253話 後始末・2
読んでいただきありがとうございます。
「ギン~ッ!!」
『クフフ、それ、もっと下だ。もっと下を掻け』
外に出て一歩足らずで白銀の毛並みの山こと、ガリウスを圧倒した天井知らずの力の持ち主、ギンがレイ達を出迎えたかと思えば、レイの望み通り駆け付けてやったことを労えだなんだと言い出す。
龍人と化したガリウスに対し、レイ達が隙を作ったとは言えあの一瞬で何百、何千もの攻撃を仕掛け、更には決定的な致命傷までもを与えた上に、シオの生み出した極大魔法を遥かに超える魔法までもを見せてくれたギンに労うにはどうすればいいのか、とレイが悩みあぐねた結果、シオが「撫で回してやればいいんじゃねぇのか」との答えに誰もが「そんな馬鹿な」と思う中、結果としてもたらされたのは心地良さそうに目を細めるギンの姿。
果たしてこれはギンがちょろいのか、それともレイの撫でスキルの高さ故か。
その事実が後者である事を唯一知るのはシオのみだが、レイに撫で回されるギンを羨ましそうに眺めるのはシオのみならずヒバリも、システィナでさえも物欲しげに眺めるばかり。
当のレイは、始めこそは恐る恐ると言う手付きであったものの、ギンが分かりやすく身体を揺さぶるなり、ここが良い、と言ってくれる上に、白銀の毛並みを山と称するかのようにこれでもかと大きな体とモフモフなギンに飛びついて撫で回すのが楽しくなってきたのか、興が乗って来たかのようにギンを撫で回している。
クフフ、とレイに撫でられて満足そうに、文字通り鼻の下を伸ばすギンであったが、満足いくまでレイに撫でられながら口を開く。
『……システィナよ。クフフ、竜魔闘法の極みに、もっと右だ、足を踏み入れたようだな?』
「ギンがきっかけをくれたお陰だ。だが……あの力ではまだまだ足りていなかった。オレは、レイを守れるくらい、強くなりたいんだ」
「え!? そんな、システィナには守ってもらってばっかりで――」
『レイ、手を止めるでない』
「あ、ごめん……」
『そしてシスティナよ、焦る必要は無い。クフフ、良い、気持ち良いぞ、レイ。――竜魔闘法の極みに足を踏み入れた程度、そう言っただろう。所詮今のお前はスタートラインに立ったばかり。これからどこまで伸びるかは努力次第と言った所だ。……レイ、今度は首裏を頼むぞ。今の自分に見合った力が今の実力なだけで、竜魔闘法を極めんとするお前には期待しているのだ。もしも行き詰まったとすれば、お前の母親の――レイ、そこはあんまり触れられたくは無い。もっと下だ、もっと下』
「お、オレのかか様を、知っているのか!? かか様は、ギンの事を……この力の事も知っているのか!?」
『さてな。後はお前が自分の力で辿り着く話だ。クフフ、そこを重点的にだな……。それ以上は我は関与しない』
突如として知る、システィナの母の秘密。全容ははっきりとはしないものの、ギンのような常識外れの力を持つ幻想種と関りを持つなど容易ではないし、何か特別な事情があるものかと心に刻んだシスティナはギンの言う通り「極竜黎魔万象体」の真の実力を更に引き出す為の鍛錬を積み重ねる事を決意するのだった。
真面目なシスティナはギンの怠惰な姿を前に口を挟みはしなかったが、見ているだけ、聞いているだけのシオとしては突っ込まざるを得ない。
「撫でられるか喋るか、どっちかにしろよ……」
『……かく言うシオ、お前もだ』
「はぁ? 何がだよ」
『風が教えてくれたぞ? お前のみっともない姿をな。初見の相手に騙し討ちを食らい、抵抗虚しく捕まった事……。そして何よりも、旅立つ以前よりまるで成長していない力量よ。――クフフ、良いぞレイ、そこをもっとだ』
「……」
『言い返さない、か。やはりお前は利口だ。利口が過ぎるが故に、他者を優先させる。確かにそれだけでは自己犠牲とは言い難いが、やっている事は同じ……。そうだろう? 龍人如きの相手に手間取るなど、龍の名に恥じ入るべき結果。自己の研鑽を怠ったツケが回って来たな、シオよ』
「そっ、そんな事無いよ! シオは――」
「いい、レイ。……悔しいが、ギンの言う通りだ。俺の魔法だけじゃ、ガリウスを圧倒できなかったんだからな」
「で、でも、戦ってたあの場所だとシオの竜術じゃ僕達を巻き込んじゃうから魔法しか使っていなかっただけで、シオが本気を出せば――」
『――負けて、殺される寸前でもそれを言うつもりか?』
「うぅ、でも……」
『……厳しい事を言うつもりはないが、過去に我が対峙した本物の龍人はあのような成りかけとは比べ物にはならない強さを持っている。此度はやつが与えられた力に振り回されていたその隙を突いただけで、もし完全な力を手にしていた場合、ここら一帯が焦土と化していてもおかしくは無かったのだ。それを、唯一止める力を持つ龍がこの体たらく。自らの置かれた地位に胡坐をかくなとは言わん。それが出来るのも強者の特権だからな。だが、シオ。お前はまだその域に達していないのだ。我の行使した魔法と竜術の混合術……言うなれば竜魔術。アレくらいは使えるようになってもらわねば困るのだがな』
「竜魔術……」
いつの間にか、家の前でギンによるガリウス戦での批評講習が始まってしまったものの、ギンの辛口コメントは一理あるようで、システィナもシオも反発することなく意見を受け入れていく。
「最後に使った竜魔術……。俺には魔術だけにも見えたんだが、本当に複合魔法だったのか?」
『それすらも分からぬか。いや、我の隠匿術式が優れていたと誇りに思うべきか、それともシオの体たらくぶりに落胆するべきか……。禁忌の人工生命体、その娘ヒバリよ。お前は我の魔法に、何を見た』
「あの時ヒバリには、青と緑が視えました」
『ふむ、魔術式は看破されずとも、属性は見破るか。クハハ、神秘の奴らめ、そこまで解析を終えているとはな。ヒバリの言う通り、我が操った魔法は水と風。風は我が竜術の補佐的な役割ではあるが、重要なプロセスを挟んでいる。……ここまで言えば、分かるな?』
「…………もう一度、聖区を見に行ってからでも、良いか?」
『クハッ、良いだろう。我も同行してあの場所で答えを聞かせてもらおうでは無いか。……む、レイ、撫でる手が止まっているぞ?』
「じゃあギン、僕は? 僕は、どうだった?」
魔法や魔術に関しては、一切魔力に適さない体であるレイにとっては完全なる分野外の話である以上、目の前で繰り広げられる魔術談議にレイは一人ぽけ―ッ、としているばかり。
辛うじてシスティナがレイを気遣う姿を見せてくれるものの、システィナも向こう側の話に興味があるのか、聞いてていいよ、と促すとレイは完全に孤立してしまうのであった。
そんなレイだったが、魔術談議が終わる間はただひたすらに無心でギンの毛を編み込む他にやる事は無く、話が終わった時を見計らって、次は僕の番、と待ってましたとばかりに身を乗り出す。
『レイ、レイか……。そうだな、弓矢での牽制、龍人を前に咄嗟の起点が利く行動、大弓を囮に使う作戦立案は見事だった。だが、その作戦の殆どに、過剰なまでの他者への庇護が見られるな』
「それは、悪い点?」
『良くも悪くもある。事実、レイの作戦で、あの男に接近していたシオとシスティナはほぼ無傷であの状況を乗り越え、最終決戦にまで持ち込んだ。だが、あの男が実際に警戒していたのはレイの弓矢以上に、ヒバリの存在だ。ヒバリの魔眼はあの男にも通用するかもしれなかったのだからな。もしあの男がシオもシスティナも無視して突っ込んできたらどうしていた? 未来視に頼るが余り後手の先しか考えられないような男だったからこそ有用であったものの、もしこれが別の敵であったのなら、間違いなくヒバリの首から上は消えていただろうな。あの場面では、レイも戦線に加わる。後ろを気にして消耗を待ち、機を狙うのではなく、あの男を止める手を増やす……。それこそがあの男を封殺する答えだった。違うか?』
「確かに、それはそう、だったかも……」
「ガリウス用に作戦を立てたんだ。それに、あの場面では根暗ヘタレが任せろって言ったからであってだな――」
『確証の無いものに頼るのは時として悪くは無いが、作戦を立てる上であの行動は全員を危険に晒す選択だった。それはレイも分かっているだろう』
「分かる、けど、僕はストラウスを信じたかったから……」
『何もレイの個人的感情を批判しているわけではない。その考えは人として魅力ではあるが、今は話が違うというだけだ。優しいだけでは、いつか本当に守りたいものまで守れなくなる。本当に守りたい物が見つかった今、それを失くさない為にもレイが覚えておかなければならない言葉だ。時には非情に、悪辣に振舞う事も覚えていかねばならない、と言う事を』
「非情なマスター……、ヒバリは興味あります!」
「冷酷なレイ……」
ギンの言葉を受け、レイにとっては昨日の、実際には二日経っているガリウスとの戦闘を振り返る横で、ヒバリとシスティナは揃って喉を鳴らすのだが、集中するレイの耳には届かずにギンとシオにだけ聞こえるのだが、二人には理解できないようで苦い顔を見せるのだった。
「……ガリウスが突っ込んでくる可能性を、考えられていなかったって言う事?」
『そうだ。そして、あの時点でレイはあの男に対抗する術を持ち得ていなかった。竜術の扱いにおいて、あの男の右に出る者はいない。それはレイであっても例外ではなく、むしろレイが一対一の竜術で対抗していた場合、勝利はあの男のものだったろう。二人並んでようやく拮抗。三人で何とか辛勝、と言ったバランスだったのだからな』
「そう言われると、確かに僕一人じゃガリウスを止められなかったかもしれない……。竜術は、まだ竜掌波しか上手く扱えないから……」
『そう、そこだ。レイの弱点は、一撃が弱い点にある。弓矢による牽制も、敵に届かなければ羽虫と変わらぬ。とは言え、レイのような小さき体躯ではあまり多くの選択肢は望めぬ。故に、竜術の向上、更なる可能性を求めるべく鍛錬を積み重ねるしか、無いだろうな』
「竜術かぁ……うん、わかった。やってみる!」
今後の改善点をしっかりと受け止めたレイは、頑張る、と胸の前で拳を握ってやる気を見せると、ギンはその巨体を徐に持ち上げて四本足で立ち上がる。
『――さて、シオよ。早速行くとするか』
「おう。んじゃ、すぐ戻って来るからな、レイ!」
「マスター、ヒバリも付いて行ってもよろしいですか?」
「え? う、うん。いいけど……」
「ありがとうございます、マスター!」
「おら、ゲロ女。背中に乗れや」
「蛇さんの背中よりも、ヒバリは狼さんの背に興味があります」
『クハハ、シオよ、振られてしまったようだな。ではヒバリよ。しっかりと掴まれよ』
魔法魔術談議に盛り上がった三人は、話が終わったとあらば早速実践、もとい実地での実習が始まるようで、風に吹かれるかの如く一瞬にして姿を消してしまうのだった。
「あれ、そう言えばギンはシオより速かった気がするけど、ヒバリ、大丈夫かな……」
「それを先に言った方が良かったんじゃないか?」
晴れ渡る空を見上げると、ヒバリの悲鳴が風を切る音に混じって遅れて聞こえてくるかのような感覚に陥るのだが、残されたレイとシスティナはお互いに苦笑いを浮かべるしかないのであった。
「……シオ達が帰って来るまで、する事無くなっちゃったね」
当初予定していたヒジリと向き合う時間。
ギンの登場ですっかり狂ってしまい、空中にぶら下がったままの予定を思い浮かべて唖然とするレイに対し、システィナはここぞとばかりにレイの隣に距離を詰める。
「……シオ達が戻って来るまで、幻想の森を、案内してくれないか? あ、レイの嫌な記憶が蘇るようだったら、別に家でゆっくりするのでも――」
「いいね、それ! システィナと二人で出歩く事なんて滅多に無かったもんね! いいよいいよ! 色々案内してあげる!!」
「ほ、本当か!」
システィナには珍しく消極的な部分を伺いながらも、レイは被せるようにシスティナの手を引く。
任せてくれ、と胸を張るレイに対して、心から嬉しい、とばかりに表情を綻ばせるシスティナを見て、レイが微かに胸を弾ませたのは誰にも内緒なのであった。
こうして、当初の予定とはまるで異なる予定が始まる。




