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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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16話 最後に笑っていたやつが勝ち

読んでいただきありがとうございます。

 




「――レイ、お前の剣は、平凡だ」





「平、凡……?」


 甘やかすと決めたグレイ爺は、早速その誓いを破って真実を告げる。

 甘やかすのだとすれば、この状況では「才能がある」と口にすることが正しいのだろうが、それでは将来、却ってレイが傷付くだけで、グレイ爺やシオの想定する『レイの幸せ』から遠ざかることになってしまう。


 故に、レイの褒めてほしいと書かれた期待に満ちた瞳を前にしながらも、断腸の思いでグレイ爺はレイの期待を切って捨てたのだった。


 志を同じくするシオからは「もっと包んで話せよ!」と刺々しい非難の視線が飛んでくるも、グレイ爺はレイに真正面から向き合うことを決意する。


「レイの剣の腕では、どんなに頑張っても平凡の剣の域を出ることはないだろう」


 正しくはグレイ爺の残された時間を使って教えられる範囲では、との制限が付くが、今のレイに言ったところで理解することは難しかっただろう。


「それって、強くなれない――、才能が無いって言う事……?」

「あぁ。もしレイが言う、奪われないための力が欲しいのであれば、剣の道は諦めるべきだ。お前に剣の才能は、無い」


 そうして、グレイ爺は無慈悲とも思える言葉をレイに言い放った。

 レイの境遇を知っても尚その言葉を突き付けられるのは、グレイ爺が本当に心の底からレイの為を思っているからで、今ここは堕落すべき時ではないからこそ心を鬼にして真実を告げた。


 だがグレイ爺の思いはレイには正しく届かない。


 ただでさえ摩耗していたレイの精神は既にボロボロで、あまつさえ昨日のトラウマの刺激によってさらに擦り減っていた。そんな不安定な状態のレイにかける言葉としてはあまりにも酷な言葉を受け、レイの目には涙が浮かぶ。

 シオから非難するような視線が飛んでくるが、それ以上の抗議が無いと言う事は、シオも薄々感じていたのではないか。そんな思考がグレイ爺の頭を過る。


 本来であれば、レイの最愛の姉が手放しで褒めてくれていた過去を倣って、この状況では死ぬほど甘やかして褒めちぎることが正解であっただろう。だが、グレイ爺はあえて厳しい言葉を使ってレイを突き放す。それがきっと間違いであれ、いずれ正しき方向に進むためのものだと分かっていたから。


「才能が、無い、って……。それじゃあ、僕が剣に縋っても、無駄だったんだ……。全部、無駄だったんじゃないか……」


 椅子に座していなければ膝から崩れ落ちていたであろうと言う程に落ち込む姿を見せるレイの瞳は、その心情を現すかのように濁っていく。琥珀色の瞳が、黒く濁っていく。


 グレイ爺が告げた言葉は、今までのレイを支えてきたものが全て崩れ去るようで、これまで見ないよう、忘れようと蓋をしてきたものから目を逸らせなくなっていた。


 段々と呼吸が激しくなるレイは、やがて狂ったように言葉を吐き続ける。




「――僕がやってきたことは全部無駄で、姉さんを助けられる手段なんてどこにもなかったってこと……? なかったんだ……。は、ハハ……! 全部間違ってたって、なんだよそれ……! だって、誰も教えてくれなかったじゃないか……っ、なんで、なんで今さら、そんなこと言われなくちゃ、いけないのっ!? なんで、もっと早く、教えてくれなかったのっ!? なんで、なんで、姉さんは――」




 レイの周りには、助けてくれる大人がいなかった。

 話を聞く限り、レイの姉ヒジリもまた経験の浅い少女と呼べるもので、大人とは呼べない小さな世界で生きてきたのだ。だからこそ、打てる手の中で最善を、最良を突き詰めたレイは称賛こそされ、笑い者になる筋合いなど微塵も無い。ましてや、大切な物を奪われる道理も無いはずだと、グレイ爺は考えていた。


 だからこそ、グレイ爺はその手を差し出す。


「どうして泣く必要がある、レイ。顔を上げて見せろ」

「僕は二年間、無駄な時間を使い潰したんだ! その時間があれば、ヒジリだってきっと助けられたはずなのに……!!」


 もしかしたら、その可能性だってあったはずだろう。

 だが現実は違う。起こったことは変えられないし、過去を引きずっても姉は蘇ったりしないのだから。


 そして、今のレイを取り巻く環境もまた違うのだと言う事を、レイには分かってもらいたかった。


 ここにはレイを笑う者もいなければ、子を切り捨てる大人も存在しない。大人に頼ることを覚えてもらいたい一心で、グレイ爺はその手を差し伸べる。


 グレイ爺だって、レイを傷付けたいがために才能は無いと切り捨てた訳ではなく、きちんとした経験に基づいて判断している。多少の贔屓目はあるやもしれないが、それでも平凡を超える評価は与えられなかった。


 その理由の一つとして、レイの目の良さが仇になっていることが上げられる。

 これはシオから教えられたものではなく、グレイ爺が実際にレイと接し、レイと打ち込み稽古を経たからこそ分かったレイの才能。


 動く物を的確にとらえるレイの目だが、見える世界にレイの体が追い付いていないことに加え、殺気の込められた一撃を前にすると、過去に受けた額の傷をつけた瞬間を思い出してしまう。加えて、それに追随して恐怖の記憶が蘇って体が硬直してしまうことが、何よりも剣を扱うにあたって重荷になってしまっている。


 目が良すぎると言うのも考え物だとグレイ爺は頭を悩ませると同時に、その目の良さは可能性の塊であることも理解していた。


 だからこそ、レイをここで立ち止まらせておくわけにはいかなかった。腐らせるわけにはいかない。幸せになってもらうためには、今一度立ち上がらせなければならなかった。



「その二年が無駄になるかどうかは、レイ、これからのお前次第だ」



 だから今は、自分を信じて立ち上がってほしいと願うも、レイは差し出された手を振り払ってしまう。



「――無駄だった! 無駄だったじゃないかっ! グレイ爺が、そう言ったから……ッ!! 一生懸命やったのに、頑張ったのに……っ、何も、何も報われなかったんだ……!!」



 そう叫ぶレイは、これまでの鬱憤を全て吐き出すかのように喚く。

 親代わりのゲンさんにも、最愛の姉ヒジリにだって見せたことのない姿。当然シオも初めて目にする激昂するレイの姿に、グレイ爺は手を差し伸べ続ける。


「一生懸命やって、努力をして頑張って。それはきっと、レイの姉も認めてくれるだろう。事実、認めてくれていたのだろう。だが、その程度では、お主の願いを叶られなかった。それは何故かわかるか、レイ」


 たかが、その程度。

 言われ慣れていようと、やはりカチンとくる物言いに対してレイが感情のままに怒りを振りかざそうとする。当然だろう。農作業の合間も、寝る間も削って、疲労を重ねて。血反吐を吐く思いで努力した、一生懸命頑張った。その努力を認めてくれないのであれば、それこそ無駄になると言うものだったから。


 だが、問いかけるグレイ爺の目は、いつぞやのシュウや歓楽区の人たちとは異なり、真剣な眼差しだった。グレイ爺は、レイの問いに答えた時から、こちらを蔑み、罵るような眼は、一度足りとてしていなかった。常にレイを心配するような目で見つめ、迷ったら背を押してくれる大人と言う存在に、レイは戸惑いながらも息を飲んで首を横に振った。



「――答えは単純。努力の仕方を間違えていたから。辿り着くためには、最も遠い道を、選んでしまったからじゃ」



 畑仕事と、剣を握って振ってできた豆で子供ながらに固くなった手を包んでやると、レイはゆっくりと息を飲んで、たどたどしくも言葉を紡ぐ。



「でもっ、それしか、剣しか、なかったから……! 選んでなんか、ないのに……っ。じゃあ、どうすれば、よかったの……?」



「――ワシを頼れ。レイはもう、一人じゃない。お主の味方は、ここにいる。今度こそ、正しい力の使い方、付け方、努力の仕方を教えてやる。何者にも奪われないための力を、今度こそな」



「でも、また、失敗したら……」



「失敗? 何を恐れることがある。失敗は恐れるな。何度だって転んで、失敗すると良い。一生懸命やってできなくとも、努力して何も叶わなくとも、頑張ったのに報われなくとも、レイの体には確かに刻まれている。失敗したとて、何度だって起き上がって笑え。――いいか、レイ。この世ではの、最後に笑っていたやつが勝ちなんじゃ。それとも何か、何事も失敗したらそこで終わり、とでも思っていたのか?」



 グレイ爺の言葉に、そうじゃないのか、と目を瞠るレイとシオ。

 確かに、二人がここに至る結果になったのは根本的には姉を奪った幻想師が原因である事には違いない。それが失敗かどうかと問われれば、レイの取った行動はいくつも問題点があるし、それが無ければと思う事も多々ある。そんな状況の中で幻想の森から追放された今、こうして生きていることの方がおかしな事態なのであった。

 本来ならば霧の結界を抜けてすぐに、魔力酔いで藻掻き苦しむ最中に魔物に殺されていたはずなのだから。


 しかし同時にグレイ爺は悟る。そんな事すら教えてくれる大人がいなかった事、そんな事すら知る機会が無かった程に、切り詰められた社会だということを。


「例えば、ここにある(サイコロ)を振るとしよう。六の目を出すことが目標だとすれば、ワシは迷いなく賽を振る。振らねば出る目も出ないもの。これを仮に努力だとすると――」


 グレイ爺がそう言って振ったサイコロは、三の目を出して止まる。


「6が出なかった。これでワシは努力をし尽くした、一生懸命やり尽くしたと言ってやめることは可能だが、もう一度振ることはできるだろうか?」


 レイとシオは揃って頷く。もう一度振れば良いだけなのだから。

 そんな二人を見て転がすも、出た目は五。


 もう一回、と催促する二人ににやり、と微笑みながらサイコロを転がし続け、そうして何度か転がしたのちに、ようやく六の目が表を向いた。


「ワシは今、六回の賽を振るという()()を果たした。確率が六分の一だとすれば順当な結果だが、人によっては一回目や二回目で六の目を出す者もいる。そういうやつらは総じて運が良い。たまたま賽の目で六を出す才能に恵まれただけ。努力によって賽の目を動かすことが可能になれば、六回中六回全て六の目を出すことだって出来る。だが、そのためには途方もない回数の努力が必要となるし、その手法に辿り着くためにもまた、運と努力が絡みつく。そう言った点で言えば、レイ、お前は運が無かった、運が悪かったと言える」


 当然サイコロを転がすことと実際の現実に関して共通点は、ほぼ無いと言っても過言ではない。それでも、賢いレイは少なからずその意図を汲み取る事ができていた。

 だが、そうは言っても、ヒジリが殺され、無様に奪われた事象、すでに起こってしまった事態を「運が悪かった」の一言で片づけるのは余りにも人の心が無いと言わざるを得ない。


「お前が剣を握った二年を無駄だと言うなら、それは剣を勧め、共に笑い過ごしてくれた姉の存在すらも奪うことになる。それは、遺された者が執る行いとしては到底認められないものだ。――その上で今一度問おう、レイ。剣を握り、練習に取り組んだ時間が本当に無駄だったと思うのか?」



「――無駄なんかじゃ、ない。……無駄なんかじゃ、なかった」



 グレイ爺の問いに、レイは間髪入れずに返答した。

 決して忘れていたわけではないヒジリの言葉がレイの頭に過ったために、迷いなく答えることができたのだ。


『レイと過ごした時間は、お姉ちゃんにとって一番大切な時間。かけがえのない幸せな時間なの』


 グレイ爺に言われるまでも無かった言葉だが、ほんの数秒前の自分は、自らの意志で姉との記憶を切り捨てるところだった。

 そして、レイの思いにこたえるように笑ったグレイ爺は、確かな意志と揺るがぬ思いをもう一度宿した瞳を見据えて、きっひっひ、と笑う。そうして、ヒジリと同じようにレイの頭に手を置くと、ヒジリよりもずっと乱暴にガシガシと撫でてくる。乱暴だけど、決して嫌ではない手付きに、レイは笑うように泣きながらされるがままに身を委ねるのであった。













「……なぁ、ところで賽の目を動かすって、どんくらい努力すりゃいいんだ?」

「ん? 簡単な事よ」


 空気を読まないシオがグレイ爺の言葉に疑問を持って問いかける。


 サイコロはいくら転がしても確率の範囲を出ることが無い故に、運の要素を努力でどうにかできるものなのかと疑問を持った次第。その疑問を抱いたのはレイも同じようで、泣き続けるのも止めてサイコロを注視していた。


 こうするんじゃ、と指ではじいた次の瞬間、サイコロは突如として六の面を上にしてテーブルに落ちるのだった。それはどこからどう見ても自然現象とは思えない動きで、だがシオの目には何かを捉えられることは無くレイの方に視線を促す。


「叩き、付けてた……?」

「その通り」

「はぁ!? そんなん、ズルじゃねぇか!」

「はて、それがシオに見えていたのか? 見えていなければそれで良いし、六を出すことに方法を定めていない方が悪いもんじゃ」

「なッ……!? へ、屁理屈じゃねぇか、そんなの……」

「屁理屈? ではシオよ、戦闘において目潰しをしてくる相手に同じ事が言えるか? 命がかかった勝負で、足払いを使う者にもズルだと言って隙を晒すのか?」

「そ、れは……」

「同じ事じゃ。努力の仕方は一つではない。自分が最適だと思う答えを試行錯誤し、行き着いた答えこそが、その者の成果、努力の成果と言うものよ。なんだったら、六の面を切り裂いても良かったんだがの」

「む、無茶苦茶だけど、よく分かったぜ……」


 グレイ爺の言葉に頷きを返すシオと、その言葉から何を受け取ったのか、真面目に思案する様子のレイを見てグレイ爺はもう一度、わしゃわしゃと頭を撫でまわすのだった。












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