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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第八章 始まりと終わり
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252話 後始末・1

読んでいただきありがとうございます。

 


「……ここは」


 目が覚めて一番に飛び込んでくるのは、見知らぬ天井――ではなかった。

 レイの人生の中で、最も平穏で、純真無垢だったあの頃の記憶が蘇ってくる懐かしい天井と、部屋の匂い。


「――おはようございます、マスター。空腹のようですので、何かお腹に入れられる物をお持ちしますね。お水はそちらにご用意してあります」


 懐古の情に浸るレイの視界を遮るように、にゅっと顔を割り込ませてきたのは、目が冴えるような美しさと言う言葉がこれでもかと似合うくらい整った顔を持つヒバリ。今は亡きレイの姉、ヒジリが居た頃の夢でも見ているのかと思える光景だが、確かに瓜二つな顔をしていながらも、見慣れてしまえば瞳の動きや息遣い、歩き方や所作などから簡単に見分けることが出来るようになっているため驚きはしない。


 そんな彼女が手際よくアレコレと用意している中、レイはぼんやりとした半覚醒の状態で耳を傾け、「んぅ」と返事とも言えない声を返す。

 寝ぼけ眼を擦りながら土間に向かうヒバリの背を見送るレイは、ヒバリが去り際に置いて行った言葉に耳を疑う羽目になってしまう。


「――()()()()も起こしておいて頂けますか? ヒバリが不用意にも近付こうものなら弾き飛ばされてしまうので」



「ん……、えッ――!?!?」



 ヒバリの声に一瞬「そんな馬鹿な」と自分の隣に視線を移してみれば、そこには気を許した相手にだけ見せるスヤスヤと心地良い眠りに身を預ける寝顔を晒すシスティナが横たわっており、レイは訳も分からずベッドの端から転げ落ちる。


 何故、システィナと同衾しているのか、眠りにつく以前の記憶が曖昧なレイが必死で思い出そうと記憶を浚ってみるが、寝起きで働かない頭には靄がかかっているかのようで上手く思い出せない。


「んん……レイ、どこ……」


 レイがベッドから転げ落ちたせいで騒がしく、同時に上に掛かっていた薄い布一枚が取られてしまったにも拘らず、システィナはレイの温もりを求めるかのように目を閉じたまま、先程までレイが眠っていた場所で手を彷徨わせる。

 もしかしなくても、つい先程まであの手が、あの腕が自分の体に触れていたかと思うと、レイは気恥ずかしいような、照れ臭いような、勿体ないような複雑な感情を胸に抱いてしまう。


「レイ……」


 ベッドの上からレイが去っても目を覚まさないシスティナは、レイが頭の下に敷いていた麦藁の枕を抱き寄せて再び深い眠りへとつく。


「可愛い……」

「マスター、お食事の準備が出来ました。角人さんは起きましたか?」

「あっ! えっと、今起こすよ」


 レイの匂いが染みついた枕に顔を埋めるシスティナを見て、レイは思わずと言った様子で声を漏らし、呆けてしまう。

 そんなレイの背後に、戻ってきたヒバリが伺いを立てるような声を掛けるのだが、何故だかレイは焦って平静を装いつつ立ち上がり、システィナを起こそうと手を伸ばすのだが、レイの手が届くより先に、システィナが目を覚まして上体を起こしてしまう。


 旅の道中でさえも、朝はなかなか目を覚まそうとしなかったシスティナがこんなにもすぐに目を覚ますなんて何かの異常事態でしょうか、と言葉にはせずに密かに胸の内に収めるヒバリを他所に、システィナは腕に抱いたままの枕を投げ捨て、どこか不満そうな顔を見せる。

 朝が弱いシスティナの寝起きはいつもダウナーなのだが、いつも以上に不機嫌な様子を露にするシスティナにレイが声を掛けるよりも早く、システィナが口を開く。



「……女の臭いがした」



「?」



「それは……真ですか!?」



 開口一番に口にしたのは朝の挨拶ではなく、枕から嗅ぎ取った第三者の香りの話。

 レイは「何を言うかと思えば」との反応を見せるのだが、ヒバリとシスティナは一大事、とばかりに著しい反応を示す。


「姉さんの匂いじゃない? 一緒に寝てたから」

「いや、レイのお姉さんの香りは分かる。レイと良く似ているからな。でもこの臭いは違う……。()の臭いだ」

「ほう……。角人さん、ヒバリにも嗅がせてもらえますか? マスターのほぼすべての体臭を認知し、網羅するこのヒバリが、最終判別を行わさせていただきます」


「何言ってんの!?!?」


 朝一番から耳にするような内容ではない言葉の数々が口から飛び出す二人を前に、レイは一人置いてけぼりを食らってしまう。

 レイの弱々しい制止も振り切って、ヒバリはシスティナから差し出された枕に鼻を近付ける――どころか顔を埋めて激しい深呼吸を繰り返す。




「スぅ―――――――――――、ハァ。スゥ―――――――――――」

「もっ、もう、おしまいっ!!」




 どう考えても吸う方が長い深呼吸を繰り返すヒバリを前に、よくよく考えれば自分の使っていた枕の臭いを嗅がれると言う行為が変態染みている事をようやく認識できたレイがヒバリを引き剥がすと、そこには恍惚そうな顔を浮かべるヒバリの姿があった。



「フフ……、マスターの幼き頃の香りを堪能致しました。お義姉さまの香りと混ざっていましたが、実に濃厚。太陽と土と汗、そして幼さ故の柔らかなお乳の香り……。新鮮さは有しておりませんでしたが、長い年月を経て熟成されたマスターの香りは、そう――雄大な畑に舞い降りし愛しき天の使い(ラブリーエンジェル)ッッ!!! この香りを瓶に詰めて、お家に飾りたい……そう思えるような豊かな香り(かほり)でした……」



「恥ずかしいからやめてぇッ……」



 引き剥がされた刹那、ヒバリは沸き上がってくるインスピレーションを紡ぐかのように言葉を連ねるのだが、その無いようは当人であるレイからしてみれば耳を塞ぎたいものばかりだが、現在の自分ではなく過去の自分を裸にされているような感覚は言葉では言い表せない羞恥心に駆られ、耳を塞ぐよりも顔を両手で覆う事を優先させられる。


 何よりも、ヒバリのみならずシスティナまでもが枕を手にしてヒバリの一言一言に「その通りだ」とばかりに頷き繰り返すのがレイとしては一番堪えた。それと同時に、レイは「絶対に枕を洗う」と心に誓うのであった。





「――ですがァッ!!」





「うわびっくりしたぁ……。え、まだ続くの?」



「この枕には、香しいマスターの幼少期の匂いとは別の、二人の女性の香りが混じっているのです。一人は分かります。マスターの姉君である、マスターとどこか似通う柔らかな花の香り……これがマスターのお義姉様の香りなのでしょう。ですがもう一つ……愛憎漂う妄執の臭い。これは全く別の女性の臭いである事は間違いありません。それも、まるで自分の臭いをマーキングするかのように枕のみならず、ベッドにも付着しているのは、まさかとは思いますがマスター……」

「レイ……」



「え!? し、知らないよ!? この家は姉さんと僕しか住んでいなかったはずだし……!」



 ヒバリとシスティナ、二人から責めるような視線を受けてレイはたじたじとしながらも否定の言を吐く。どうして自分が責められているのかすら心当たりがない現実にレイも困惑する他無い。


 そんな中で、いつの間にか目を覚ましていたシオがヒバリの用意した朝食が並べられたテーブルに降り立ってレイへと助け船を出す。



「――俺達が追放された後、サオリかなんかが世話焼いてくれてたんだろ。朝っぱらから痴話喧嘩たぁ、レイもやるようになったもんだ。起きたんなら、さっさと飯でも食おうぜ。くぁーあ……!」



「シオ!」


「サオリ……女性の名前ですね」

「レイの、昔の女か。倒すべきか……」


 呑気にも大きな大きな欠伸をするシオであったが、そんなシオの出した助け舟は新たな闘争の火種を運んでくるばかりでレイを引き上げてはくれないのであった。


「マスター、今、ヒバリは、冷静さを欠こうとしています。説明を、求めても!?」

「レイ。その女は、強いのか? どれだけ強くとも、オレは必ず――」


「ぜ、全然違うんだよぉ……」

「ガハハ、これまた面白いもんを見れそうだ」

「シオのバカぁ……!」






 ――――――――――――






「――と言う訳なんだよ」


 目が覚めて早々に巻き起こった想定外(トラブル)を受け、レイはシオの言葉から生まれた誤解を、朝食を摂りながら一つ一つ組み解いて行った。

 その間に、テーブルの上に山ほど積み上げられた朝食の数々は八割方シオの胃袋の中に吸い込まれたとは言え、全員の腹の中に収められてしまった。


「なるほど……。角人さん、もしや――」

「――そうか、いや、そうだろうな。確かに――」


 話を終えたと思えばヒバリとシスティナはこそこそと相談をし始めるのだが、レイとしてはヒバリから明かされた、「丸二日寝込んでいた」と言う事実に驚きを隠せないでいた。


 幻想種を守るべく強固な隠匿術を用いて幻想種たちの楽園を作り出した真祖の龍、エネルゼア。

 しかし永い時を経て限界が近かったエネルゼアを復活させるべくシオを狙ったガリウスであったが、レイ達の決死の抵抗によりシオが取り込まれることは無かったものの、ガリウスは死に瀕した体でエネルゼアに身を捧げ、真祖の龍の力を引き継いで「龍人(ゼア・イーリス)」として生まれ変わったガリウス。ギンの力も借りてようやくガリウスを打ち倒したのだが、皆で喜び合った後の記憶がレイはすっかり抜け落ちてしまっていて思い出せなかった。

 その抜け落ちた記憶を補完するようにヒバリからもたらされた情報として、喜び合う中でレイは体力の限界を迎えて突如として力尽き、気絶するように眠ったのだと言う。それに準じてシオも同じように小さくなって力尽きてしまい、システィナとヒバリの手で、セスラスの案内の元この家まで運ばれてきたかと思えば、レイをベッドに寝かせると同時にシスティナも力尽きて気絶。彼女の記憶もそこまでしか残っていなかったようで、そこからはヒバリが診てきた物が全てであった。

 とは言え、この二日間この家を訪ねてきたのは幻想部隊副隊長らであり、朝食に用意された食材は全て彼らが用意してくれたものだと言う。そんな副隊長らは、この幻想の森最強にして実質的な牽引を図っていたガリウスの死亡に加え、激しい戦闘の末に聖区も崩壊したとあって、繰り上がり的にあらゆる責任が彼らに降りかかっているせいでレイ達とは違って逆に寝る間も無い程忙しいのだと言う。


「こんなにゆっくりしていていいのかなぁ」


 ガリウスの死に大きく関係するレイは、たくさん眠って英気を養ったお陰で体力を取り戻し、今は食後ののんびりとした時間を過ごしている。

 そんな中で副隊長ら、レイ達がガリウスと激しい戦闘を繰り広げている間、ガリウスの手勢が邪魔に入らないよう食い止めていてくれた彼らが目が回る程忙しい時間を過ごしていると思うと、どことなく罪悪感が湧いてくるようでそんな言葉を呟くのだが、シオに笑って切って捨てられる。


「ハッ、いいんだよ。俺達に与えられた当然の権利だ。そもそも、あれは俺達を巻き込んだあいつらが悪いし、俺達に丸投げするしか無かったあいつらが悪い。あいつらのケツを俺達が拭いてやったんだから、これくらい認めるのは当たり前、だ。それに、俺達の目的はガリウスなんかじゃねぇ……。そうだっただろ?」


「……うん、そうだね」


 レイが幻想の森に帰る決断をしたのは、王国軍が攻め入るとの報を耳にしたから。

 けれども、そんなもの、所詮は建前に過ぎず、レイの本心は六年、もう間もなく七年と過ぎる時間、遠回しにし続けてきた現実、最愛の姉だったヒジリと向き合う為であった。


「それじゃあ、行こっか」

「……おう」


 静かに決意を固めたレイが立ち上がるのを見てシオは何か言いたげな様子だったものの、敢えて口にする事無くレイの後を追って外へと続く扉に向かう。

 ヒバリ、システィナと後を続く中でレイが扉に手をかけ外へ飛び出た次の瞬間――。



「ゎぷっ――」



『ようやく出て来たか。よもや、我を忘れているのかと心配したぞ、レイ』



 玄関の扉を覆うように、白銀の毛並みの山にレイが飛び込むと同時に、白銀の毛並みの山が喋り出すのであった。





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