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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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20話 命を奪う行為について回る責任

読んでいただきありがとうございます。

本日五話目。


 


 魔法の講義を終え、竜気の力を身に着けるための下準備、嵩増しされたトレーニングにはいつの間にかレイだけでなくシオも加わって励んでいたある日の早朝、レイはシオとグレイ爺と共に厩舎に訪れていた。


 朝早くにシオがいつものようにモウちゃん、カウちゃんの元に遊びに行った際に、慌てた様子で家に飛び込んできたのだ。


「も、モウちゃんが起き上がらねぇ……!!」


 最近ようやくモウちゃんカウちゃんの親子と仲良くなれたシオが、朝の支度最中のグレイ爺の元に飛び込むやいなや、不安から襲う焦りで声を震わせてそう言った。


 そのシオの焦り具合を見て、グレイ爺とレイは朝食の支度も放り出して厩舎に急いで向かう。

 そこには、モウちゃんを心配するように鳴くカウちゃんの姿と、横たわったまま起き上がらないモウちゃんの姿があり、グレイ爺はすぐにモウちゃんの元に駆け寄った。

 レイとシオは少しばかり興奮した様子のカウちゃんを宥める役を与り、ようやくカウちゃんが落ち着き始めた頃、グレイ爺は苦々しい表情で呟く。


「もう、限界かもしれんの……」


 沈痛な面持ちで呟かれたその言葉に、シオが飛び寄って縋る。


「な、なぁ、モウちゃんは大丈夫だよな? 助かるよな? 助けて、やってくれるよな……?」


 始めは警戒していたモウちゃんカウちゃんも、今ではシオを家族のように扱ってくれているし、シオもまた二匹を家族のように思っていた。

 朝食の後は毎回「今日も美味かったぜ!」と搾りたてのミルクの感想を言いに来たりしていた。

 そうすると、モウちゃんカウちゃんの翌日の乳の出が良くなる、なんてグレイ爺が笑っていたことをレイは目の前で縋るシオを見て思い出してしまう。


 シオに釣られるようにレイもまたグレイ爺の服に手を伸ばすも、ただ力無い反応が返って来るのみで、その言葉に嘘が無いことをいやでも理解させられてしまう。



 ――お別れなのだと。



「ンブモゥ」


 グレイ爺とカウちゃんと言った昔からの家族に加え、新しく家族の仲間入りを果たしたシオとレイがが見守る中で、モウちゃんは静かに鳴いた。

 何を伝えたかったのかは、まだ付き合いの浅かったレイには分からない。

 それでも、その声を最後にモウちゃんは瞼を開くことはなくなって、ただ静かに弱々しい呼吸を繰り返すのみになってしまう。


 グレイ爺はモウちゃんの首元を優しく撫でると、黙ってその巨体を担ぎ上げる。魔力による身体強化だろう。レイに感じ取れないその強化は、一歩一歩を確かに踏み締めて歩んで厩舎を後にする。


 グレイ爺がモウちゃんを担いで向かった先は、水場に近い解体場。

 ここはレイが狩った暴食暴れウサギだったり、グレイ爺が狩ってきた魔物を解体するのに使う場所で、そんな場所で何をするのかと思うと、グレイ爺はモウちゃんを台に乗せた。


 最初の狩りの時から、レイは獲物を捌く事は一度もなく、生命を頂くことの何たるかを、正しく理解はしていなかった。正確には、理解できていなかった。

 残酷でありながらも、目を背けてはならない事実を教える機会だ、と言って戻ってきたグレイ爺の手は大太刀を握っていた。



 ――解体場でやる事など、一つしかないから。



「……人間は残酷だ。生きるためには別の生き物を殺して、その命をもらわねば生きてはいけない。だからこそ、人間は責任をもって食事に望まねばならないのだ。……お別れを言うんじゃ」


 レイとシオが別れの挨拶を告げる。

 シオは最後まで苦しそうな表情をしていたが、グレイ爺の邪魔になるような、屠殺の妨げになるような真似はしないまま、モウちゃんの最期を見届ける。


 大太刀のように巨大な肉切り包丁が振り被られ、見事な太刀筋で振り下ろされる刃は、抵抗なく、苦しませることなくその首を落とした。

 包丁が入る直前、まるで別れの挨拶への返事をするかのように鳴いたモウちゃんの声には、グレイ爺への感謝か、それともカウちゃんやシオ、レイを心配してか……。それとも、もしかしたら恨み言かもしれない声を残して沈黙した。


 声を押し殺して泣くシオの嗚咽が解体場に響く中で、吊るされていくモウちゃんの体から流れ落ちる大量の血液が、姉の最期の光景を思い出させるようで額の傷が痛む。



「……これは、仕方なくなんかじゃ、ないよね?」

「仕方なくなんてない。これは人間のわがままなんじゃ。許されるわけではないが、食わねば生きていけない。だからこそ、最後まで礼儀を尽くさねばならん……」



(――病気になる直前の家畜を、面倒見てやれるだけの余裕は、無かった。放っておけばカウにも、人間にも影響があったかもしれんのじゃ。かと言って、放逐するにも、魔物蔓延るこの地では不可能。であるならば、最後まで責任を果たすことが、せめてもの償いじゃろうか。……いいや、何を並べたところで、言い訳にしかならん。……牛の寿命の、半分も生かしてやれんかった。すまないのう、モウ。ワシも直に、そっちへ行くから待っとれよ)



 得も言われぬ姿になったモウちゃんを前に泣き続けるシオ。

 シオやレイの何倍も長く共に過ごしてきたはずのグレイ爺にとっても悲しくないはずがないと言うのに、決して涙は見せない。見せずとも、その背には哀愁を背負っているように見えた。


 やがて血流が収まってきたころに、肘まで隠れる大きな手袋をして、小回りの利く肉切り包丁を手にしたグレイ爺がモウちゃんの体を裂いていく。


 骨、肉、皮、脂、内臓。

 慣れた手捌きで肉をブロック状に解体していく中、開かれたモウちゃんの中でレイを手招く。

 布で口元を覆い、同じように肘まで隠れる手袋して入ったモウちゃんの体の中は、血生臭い臭気とまだほのかに熱の残る肉を前にして、昨日まで、さっきまで生きていた証を前にして引っ込めたはずの涙が出てきそうになってしまう。


 それも堪えて、グレイ爺から手渡された肉切り包丁を握って、レイの力で肉を削いでいく。グレイ爺が手を添えてくれてはいるものの、確かに肉を切る感触が手に伝わってくる。


 やがて切り出された肉塊がボトン、とグレイ爺の手の平に落ちる。


「レイ、これからはお前が狩りをして獲った獲物はこうして自分で捌け。……生き物の死に、血肉に慣れろとは言わん。だが実際にこうして命を貰い、頂く生命を無駄にすることはしてはならん。それが、相手に対しての礼儀、命を奪う行為について回る責任である」


 そうやって教えられた言葉は、実際にモウちゃんの命をその手に預かった身として、言葉以上の意味を持ってレイの体に深く刻まれる。


「……うん、分かった」


 いつの間にかシオの鳴き声も止んだ解体場は、グレイ爺が残りの解体を済ませる音だけが続いていく。

 シオは、レイの膝の上に乗って、最後までモウちゃんから目を離さないでいた。


「掃除はワシに任せて、二人は先に風呂で体を綺麗にして来い」


 薪をくべ、お風呂が沸くのを待つ間、血と脂が染みついた服を踏み洗う。


 そうして、やがて浴室が湯気で満たされた頃、レイは黙って考え事をしていたシオと一緒に湯釜に飛び込む。


 頭から熱いお湯を被さると、強張っていた肉体が弛緩してレイの口から深い溜め息が吐き出される。

 湯釜の縁に掴まって浮かぶレイと仰向けになって湯釜を漂うシオはお互いに黙ったまま湯に浸かっていたが、その沈黙を破ったのは、呆然と抜け殻のように漂っていたシオだった。


「モウは、グレイの爺さんが食べるために育てられてたのか?」

「……違うと思うよ」


 幻想の森でも酪農は行われていたし、その恩恵にも与って生きてきた。

 グレイ爺の元での生活でも、毎朝モウちゃんカウちゃんから絞った乳を飲んできた。

 もちろんそのための家畜であることは承知しているが、グレイ爺がそのためだけに飼っていたわけではない、とレイは考えていた。そうだったなら、モウちゃんを解体する手があんなにも重くはならないはずだから。


「グレイの爺さんにとって、モウは家族じゃなかったからあんなに淡々と……」

「それは違うよ。グレイ爺だって悲しんでた、苦しんでた。でも、あの時一番苦しかったのはモウちゃんだったから、グレイ爺は最後まで自分の責任を果たしたんだと思う」

「モウが苦しかったのは当たり前だ! 家族に、グレイの爺さんに殺されたから……!」

「違う。モウちゃんは、もう弱ってた。その事を、グレイ爺が知らないはずないから。僕やシオより、ずっと前から家族だったんだから。……それでも、今日まで献身的に支えてきたのは、グレイ爺にとってモウちゃんが大切な家族だったから。これ以上、モウちゃんを苦しませないために、判断したんだと、思うよ」


 レイは、モウちゃんが弱っていることを知っていた。知った上で、シオには黙っていた。


 黙っていてほしい、と言われたのが、他でもないモウちゃんからの申し出だったから。

 それを知ったのはほんの三日前だったが、シオの前では明るく気丈に振舞うモウちゃんの姿は、まさしく母牛のようで、グレイ爺から見ても立つだけでも苦しいはず、と言う程に強がって見せていた。


 モウちゃんにとってシオは我が子のような存在だったのだろう。

 新しく入ってきた自分よりはるかに小さな存在を前に、モウちゃんの母性が強くあれと囁いたのか、モウちゃんはシオの前では一頭の母牛の姿を取り続けた。故に、最後の最後まで、シオにとっての母であることを貫いて逝ったのだろう。


 そのことを伝えると、シオは黙ってレイの頭の上に乗る。


「…………」

「泣いていいよ」


 最期に見せたモウちゃんの目には、家族への感謝の念が込められているように見えた。

 モウちゃんはその命を全うし、最後にはその身を捧げたかのようで――、と言うのは余りにも都合の良い解釈だろうか。

 だが、そう考えなければ、ヒジリの死もただの「仕方ない」という一言で済まされてしまいそうで酷く恐ろしいと思うと同時に、怒りを通り越した悲しみに暮れてしまいそうだったから。


 シオは黙って大粒の涙を流すも、その目は前を向いたまま。


 幻想種と共に生きる人は、二人で一人。

 お互いが何を考えているかを読み取ることは出来ないが、どんなことを考えているのかくらいは感じ取れる。


 レイはシオの感情に引っ張られるように涙がたまっていく瞳から涙が零れる。


 二人は、グレイ爺が呼びに来るまでモウちゃんを思って涙を流すのだった。







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