255話 好き、です
読んでいただきありがとうございます。
「――オレは、レイの事が好きだ。愛している」
システィナの、突然の告白。
それを受けたレイは「――え?」と息を漏らしたのを最後に、まるで時が止まったかのように体の動きを静止させてしまう。
「何度でも言うぞ。オレは、レイを愛して――」
「――きっ、聞き返した訳じゃ、なっ、くて、ね……!?」
「もしかして、迷惑……だったか?」
「いやっ!? いやいやいや!? そんな事無い! 嬉しいに決まってるよ!! 僕だって――」
「レイだって……?」
「やっ、えっ、と……こ、心の整理をするから、ちょっとだけ待ってくれる……? 必ず、答えるから!」
「あぁ。いつまでだって、待てるさ」
いつまでも待てる、と言いながらもシスティナは顔を背けたレイに身を寄せてくる。
けれども、緊張に緊張を重ねたレイは、胸を突き破らんとばかりに激しい鼓動を繰り返す心臓の音で耳が埋まっているせいか、自分の身の回りの事まで気を巡らせることは出来ないくらい気が動転していた。
システィナの声で愛を囁かれる度跳ねる心臓、その更に奥、腹の底から膨大な熱が沸き上がってくる。
その熱に全身が支配され、浮き上がっていくような感覚は不快どころか、むしろ心地良さすら感じられて、自分の顔がだらしなく緩んでしまうのを止められない。
鼻の下が伸びるような感覚にレイは咄嗟に「心の整理」だなんだと口から出まかせを吐いて顔を背けたのだが、レイは単純に今のニヤケ面を見られたくなかったが為に、顔を背けた次第であった。
「……僕だって、システィナの事は――」
システィナとの出会いは、事故のように突然で、呪いに絡め取られた憐れな亜人の一人である、と言うのが第一印象であった。
他の亜人を救う片手間、誰もがついでの土産感覚で王国に捕らえられた亜人達を解放する内の一人が、システィナだった。
レイにとっては、そんなただの亜人の一人でしか無かったシスティナが特別な存在へと変わったのは、彼女が居なくなったあの瞬間。
元より、システィナが罪の意識に追われて死を希っていたのは周知の事実。けれども、一度助けた手前、救った命を無碍にされるのは癪に障るが故にレイの元で与る約束を果たして数日、レイはあの手この手でシスティナに生きる理由を与えようと試み続けた。
その中の何が効いたのでもなく、必死で生かそうとしてくれる、向き合ってくれるレイにシスティナは心動かされたのだが、当のレイはその事実を知る事無く、非常に遅い足取りながらも一歩ずつ確実に前に進もうとしていたシスティナを見ていただけに、それでも尚も彼女が本当に死を選択するのかと、自分の不甲斐なさに涙を堪えながら水棲人種の棲家中を探し回ったあの時。あの瞬間に、崖の上で最後の一線を踏み越える事無くへたりこんでいたシスティナが、無事に生きていてくれたシスティナを見て、レイは自分にとってシスティナと言う存在が如何に大きくなっているのかを思い知った。二人でわんわん、と泣き喚いてお互いに仲直りを果たしたあの夜、レイの中でシスティナと言う存在は、自分にとって当たり前の存在――欠かせない存在にまで昇華されている事を理解してしまったのであった。
そうだと意識し始めてしまえば、システィナが明確にレイに対して好意を抱いて接してくるようになった変化もレイは見逃さずに、真正面から受け止める。彼女自身に、好意が溢れている事を悟らせずに。
ヒバリとは違って、純粋に、けれども大胆に攻めてくるシスティナに対し、レイはただひたすらに知らぬ振りを通さねばならない事が酷く辛いものであった。
直ぐにでも受け入れてやれよ、と思われるかもしれないが、そういった態度を足らざるを得ない理由と言うのが、システィナがヒバリに相談を持ち掛けるのと同じように、レイもまたシオにお互いの事で相談を持ち掛けておりシオから言われた言葉がどうしても引っ掛かっていたからである。
『レイにその気があるんなら俺も角女を止めはしないが、あの角女と本気で向き合うのだとしたら、中途半端な思いを抱えたままじゃ相手に失礼だ。答えを出すのなら、レイが本当に自分の思いを自覚してから、レイの口からも思いを伝えるべきだな。相手が僕の事を好きだから――なんて理由は、相手の思いを利用しているに過ぎないと言う事を念頭に置いて考えろ』
稀代のプレイボーイ、グレイ爺から「恋のいろは」を教わっていたシオの熱いメッセージはレイの胸を打ったが為に、今の今までシスティナの想いに応える事が出来なかった。
しかし、今――。
システィナの真正面からの告白を受けたレイは、ようやくシオの言葉の楔を打ち砕く瞬間が来たことを知る。
腹の奥底から湧いてくる膨大な熱、例えようのない高揚感と緊張、そしてトキメキ。この感情に名前を付けるとするならば、それは恋であると同時に愛でもある、かけがえのないもの。
命のやり取りを繰り返してきたレイであるが、それでも今この瞬間、自分の思いを口にする事の重みに押し潰されそうな重圧の中、レイは覚悟を決めてシスティナへと向き直る。
いつでもいい、とは言われたけれども、レイは今、この場所で答えを出したかった。
幻想の森において唯一と言ってもいい、汚れの無いヒジリとの記憶が残る草花の上で、レイは今、好きな人と膝を付き合わせて向き合っていた。
そうして、レイは震える声を絞り出そうと、ごくりと唾を飲み下してから声を放つ。
「……僕、も。システィナの事が、好き、です」
シオが見ていたら、きっと大口を開けてあるはずのない膝を勢いよく叩いていた事だろう。
それくらい、何の捻りも無く、ただ真っ直ぐに、人に好意を告げると言う重圧に負けじと、システィナの目を真正面から見つめて言い放った。
羞恥心に打ち勝ちようやく言い放つことが出来たレイだったが、対するシスティナは嬉しそうに微笑むばかりでそれ以上の反応を示さない。かと思いきや、レイの言葉を噛み締めるかのようにたっぷりと沈黙の時間を使ったシスティナがようやく口を開く。
「……聞こえなかった。もう一回」
「えぇ!? ちゃ、ちゃんと言ったよぅ……」
「もう一回」
「う、うぅ……す、好き、です」
「もう一回」
「だ、大好きです……」
「もっと」
「大好き……っ!」
「もっと」
「――あ、愛してますッ!!!」
目を細めていただけのシスティナだが、その実、レイに愛の言葉を言わせたいが為に要求を繰り返し、何時の間にか逃げられないようレイの両手はシスティナの手の中に包まれていた。そんなことしなくても、とは思ったものの、レイからしてもこのような二人きりの機会でも無ければ愛の言葉を大きな声で口にするような真似など出来ないだろうと言う思惑もあって、レイはどこか吹っ切れた様子でシスティナに向かって愛を叫んだ。
「――わっ!?」
その結果、感情的になったが為に息を切らし、潤った目を上目遣いで覗き込んでくるレイを見て官能的な感情が湧き出たシスティナによって、一縷の抵抗さえも許されずにレイは地面に組み伏せられてしまう。
「レイ……オレもだ。世界中の誰よりもレイの事を、愛してる」
「ま、待って? システィナ? 何で覆いかぶさったの? なんだか、目が怖いよ? 聞いてる、システィナ? 聞いてる、あれっ、動かないや。力、強くない?」
「大丈夫だ。天井の染みを数えていればすぐに終わるから」
「天井!? 青空の下なんだけど!?」
「レイ――愛してるよ」
ぐっ、と近寄る彼我の距離。
鼻に香るは草花よりもレイを惑わすシスティナの匂い。落ち着くようで落ち着かない、そんな香りが鼻に抜け、レイの脳内を直接まさぐるかのように侵入してくる。
その上で、トドメだと言わんばかりに熱い吐息が混ざったシスティナの口から愛を囁く声がレイの耳を抜けて脳天を突き刺すように放たれる。
途端、レイの背筋に昇ってくるのはゾクゾクとした快感。このままシスティナに支配されたいと言う欲求と、蹂躙されたいと言う比例する思考が浮かんでくる。
「――ッ、ま、待って!!」
それでも、唯一残された限りある理性がレイの緩んだ身体に力を奔らせ、抑え込まれていた手足でシスティナを押し返した。
「……嫌、か?」
対するシスティナは、レイの最後の抵抗を受けて悲し気に眉尻を下げるのだが、レイは「そうじゃない」と言って言葉を続ける。
「い、嫌なわけじゃないよ。ただ、全部が片付いた訳じゃないから……。先に、システィナの事を、姉さんに紹介したいと言うか……」
どことなく自分の気持ちを素直に言葉にするのはまだ気恥ずかしいレイが口ごもりながらそう言うと、システィナはたちまち立ち上がり、レイを起き上がらせた後に衣服に付着した葉っぱを叩き落とす。
そうして何事も無かったかのように立ち上がったシスティナは、レイの手を引いて小屋へと続く道を歩き始める。
「良し、行こう。さぁ、行こう、レイ。早くレイのお義姉さんに挨拶をしに行こう。安心してくれ、オレが必ず、最後まで傍に居るから」
繋がった手は固く握り締められ、決して離すまいとシスティナが繋いでくれている。
その早足に釣られてレイの足も早まっていく。けれどもその足取りは決して重くなく、むしろ軽いくらいの様相を呈していた。
レイにとってヒジリの死と言う現実に向き合うのと言う課題は、並大抵の覚悟では足りないくらい、重く、困難なものであった。けれども、今だけはどうしてか、その課題に向かって真っすぐに足を運ぶことが出来ていた。
これも、システィナと向き合うと言う経験が活きている証なのかと思うと、レイは思わず笑みが零れてしまう。
そうして、ヒジリと向き合う恐怖が薄れたまま、レイはシスティナに手を引かれて足取り軽い様子で小屋へと足を運ぶ。
そんな二人の頭の中には、既に先程起こった愚かしい幻想の森の住民達から投げられた謂れの無い礫の事など追い出されており、二人の頭の中はこれからの事、お互いの事ばかりを頭の中に思い描くのであった。
抱け、抱け……! 抱けぇ!! 抱けぇーッ!!!




