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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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29話 深層の洗礼

読んでいただきありがとうございます。

本日三話目。

 



 湖を境に広がる森の中は、深層と呼ばれていた。

 レイ達が普段過ごしている森を中層、湖を挟んで広がる森を深層と分かれており、中層と深層では危険度が段違いだと教え込まれてきた。


 中層では比較的危険度の低い魔物が活動しており、子供でも倒せる魔物だっているくらいの危険度。ただし前提としてグレイ爺の的確な罠や指示が必須、という条件も含まれる。命の危険はあれど、注意していれば問題ない程度の危険度。それが中層だった。

 しかし深層の危険度は中層を遥かに上回り、注意に注意を重ねなければグレイ爺ですら危険。修行の身であるレイにはまだ早いと言わざるを得ない程の危険が待ち構えているのが深層、という知識をレイは持ち得ていた。


 そんな情報に戦々恐々としながら湖の上を歩いて渡ったところで、レイは目の前に広がる森の空気が人を寄せ付けない、中層とはまるで別物の空気を放っていることに気付く。


 中層の森よりも遥かに薄暗い深層の森の中は、レイのような子供が立ち入ってよい場所ではないとあらかじめ示唆されているようで、湖畔に立ったレイは思わず尻込みしてしまいそうになる。


 それもそのはず、深層のこの空気を、レイは一度味わったことがあるからだ。


 深層の更に奥、感覚を研ぎ澄ませれば確かに感じられる竜気の香り。立ち込める霧の結界から追放されて、初めて踏み入れたのが深層の中。ただでさえ濃い魔力に当てられたレイは、自失してしまいかねない程の苦痛を味わった苦い記憶が蘇る。

 今でも昨日のことように思い出せるそれが植え付けられた場所に踏み入れるというのだ。意識しないはずがなく、恐怖を思い出したレイの体は狂ったように震える体を抑えつける。


 物心ついた頃から働き、生きてきた十年。それが詰まった霧の結界の中、幻想の森での生活は、確かにグレイ爺と過ごした一年と少しと比べれば長い時間だろうが、それはただ長いだけで、酷く退屈な時間だった事を言い聞かせる。


 ――シオがいたのなら、きっとそうやって勇気づけてくれるだろうと考えて。


 それと同時に、退屈で長いだけの十年のうちで、何よりもかけがえのない時間をくれた姉、ヒジリとの時間を奪って、斬って、吐いて捨てるような真似をした憎き相手の存在も頭に浮かんでくる。

 それでも、この一年まともに考えていなかったせいか、追放された時に、グレイ爺に拾われるその瞬間に感じていたあの脳が焼き切れる程の激情は喉元を過ぎたかのように忘れ、激情の熱はただほんの一瞬だけ宿るのを感じたに過ぎなかった。それは尻込みしていたレイの尻を叩くような熱さで、丸まっていた背筋がシャン、と伸びるような気がした。


 思い出したくも無かった感情に左右されながらながらも今は必要ない感情や思い出を頭の片隅から追い出して、こうして悩んでいる今もきっと弱っていくであろうグレイ爺のためにも四種類の薬草とキノコを集めることを優先しなければならない、とすぐさま思考を切り替える。


 頭の中をつついてかき乱す様な感覚に反吐が出る思いでいっぱいのレイは、すぅはぁ、と深呼吸を繰り返す。


 肌にピリピリと感じる竜気の塊、霧の結界に近づかないよう心に誓うと、ようやく落ち着きを取り戻した自分の足に力を入れ、深層へと踏み入れるのだった。


「うぅ、()()なぁ……。魔物を見つけても極力、避けて行こう」


 中層の魔力濃度に慣れたレイの体では、以前のように深層の空気、濃い魔力を前に藻掻き苦しむような結果には至ることは無い。だがそれでも深層の魔力濃度には息苦しさであったり、頭痛と言った我慢できる範疇の不調が体に現れる。出来る事なら魔物との戦闘は彼らの動きが活発になる夜は避けて、可能な限りは避けて行こうと考えていた。


 グレイ爺から受け取った四枚の紙には、薬草とキノコの情報はあれど魔物に関する情報はほとんど載っていないため、どんな魔物がいるかもわからない状況で無駄な体力を使う事だけは避けるべきだと判断した。

 やけに準備の良い荷物を背負って、人が通る道など存在しないのではないかと言う程に鬱蒼と茂る森の中を突き進む。




 時に背を屈め、時に木を跨ぎ、時に魔物から隠れながら、目的のモノを探して森の中を突き進む。




 現在レイが探し求める薬草キノコは四種類。

 薬草類とキノコ類がそれぞれ二種類ずつあって、あわせて四種類。



 まず一つが、満月草。

 満月の日の夜に、深層のどこかで花開く薬草のようで、欲しいのは満月に至るまでに溜められた魔力の蜜。それが花開くと同時に、雫となって落ちるのだと書かれていた。



 二つ目が、シオンフロップタケ。

 蛙の魔物に寄生するキノコのようで、処理の仕方で毒性を抑える作用があるとかなんとか。



 三つ目に、アルバヒメタケモドキ。

 熊の魔物が守る巣穴に生える桃色の美しいキノコ。としか書かれていない。



 最後四つ目が、竜鳳花。

 竜気の強い過酷な地に自生する薬草の一種であり、これを煎じた薬は万病に効く、と言われているらしい。だがしかし、グレイ爺の注釈によれば竜気による症状にしか効果が無い、というなんとも現実的なことが書かれていた。



 この中でレイが名前を知る薬草キノコは一つも無く、採集の難易度で言えばどれも楽なものではなかった。


 とは言え満月草に関しては月の満ち欠け次第。レイがどんなに努力したところで満月の夜が来なければ意味がない。夜はなるべく活動するのを抑えようかと考えていたレイがだったが、結局夜もまた探索に赴かなければならないことが決定して項垂れるも、仕方がないか、と割り切って気合を入れる。


 ひとまずは、嫌な記憶に触れるのを避けるために竜気の濃い場所に咲くと書かれた竜鳳花は後に回すとして、最初はキノコ類のどちらかを探すことに決めたレイは、日が赤く染まるまで深層の入り口、湖の辺りをくまなく探すことに。

 しかし、時間が経つにつれて増えていく魔物の気配に、探し物をしている場合ではない、と囲まれてしまう前にレイは湖畔に出て、その木の陰に寝床を作ることに決めた。


「――ふぅ、明日からはもっと頑張って探さなくちゃ」


 寝床とは言え、作ったのはリュックに入っていた一人用の野営テント。

 そこに魔物相手には効果が薄い木の葉や土でカムフラージュした迷彩テントだった。

 入るときはやけに入り口が狭いのだが、逆に中から外に出る時は広い出口になる辺り、かなり複雑な機構を果たしている、とレイは考えていたが、実際にはレイが張り方を間違えているだけだった。


 魔力に侵されていない野獣なる生物には効果があると聞かされては居たものの、魔物の中には魔力だったり竜気を嗅ぎ分ける魔物だったり、この程度のカムフラージュも看破する嗅覚の持ち主だったりがいるようで、ほとんど意味がない、と教えてくれたグレイ爺は言っていた。それでも、何もしないよりかはマシだ、という言葉を信じて作り上げたレイにとっては理想の寝床なのであった。


 本来魔物相手には、興奮状態ではない魔物を退ける魔道具が安価で効果的なのだが、レイが魔道具を扱えるはずもないため、グレイ爺はレイの為にと用意したリュックに入れる候補にすら上がらず、用意されることは無かった。

 水筒から水を煽って、腹ごなしに魔物肉のジャーキーを齧ってから就寝に入る。


 日が落ちた夜の森は魔物達のパーティ会場と化し、家の中では気にすることも聞こえることも無かった魔物の息遣いや足音が間近に聞こえてくる状況は実際に襲われる事よりも恐ろしかった。


 グレイ爺が「夜は森に近づいてはならん」と口酸っぱく言っていた理由が良く分かる状況に、少しでも夜の内に探索をしよう、なんて考えがあった自分を諫めてやりたい衝動に駆られてしまうレイは、なかなか眠りにつけないでいた。

 テントの近くを魔物が横切る気配、森の中を抜ける夜風に怯えても一人だという現実に押し潰されそうになりながら必死に目を瞑って眠ることを考え続ける。


 結局、レイが眠りにつく事が出来たのは魔物が寝静まる朝方になってからだった。






「――シオ……、どこ? あぁ、そっか……」


 翌朝、深層で迎えた最初の朝は非常に狭苦しく、改めて隣にシオがいないことの寂しさに打ちひしがれる。

 生まれてから今まで、朝にシオの顔を見なかった日など一日として無かったせいか、生まれて初めて感じる一人の心細さに押し潰されてしまいそうになる。


 今すぐにでも帰ってシオに抱き着きたい衝動に駆られるが、今グレイ爺のために動かなかったら必ず後悔する、と自分に言い聞かせて奮い立たせる。今動けるのは、自分だけだから。


「よしっ」


 睡眠は不十分だが、それでもやるしかない、と心に誓ったレイが出発しようとテントから顔を出したその時、レイは一瞬時間が止まったかのような錯覚に陥る。






 ――っ!?






 息を飲むレイの目の前には、四つの目が揃えられており、そのどれもがテントから顔を出したレイを捉えていた。皮肉にもレイが探し求める薬草キノコの種類と同じ数の目玉と目が合ったレイは、その充血した目を見て「寝てないのかな?」なんて緊張感のない、場違いな感想を抱く。


 四つの眼と目が合うという不思議な体験を果たしたレイは呆然と目の前の光景が夢のように感じていたが、それもすぐに四つの目の色が変わった瞬間に現実に引き戻され、深層の洗礼を受ける。




「――ちょぅわぁっ!?」




 四ツ目。

 その魔物には首が二つあり、二つの口が目の色を変えた瞬間に歪に吊り上がる。

 口端から垂れたレイの元まで匂ってくるような粘性のありそうな涎が地面に落ちると同時に、双頭の魔物がレイの頭目掛けて飛び掛かってきた。


 即座に首をテントの中に引っ込められはしたものの、レイが咄嗟に絞ったテントの入り口では双頭の片方が引っかかって中に押し入ろうと必死に藻掻く。テントの張り方を間違えたおかげか、双頭の魔物の首は片方しか入れられずにすぐ横で暴れ狂う。

 外に残されたもう片方の頭も、爪や牙をテントの生地に突き立てて破ろうと画策するも、思いのほか頑丈なテントは外の影を映すだけでそう簡単には破れはしないようだった。


 それでもテントに入り込んだもう片方の首が引き絞った入り口を破るのが先だろう。入り口を絞ったままでは、腕も握力ももう間もなく限界が訪れる。そうなっては目の前の魔物に食い殺される未来しか残ってはいないだろう。


 寝不足の体には厳しい状況に、レイは極度の集中状態に入り込み、自由に動く手を代わりに伸ばす。


 一人用テントが狭くて助かった。

 手を伸ばせば届く距離にある弓と矢筒、それから中途半端に開いたリュックを手に取ると、魔物の体に力が込められた瞬間を見極めて入り口の絞りを解く。


 双頭の魔物は、破ろうと力を込めた勢いのまま、突然大きく開いたテントの入り口に吸い込まれ、逆にレイは開いたテントから隙間を縫って飛び出す。小柄な体が初めて役に立ったようで複雑な気持ちだが、命が助かったのならそれでよかった。


 つんのめったようにテントの中に転がり込む双頭の魔物は、テントの中を暴れまわって抵抗するも、テントの後片付けが楽に出来るようにと横着したレイのおかげで杭を打ち込んだだけのテントは簡単に崩れ、双頭の魔物の視界を完全に塞ぐことに成功する。


 魔物とすれ違う際、半開きだったリュックからはいくつかの荷物が落ちてしまっていた。

 テントも、使い物にならなくなった事は確認するまでも無く分かるこの状況でレイは軽くなったリュックを手に双頭の魔物に背を向けて奥へ奥へと向かって駆け出しては距離を離していく。


 いつでも矢を放てる用意をしながら、背後を気にかけながら駆け抜ける森の中と言うのは非常に心地が悪く、いつまで経っても胸を打つ早鐘が、首筋を撫でるような焦燥感が消えてくれない。


 心細さに加えて寝起きと言うのも相俟って完全に気を抜いていた。

 油断していたとは言え、深層の恐ろしさをすっかり忘れていたように思える自分の不甲斐なさに歯噛みする。



 ――魔物の気配も感じ取れなくなる程疲れてはいないのに、息を殺して去るまで待つのが最良だったというのに。



 余りにも愚かすぎる行動をとってしまった自分に対して苛ついてしまうのも、背負ったリュックの軽さが理由の一つだ。軽くなったというのに、肩に乗ったままのストレスと言う名の重みは更に増えたように感じてしまう。



「ふぅ、ふぅ……、落ち着け、落ち着くんだ――」



 拓けた場所に辿り着いて、やってきた方向に弓を構えながら冷静さを取り戻していく。


 三十秒、一分、三分、と時間が経過してもあの双頭魔物が現れないどころか、他の生物の気配も感じられない。

 肩で息をするのも落ち着いてきて無事が確保されたことを確認できると、過負荷がかかっていた肩の荷が下りる。



「あ、焦ったぁ……!」



 すっかり目が覚めた様子のレイは、深層の恐ろしさを実際に味わったことで、もう二度と油断はしない、するものかと心に誓いながらも、木の根元で一息つくのであった。








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