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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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15話 萎びたミミズ

読んでいただきありがとうございます。

本日五話目です。ご注意を。

 



「本ッ当に、申し訳なかった!!!」




 翌朝、寝ぼけ眼をこすって寝室から出てきたレイが目にしたのは、額を床にこすりつけて開口一番に謝罪を繰り出す老人――グレイ爺の姿だった。


 レイがにゃむにゃむ言いながら現れた時には椅子に腰かけていたと言うのに、目にもとまらぬ速さで瞬きする間もなく次の瞬間にはレイの足元で「この通りじゃ!」と額をこすりつけていて、そのあまりにも衝撃的な光景にレイは何事かと、眠気も吹っ飛ぶくらいの困惑に見舞われていた。


 昨日レイが泣き疲れて眠りについた後、グレイ爺は「レイの厄介保護者(モンスターペアレント)」であるシオに説教と言う名の布教を受け、レイを愛しレイを幸せにする会に入会させられてしまったのだった。

 これは何一つとして怪しい宗教団体ではなく、無理強いではなく誰もが納得して入る団体なのであった。ちなみにグレイ爺の会員ナンバーは001番。創設者であるシオが000番であり、グレイ爺は記念すべき初の入会者でもあった。




 ……と、言うのは半分冗談であり、グレイ爺が冗談だと聞き流していたレイの生涯をレイの出生時から聞かされたのであった。


 その内容は、外の世界では有り得ない非常識な常識が並べられていて、涙なしには語ることができないと言ったシオの言葉が真実であると理解した。

 グレイ爺は幻想種と幻想部隊(エリオゾラ)、それから真祖の龍エネルゼアに興味を示したが、シオはレイに関すること以外は「あれな感じ」と物凄く適当な扱いになるため、グレイ爺はレイにまつわる話にはまるで見てきたかのように詳しいけれどそれ以外は適当と、寡聞に贔屓の入った情報に踊らされながら耳を傾け、涙を流すのであった。


 それでも、レイのこれまでの生涯に外にありふれた幸福の影は見えず、その中で必死に生きてきたレイに対して同情の念を抱くのと同じくらい、謝罪の気持ちでいっぱいだった。


 レイの額の傷。

 それがただの傷ではないことはグレイ爺も承知していた。


 外の世界にも、同じく王族やそれに連なるものに対しての永久追放の極刑が存在しているが、今の世にその刑を執行された者はおらず、グレイ爺の知る限りでは「極刑」とは寿命を遥かに超える過酷な労働刑か、もしくは処刑の二つのみであった。


 それでも、遥か過去に執行されたのが最後である追放刑の最も特徴的で残酷な点として挙げられるのがレイの額の傷であり、その傷は魂に刻み込まれ決して癒える事は無いとまで言われる点だった。

 その額の傷は罪人の証であり、それを持つ者に権利が与えられることは決してなく、何をされても文句の言えない立場に追いやられるという始末。


 消えない傷はやがて膿み、そして精神までも切り刻まれる苦しみに、死ぬまで耐えていかねばならないことが最たる苦痛と呼ばれていた。

 人の権利、魂を弄ぶこと、治安の悪化等が原因で追放刑は事実上執行されることがなくなったとは言え、人々の間では「悪いことをするとおでこを傷つける、叩く」などと言った過去に追放人に行った仕打ちから子供に教える事が多く、知識として追放刑を学ぶことが多かった。そのためグレイ爺も額の傷が持つ意味に気付いていながらも触れずに黙っていた。


 そしてレイもまた例に漏れず、牡鹿の幻想種と言うグレイ爺も警戒する程の竜気を持つ者にかけられた魂への刻印は呪いのようにレイの額に刻み込まれ、今後レイに訪れるであろう幸せな未来をも奪う。レイに待つ未来が残酷なものになるようにと祈りを込めるように。


 その事を、レイはまだ知らない。

 教える機会が訪れたとて、グレイ爺はその口で伝えることができるのか。


 レイはもう、グレイ爺に出会う前に感じた苦痛こそが罰だと感じているとシオが口にしていたものの、それがシオ達の言う外の世界では常識の、ただの魔力酔いであることをグレイ爺は切り出せなかった。


 これから先、さらなる苦痛が待ち受けているなど、口が裂けても今のレイには告げることはできない。


 そのことをシオに相談した結果、レイが受け止められるようになるまで黙っていようという結論に至り、シオの机上の空論に過ぎなかった『レイにはとことん幸せになってもらおう作戦』が、グレイ爺が『レイを幸せにする会』に入会したことによって併合されて、さらなる幸福をもたらすために、と言うスローガンを掲げて夜が明けたのであった。






 そのための第一目標として、レイを胃もたれさせるくらい甘やかす、と言う指針を決定してグレイ爺は行動に移った。まずは自分のけじめをつけるために。


 そして当然、レイは自分が眠っている間にそんなことが起こっているなんて毛ほども考えていないため、グレイ爺の突然の謝罪に頭が追い付かないでいた。


「え……っ、え……!?」


 困った末にシオに視線を向けるも、シオはうんうんと頷きを繰り返すだけで、事態の把握には微塵も役に立たない。グレイ爺の行動に満足げな様子に、シオが関わっていることだけは読み取れるが、レイにはその裏で何があったかなどは想像もできない。


「とりあえず、頭を上げて……?」




「ならぬ! ワシは、ワシはレイの精神面も考えず、ワシの勝手な思い込みと余計な正義感で早とちりをして、レイを傷つけた! どうか、この通りじゃ! 嫌でなければ、この老いぼれにこれからもレイの成長を見守らせてほしい。ワシにできる事ならば何でもする、だからどうか、レイが幸せになる手助けを、ワシにもさせて欲しいんじゃ」




 梃子でも動かない巨岩のごとし出で立ちに加えて固い意志を誇るグレイ爺に、レイは困った様子で膝をつく。


 レイもまた、グレイ爺の思いを理解していた。

 

グレイ爺が木のてっぺんで見せてくれた広大で壮大な世界の景色、口では復讐を肯定しながらも遠くを見る目はそれを否定する姿にレイも気付いていた。気付いていながら、自身の内に秘められた怒りを無視することも、収めることもできないでいた。


 今回の、昨日の出来事はそのすれ違いが生んだ悲劇でしかないことに加えて、レイは自分にも非がある事を自覚していた。


「僕も、僕が弱かったから、グレイ爺に謝らせちゃった……。きっと、グレイ爺は昨日の事。昨日、僕がパニックになって泣いちゃったから、グレイ爺が謝ってるんだよね? それを言うなら、僕の方こそ謝らなくちゃいけないから……、ごめんなさい」


「「っ!?」」


 グレイ爺の姿を真似るように背を丸めて頭を下げたレイに対して、シオとグレイ爺の二人が、『レイを幸せにする会』のフルメンバーが驚いてレイを制止するように動く。

 あれだけ頑なとして動こうとしなかったグレイ爺も咄嗟に頭を上げてレイの肩を掴んだ。


「レイが謝ることは無い! ワシの、ワシが全部悪かったからの……!」

「そ、そうだぜレイ! グレイの爺さんが謝ってるんだからそれを素直に受け取ってやれば……」



「むぅ、ダメだよシオ。自分が悪いと思ったら謝る。姉さんにもラナにも言われた事だし、これは僕が悪いと思ってるから謝ってるの。だからシオは黙ってて」



「――黙っ……!?」


 レイに拒絶されたと拡大解釈して落ち込んでいくシオは、グレイ爺の傍に萎びたミミズのようになって転がってしまう。


 グレイ爺はそれを見て必死になって笑いを堪えるが、レイの真面目な目を受けて正気を保つ。


「れ、レイのお姉さんは本当に良い人だったんだな」

「……うん。でも、僕が弱かったから、全部奪われて、全部、無くなっちゃった――」

「――そんなことは無い。レイが悪いなんてことがあってたまるか。奪う側がいつだって悪いんじゃ。……今回のことも、ワシが悪かった」

「グレイ爺は悪くない! 僕がすぐ泣いちゃったから……」


 幻想の森では、レイは滅多に泣くことがない子供だった。


 ゲンさんも褒めるくらい、泣かないし手のかからない子供だった。

 それはヒジリが来てからも同じで、シュウに大敗を喫したあの日くらいしか、滅多に涙を見せることは無かった。そんなレイがこうして自分を責め続けて泣きじゃくる姿は、ヒジリを奪われたことが何よりも心の傷となって刻まれていて、とにかく心が衰弱していることが原因で間違いない。


 今も涙を流す素振りは無いが、ここに来てからレイは常に背を丸めて弱々しく、ただでさえ小さな体が増々小さくなって見えるほどだった。

 このままではいかん、自分責めることは自分を傷付けると言う事。このままでは腐っていくのみ、と判断したグレイ爺は平行線になる会話をブツ切る。


「お互い悪かった。だからこれ以上自分を責めるのはやめておくれ。ワシはこれから、全力をもってレイを強くすると約束しよう。だからレイも、自分を責めないでくれんか?」

「グレイ爺……。うん、分かった」


 手を取ってうん、うん。と頷き返すレイを見てグレイ爺は柔らかな笑みを浮かべる。

 食事にしよう、と腰を上げたところでそれに続くレイが床に転がる萎びたシオに「あんなこと言ってごめんなさい」と告げると、グングンと膨らんで元の形になったシオが満面の笑みでレイに巻き付いてた。



「そう言えば、僕の剣の腕前はグレイ爺から見て、どうだった?」



 テーブルに着いて開口一番、レイが口にした言葉にグレイ爺は固まる。

 何せ今しがたその件に関しては解決したものと思っていた上に、レイの視線に期待が込められていたから。


 幻想の森には比較対象の存在しないレイは、自分の今の腕前を確認することができなかった。結果として幻想師に認められる腕前のシュウに敗れはしたものの、明確な基準がレイには存在していなかった。

 レイを評価してくれるのは姉であるヒジリのみであり、彼女の感想はいつも「すごいね」「頑張ってるよ」と言ったレイを肯定するフワフワとした感想のみ。汗をかいたレイの肌をもちもちすることが趣味であったヒジリに対して口を挟もうとしたレイだったが、満足そうに微笑む姉の姿にレイも満足だったため何も尋ねることはしなかった。


 しかし、それとこれとは話が別と言うレイの顔には、褒めてほしいとでかでかと書かれているようで、グレイ爺は反応に困っていた。


「あとどれだけ頑張れば、強くなれば、幻想師に勝てるようになる、かな……?」


 ――もう二度と、奪われたくない。

 そんな思いが込められた視線を受けて、グレイ爺は黙って思案を巡らせる。


 当然、二年も剣を振っていて、農作業でついた体力も加わって決して悪くは無い剣をしていたのは認める。けれど、それ故にレイの剣の才能は平凡であり、シオの口から語られた幻想師の剣には遠く及ばないことが分かっていた。包み隠さず言うなれば、レイに剣の才能は、無かった。


 だがそれを果たして言っていいものなのか。

 期待を裏切る結果を伝えることが正しいのだろうか。

 甘やかすと決めた手前、煽てることも選択肢の一つに入っていることも承知しているが、創設者、そして厄介保護者(モンスターペアレント)であるシオの厳しい視線を受けて、グレイ爺は心を決めてレイに告げる。



「レイ、お前の剣は――







新年一発目の評価を下さると嬉しいです。一発目じゃなくても嬉しいです。


10話ずつ更新とか宣ったことは忘れて下さい。書き溜めて毎週土日のどちらかにまとめて更新いたしますので週末に覗いてくれるとありがたいです。

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