21話 思い出が残る場所
読んでいただきありがとうございます。
本日六話目。ご注意ください。
肌が真っ赤に茹で上がったレイとシオを冷ましながらグレイ爺は笑う。「モウのために悲しんでくれてありがとう」と言って。それから、シオには二人で謝ると、気付かなかった俺が悪い、なんて言って感謝の言葉を口にしていた。
「最後まで、元気なモウと過ごせたのは二人のおかげだよ。だから、ありがとうな」
健気なシオの姿を見て、レイとグレイ爺が鼻の頭を赤くしたのは秘密である。
そんな彼らが向かう先は家の中、ではなく、グレイ爺の後を追って森の中を進んでいた。
グレイ爺の肩にはモウちゃんの骨や使い道のない内臓が詰められた包みが担がれており、これからなにをするのかレイにもシオにも見当がつかなかった。
森の中を歩く事数分、家の裏手にある拓けた場所に出ると、グレイ爺は地面が掘り返された場所で足を止めた。
「これからここに、モウの墓を建てる」
「「墓……?」」
レイとシオは初めて聞くその言葉に揃って首を傾げる。
建てる、と言う言い方から、何かの建築物なのかと判断するも、見たことも来たことも無いものを想像できるほどの想像力はレイとシオには無かった。
「墓を知らんのか。……いや、もしかしたら有り得るのか? まぁ良い。墓と言うのはだな、死者を弔うため、死者を埋葬した場所のことを言う。世界には、とてつもなく大きな墓と言う名の金銀財宝がちりばめられた建造物も存在しているが、墓の価値は荘厳さでもなければ物でもない、人の思いで決まるものだ。――辺りを見てみろ」
グレイ爺の言葉通り辺りを見回すと、盛り上がった土に名前が刻まれた板が突き刺さったものがいくつか見られた。ここに来る道中、目に入っていたがそれがグレイ爺の言う建造物「墓」だとは思ってもいなかったレイ達は、墓が何を意味するかをあまり理解できていなかった。
「弔う?」
「埋葬……?」
彼らの反応の通り、幻想の森では死者を弔う行為は認められておらず、お迎えはエネルゼアの元に帰る時点で、その者との別れは済んでしまうために、死者を願い祈る行為は誰一人として取ることはないのであった。
お迎えの際に近親者は別れの時を経て、遺された者たちはその後、何もなかったかのように日常に戻っていく。それが幻想の森での当たり前で、ゲンさんが連れて行かれた翌日から、アカリもサオリおばさんも、レイもヒジリも日常に戻っていた。それが普通だから。それが当たり前だったから、誰も不思議に思うことは無く、そもそも死者と言う概念すら薄いのであった。
お迎えとは、父なる龍にして全なる龍にして祖なる龍、エネルゼアの元に還る儀式であり、光栄な事。
その後の魂の在り方を考える事などおこがましいにも程がある、と言われる程、死への概念が薄かった。
故に、お迎えを拒否した者は愚か者という烙印が押されるし、エネルゼアの意志を継ぐ者、幻想部隊に歯向かうものは居なかった。
そうして回っていた歯車に石を噛ませたのが、ガリウスに目を付けられたヒジリと、ヒジリが愛した弟のレイだった。その姉弟は、死を恐怖し、抵抗を見せるも、やがて強大な社会の歯車に挟み込んだ小石は砕かれ、正常に動き始める。
レイとヒジリという社会の異物を吐き出した幻想の森は、今日も変わらず「死」への恐怖は限りなく薄いまま過ぎていく。
「お迎えが来た人たちは、肉も骨も、何も残らないから……」
ゲンさんだって、ヒジリだってそうだった。
死者を想起させないためか、亡骸を目にすることは一度としてなかった。
だが、今のレイは外の世界を知り、姉の死を悼み、悲しみ、覚えていることができる。
もし幻想の森で生き続けていたらレイは、いつかは姉の死を忘れ、その歯車の一つとして生きていたかと思うと、それが物凄く不自然で恐ろしいものだと思えてならなかった。
「――だが、今は違う。レイは姉を忘れてはおらんし、こうして誰に言われるでもなく死者を悼むことができておる。あったかもしれない未来ではなく、今を生きておるんじゃ。前を向け、レイよ」
グレイ爺はそう言って俯いたレイの頭を上げさせる。
「過去を悔いるのはいい。だが未来に暗闇を見出す行為に価値はない。ましてやそれが有り得たかもしれないなどと願う行為は、過去を否定する行為にしかならん。笑顔すら生み出してはくれんものよ。……故に、見るのは今だけでいい。自分が生きる現在だけでいいんじゃ。その代わり、今を全力で生きろ。姉の分も、モウの分も、の」
いつだってグレイ爺の言葉はレイの背中を押してくれる。心を落ち着かせてくれる。
レイはグレイ爺の言葉をしっかりと胸に刻み、前を向く。モウちゃんの死に、生き物の死に面したせいで暗く落ち込んでいた心が澄んでいく中で、ようやく掘り返された地面に視線を向けた。
「外の世界だと、みんなお墓に入るの?」
「いや、普通は墓は建てぬ。魔物に荒らされる可能性がある以上、全ての死者を埋葬することなど不可能なんじゃ。町の中心に小さな墓地が建つこともあるが、それは金持ちの道楽に過ぎなかったりして、一般市民の入る余地など無いからのう」
墓地を管理することも、その土地を用意することも難しい。
そのため、グレイ爺の知る外の世界での常識は、腐臭や病気の源になるのを防ぐために死んだ人は燃やして灰にするのだという。墓標が建てられるのは、貴族などの金持ちか、騎士が殉職した際に刻まれる殉死の墓標がある程度。当然その墓の下に、死体が埋まっていることは無かった。
「……ワシが世界中を旅して周っていた時に寄ったある亜人の慣習でな。全てのモノは大地の恵み、死した後は大地に還り、長き時を経て蘇る。そして、見送るワシらはその長い時間の間の平穏無事を祈る……。感謝を伝えるんじゃ」
死者に対する最良の答えじゃ、と言って、グレイ爺はモウちゃんの肉片と頭が入った包みを一番深い場所に置いて広げる。
掘り返された地面の深さはグレイ爺が入っても尚余りある深さで、これなら魔物に掘り返される心配もない、とグレイ爺は笑って言った。
レイとシオは、その上から土を被せていく。
モウちゃんの平穏無事を祈りながら、丁寧に丁寧に土を被せていくと、あっという間に周りの土嵩と変わらぬ高さまで埋め立てた。
「……これ、なんて書いてあるの? モウちゃん?」
「あぁ、モウの名前じゃ」
最後に丁寧に踏み固めた土の山にグレイ爺が突き刺したのは、達筆な文字で「モウ」と書かれた一枚の木の板。
そして、モウちゃんが好きだった草葉と森で採れた果物を供えると、グレイ爺は両の手の平を合わせて祈る。それを真似して祈ろうとするも、シオだけが合わせる手を持っておらず焦った様子で辺りを見回す。
厳かな雰囲気の中、グレイ爺は目を開いて確認するまでもなく、シオに告げる。
「目を閉じるだけでもいい。必要なのは、相手を思う気持ちだけじゃよ」
必要なのは形ではない、と伝えると、シオは一つ頷いて、体を地面に降ろしてから祈る。
「……何て言ってあげればいい?」
「なんでもいいんじゃよ。安らかに眠れ、でも、気軽な挨拶だって、なんでもいい」
グレイ爺の言葉を受けて、レイは真っ先に思い浮かんだ言葉を胸の中で唱える。
――。
祈りを終えて顔を上げると、レイに続いてグレイ爺も頭を上げた。
「もういいの?」
「あぁ、もう十分に挨拶は伝えたとも。それに、今はあいつとの会話を優先してやりたいからの」
グレイ爺がそう言って視線を向ける先では、誰よりもモウちゃんの傍で涙を流しながら祈り続けるシオの姿が。出会いから別れの短い時間では話足りなかったのか、お喋りが好きなシオと、それに相槌をうつ母牛、モウちゃんの姿が目に浮かぶようだった。
シオからは少し離れた場所でその姿を見守る。
「……他のお墓には、誰が眠ってるの?」
「ワシがここに来て、ワシの糧となって死んでいった他の牛たちじゃよ」
罪悪感を背負うグレイ爺に、レイはもっともらしいことを何一つ言ってあげることは出来なかった。
それぞれの墓には、色とりどりの花が咲いていたり、それぞれ違った草葉が供えられていることから、丁寧な手入れが今もされていることに気付いていながら、レイは何も言えなかった。グレイ爺が抱える思いは、きっとグレイ爺が望んで背負った重みなのだから、自分とは違う覚悟の強さに、レイは憧れるのだった。
「……僕も、姉さんのお墓を作ってあげたい」
お墓という、死者を感じることができる存在を知って、レイは姉を想うためにここに作っても良いか、と尋ねる。グレイ爺なら、きっと尊重してくれる、という甘い考えもあったレイに、グレイ爺は一言「ならぬ」と告げて思いを切って捨てられる。
「墓は死して尚も愛する者、友、家族と繋がることができる場所だ。レイの想いも当然理解できる。――だが、墓は生きている者のためにあるものではない。死者のためにあらねばならぬのだ」
「姉さんの、ために……」
「墓は、その者の思い出が残る場所、レイが何よりも大切だと思う場所に、いつか建ててやれ」
ヒジリを、ラナを奪われたことは、レイもシオも深い傷となって残っているし、この先精神に刻まれた傷は何があっても癒える事は決してないだろう。本音を言えば、第三者の他の誰かに触れられたくもない話題だった。
故に、その大切な姉を奪われた幻想の森、奪った連中がのうのうと生きている幻想の森に近づくことは拒絶していた。
だがグレイ爺にお墓の話を聞いて、姉との大切な時間を過ごしたあの小屋が真っ先に思い浮かぶ。奪われた時の光景は今も瞼に焼き付いているのだが、それ以上に、大切な姉と過ごしたあの小屋が、レイとヒジリ、シオとラナにとって何よりも大切な場所であることを思い出した。
ならそこに、と誓いを立てるよりも早くに、祈りを終え泣き腫らした目元を見せるシオが間に飛び込んでくる。
「――レイ、グレイの爺さん! モウの肉を食べることまでが、責任って言ってたよな」
「う、うん」
「んなら、俺が全部食えるくらい美味いのを頼むぜ。俺がモウのやつを食い尽くしてやるんだ。そう約束してきたからな! そんで、モウのやつよりずっと大きくなってやる、ってな!」
ふんす! と息巻いて語るシオは空中で舞い踊るように動いて気合の入りようを見せつける。
「かかか、ワシも腹が減ってきたところだ。レイ、シオ、夕飯は手伝ってもらうぞ?」
「俺は普段は食べる専門だが……、いいぜ。今日くらいはやってやるよ!」
「普段から手伝ってくれてもいいんだよ?」
「黒炭になったものでも食えるってんなら手伝ってやってもいいけどな」
「それはちと、遠慮願おうかのう!」
決め顔を見せるシオに三人で笑い合う。
レイは一度だけ霧の結界、幻想の森のある方角に目を向けるも、すぐにシオとグレイ爺の背を笑顔で追いかけていく。
「最高に美味しいもの、作ろうね! それでみんな笑顔……、でしょ?」
「ほう? レイ、分かってきたじゃないか」
きっひっひ、と満足げに笑うグレイ爺に頭を撫でられながら、帰りの森の中を歩いていく三人。
道中、レイがもう一度振り返ることはなく、風に揺れる草葉が三人の背を見送るのだった。
ブクマ、評価等ありがとうございます。
日常はここら辺まで、次回からは訓練編に入る、といいなって思っています。




