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カーナはほくそ笑む



 ああ、やっと手に入った。

 俺を一番にしてくれる、俺の一番が、やっと。

 泣き疲れて膝の上で眠るリーリカを見て、カーナは確かにそう思った。





 幼い頃から、カーナは姉が大好きだった。

 今も大好きだ。

 けれど姉はカーナを好きでは無かった。

 それはもう、まったくもって。



「姉しゃん、遊んで」


「……あの、その、ごめんなさい。これから、えと、私、お稽古だから……」



 ずっとそう言った。

 ずっとそう断られた。

 酷く迷惑そうな、困った顔をしていたのを覚えている。

 勿論タイミングをもう少し考えれば良かったのだろうが、それでもカーナは姉が忙しいだろう時間を狙って遊んで欲しいと訴えた。

 それは全て、カーナの方を優先して欲しかったから。

 やるべき事よりもカーナを優先してくれたら、それらのやるべき事よりもカーナが上だ。

 カーナは独占欲が強かった為、大好きな人の一番になりたかった。


 ……まあ、ただの一度も優先はしてもらえなかったけどな。


 そう、ただの一度も。

 何ならただの一度も名を呼ばれた事が無い程だ。

 ただでさえそんな状況だったのに、そこに一诺(イーヌオ)が来て、姉はより一層カーナとの関りを断った。

 カーナ以外とも、関わりを断った。

 それでも、


 ……それでも、俺はずっと姉さんを見てたんだ。


 こっちを見て欲しかったから、ずっと視線を送っていた。

 けれど姉は怯えたように目を逸らした。

 一緒に遊んで欲しくて、話しかけたりもした。

 けれど姉は困ったように拒絶した。

 自分を優先して欲しかった。

 けれど姉は一诺(イーヌオ)だけを優先した。


 ……本当、姉さんはいつだって……いや、いつまでも一诺(イーヌオ)だけを優先してた。


 何度呼びかけてもカーナは姉に見て貰えなかった。

 一诺(イーヌオ)はずっと姉の視線を独り占めしていた。

 そう、ずっと。

 ずっとずっとずっとずっとずっと。


 ……だから俺は、一诺(イーヌオ)に憧れたよ。


 姉が一诺(イーヌオ)の事を大好きなのは見ていればすぐにわかった。

 一诺(イーヌオ)もまた姉の事が大好きなのはとてもわかりやすかった。

 お互いが一番好きで、一番好きな相手に一番好きだと想われていて、とてもとても羨ましかった。

 特に一诺(イーヌオ)に憧れた。

 カーナ自身も姉が好きだったからこそ、その人の唯一であるという事実が羨ましかった。


 ……俺は最後まで、見て貰えなかったけど。


 カーナは賢かった。

 幼いながらにやるべき事と自分を天秤に載せさせた辺りお察しだが、賢い子だったのだ。

 だからすぐに理解した。

 大好きな姉は、自分がどれだけ姉を大好きだったとしても、自分を見てくれる事は無いのだと。

 既に姉の唯一は、一番は一诺(イーヌオ)だと決まってしまったから、その他を認識はしてくれないのだと理解してしまった。

 だからカーナは、


 ……だから俺は、姉さんに好きになってもらう事を、姉さんの大事になる事を諦めたんだ。


 いつか誰かの一番になりたい。

 諦めたカーナは、ずっとそう思って生きて来た。

 そうして、出会ったのだ。

 隣の席のリーリカに、出会ったのだ。


 ……本当、距離の縮め方が凄かったな、リーリカは。


 ぐいぐい来たし、気付いたら友達になっていたし、出会って間もないのに大親友だと言ってくれた。

 そう、言ってくれた。

 それがとても嬉しかった。

 自分を上の方にランク付けしてくれたのが嬉しかった。


 ……そして、指輪が決定打になった。


 リーリカの様子を見るに、間違い無く意味を知らなかったのだろう。

 教会関係者なのにと思わなくもないが、思い込みが強くて話をあまり聞かない性格である事を思えばあり得なくもない。

 けれど、それでも嬉しかった。

 一番に選んでくれたみたいだったから。

 だからそれを本当にしようと思った。


 ……あれから俺は、誰かの一番じゃなくて、リーリカの一番になりたいって思うようになったんだ。


 元々リーリカが気になってた。

 良いな、と思っていた。

 大親友と言ってくれた時から、特別視していたんだ。

 そして指輪の件で、気になる女の子から絶対手に入れたい女の子になった。


 ……でもリーリカは、俺よりも姉さんの方が特別だった。


 好きな人の一番になりたいから、カーナはリーリカの事を観察して理解しようとした。

 そうして理解したのは、リーリカの一番はカーナでは無いという事。

 リーリカの一番が、姉である事。


 ……本当、姉さんは一诺(イーヌオ)以外に興味無いのに、どうして色んな人の一番になるんだろう。


 そう思いはするものの、


 ……俺も、一番じゃないけど姉さんの事は大好きだから、そういうものなのかな。


 多分そうなんだろう、と思う。

 そういう星の下に生まれたとかだろう。

 本人は一诺(イーヌオ)以外に本気で興味が無いようなので、その好意と善意で逆に首が絞まっているようだが。


 ……だけど、そのお陰で色々と解決した。


 リーリカの一番になりたかったから、カーナはまず姉をどうにかしようと思った。

 リーリカの中で姉が圧倒的な差で頂点に君臨しているのはわかっていたから、姉をどうにかして、繰り上がり式に一番になろうとした。

 けれどカーナは姉が大好きだから、殺すとかそういう物騒な方面は考えなかった。

 正直に言うと一瞬だけ考えたが、そんな事をする人間を好きになってもらえるとは思えないからすぐに却下した。


 ……まず難易度自体も高いし、万が一それがリーリカに発覚した時、俺は一番じゃなくなっちゃうしね。


 だから考えた。

 沢山沢山考えた。

 そして、手の届かない位置ならそれで良いという事に気付いた。


 ……もし殺したりしたら、一番のままで思い出になって、俺じゃ太刀打ちできなくなる。


 故にカーナは、姉に生きたまま思い出になってもらう事にした。

 リーリカの前に現れなくなれば、一番は揺らぐ。

 人間とは忘れる生き物だから。

 そうして繰り上がるなり、つけ込むなりすれば良い。


 ……大丈夫。


 そう、大丈夫。


 ……俺はリーリカを愛してるんだから。


 愛しているから、ずっと愛する。

 姉が居なくなればリーリカは悲しむだろうし、場合によっては絶望だってするだろう。

 そこにつけ込めば、カーナに依存してくれる。

 一番大事だと思ってくれる。

 一度叩き落さないといけないけれど、でも最終的に相思相愛になって幸せになる事が出来れば、それで良いと思うのだ。

 山あり谷ありでも、終わりが幸福であるならハッピーエンドと、そう呼ばれるものだろう。


 ……この方法なら姉さん達も家から出れて万々歳だし、しつこくてうざったくてそろそろ俺を狙うよりもリーリカの方を狙いそうだった分家も潰せるしで、俺も万々歳。


 闇魔法で気配を消せば、大概の隠密行動は可能となる。

 そうして調べれば、カーナを殺してからナージャを手籠めにして子を孕ませる事で本家の乗っ取りを、と分家が企てているのを知った。

 そこで一诺(イーヌオ)が刺客である事も知ったが、それはとりあえず放置する事にした。

 だって、使うべき時に使うカードだ。

 重要なのはカーナは体を狙われた姉と違い、命を狙われていたという部分。

 闇魔法を用いて刺客は完全にスルーしていたが、このままでは餌としてリーリカが狙われる可能性があった。

 カーナと、そして分家の三男であるラヴィルと関わりがあるというのもそうだが、予知能力者であればその子に能力が遺伝する可能性もあるから、というのもあるだろう。


 ……本当、手遅れになる前に潰せて良かった。


 善良なラヴィルの方はヴァレーラが保護してくれたので、後は潰すだけ。


 ……でも、思ったより全部が上手く行ったな。


 リーリカの誤解を止めず、姉が嫌うリーリカのノリを必要以上に注意せず、リーリカが一诺(イーヌオ)に対し喧嘩を売るのをギリギリまで止めず。

 他にも色々とやったはやった。

 違和感を抱かせない程度に、やった。

 やらないをやった。

 勿論カーナがしっかりと言い聞かせれば、リーリカは理解してくれただろう。

 理解が遅いし思い込みが強いタイプではあるが、順序だててしっかりと説明すれば理解出来るというのは勉強会でわかっている。

 けれどカーナはそれをしなかった。

 大声は姉が嫌がるとか、多少言いはするけど注意という程の事はしなかった。

 喧嘩を売るのだって、売る前に止めて一诺(イーヌオ)達からの心証をもう少し良くするとかはあっただろうが、しなかった。


 ……だって、その方が都合が良い。


 そうすれば姉の中で、ストレスがどんどん蓄積される。

 一诺(イーヌオ)の中にだって蓄積されて、刺客であるという事実に関するボロが出やすくなるだろう。

 極めつけに両親の企てを止めず、尚且つ二人に伝えないように。

 そうすれば姉は苦手極まりない、ストレスが詰まった毒沼のような舞踏会へと強制参加。

 その不機嫌さに気付かずリーリカが声を掛けて褒めさえすれば、姉は限界を超える。


 ……本当、思った通りに事が進んで良かった。


 リーリカなら絶対褒めると思った。

 何を着ていようと、姉がドレスを着ているというだけで満点を出す事はわかっていたから。

 一番とは、そういう事だ。


 ……俺は嘘は言ってない。


 時々事実を告げたりもした。

 聞き入れられなかったり、聞き流されたりするようなタイミングで、そういう言い方をしたりもしたけど。

 リーリカの味方である事に変わりはない。

 他の敵になるのとリーリカの味方になるのとは別というだけ。

 リーリカの味方だから他の誰かの敵になるわけではないのだ。

 カーナはリーリカを肯定する。

 肯定する事と思った通りに事を動かすのはまた別だ。


 ……俺が姉さんの事大好きなのは事実だし、一诺(イーヌオ)に憧れてるのも事実だし、リーリカを愛しているのも事実だし、皆に幸せになって欲しいのも事実なんだ。


 勿論最優先は自分の幸せとリーリカの幸せ。

 だが自分の幸せの為には姉をどうにかする必要があった。

 しかし姉をどうにかするとリーリカの幸せが無くなってしまう。


 ……ならもう、結果的に幸せになるしかないよな。


 姉を失う事でリーリカの幸せは無くなるけれど、そこにつけこんでカーナがリーリカの幸せになってしまえば良い。

 家を出て一诺(イーヌオ)と一緒に居る事が出来れば、姉は幸せだ。

 一诺(イーヌオ)もまた、それが幸せとなる。


 ……そして俺は、姉さんが居なくなってくれればリーリカの一番が空くから、幸せになれる。


 両親は姉が居なくなった事に憔悴していたが、上っ面だけの人間だから大丈夫だろう。

 上っ面というか、基本的に善人だが浅いのだ。

 例えるならペットを好きな時に好きなだけ可愛がりはするけれど世話はしないとか、そういう感じの浅さがある。

 だから別に、両親の場合は姉で無くても良い。

 リーリカがカーナの妻になり義理の娘になれば、寂しさを埋めるようにリーリカを可愛い娘として認識し、そちらに意識を向ける事で姉の事は忘れていくだろう。

 普通は忘れるのではなく思い出にするのだろうが、あの二人の場合は忘れる。

 それはわかる。


 ……でも、その方が都合がいい。


 そうして忘れていけば、過去になる。思い出しもしない過去に。

 ふとした瞬間思い出しても、結局は過去になるのだ。

 それも刺客である一诺(イーヌオ)に連れ去られたという、どちらかといえばマイナス寄りの記憶。


 ……人は都合の悪いものからは目を逸らすから、あまり思い出そうともしなくなる。


 あとは日常を続けて、日常に追われて忘れれば良い。

 リーリカは引きずるかもしれないが、そこは自分がどうにかする。

 思い出す度に悲しむだろうリーリカに、悲しまないでと慰めれば、それで上書きされるだろう。

 忘れたくないと思っていようと、人とは忘れていく生き物なのだから。

 そして人とは、嫌な現実から目を逸らして逃避する生き物。


 ……大丈夫だ、大事にするから。


 離れないし離さない。

 離れたいだなんて思わせない。


 ……俺がそばに居る事が当然で、俺と会話しない方が珍しいくらい……っていうのが現状だからね。


 そうすれば、


 ……そうすれば、リーリカも俺から離れられない。


 知らない内にそばに居るのが当然になれば、少しでも離れた時に凄まじい喪失感を与えるだろう。

 その上、リーリカにとって大事な存在である姉が居なくなっている。

 これ以上は何も失いたくないと、そう思うはずだ。

 人間は失うのを恐れる生き物で、手放すのを厭う生き物だから。

 既に一度失っている以上、二度目を酷く恐れるだろう。


 ……大丈夫。


 頻繁に教会に来ていたから、既に外堀は埋め終わっている。

 今日、子供達が来たのがその証拠だ。

 落ち込むリーリカを慰めるにはカーナだと、子供達がそう判断して頼みに来た。

 長い付き合いである子供達自身では無くてカーナに頼む辺り、リーリカの中でカーナが大きな存在であると認識している。


 ……大丈夫だよ、リーリカ。


 学校でも一緒。

 教会にもよく来る。

 ノヴィコヴァ家にだってよく来る。

 町を歩くのもいつも一緒。

 関わりのある誰もが、リーリカとカーナをセットで認識している事だろう。


 ……大丈夫だからね。


 膝の上で目を赤くさせてすうすうと寝息を立てているリーリカの前髪を軽く払い、その寝顔を覗き込みながら、カーナはほくそ笑む。



「俺達に、別れなんて概念、存在しないからさ」



 ……だからそのまま、俺を一番だと認識して、俺に沢山依存して。


 そう、


 ……俺が居ないと生きていけないくらいに。


 そう、


 ……捜すだとか見ない振りをするだとか、そんな余裕もないくらい。


 カーナにはリーリカしか居ないし、要らないのだから、



「リーリカも、俺だけを必要としてね」



 大丈夫、誰かを排したりなんてしない。

 破滅になんて、明確にこっちに害を為そうとする敵以外は向かわせない。

 ちゃんと皆が結果的に幸せになるような案を考えるから、大丈夫。


 ……だから、安心して身を委ねてくれよ。


 リーリカの寝顔を見守りながら、カーナは心底嬉しそうに優しい笑みを浮かべていた。



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