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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第八章 始まりと終わり
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256話 赦しと祝福

読んでいただきありがとうございます。

 


 ヒジリの墓、とは言っても、グレイ爺のように墓標の下にヒジリが眠っているわけではない。

 ただの墓碑、目印のようなものを立てる程度のもの。


「シオ達は……まだ戻って来ていないようだな」

「先に、話しちゃおうか」


 魔法魔術談議に花を咲かせているのか、シオとヒバリ、それからギンの三人は、もうじき日が暮れると言うのにも関わらず戻って来ない。


 墓碑は小屋の裏手側、小屋の窓からも見える一本の木の根元に立てた。

 人目に付かず、されど忘れられる事のない場所に、二つ。


 片方の墓碑には「ヒジリ」の名を。

 もう片方の墓碑には「ラナ」の名を。


 それぞれ大きさの異なる二つの墓碑を、レイはシスティナ手を借りて彫り出し、木の根元に立てたのであった。

 その造りは非常に簡素で粗雑。素人目から見ても不格好である事は分かってしまうのだが、レイにとっては感極まるようなものだった。


 そもそも幻想の森において、死後はエネルゼアによって選別されると言われ、死者の亡骸に触れる事さえ白い眼で見られるような行為だった。それ故に、死者を弔う文化は無く、()()()に逢った人は時の流れの中で風化していき、何時かは必ず忘れられてきたのであった。


 そんな環境の中で、外の世界を知って死者を悼む気持ちが人一倍強いレイにとって、この六年間ヒジリとラナを弔ってやる事すら出来ない、と言う事実は一種の決して晴れない精神的負荷としてレイに重く圧し掛かっていた。

 それがついに念願叶ったレイは、墓碑に手を合わせる以前に「ようやく弔うことが出来る」と言う事実だけで感極まるには十分な事実なのであった。


「ほら、レイ。一旦泣き止まないと話したい事も話せないだろ?」

「うぅ、分かってる。分かってるけどぉ……!」


 小屋に戻るまでは己が欲求に身体を乗っ取られたかのように優先していたシスティナも、時が経てば落ち着きを取り戻したかのようで今では泣きじゃくるレイを宥めるのに夢中の様子だった。

 年甲斐もなく泣きじゃくっていたレイも、システィナに言われてズビズバ、と一つ鼻を啜って落ち着きを取り戻すと、数回深呼吸を繰り返してヒジリとの対面を果たすべく、墓碑の前に腰を下ろす。




「……姉さん。遅くなってごめんね」




 そう言って再び涙を零すレイの手には、使い古した木製の湯呑が。

 ヒジリの墓碑の前にも、使い古したヒジリの湯呑。そして、システィナの手にも同じ物があり、そのどれもに緑色の液体がなみなみと注がれていた。

 ツンと鼻を差す刺激臭に、液体の表面に浮かぶ濃い緑の繊維たち。言うまでもなく、これはヒジリの為の煎じ薬であり、舌がひっくりかえるような苦さを誇るものであった。


 レイは、墓碑に捧ぐヒジリとの思い出の品は、と言われて思い当たったのがこの煎じ薬であり、本来であれば自分とヒジリの分だけを用意していたのを、システィナがどうしてもと言うのでシスティナの分まで用意した。本当に想像を絶する苦さであるとは事前に教えているため、果たしてシスティナがどのような反応を見せるのかもレイにとっては少しばかり楽しみにしていた。

 ラナの分は無いのかと言うと、ラナはいつもこの煎じ薬をレイとヒジリが「苦ッ!」と半泣きになりながら飲んで笑い合う姿を後ろから眺めているのが好きだったため、ラナの分は用意していない。そんなラナの為に、レイはラナが好んでいた木の実を用意していた。この果実は実際にはシオの好物なのだが、ラナは自分の好物だと言い張ってシオに分け与えていた。ラナはシオを本当に弟のように可愛がっていたし、シオもまたラナの事を本当の姉のように慕っていたのだ。

 そんな二人の関係性が伺えると言うのに、この瞬間にシオが居ないのは解せない、などと言うような存在は此処には居ない。

 シオの事を本当に分かっているからこそ、レイもシスティナも、シオがこの場に居ない事を認めているのであった。捻くれ者の捻くれ度で言えば、シオは世界でもトップクラスに捻くれている。人には素直になれと言いながら、シオは最も素直では無いのだから。レイ達の目があると、素直な感情を吐き出すには至れない。シオはそんな面倒くさい生き物であり、レイ達はそれを理解しているのであった。



「……姉さん。僕は、生きてるよ。姉さんに貰った命で、精一杯、生きてる、よ……っ」



 あの時、あの夜の事。

 七年もの時が経とうとも、その当時の記憶は決して風化しない。


 レイは内に秘められた思いを、吐露し始める。



「あの薬が、毒だったのは、僕が騙されたからで……っ、僕が、もっと強かったら、あんなやつに苛められる事も、騙される事も無かったのに……! でも、そのせいで、その、せいで、姉さんは、僕なんかを助ける為に、力を使って、無茶をして……!! 姉さんは、本当なら、もっと生きられたはずなのに、僕が、僕の所為で、あの日に力を使い果たしてしまったんだ……! 姉さんは、僕が、殺したような、ものだから……!! ずっと、目を背けて来たっ。ずっと、直視出来なかった……。でも、やっと、やっと言える。……ごめんなさい、姉さん。こんな、こんな僕の為に――」

「……ッ」



 全ては、ガリウスが仕組んだ罠であったとしても、有り得るはずのない希望に縋ろうと、楽な道を選んだのは、全て自分の所為。


 ――僕が弱かったから。

 ――僕が無知だったから。

 ――僕に、生きる価値なんて無かったから。


 レイは、予めシスティナには言ってあった。

 どんなに止めたくなっても、止めないでくれと。これは自分自身に対する禊。罰なのだと。


 そんな訳があってたまるか、とシスティナが反論しようにも、ヒジリと向き合う事があれば、絶対に言うべきことがあるから、とレイはそこをどうしても譲れなかった。


 それだけ、レイはこの思いを心の奥の奥、誰にも触れられない場所に、この六年――七年近くもの長い時間、鍵をかけて閉じ込めていたという裏返しでもあり、水に流れたとはいえ過去にそんなレイの思いを知らずとも侮辱したシスティナには、このレイの魂の叫びとも言える感情の吐露を止める権利など、無いに等しかった。

 それでも、レイが姉を殺した事実など無く、そんなものはレイの妄想に過ぎない、レイは守られたのだと、「――そんな事無い」と声を大にして言い放ちたいシスティナは、繋いだままのレイの手を決して離しはしなかった。それだけが、今のシスティナにできる唯一の、レイの心が壊れない為のシスティナにしか出来ない事だったから。




「僕は、もう――」




 しかしレイの悲痛な叫びも佳境に差し迫った頃、不意にレイの言葉が途切れる。




 それは、夕暮れ時に小屋の裏を抜けるそよ風が吹いたから。




 二人の髪を揺らし、木々の葉を撫でて音をかき鳴らす程度の、生温い風。




 ただのそよ風に何を驚く事があるのかと言われても、悔しさから歯噛みしていたシスティナは見たのだ。




 風に吹かれたレイの横顔。




 涙で張り付いた髪を退けるように、姉が愛する弟の涙を掬うように涙の筋が途切れた、レイの横顔を。




「ぁ……」




 それは、ただの気の所為かもしれない。

 同時に、気の所為かもしれなければ、奇跡かもしれないのだ。


 弱り切った、乾き切った心に注がれる奇跡ほど、信じ込める奇跡は無いと言える程、レイにとってその風は信ずるに値する奇跡であった。


「僕は……生きてて、いいのかなぁ……」

「っ、良い、良いんだよ、レイっ。それに、約束しただろ……? 一生、傍に居るって」


 姉の犠牲の上に成り立つ生。

 それこそがレイを自己嫌悪に浸らせていた感情の正体であり、グレイ爺にも晴らせなかったレイの心の闇。けれども、それはたった一つの奇跡がレイの目に光を取り戻し、システィナへと振り向かせるに至った。


「……姉さんは、最期に言ってくれたんだ。これからもずっと見守っているからね、って。……今のは、きっと姉さんが答えてくれたのかな」

「あぁ、そうかもな。レイは、お義姉さんに祝福されているのだろう」

「祝福……?」

「オレ達のような有角人種、その他の亜人には、生まれながらにして守護霊を背負って生まれてくると言われているんだ。守護霊は、別名祝福とも言われ、悪しき真似をすると祝福が失われると言われている。だから、レイにはシオとお義姉さんの二人に、守られている。と言う事は、レイは悪い事をしていない。そう考えられるだろう?」


 システィナのその言葉はレイの胸にストンと落ちたのか、握った手が感極まって震え出す。

 そうして流される涙はこれまでとは違って、自分を責める涙ではなく、赦しを得たような、安心感から溢れた涙のようにも見えた。



「いい、のかな……、僕、は、姉さんの分まで、生きてもいいのかな……」

「いいに、決まっているだろ。だからほら、レイ。お義姉さんにもっと、いろんな話を聞かせてあげよう」

「うん、うん……! あのね、姉さん。姉さんに、聞いてもらいたい事がいっぱいあるんだ――」



 赦しと言う名の祝福を受けたレイは、次から次へと溢れてくる記憶の奔流を紡ぎ出す。



 いつか時が来たら話そうと積もりに積もった話題を、時間も忘れて繰り広げていく。



 ヒジリが知りたがった鳥の名も、花の名前も、外の世界も。



 そして外の世界で出会ってきた、数々の人と、その物語を。



 陽が落ちて、外が完全なる暗闇に包まれても尚、レイはヒジリが好きだと言ってくれた笑顔を絶えず浮かべて、語り続けた。



 思い出の煎じ薬をシスティナと二人で飲み干した時には、余りの苦さに卒倒しかけたシスティナを見て、レイはヒジリと一緒になって笑って見せた。



 そんなシスティナを「僕の好きな人」と紹介した時には、レイは耳まで真っ赤にさせていたのを見て、今度はシスティナがヒジリに語り掛ける。




「――二人で、必ず幸せになる。だから、お義姉さんも、安心して見守っていて欲しい」




 短く、簡潔に。けれども必要な事を述べたシスティナ。

 そんな二人の背を押すように、祝福するかのように、夜風がカンテラの灯を揺らす。


 それを受けた二人はお互いに顔を見合わせて、ホッとしたように緊張を緩める。


「レイ……」


 見つめ合っている内に、いつの間にか伸びて来たシスティナの手がレイの頬に触れ、システィナの艶のある唇がレイの小さな口に近付けられる。

 あらゆる枷から解放されたレイも、システィナの欲求に逆らうことなく己が欲求に素直になるかのように迫る唇に同じ物を重ねていく。



「――んっ」

「んへへ、ちょっとだけ、苦い、ね……?」



 触れるようなキス。

 けれども、その味は煎じ薬の苦味が邪魔をして、二人は誤魔化すように笑みを零す。


「……」

「……」


 初めてのキスで失敗したのを誤魔化すように、二人は揃ってほのかな酸味と甘みの強い木の実に手を伸ばし、その場に一瞬の静寂が訪れる。

 再度訪れた苦味に苦笑しつつも、レイは初めて触れた柔らかな感触と、直に感じるシスティナの熱に浮かされたように、木の実を食みながら思い出すかのように呆然とする。


「――レイ」

「んぁ? ――っ、んむっ!?」


 結ばれたんだ、と言う感慨深い感触に呆けるレイの横で力なく肩を落としていたシスティナだったが、意を決した様子で愛する者の名を呼び振り向かせると同時に、レイの口寂しさを表すかのように少しだけ開いたままの口に木の実を差し込み、それを奪い取る様にシスティナは口を被せる。


「――んっ、ぁむっ、んっ、んっ……」

「――ッ!?」


 木の実を挟んでのキス――なんて言うのは極僅かな時間で、渋さと酸味が残る木の実は瞬く間に磨り潰され、そこから溢れた果汁を舐め取るかのようにシスティナはレイの唇から舌を侵入させていく。

 一瞬にして口いっぱい、鼻いっぱいに広がるお互いの匂いにシスティナの興奮は増す一方で、レイは絡み合う舌の感触に驚き困惑しつつも広がっていく快感にシスティナの蹂躙を拒めず受け入れるばかり。


「ぷぁ……!」

「……レイ」


 息を止めていたレイがシスティナの蹂躙から解放されてようやくと言った様子で酸素を求めて呼吸を繰り返すも、システィナは自分の唇に付着したレイの痕跡までもを舐め取る。その仕草はレイの目にはまるで「まだ足りない」と叫ぶ猛獣かのように映る余り、レイは目を泳がす他無かった。


 そんなレイの身体にシスティナの腕が差し込まれ、脱力したレイはそのままシスティナの腕に抱かれて持ち上げられてしまう。


「――お義姉さん、オレとレイは、これにて失礼する」

「え、あっ、ちょっ、待っ――」

「もう十分待った!! 行くぞ、レイ」

「姉さんまた来るか、らぁああ――」


 鼻息荒くするシスティナに担ぎ上げられたレイは、そのまま言葉を残すのも程々に瞬く間に小屋へと引き戻されていく。


「レイ……オレはもう、抑えられないかもしれない……」

「う、うぅ、分かる、分かるけどさぁ……もう少し、色々と、その……」

「全部終わったら、と言っただろ」

「言った、言ったし、僕も、その――ごにょごにょ――だけどさ……えぇとその、何が言いたいかと言うと……」

「うん?」


「――ぼ、僕も、頑張る、から……!」





「――っ、あぁ、望むところだ」





「その……綺麗だよ、システィナ……」





「――オレはもう、手加減できそうにない」





「お、お手柔らかに……?」





 ベッドに降ろされた時には、既にシスティナは一糸まとわぬ姿を晒しており、レイは目のやり場に困る中、いつになく積極的なシスティナによってレイは受け入れる他無いのであった。

 そうして、システィナは自然な動きでレイに覆いかぶさり、お互いにお互いを求めう、甘美なる夜が始まりを告げるのであった。











「……食われたな」

「うぅ、マスター……。マスターが大人の階段を……! その瞬間は是非ともヒバリの目に残しておきたかったのですが……!」

『なぁシオよ。ヒバリはもしかしなくとも、変態なのか?』

「頭がおかしいだけだ。それ以外は問題無いんだけどな……。それはそうとギン。あの風はお前がやったんだろ?」

『良い演出だったであろう? ちなみに今のは魔法でも竜術でも再現不可能な奇跡の行使。これこそが竜魔術の真髄よ』

「無駄な技術とはまさにこのことだな……」

「ヒバリも、ヒバリもマスターの元にイかせてくださいぃぃぃぃぃいいい!!」

『おおう……こやつ、血の涙を流し始めたぞ……』

「とりあえず、夜まで黙らせておくぞ」

『うむ、それが良いな』

「マスタぁぁぁああ――あっ」


 レイとシスティナが夜を過ごす頭上、雲よりも高い空の上で、魔法魔術談議に花を咲かせていた三人は、眼下で行われたレイの成長過程を眺めていた。

 魔法魔術談議は早々に終わりを迎えたのだが、シオの判断によってレイの元に戻るのは取りやめになり、二人の行く末を黙って眺める方針に決定したのだが、ヒバリはレイへの愛を叫び続けるが故にシオの魔法によって拘束され、たった今、意識を刈り取られるに至った。


『我はこのまま朝を待つつもりだが……。シオ、お前はどうするのだ?』

「……木の実が残ってんだ。腹が減ったからな。それだけでも食ってくる」

『存分に語らうと良い』


 全てを見通すギンに口から出まかせは通用しないようで、シオは遠巻きに素直にならざるを得ず、ギンの返答に「ケッ」と吐き捨てると、瞬く間に大地に向かって急降下していく。


 そうして降り立ったのは、墓碑の前。

 大好きだった姉のような存在である、ラナの墓碑の前で、シオは静かに語り掛ける。



「……遅くなったな、ラナ」

『――大きくなりましたね、シオ』

「やっぱり、ずっと見えていたんだな」



 墓碑の上に佇む、丸々としたフォルムの白い竜。

 幻想種にだけ見える輪廻の外側から語り掛けられる感覚に、シオはその目に涙など浮かべずに不敵に笑って見せる。


「たくさん、話したい事があるんだ」

『――えぇ。(わたくし)も、たくさん聞きたい事がありますよ』


 ヒジリと向き合ったレイの後で、シオはいつになく優しい表情を浮かばせて、ラナの影と夜通し語り合うのであった――。











ブクマ、評価等ありがとうございます。



これにて第八章は終了です!!

ようやく結ばれましたね。抱いた……抱かれた……?


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