22話 レイのための武器
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モウちゃんとの別れを済ませたシオは、死を引きずることなく、感謝を込めた食事を経て一区切りをつけた。
もしヒジリの死を弔い偲ぶことが出来たのなら、自分もいつかシオのように思い出に区切りを付けられるのだろうか、と姉の死に囚われていることを自覚しているレイは、相棒のシオを羨ましく思う。
そのシオは、今日も厩舎に顔を出して、遺されたカウちゃんの面倒をよく見るようになった。
今まで隣にいたモウちゃんが姿を消して以来、カウちゃんは行き場のない寂しさをシオに向けるようになっていた。そうして甘えてくるカウちゃんに対して、シオは頼りがいのある兄のように振舞う。生まれて初めて立った「兄」と言う立場に気を良くしたシオはここの所毎日、意気揚々と厩舎に通っていた。
兄と言う立場に酔いしれているようにも見えるが、カウちゃんがモウちゃんを思い出して鳴く度に、シオもまた悔し気に涙を流していることを、繋がって共に生きるレイは知っていた。
カウちゃんを悲しませないために、強がって割り切ったように見せていることを、レイは知っていたのだ。
繋がっているから、分かる。かと言ってそれに触れることが正しい事ではないこともまた分かっていた。
シオにとってモウちゃんとの誓いが、約束が覚悟なのだとしたら、それはシオ個人の問題であり、レイが首を突っ込んでいい問題じゃない。
迷いなき覚悟を、揺るがない信念を見つけられたシオを羨ましく思いながら今日も今日とて体力づくりに励んでいたレイとシオは途中、ニコニコと上機嫌なグレイ爺に呼ばれて庭の裏手、薪割りだったり木工を行う空きスペースに集められた。
裏庭に出て早々、レイの目には二つ……、三つの見慣れないモノが目に映った。
一つは、まるでこれから起こることが分かっているかのように満面の笑みを浮かべたグレイ爺。
そして残りの二つは並べて置かれており、レイははやる思いをグッと堪えて尋ねる。
「グレイ爺、これって……?」
「あぁ、これが、言っていたレイに向いているであろう武器だ。その名も――言わなくても分かるよな?」
グレイ爺の言葉に、レイはコクコク、と素早い首肯を小刻みに繰り返す。
木の作業台、スツールに立てかけられたそれは、二つで一つの役割を生む武器。森の狩人が好んで使う武器で、幻想の森では幻想部隊の部隊員が魔物との戦闘時、支援する際に用いると言われる古代からの武器。その名も――。
「――弓矢、だ!!」
剣の才能が無ければ、魔法の才能も無いと分かってレイが落ち込んでいた時、グレイ爺が勧めてくれた武器の一つに弓矢があった。幻想部隊の部隊員が持つ武器と言えば「剣」のイメージが強かったレイは最初、弓矢に対して興味を示さなかった。けれど、グレイ爺による弓矢の奥が深い話を聞いて「やってみたい!」と乗り気になった。
レイのその目の良さと、日々のトレーニングからも見て取れるしなやかな動きと合わさって、レイの最高のパフォーマンスを引き出せるのは弓矢しかない、と考えていたグレイ爺は何が何でも弓矢を選んでほしかったために、とびっきりの弓矢を贈ろうとまで言った説得はやがて現実となり、今こうしてレイの目の前にグレイ爺お手製の弓矢が置かれていたのだった。
「使う予定のなかった、遥か昔に世話になった亜人から教わった弓作りがまさかここで活きるとは思っとらんかったわ。何が活きるかは、長く生きてみんと分からないものじゃな。ほれ、手に取ってみろ。レイのための武器だ」
昔懐かしむグレイ爺に促され、レイは物静かに佇む短弓を持ち上げる。
湾曲したしなる木を材料にした短弓はレイの想像以上に軽く、持ち運びに苦を感じさせることは無いことが分かる。試しに弦を軽く引いてみると、僅かな抵抗を感じると同時に豊かなしなりと漫然たる力が手に伝わって、みょん、と言う気のない音が鳴った。
間違いなく本物である短弓を胸に抱えて、レイは期待に満ち溢れた瞳でグレイ爺を見上げた。
「ほ、本当にもらっていいの!?」
「あぁ、ワシが持っても使われんからの。レイの体に合わせて作ったんじゃ、貰ってくれないとワシが困る」
「わぁ……! ありがとう、グレイ爺!! 大事にする!!」
矢は壊れたら自分で作れよ、と言う言葉も聞き流す程に舞い上がったレイは、にかっ、と笑ってシオに見せびらかす。
「そんな見せびらかさなくても目の前で全部見てたわ。んで、今から練習すんのか?」
「うん! 練習したい! グレイ爺、早く行こっ」
新しいことに挑戦するのが楽しみなレイは、グレイ爺が唆した際に口にした弓でできる事をやってみたい、と言う思いでいっぱいだった。
その一つが、超長距離射撃。魔力や竜気を乗せた一撃は大陸の端から端に届く一条を描くとかなんとか。
二つ目が、指向性誘導射撃。曲射を用いてあらぬ軌道を描く一撃とかなんとか。
三つめが……と、どれから練習しようか悩ましい憧れを抱き、夢を見るレイに対して、グレイ爺はあっけらかんとした様子で口を開いた。
「あぁ、ワシ、弓は教えられんからな」
「――へ?」
「ワシ、弓、扱えない。故に、教えられない」
グレイ爺の言葉に、耳を疑ったレイが聞き返すと、グレイ爺は懇切丁寧に一つ一つ指差し確認を見せながら、最初と同じ言葉を言ってのけるのだった。
「えぇっ!?」
グレイ爺の言葉に思わず膝から崩れ落ちるレイ。
浮かれ気分から一転、突き落とされたレイは短弓に張られた弦が、沈んでいくやる気とは反対にビンビンに張り詰めている状況が虚しく感じて緩む涙腺を必死に堪えようと唇を噛む。
「言葉が悪かったな。ワシが教えるのは基礎だけだ。使い方も工夫の仕方も、どれも自分で見つけてこそだ。生きる力を得るのに、生まれも育ちも関係ないからな。……それとも何か、レイは一から十まで全て教わらんと動けんとでも言うのかのう?」
基礎を教えられるということは、応用までも完璧に身に着けていることの証左に値するのだが、頭に血が昇るレイはそのことには気が付かない。
あくまでも生活能力の補助は、面倒はグレイ爺が一から教えるが、レイが渇望する奪われないための力を身に着け得るには、自分から考えて動いて身に付けねば、いざと言うときに動けなくなることをグレイ爺は知っていたからこそ、こうしてレイを奮い立たせる。
「出来るよ! 僕だって自分で出来るんだから! 行こう、シオ!!」
「俺はいいのか……?」
頬を膨らませてプリプリと怒りながら弓矢を担いでいくレイ。
涙目も拭って歩くその背から、小さな裂き込みが聞こえたことに気付くことなく、庭先で弓矢の練習に取り組むのだった。
その後、グレイ爺の短弓基礎レッスンはものの数分で終わり、本当に基礎だけ教えて家の中に戻っていったグレイ爺に「まじか……」というシオの呟きから始まったレイの弓矢練習は、一言でいうならば酷いものだった。
「……もう俺を狙うのはやめてくれよ」
「だからごめんってば。それに、狙ってるのは的なんだってば」
日が落ちるまで繰り返された練習によってレイの握力は失われ、ただ見守るだけだったシオの体にも傷がいくつかできていた。
始めは矢を番えて放つことも難しかったレイだったが、今日だけで的を目掛けて矢を放つことが出来るようになった。ただ、シオの体に傷ができているように、放たれた矢は真っ直ぐに飛ばず的の横にいたシオに飛来することが多々あった。
レイの目があれば、と勧めてきたグレイ爺の言葉が嘘のようにレイの目が今日捉えることが出来たのはあらぬ方向に飛んでいく矢の姿のみ。的を見据える余裕など微塵も無かったレイは、使い込んで疲弊した腕と自分の代わりに傷ついたシオを労う事で精いっぱいの疲労困憊でテーブルに突っ伏していた。
「弓の使い心地は、どうだったか?」
お風呂に入ることもできない程に疲れ果てたレイの前に湯気の立つお茶を置いたグレイ爺がそう尋ねると、レイはもぞもぞと頭だけを動かしてグレイ爺の視線を切るように俯いてしまう。その手にはもらったばかりの短弓を強く握ったまま。
「ふむ、調整が甘かったか? どこか違和感でもあったか? 直してやるから、貸してみろ」
そう言ってグレイ爺が短弓に手を伸ばそうとすると、レイは自分の体に短弓を寄せて、何よりも大切なものだ、と言って見せるかのようにテーブルの下で胸に抱き寄せた。
受け取ったときのような明らかな高揚は形を潜めてしまい、すっかりロウなテンションに下がってしまったレイはグレイ爺の言葉に小さく首を横に振った。
「弓は、悪くない。だって、壊れて無いもん」
初心者が無理をして道具を壊すことは、幻想の森でもよくある事だった。
安物で、壊れやすいと言うこともあったが、それでも下手に触って、扱って壊してしまうということはあった。その点、グレイ爺が作ってくれたこの弓矢は、基礎の基礎しか知らなかったレイが多少無理に扱ったとて、歪むことも、弦が切れることも無かった。
ただ、練習中レイのミスによって贈られた二十本の矢の内、五本が折れたり無くなったりしてしまったのだが、グレイ爺の弓に文句をつける点など何一つ存在していない。
「……僕、弓の才能も、無いかもしれない」
今日一日短弓に取り組んでみて、レイは自ずと答えを導き出してしまっていた。
矢の一本も的に当てることが出来なかった自分に、弓矢の才能はないのかもしれない、と。
既に剣と魔法に関しての才能が自分に無いことを知っているため、その結論に辿り着くのに時間は要らなかった。
才能がないかもしれない。
その考えが頭の中に浮かんでも尚、日が暮れるまで練習していたのは、一種の意地だった。
腐ってたまるか、負けてたまるか。
才能に屈したことを認めたくないレイが宿した反骨精神で一日やり遂げるも、結果は正しく才能が無い人と同じ、的に一つとして中ることがない有様を前に、こうして弱音を吐き出していた。
才能が無いことを知ったが故に、才能に固執しようとしているレイに対して、グレイ爺は昼間と同じような、けれども願いの熱がこもった言葉をレイに投げかける。
「なんだ、たった一日、たった一回の失敗で全てを諦めるつもりか?」
「あ、諦めるわけじゃ、ないけど……っ」
才能が無いかもしれないだけで、レイはまだ諦めたつもりではなかった。
それでも、その可能性を抱えたままのレイでは練習にも身が入らず、そう遠くない未来では諦めているだろうということは見守っているシオやグレイ爺からは分かっていた。
それを伝えるために声を上げたグレイ爺は、ようやく顔を上げて見せたレイの頭を優しく撫でる。
「……ある亜人がワシに言った言葉がある。『百の失敗、恐れるに足りず。されど、一の諦念、真に恐れるものぞ』とな」
「……どういう意味?」
「簡単な事じゃ。百の失敗など恐れる必要はない。百一回目に成功するかもしれんからな。それに対して、たった一度の諦念。諦めはその百一回目に通ずる道を自ら閉ざす行為。――人は、自然と楽な道を進もうとする。当然だろう、何かを極めるという道は、非常に辛くて、苦しいものだ。そしてその険しい道を逸れ、放棄を選択することは非常に楽な選択肢足りうるのだ。しかし、諦めることは必ず癖になる。挑戦し続けることを忘れないために、諦めに慣れることを何よりも恐れろ、と言う意味だと、ワシは考えるがの」
レイは今日、一度目の失敗を、挫折を味わった。それは姉を奪われた時と似た味をしていて、気分は最悪だった。まるで世界から自分の行いを否定されたような、そんな気分。
だがそれでも、あの時絶望の淵で藻掻いたからこそ、今こうして生きている。生きることを諦めなかったから失敗を続けられている。
百の失敗を重ねようが、失敗の先には必ず「成功」がある。
それがどんな意味を持つのかは、その人が積み重ねてきた失敗が意味を持たせることを、既にグレイ爺によって教えられていた。
そして、諦めた先に見える景色が無いことも、そこには真なる強さが宿らないということも。
レイには、剣も魔法も才能が無かった。
だからと言って諦めたわけではなく、グレイ爺の手によって新たに短弓の道へと導かれたのであり、レイは未だに自分の口から「諦める」と言った言葉を吐いたことはなかったのだ。環境に強制された剣も、才能に左右された魔法も、レイは捨てたわけではなかった。
そんな中で、才能と言う言葉に囚われないために用意された道で、レイはたった一度の失敗で項垂れていたのだが、グレイ爺の言葉に少しだけ活力を取り戻したのだった。
――才能は無いかもしれない。けれども、あるかもしれないんだ。
才能が無い。
その経験しかないレイがあるかどうか判別することなど不可能で、考えるだけ無駄なのだと、心の中で縛られていた鎖が解けるように胸の奥が、体ががスゥッ、と軽くなっていく。
「――もっと、頑張ってみる!!」
才能、なんて言葉に踊らされず、ただ一つの願いに向かって突き進む力。
それこそが迷いなき信念であり、揺ぎ無き覚悟足り得るのだ。そしてその柱にこそ宿るのが、レイの求める奪われないための力になる。
そのことを願って、グレイ爺は強く頷くレイに柔らかな目を向けるのだった。




