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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第八章 始まりと終わり
255/258

254話 後始末・3

読んでいただきありがとうございます。

 



「……ごめんね。何も、面白くなくて」

「レイが、謝るような事じゃない」


 これから始まる二人きりのデートだ、と張り切っていたのも束の間、レイとシスティナの二人の間には、何とも言い難い空気が漂っていた。そうなるに至った経緯と言うのが――。






 ――あの後、レイは自分の故郷である幻想の森を案内すべくシスティナと共に歩き出した。


 彼女が口にした「案内してくれ」と言うのは当然の如く建前であり、常に誰かしらが傍に付いているレイと二人きりになれる機会は滅多に無いシスティナにとってみればこれは限られた好機。それを逃すまいと行動に移したは良いものの、システィナが放つ怒涛の緊張感が伝播した結果、レイもシスティナもカチコチに固まったまま動き出す素振りも見せない。傍から見れば初々しくもあるのだが、当人たちにとってみれば初めての経験であり、いかに失敗しないかを頭の中でひたすらに巡らせるばかり。

 お互いに緊張と興奮が混ざった空気に飲み込まれてしまいそうになったその時、正確に思い出す事も出来ないくらい過去の記憶、ヒジリから教えられた「いつの日か女の子とデートするようになったらレイがエスコートして上げるのよ」と言う声が脳裏に過り、レイがシスティナの手を取ったところまでは記憶に残っているのだが、そこから後の記憶は消し去りたいほどに悲惨なものだった。



『――ここが、いつも歩いた道で』



 そこは、畑に挟まれたただの畦道で。



『――ここが、時々シオと水浴びしてた川で』



 そこは、小さな橋がかかるだけの小川で。



『――ここが、買い物を……』



 そこは、誰一人として手を差し伸べてくれなかった町で。



 誰かに案内する事で、何一つとしてマシな思い出の存在しない、ろくでもない記憶を探る事で、レイは初めて痛感せざるを得なかった。


 ――僕は、幻想の森が嫌いだったんだ、と。


 ヒジリが居たから……、シオが居たから……、と精一杯記憶を美化してみても、レイの記憶に残る幻想の森はいつだってレイに対して牙を剥くような世界だった。

 その事に気が付けるようになったのは、幻想の森(故郷)いい場所だった、と必死で思い込もうとしていたのが馬鹿らしくなる程、残酷な外の世界の方がよっぽどレイに優しかったからだ。勿論、外の世界だって牙を剥く。けれども、それは幻想の森のように恣意的ではなく、誰に対しても平等で、必ずそこには希望が降り注いでいた。それこそが『外の世界は美しい、けれども残酷である』と遺したグレイ爺の言葉の真意なのかと思えたのも、全てはここ幻想の森がレイにとって邪悪そのもであったからなのかと、思い知ったのは、システィナをエスコートして歓楽区に足を運んだ際だった。


『――お前だ! お前が、私達の愛する子供を奪ったんだッ!!!』

『返してっ、私達の愛する子供を……ッ、()()()を、返せッ!!!!』


 歓楽区では、王国軍の襲撃によって非難してきた下級区民たちの扱いに加えて、聖区にてガリウスの死が公になったせいか、様々な情報が錯綜して普段の賑やかさとは異なる騒がしさの様相を呈していた。


 そんな中でレイとシスティナの姿を目撃して一目散に後ろ指を差してきたのは、他でもない、レイと因縁深いシュウの両親であった。

 彼らは我が子の死に泣き腫らしたのか、腫れぼったくなった目元を高級そうなハンカチで押さえて、罵詈雑言を撒き散らしながらレイに()()()寄ってくる。


『貴様が戻って来ていたのは既に知っていた! 追放刑にあって尚もこの森に足を踏み入れる不届きものが居ると言う噂は私達の耳にも入ってきている!! そしたらなんだ……? 次は私達の最愛の息子の訃報が飛び込んで来たでは無いか……!? お前は間違いなく、我が息子を奪いに戻って来たのだろう!? 死神めが……ッ、私達の息子を、どこへ連れ去ったと言うのだ!! 答えろ!!!』

『あぁぁぁぁぁ……ッ! シュウを、シュウを返してェッ!! 私達の息子を、返してぇぇえッ!!!』


 前に出ようとするシスティナを制するように一歩前に踏み出して身を挺するレイに掴みかかるシュウの両親。最後に見た記憶よりもはるかに肥えた二人を見て、さぞかし裕福な暮らしを満喫したのだと思うと、シュウの両親を見下ろすレイの目から熱が引いていく。


 ――ヒジリに毒を盛って立てた手柄で食う飯は美味かったか。


 胸倉を掴まれて言われる理由の無い誹謗中傷を前にするレイは、感情のまま浮かんだ言葉を言い放つような真似はせず、極めて理性的に、冷静沈着な毅然とした態度で沈黙を貫く。

 何せその言い分はレイから言わせれば実に愚かしく思えると言うもの。レイにとってシュウは確かに恨むべき、忌むべき存在ではあるが、手にかける価値があるとは到底思えない存在でしかなかったからだ。


『……ッ、お、お前達も見たのだろう!? この者が、襲撃に託けて我らが同胞に手を出した挙句、幻想部隊(エリオゾラ)に捕縛されたのを! だと言うのに! この男は幻想部隊を内から引き裂いた! 私達が今を生きるのに苦難を強いられているにも拘らず、この男は幻想部隊の庇護の下にあるのだ!! それは、この男が幻想部隊を支配する他でもない証拠だろう!? ガリウス様に変わって統治を進める幻想部隊は最早幻想部隊に非ず! あまつさえこの男は私達の愛する息子を奪ったと言うのに……幻想部隊は騙されている。この男の良いように転がされているだけなのだ! ――我らが付き従い跪き敬うのは、幻想の森最強の男、ガリウス様ただ一人のみ……そのはずであろう!? それを、得体の知れない息子殺しのこの男に、私達の生活圏を脅かされてなるものか!?』

『私達のォッ! 息子がァッ……! この男に、殺されたの、奪われ、ました……ッ!! 絶対に、許せないッ! だから、だからどうか、皆さんの力を貸してください……!!』


 気迫を込めて迫った所で、レイは眉一つ動かす素振りを見せずに相対する姿を見せる為、これ以上は分が悪いと判断したシュウの父親は、一連の騒ぎに注目を集めていた民衆に語り掛ける。

 常にヒステリックに喚き立てるシュウの母親は同情を誘うように泣き叫ぶ。


 その声に一人が動き始めれば、また一人、二人、と動き出す。

 誰かが石を投げ始めれば、続けて別の誰かが石を投げ始める。


 幾ら時間が過ぎようとも、絶対的存在に身を委ね、閉鎖したこの空間に居を構え続ける以上、その世界に変化は起こらない。競争も無ければ、進化もしないそんな世界で六年前と何ら変わらない様子の人々を目の当たりにしたレイは、降りかかる小石の礫からシスティナを守る様に立ち塞がる。


 けれどもその目に光は無く――。


『……レイ、もう、行こう』

『……ごめんね』


『――見ろ! 私達の力で、悪しき男と忌まわしき女を撃退して見せたぞ!! これより先では、洗脳された幻想部隊の手など借りずとも――』




『――何が、要らないのですか?』




『ヒッ!? せ、セスラス……様!?』


 騒ぎに駆け付けたセスラスと彼の下に就く幻想部隊員の数々。

 彼らが民衆の集まりを散らす中、セスラスは横目で、暗い背中を見送る他無いのであった。






 ――ヒジリやシオのお陰で美化されていた記憶の数々が、実際には数百、数千ある憎悪の記憶と比べれば十にも満たないような、些末な出来事でしか無かったという事実に加え、歓楽区での出来事。

 それらを経たレイは、帰る道すがら繰り返し「ごめん」と呟くようになってしまい、折角の二人きりのデートは暗い終幕を迎えてしまっていた。


 それでも、繋いだ手は決して離れる事は無く、レイの隣を歩くシスティナは握る手を更に固く締める。

 レイがこれ以上不安を抱かないように、レイがこれ以上傷付かないように、システィナは握り締めていたかったから。


「レイ。最後に一か所だけ、案内してくれないか?」

「……何処に?」

「レイと、お姉さんの思い出の場所に、連れて行って欲しい」

「姉さんの……」


 思い出が、何でもない只の道だったと知り、その先では不幸な記憶しか残っていない経験を今し方してきたばかりのレイにとって、残された最後の華やかな記憶が残る場所に案内しろ、と言うのはその記憶までも潰されるかもしれない、と言うレイの気持ちを推し量れば絶対に避けたい行動であった。

 けれども、システィナはレイの為を想ってその提案をしており、今度ばかりは「駄目ならいい」と引き下がる余地を残していないためレイも引き受ける他なく、しばしの逡巡の後、レイはシスティナの頼みを叶えるべく最後の華やかな記憶が残る場所へと、歩を進める。











「――ここだよ」

「ここが、レイとお姉さんの、思い出の場所か」


 システィナに頼み込まれてレイが案内した先は、()()()()()だった。


 ヒジリと出会った場所でもあり、彼女と長い時を過ごしたあの小屋ではなく、どうして何の変哲も無い森の入り口なのか、とシスティナは疑問に思うも、あの小屋は最愛の姉が殺された場所でもあるからだと即座に思い至る。

 姉の墓を建てるならばあの場所だが、レイにとって純然たる希望に満ちた思い出は、特別な感情の宿る記憶の場所は此処だという話であった。


 レイは静かに森の草の上に腰を下ろし、システィナもまた、寄り添うようにレイの隣に身を寄せる。


「どんな思い出があるのか、聞いても良いか?」

「……姉さんは、植物の知識が豊富な人だったんだ――」


 そうして語られるのは、ヒジリがレイの元に転がり込んできて数日のある日の出来事。

 まだヒジリの身体が彼女の思うがままに動かせた、レイとの関係の中では特に短かった期間の話であった。




 森の入り口付近に茂る緑の草花を、自分の持つ知識と照らし合わせて一つ一つ識別していくヒジリ。

 畑仕事を抜け出して焦っていたレイに、無理矢理ここまで案内させたヒジリは笑って『一日くらい休んだって誰にも文句は言われないわよ』と言う。

 そんな訳ない、と畑仕事に短い人生を捧げて来たレイは必死に戻ろうと抵抗するのだが「病気がある」と教えられたヒジリをこの場に置いて行くのは憚れたため、レイは去りに去る事が出来なかった。今思えば、これも全てヒジリのレイの切羽詰まった息を抜く為のふざけた行為だったのか、と分かるのだが、当時のレイは不満を抱えてばかり。


『これが、水に浸して効能を引き出してから飲むと喉に効く葉っぱで、これが鼻詰まり、っと。そしてこれが……私の身体に効果がある葉っぱよ。今のところは煎じて飲むのが一番効能が高いと思うけど、もしかしたら今後――っと、レイにはつまらない話だったかな?』

『……ツンツン、してぇる……はっぴゃ……』

『ふふ。このお話はまた今度にしようね』


 働き詰めでまともな睡眠時間も取れていなかった幼きレイの身体には、突如として訪れた穏やかな時間に比例して眠気もピークを迎え、レイはポカポカと降り注ぐ陽気に包まれ船を漕ぐ。

 そんなレイを見て眠気を誘われたヒジリは、草花に囲まれたこの場所で共に寝そべり、下級区の人間にとっては縁もゆかりも無い「昼寝」の時間を過ごした。


 しばらくしてヒジリが目を覚ますのだが、レイは未だ目を覚まさず、ヒジリに甘えるようにくっ付いて眠り続けていた。よっぽど疲れ切っていたのか、その日は結局目を覚ますことは無く、レイはヒジリの背におぶられて帰ったのだと言う。





「……あれが最初で最後のおんぶ、だったかな。この事は全部、後になってから姉さんに聞かされたんだ。僕も朧気だったけどちゃんと覚えてるから否定も出来なくって……。でも、この時からかな。姉さんに安心感と言うか、この人なら、甘えても良いや、って思えるようになったのは……。恥ずかしい、話なんだけどね……」

「恥ずかしくなんかないさ。とても素敵な、立派なレイの思い出だろう」

「そう言ってくれると、嬉しい」


 俯いてばかりだったレイの顔がシスティナを見上げ、強張った表情を綻ばせる。

 えへへ、と笑うレイの笑顔は眩しいけれども、眩し過ぎず、真正面から受け止められるようになったシスティナは、隣り合うレイに更に体を寄せる。


「……」

「……」


「……今日は、あんまり面白くなかったよね、今度――」


 レイもそれを受け入れ、お互いにお互いが触れ合い体温を感じ合う中、沈黙に耐え切れなかったレイが口癖のように謝罪を口にしようとした、その時――。











「――オレは、レイの事が好きだ。愛している」











 レイの耳元で囁くように、愛を告げられるのだった。






「…………うん。――え?」






 余りにも唐突な愛の告白に、時期が違えどもレイの全身はポカポカ陽気に包まれるのだった。








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