表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
14/258

14話 レイの厄介保護者

読んでいただきありがとうございます。

本日四話目です!




 『剣の道は、厳しく、険しいものだ』




 剣を習ったことのある人ならば誰しもが聞いたことのある言葉であるが、レイは今、グレイ爺の口から聞かされて初めてその言葉を耳にした。


 しかし、何かを極めるにあたって、厳しくも険しくもない楽な道などあるものだろうか。

 レイは物心ついた頃から農作業をこなしてきたが、ようやく一人前と呼べる程度で、極めるには至っていない。土弄りの極みがなんなのか分からないが、極めようと物事に当たっているわけではない故に、それに関しては仕事に不都合が無ければそれで良かった。


 だが、剣の腕に関しては話は別で、幻想師という確固たる指針、目標があった以上、少なくとも魔物と対峙できるだけの実力をつけるために努力してきた。


 初めて剣を握ったのは、ヒジリがまだ自分の足で歩いていた頃。姉を自称する不審者に進められたのがきっかけだった。


『レイ、幻想師に興味ある?』


 当時僅か八つだったレイは、魔物と戦い森の人々を助ける幻想師に対して興味津々のお年頃だった。

 五つになった子供たちには、ゲンさんはお手製の木剣を配るのが通例になっており、レイもまた例に漏れず貰っていた。しかし日々の畑の成果物の収穫から納品、細かな手入れまで含めて、剣を振って遊ぶ他の下級区の子供たちとは明らかに境遇が異なっていた。そのため、レイはヒジリに言われるまで、もらった木剣のことも忘れていた始末。


 そんな折、疲れている体を押してまで剣を握ったのにはヒジリの強い押しがあったからだ。

 ただ握るだけ、いつも羨ましそうに眺めるだけだったレイは、その日生まれて初めて他の子供の真似をして振ってみると、ヒジリは大袈裟なリアクションでニコニコと褒めてくれた。


 幼いレイは「そうかな……」なんて簡単に絆されて、夜だったり朝の早い時間、ヒジリの目が無くとも木剣を振るようになった。こんなことをしたんだ、と報告するだけで褒めてくれるのは、喜びを知らないレイにとっては初めての快楽だったから、熱中するのにそう時間はかからなかった。


 始めはただヒジリの笑顔が見たくて始めた剣の道だったが、ヒジリの具合が悪くなったのがそのおよそ一年後の頃で、その頃から明確に幻想師になってヒジリを救う事が目標になっていた。


『どれくらい頑張れば、幻想師様になれる?』

『うーん。三年くらいかなぁ?』

『そっかぁ。僕、頑張るから! 頑張って、姉さんを助けるから!』


 そんな日が訪れる日が来なくなる、なんて考えもしなかった当時のレイは、がむしゃらになって剣を振るうようになった。基礎ができておらずとも、農作業と日々の素振りの成果で、少なくとも目は当てられるくらいの形には仕上がっていた。


 仕上がっていたはずなのに、グレイ爺の言う通りに姿勢も持ち方も変えて行った素振りは、今までのが嘘のように改善されて素振りがしやすくなった。



「むしろ、良く今まであんな振りで体を壊さなかったな……」



 そう言って心配そうに体の節々の感触を確かめるようにぺたぺたと触ってくるグレイ爺に恥ずかしくなりながら、ヒジリも仕事や素振りが終わった後はレイに身を寄せて頬をムニムニしたり、頭を撫でたりとスキンシップが多かったことを思い出してしまう。



「ぐ、グレイ爺!!」

「む、なんじゃ」

「僕と、打ち合ってほしい、です!」



 レイは、鍛錬の一つを始める前に、今の自分にどれだけの実力があるのかを知りたかった。

 グレイ爺に正しく判断してもらうことで、シュウの実力であったり、それで幻想師の実力を導き出そうと考えていたからだ。その目的が復讐の一途に続いていると即座に感じ取ったグレイ爺は、厳かに頷いた。


「敬語はいらんと言っておるだろうに。まぁ良い、ワシからは打ち返さんから、好きに打ってくると良い」

「あれ、グレイ爺剣は?」

「かかっ、レイ相手ならばこの指二本で十分じゃな。いつかはワシに剣を握らせてみせるといい」


 グレイ爺に習った通りに正面に構えるレイ。それに対して、グレイ爺は右手の人差し指と中指を立てたものを前に構えるだけで、木剣を手に取る気配もなかった。

 その言葉は決して冗談ではなく、本気でそれで十分だと言っているのが分かるが故に、レイはどこか悔しさを覚える。


 いつでも来い、と挑発的に指を曲げて見せるグレイ爺に対して、シュウに見せつけた最初の一撃と同じように、レイは深く膝を曲げる一撃を見せつける。



「――ふッ!!」

「ほう、なかなか良い脚じゃな」



 跳ねるボール球のように跳んだレイは、以前と変わらぬ一撃をグレイ爺に叩きつけるが、カン! と言う、到底指と木剣が交差して鳴るような音ではない甲高い音が鳴って、竜気をまとっているように見える右腕一本で簡単にレイの剣は捉えられ防がれる。

 言葉では褒められているが、止められた状態は正しく文字通り()()()であり、そうしてグレイ爺は腰を入れるまでもない軽い一撃を腕の力でもって弾き返すと、レイは同じ場所に戻されるのであった。


 幻想部隊(エリオゾラ)に内定したと言われるシュウと手合わせした時には感じなかった圧倒的な壁が目の前に聳えるようなものをグレイ爺相手に打ち込んだ際に感じられ、それが実力差なのだと理解するのに時間は必要なかった。



「グレイ爺も、竜気使えるんだ……!」

「ワシは少しばかり特殊でのう。外の人間全員が使えるわけではない。本来はこのようにして――ほれ、魔力と合わせて使うものなんじゃよ」



 そう言って手本を見せるようにして初めから纏っていた竜気に別のオーラ、それから魔力と呼ばれる力を混ぜて見せると、一瞬にしてグレイ爺の存在感が増強する。

 ()()の力を発現させたグレイ爺に対して、肌をぶるりと震わせたのは相対するレイだけでなく、見守っているだけのシオも同じであった。


 ――外の世界には外敵を防ぐ霧の結界も存在しないし、ましてや半身たる幻想種も授からない。


 そのため、魔物などの人類の敵である「化け物」に対抗するために外の世界の人間が手にしたのが、魔力であった。


 優れた身体能力をさらに高める魔力による身体強化は新たな可能性として認められ、多くの人間が魔力による身体強化を備えるようになり、グレイ爺もまた魔力による身体強化の虜になった人物の一人だった。

 だが、魔力を扱い奇跡を行使する魔法使いは生まれ持っての才能が無ければ不可能で、魔力に魅入られた数多くの人の中でもほんの一握りの物にしかその才能は与えられなかった。

 グレイ爺はその選ばれなかった大多数の人類の内の一人であり、それでも魔力の可能性に魅入られたままのグレイ爺はいつしか竜気を修めるに至った天才。


 そのため、グレイ爺の言う通り竜気と魔力のハイブリッドは数が少なく、「ワシはレアなケースじゃ」なんて言って竜気のみの身体強化に戻すと、再びレイと対峙する。



 今のグレイ爺の状態が手加減している状態だと分かりながらも、先ほどまでとは意味の異なる緊張が走るレイは、グレイ爺に習った基礎も忘れてがむしゃらに突撃していく。

 そもそも、最初の一撃以外はいわば奇襲戦法。基礎もないレイにそれ以外のまともな剣技ができるはずもなかった。


 当然、外の世界で天才と称されるだけの実力、それ以上の経験を持つグレイ爺に基礎のなっていないただのチャンバラ剣では、揃えられた二本指を超えてその向こうの体にレイの剣が届くことなど有り得ない。

 今のレイは、過去にグレイ爺が相対した剣士の中で誰よりも貧弱で、なまじ幼いころからの農作業と素振りで中途半端に肉体が出来上がってきているからか、剣を振るうにあたっての悪い癖が次から次へと出るわ出るわ。


 魔力の適さない肉体ながら、日がな一日中働けるだけの体力があっても、下半身を考慮しない腕の振りでは、いくら剣を振ったところで最初の一撃以上の威力はどう頑張っても出せない。

 グレイ爺よりも遥かに竜気に適した肉体があっても、それを満足に活用することもできないまま、レイの息は上がっていく。


 それら全てを見抜いていながら、グレイ爺は指摘することなくレイの打ち込みを捌いていく。


 遂には、グレイ爺をその場から一歩動かすことすら叶わないままレイの腕が垂れ落ちたところでギブアップの様相だった。



「はぁっ……、はぁっ……!」

「明日からは、基礎を含めて教えていくとするか。今日は疲れただろう、ゆっくり休め」



「――ま、待って、待ってください!」



 疲労困憊と言った様子のレイを見て、今日はこれでおしまいだと告げて去ろうとしたグレイ爺の背に、レイの声がかかった。

 その声はどこか切羽詰まった様子で、振り返ると疲労だけではない、悔しさも滲む大量の汗を流すレイが「もう一回だけ」と言って立っていた。


 グレイ爺は黙ってレイの呼吸が整うのを待ってからもう一度生き急ぐ少年と相対する。

 疲労困憊の体で藻掻いたところで、万全の状態での最高の一撃を超える剣は出せない。

 鍛錬とは、その最高の一撃をどんな状況、どんな状態でも放てるようにするためのものであり、レイの状態はベストコンディションと呼ぶに相応しいものだったが、今この場はレイの鍛錬に相応しいものではないし、グレイ爺からすればこれ以上の打ち込みは無意味だと考えていた。

 だと言うのにレイの剣を待ち構えたのには、ある理由があった。



 ――いつの間にかレイの瞳には濁った憎悪がチラついてしまっている。



 今のレイはとにかく焦っており、このままではガリウスは疎か、幻想部隊(エリオゾラ)の部隊員も、シュウにすら追いつけないかもしれないと言う思考がレイの心の闇を広げようとする。


 幼子の思いは刹那移り気と言えど、グレイ爺の想定していた移り気とは異なる展開、怒りを忘れるどころか増長させてしまったことは完全に想定外な事態だった。忘れてほしい怒りを増して、忘れるべからずと伝えた迷いなき覚悟の支えを忘れられては、グレイ爺にも為す術が無い。



 ――いささか荒療治だが仕方ない、か。




「ワシの一撃を受け止めたら続けてやろう。レイの目指す剣の頂を、今から見せてやる」




 グレイ爺は一度手放した木剣を手にして構えると、相対するレイもまた上段に構えて剣を待つ。しかし、グレイ爺の放つ竜気に気圧されているのか、僅かに腰が引けている状態は、始まる前から結果が見えているようなものだった。


 ピリピリとひりつく空気の中、いつしかレイの瞳からは憎悪の影も消えて、どこか期待するような目でグレイ爺の剣を見つめる。


 ――最高の剣が見れる。そう語る期待の眼差しは、レイがそこまで至れると信じて止まない思いが込められていて、その視線を一身に受けるグレイ爺もまたそれを理解していた。


 しかし、その想いを、憧れを理解している上で、グレイ爺はこれより、レイの剣を叩き折るつもりであった。




「往くぞ」




 親心を消したグレイ爺はせめてもの慈悲として一声かけた後に、踏み出したことすら悟らせぬすり足、瞬歩で二者間の距離を縮めた瞬間、手にした木剣を躊躇いなく振り抜いた。


 その剣閃は吸い込まれるようにしてレイの腹を抉って、容易く意識を刈り取る――。








 ――はずだった。











「――っ、ぁ……!?」











 振り抜いた衝撃でグレイ爺の正面の土が舞い上がるも、その手に伝わったのは空を切る無の手応え。

 僅かに遅れてぽすん、としりもちをつく音と、掠れた小さな悲鳴のみが聞こえるだけだった。


 そう、グレイ爺が振り抜いた木剣は、レイの腹部を打ち付け容易に意識を刈り取る一撃だったにもかかわらず、レイはまるで強風に煽られたかのようにただその場に倒れるだけ。




「――ッ、ほう?」




 歳を取って手元が狂ったわけでもなく、自分の体が勝手に動いたわけでもない。グレイ爺の肉体は多少衰えたとて、狂うはずなどないのだから。


 であるならば、残された選択肢はそう多くもなく、レイが何かをしたとしか考えられなかった。

 それでも、レイの木剣は尻もちをついた反動で地面に転がっているし、弾かれたという手応えもなく。


 あの素人以下の動きしかできないレイに取れる手段は何があるのかと考え込んでいたグレイ爺だったが、それもすぐに現実に意識を引き戻される。レイの泣く声によって。



「――ぅ、うぁ、あ、あぁ……、うわああぁん!!!」

「あ、頭が、痛いのか……?」



 頭を押さえて泣き出したレイに、まさか頭をぶつけたのかと心配するグレイ爺だったが、まともに宥めることもできないグレイ爺の前を細長い影が横切る。


「おお、大丈夫、大丈夫だ、レイ、落ち着け。何が見えた? 何も怖くなんかねぇからな?」


 影の正体シオは、颯爽とレイの体に巻き付いて自分の存在を認識させると、ゆっくりと話しかけながら落ち着かせる。怖かったな、と慰めるシオに、レイは次第に落ち着きを取り戻してからそのまま眠りにつく。疲労に加えて感情的になったのがとどめだったのか、目元を腫らして眠るレイとシオの会話を聞きながらグレイ爺は自らの過ちを悟った。




(まさか本当に見えていた? ……偶然ではなく、迫る剣筋を目で見て、避けた……? いや、あの倒れ方は、恐怖で竦んで倒れた、と言うべきか。それもそのはず、木剣と言えど質量も十分にある歴とした鈍器には違いないのだから、そんなものが迫って来てしまえば、誰だって恐れると言うもの……。更には、あの怖がりよう。あれは剣閃のみならず、それ以外に何かを見たに違いない。自分の意識を刈り取る一撃が迫ったときにフラッシュバックするくらい、相当精神に負担がかかったに違いない。……目が覚めた時、一番に謝らなければならないな。しかし、あの目――)




 自省を繰り返して棒立ちするグレイ爺の元へ、レイをベッドに運んだシオが文句を言いたげな様子で飛んで近付いてくる。



「レイは別に、怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもねぇぜ。感情的になったのを謝りたいとも言ってたぜ」

「そうか……、それは、悪いことをしたな」

「本当だぜ、レイはなぁ――」



 グレイ爺はその瞬間、悟ってしまう。


 レイの厄介な保護者たるシオの長々としたお説教と言う名の愚痴とも惚気とも取れる一人語りが始まってしまったのだと。


 レイを泣かせた当人として、責任をもって最後まで聞かなければならないと言われては、グレイ爺の真面目な側面が顔を出して断れないと言うことも。



 しかしグレイ爺はこの時気付いていなかった。

 レイと関わり合った故に、レイの生い立ちからここに至るまでの生涯を聞いて、それでも尚あのように健気に振舞う姿に心底同情し、心の底から幸せにしてあげたいと泣き崩れることなど、思ってもみなかった。

 シオから何度も聞かされた内容であったが、もしかしたら真実やもしれぬ、と言う先入観を得て――否、嘘かもしれない、脚色かもしれない、という先入観を捨てたことによって、グレイ爺は自分のしでかした罪の大きさを自認するに至るのであった。


 こうしてまた、レイの与り知らぬところで、レイの厄介保護者が誕生する。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ