイの聞き間違いに、グレイ爺が慌てて否定しようと噎せ返ってしまうのを、シオ本人がカバーして台所から塩と水を持っていくと、血を吐き出したグレイ爺はゆっくりと体を起こして塩水で口をゆすぐ。


 体に負荷をかけないよう、落ち着いた緩慢な動きで体の調子を確かめるように丁寧に呼吸を繰り返す。

 グレイ爺に合わせて、レイとシオもまた火照った体を落ち着かせるべく深呼吸を繰り返すと、グレイ爺は二人の手を借りて立ち上がる。


 昨日までの、今朝までのしっかりした足取りとは異なるよたよたと進む足取りを支えながらグレイ爺の寝室に辿り着くと、レイとシオはグレイ爺をベッドに横たわらせる。

 そのまま寝付くまで見守ろうと、レイはグレイ爺の手を握ったまま離さないでいると、グレイ爺はきっひっひ、と幸せそうに唸って笑う。


「安心せい、ワシはまだ死なんよ。これから少し眠る前に、レイに頼みたいことがある」


 なんでもするよ、と少しでもグレイ爺の力になろうと張り切るレイが身を乗り出して答えると、シオに安請負するな、と叱られる。一命をとりとめたことで落ち着いたせいか、シオはグレイ爺のあからさまな行動に若干の不信感を募らせていた。


 とは言え、この状況でシオがレイの立場であったなら、同じように「なんでもするから」と答えただろう。


 シオが訝しんでいることも見透かす様な笑みを浮かべるグレイ爺は、シオを使って寝室の本棚から一冊の本を持ってこさせる。


「森の深層から、四種の薬草キノコを採取してきてもらいたいんじゃ」


 読み古した本、図鑑のような一冊をパラパラと捲っていったグレイ爺は、これとこれと……、と言って気軽にページを引きちぎってレイの前に並べて見せる。途中、何度か咳き込む様子を見せる度にレイが心配してグレイ爺の背に手を回していた。


「これは、ワシのこの症状を抑える薬の材料になるんじゃ」

「――! じゃあ、これがあればまた、グレイ爺はいつもみたいに戻れるって事?」

「調薬できるくらいの体力は残してあるからの、こいつらがあれば、すぐにでも元通りじゃわい。……やって、くれるか?」

「やる……! 僕が、採ってくる!」


 絵が描かれた四枚の紙を手に取って、それぞれの特徴を頭に叩き込む。

 幸いにも、読み書きの点においては幻想の森も似た文字の形態であったためにすんなりと理解できるようになっていた。

 手に取って図鑑のページは、図解も詳しく載っているおかげで、レイでも読めないところはない程に分かりやすかった。


 窓の外を見ればまだ昼前。

 魔物が活発になる夜の森が危険だと知っているレイは、今すぐに出るよう行動に移る。

 即断即決、弓矢の正射必中を体現したかのように飛び出そうとするレイが当然のようにシオに一緒に行こう、と声をかけるのだが、それはグレイ爺によって阻まれてしまうのだった。


「シオには、ワシの世話をしてもらうために残ってもらう」

「はぁ!? ……っ、分かったよ」

「え!? シオは、一緒じゃないの……?」

「病人の弱ってる奴を置いていくのは気が引けるだろ? ほら、あれだ、レイが畑仕事に言ってる間も、俺はたまにヒジリを見守っていただろ? それと同じだ。爺さんのことは俺に任せろ。死んでも死なさねぇからよ、レイは薬を頼む。できるよな?」


 シオが一緒に来ない。

 その事実を前にレイは歩み出そうとした一歩を躊躇ってしまう。

 不安じゃない、なんて嘘でも言えないレイは、今すぐにでもベッドにしがみついて「行きたくない」と駄々をこねればきっとグレイ爺もシオも分かってくれるだろうと考えていた。一人で一日畑仕事をしていた時だって、レイは心細くて、寂しかった。誰にも言い出せなかったその想いを今になって思い出す。


 みるみるうちに弱っていくレイの心の持ちようとは逆に、それと同時に、ベッドに体を降ろしたグレイ爺の姿が、ヒジリの姿と重なっても見えていた。


 ここで諦めて、ヒジリの時と同じように救えたはずの命をみすみす見殺しにするのか、と沸き上がる思いを自覚した次の瞬間には、レイは力強く頷いていた。



 ――できる、やってみせる、とシオに伝えるように。



「……深層には、危険な魔物が溢れ返っておるが、今のレイならば十分対処可能なはずじゃ。そこのリュックを持っていけ。レイの初めてのお使いじゃ。くれぐれも気を付けるようにな」

「うん、分かってる! すぐ帰ってくるから! 行ってきます!」


 まるでこの状況を見透かしていたかのように準備の良いグレイ爺に呆れた様子で溜め息を吐くシオだったが、レイは信頼しきった様子で弱った姿のグレイ爺に礼を告げると、荷物を背負って家を飛び出していくのだった。






















「…………レイを騙した後の気分はどうだ爺さん」

「流石に、申し訳なく思っておるよ。じゃが、これも全てレイのためよ。シオも分かっているだろう? このまま成長していけばいつかあの子は完全にお前に依存してしまう、とな」

「それにしては、随分と体を張ったもんだな。死ぬかもしれなかっただろ」

「わざと薬を飲まないでおいたのが、まさかここまで堪えるとは思っとらんかったんじゃ。じゃが、レイとシオの為ならばワシの命なんぞ、軽いものよ。しかし、シオもまたワシの嘘を良く見破れたもんじゃのう」

「初めは気付かなかったよ。でもこの部屋に入った瞬間、いつも感じる微かな薬の匂いがしなかったし、野宿用の荷物がこれ見よがしに置いてあったからな。嫌でも気付くぜ」


 レイが薬の材料を森に調達しに向かった直後、グレイ爺の寝室ではそんな会話が繰り広げられていた。

 レイの姿が見えなくなったと聞いたグレイ爺は自力で立ち上がって、壁を支えに戸棚まで歩いていくと、棚から薬を取り出し、包み紙から姿を現した粉末状のそれを口に放り込んでは喉を鳴らして飲み込んだ。

 苦い顔をしていたグレイ爺だったが、しばらくすると悪かった顔色も段々と元の血の通った色に戻っていく。異常なまでの回復を見せるグレイ爺は、半刻もしないうちにまた元の生活に戻れるようになるだろう。


「くかか、お見通し、かのう。それにしては、レイの奴は簡単に騙されたようじゃが」

「レイは一度信頼した相手を疑うことが出来ない性格だからな。まぁ、そんな純粋なやつを騙そうとする爺さんの方が今回は悪いが」

「物は言いよう、シオもまた、自分に依存していくレイを止めるつもりは無かったじゃろう? お相子じゃな」

「それが悪いとは思ってねぇし、そうやって生きるのが俺たち幻想種と人間の共生なんだよ。爺さん相手でも、とやかく言われる筋合いはねぇ」

「当の昔に幻想の森を追放されたのに、まだそんな掟に従うつもりか? シオも本当は分かっておるのだろう。幻想種の体に魔力の介入という、本来霧の向こうでは起こりえない事象が起こったことで、二人の身に何が起こったのかを」

「……だったら、なんだってんだよ。俺は、レイを守ってやらねぇといけねぇんだよ。そう、約束したから……」

「レイにばかり気を取られていたが、お主もまた相当拗らせているようじゃの。レイが戻ってくる間、色々と話を聞いてやろう」

「うっせぇ、さっさとくたばれや」

「かかか、残った薬で持つ命はせいぜい一か月と少し。それまでにレイが戻れなかったら、どのみちワシは本当にくたばるがのう」

「はぁ!? 一か月も帰ってこないのか!? 聞かされてねぇぞ!」

「そりゃあ言っとらんからのう。でもまぁ、たまには帰ってくるじゃろう。あのリュックには二週間分くらいの荷物しか入っとらんし。何も四つ全部まとめて持って帰ってくる必要、無いしの」

「この、くそ爺……っ! そんな長い時間離れているなんて知らねぇぞ!」

「ほほほ、文句があるならかかって来るとよいぞ」


 そう言うと、グレイ爺は久々に満足に体を動かせることに感激しながらシオと庭先で鍛錬と言う名の会話を始める。老体に向かって溜まっていたフラストレーションの捌け口にするシオの巨体を生かした攻撃も、グレイ爺は笑いながら捌いていく。時には指導も挟んで幻想種と一騎打ちを果たすその姿は、ほんの数十分前まで生死の境を彷徨っていた老人とは思えない仕上がりだった。


 シオとグレイ爺がそんな会話を繰り広げているなんて知りもしない、考えもしていないレイは、今も苦しんでいるであろうグレイ爺の為に速足で森の深層へ向かっていくのであった。











だーれにーもーなーいしょーでー

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