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リーリカは救う為に立ち向かう



 早朝、リーリカはパチリと目が覚めた。


「…………成る程ね」


 ……珍しく、上手い具合に予知が視れたわ。


 同室である同年代の他の子はまだ寝ていた為、リーリカは出来るだけ音を立てないよう起き上がった。


 ……今日お姉様はあの野郎と一緒に外出をする……。


 そう、予知で視る事が出来た。

 制服とドレス姿しか見れていなかった為、予知であったとしてもナージャの私服姿を見れてとってもハッピー。


 ……いや、そうじゃなくて。


 ついうっかり漏れた本音は頭を振る事で退散させ、ベッドから降りたリーリカは服を着替えながら改めて思う。

 今日ナージャと一诺(イーヌオ)が、どのルートで帰ってくるかについてを。


 ……あの道ならよくカーナの家に行く時に通るから、あの場所で間違い無いわよね。


 道がわかっていれば待ち伏せ出来る。

 時刻は空の感じからして恐らく夕方頃だろう。いつ出るかわからない出発の際待ち伏せするより、帰り道の際待ち伏せする方が手っ取り早い。

 何よりその方が、他の皆に声を掛ける事が出来る。


 ……アタシ一人じゃ無理だし、カーナが居てもどうかわからないわ。


 ラヴィルは居るが、三人ではまだ足りない。

 あと声を掛けるのに丁度良いのはヴァレーラとゴーシャ、くらいだろうか。ゲーム本編でもそうだった。


 ……ゲームって言っても現実世界だから、アデリナ先輩やラーザリ先輩に声を掛けても良いんじゃとは思ったけど……。


 予知で視た中には、アデリナとラーザリを探した結果二人が不在という事だった。

 どうやら昨日から二人してちょっと遠くまでイチゴ摘みに行っているらしく、明日になってから帰るとの事。つまり探しても無駄。

 戦力が欲しくとも、不在ではどうにもならない。


 ……予知って言っても、流石に事後状態じゃ無理ね。


 既に出発してしまっている二人を呼び戻すわけにもいかないので、やはり原作通りのメンバーが良いだろう。


「増量版だからお前の知ってる原作とはもう全部が違ってるっつってるはずなんだがな」

「っ!?なっ……!デウス・エクス・マキナ!?」


 声に反応して振り返ると、扉の上の壁部分に体育座りでもするかのように座っているデウス・エクス・マキナが居た。

 デウス・エクス・マキナは見上げるような体勢でリーリカを見て、いつも通りの淡々とした声色で言う。


「おいおい、他のヤツを起こしちまうぜ?」

「…………」


 事実他の子が唸りながら寝返りを打ったので、リーリカは黙るしかなかった。


 ……っていうか、礼拝堂以外にまで移動出来るなんて聞いてないわよ。


 しかし全知全能を謳っているのだからそのくらいは出来て当然なのか、と今更気付いた事にリーリカは歯噛みする。

 何だか一本取られたような気分で、もやもやした。


 ……ああもう、何の用よって叫びたいけど、アタシがデウス・エクス・マキナの事を目視出来るなんて誰にも言ってないし……。


 そう、言っていない。

 だってそれを言って異常者扱いされたり、特別な選ばれし子扱いをされたりしたくなかったから。

 それにゲームの主人公だってデウス・エクス・マキナについては言っていないようだったから、言う気なんて無かった。

 結果、他の人には見えないデウス・エクス・マキナと会話している姿を見られた場合、何もいない場所に話しかけるリーリカの図になってしまうわけだが。


 ……流石に、異常者扱いは避けたいもの。


 ここで虚言癖があるだなんて判断されたら、予知能力にまで疑念が生じてしまう。

 それはよくない。

 予知能力は本物であり、けれど証明するには難しい能力だからこそ、不信感を煽るような情報は開示しないようにしなければ。


「色々考えてるとこ悪いが、一応言っとくぞ」


 デウス・エクス・マキナは壁に立ち上がり、そのままなだらかにカーブしたスロープでもあるのかと思わせる程の自然な動きでリーリカの正面に立った。

 久しぶりの、重力側に足を向けた姿。

 けれど相変わらずその足は鉄の塊で、腕は無くて、無表情で、頭から管が伸びていて、頭上やら背後やらには大小様々な歯車が浮いている。


「お前が望むルートに、お前の望んだ結果なんてもんはねえ」


 地に足をつけていないとはいえ一応重力に従っているように見えるその姿は、結局のところ、やはり人間味が感じられない姿でしかなかった。


「……うるっさいわね」


 他の子を起こさないよう小さな、けれど確かな怒りにリーリカの声は震えていた。


「何で無いって決めつけるのよ」


 例え全知全能が相手だろうと、リーリカはそんな言葉を受け入れる事なんて出来なかった。

 だって、最早崇拝に近い程大事な相手の身の安全に直結する事。それが「無い」と断じられたって、到底信じられるはずもない。信じたくもない。


 ……アタシは、そんなもの予知で視てないわ。


 そう、見ていない。見てないなら、確定してない。確定していないなら、例え神の言葉だろうとそんな未来はあるはずないのだと断言出来る。

 言い張れる。


「フラグの回収が出来てないって事?そういうアドバイスか何か?」

「これから行くだろうルートの話なんざしてねーよ。お前どっちにしろ、この機械装置の言う事なんざ聞かねえだろうからな。だからっつーか、餞別代わりに一応言っといてやるけど、お前が望むルートはお前が思うようなハッピーエンドなんかじゃねーんだぜ」

「アンタの判断なんか聞いちゃいないのよ」


 ……ええ、ハッピーエンドだなんて、そんなのはこっちが勝手に判断する事。


 リーリカだってそのくらい知っている。

 誰かにとってのバッドエンドは、誰かにとってのハッピーエンドになり得るものなのだ。


 ……だから、例えデウス・エクス・マキナがどう言ったって、アタシにとってのハッピーエンドを……そしてお姉様にとってのハッピーエンドを迎えてみせる。


「……本当にお前はこの機械装置の話を聞きやがらねーな」

「もっとわかりやすく助言してくれるなら、アタシも聞くわ」


 これ以上デウス・エクス・マキナと同じ空間に居たら怒りに叫んでしまいそうだったので、リーリカはさっさと部屋を出た。

 着替えただけで髪はまだ結んでいないが、どうせ洗面所で顔を洗うのだから構うまい。

 戻ってくる頃にはいつも通りデウス・エクス・マキナは姿を消しているだろうと思いながら、リーリカは不機嫌なのを隠さない表情でずんずんと廊下を歩いた。


「あーあ」


 無表情のまま浮いているデウス・エクス・マキナは相変わらずの棒読み染みた平坦な声で、そう吐息を漏らす。

 キリキリカチャカチャ。

 周囲の歯車が音を立てていた。


「アイツ、望むルートとこれから始まろうとしてるルートが違うって事、やっぱわかってねーな」


 もっとも増量版ではかなり色々な変化があった為、無印版だと思ってプレイすればこうなるのは当然なのだが。


「そう、無印版をやり込んでるヤツ程、このルートに入る」


 ふわりと、否、まるで何もないその位置に横向きの床でもあるかのように、軽く跳ねたデウス・エクス・マキナはそこへ足をつけた。

 何も無い場所であろうと、重力だの何だのに縛られていないデウス・エクス・マキナからすれば、どこでも床だ。否、そもそも床という感覚も無い。足を下ろせばそこが下。

 重力に縛られる存在からすれば横向きの状態で直立しながら、デウス・エクス・マキナは楽し気に歯車を回して硬質な音を響かせる。


「ここで心が折れなきゃアイツにとってのバッドエンド。ここで心が折れればノーマルエンド」


 ナージャを救おうとする限り、リーリカにハッピーエンドは来ない。

 全てを過去にしてのハッピーエンドならばともかく。


「さて、アイツはどのルートをこの機械装置に観賞させてくれるんだかな」


 笑っているような言葉でありながら、その声色も表情も何一つとしてデウス・エクス・マキナに変化は無かった。





 勉強会の為にと来てくれたカーナに昨晩ラヴィルから聞いた話を相談し終えた辺りで、ラヴィルが教会にやってきた。


「それで、カーナもあの野郎をお姉様から引き剥がす為に協力してくれるかしら?」

「うん、良いよ」


 カーナはいつも通りの眠そうな目で、あっさりと頷く。


「あら、即答ね。本当に良いの?アンタはアンタであの野郎とそれなりに付き合いが長いと思ったけど」

「何、協力しない方が良かった?リーリカがそっちを望むなら、俺はそうするよ」

「そんなの望まないわよ。望むわけないでしょ」


 小首を傾げたカーナの言葉を否定し、リーリカは息を吐いた。


「ただ、流石のカーナでも躊躇いとか色々あるかと思って」

「無いよ別に」

「あっさりだね」

一诺(イーヌオ)は本当に姉さんの専属でしかなかったから、そこまで関わりがあるわけじゃないんですよ」


 きょとんとしたラヴィルの言葉にカーナはさらっとそう返す。

 ナージャに対してしか敬語が使えないリーリカと違い、カーナは先輩相手にちゃんと敬語が使えるタイプだった。

 まあ、前にナージャの誘拐があった時はそれどころじゃなかったのかボケボケな二人に苛立っていたのか、冷たい口調になっていたが。


「多少会話はするけど基本的に最低限だし、お互い個人情報とかに興味無いし……それに、敵なんだよね?リーリカからしたら」

「ええ、そうよ!」


 リーリカは思わず机をバンと強く叩いて、叫ぶように肯定した。


「お姉様にあれだけ信頼されていながら、お姉様を手籠めにする為に送られた刺客……それも十数年もよ!?そんなにも長い期間お姉様のそばに居た癖に、あの野郎……!」

「んー……」


 その言葉にカーナは少し思案するように視線を彷徨わせ、しかしすぐに結論が出たのか、うん、と満足そうに頷く。


「リーリカが一诺(イーヌオ)を敵だって認識して、尚且つ俺に味方になって欲しいなら、俺はそれに応えるよ」

「……どういう意味?」


 カーナは弓のように目を笑みの形にする。


「そこまでの時間を費やす程の事情があったとか、リーリカは思う?」

「思わないわ。お姉様の人生に手を加えた分がアイツの罪よ。そこまでの時間を費やす程の事情がこの世にあるとは思えない……ええ、そう、だってお姉様が相手なんだもの。他にどんな事情があったって、お姉様より優先する事なんてあると思う!?」

「リーリカにとってそれ以上に優先する事が無いなら、俺はそれに賛成するだけかな」

「カーナ、さっきから全部リーリカを全肯定だね」

「俺自身、別にそこまで主張したい事があるわけじゃないので」


 カーナは影のある笑みを浮かべて、ラヴィルに答えた。


「結局結果を得られれば、どっちでも良いんです。俺がリーリカの意見に賛成するのは決定事項ですし」

「反対とかしないの?」

一诺(イーヌオ)が刺客だって情報はラヴィル先輩でしょう?それを疑ってるわけでもないので、特に反対する理由も無い。俺がリーリカの味方をするって事に変わりはありません」

「そういうものかなあ」

「何か、気になる事でも?」

「いや、ただ」


 お茶を飲みながら、ラヴィルは言う。


「カーナからしたらそれこそ物心ついた時から居た使用人だろうに、良いの?」

「姉さんを手籠めにする為に送り出された刺客だって事が確定した以上、今までの情なんて消えますよ。今までのは全て演技だったのかと疑心暗鬼になるのが一般的でしょう。俺はあんまり関わってないからこうして平坦な感情を維持出来るってだけで……」


 す、とカーナは目を細めた。


「もし関わりが深かったなら、裏切られたという感情に支配されて、それこそリーリカみたく怒り狂ってたんじゃないかとは思いますけど」

「僕基本的にリーリカと話す事が多くてカーナとはしっかり会話した事無かったけど、キミって自分の事を他人事みたいに言うんだね」

「………………まあ」


 カーナは歯を見せるようにへらりとした笑みを浮かべていた。


「でもリーリカは、最初から一诺(イーヌオ)に敵意満載だったよね。予知でもしてた?」

「してたならもっと早くにあの野郎は刺客だって叫んでたわよ!」

「ごもっとも」

「ま、こうしてあの野郎が刺客だって確定した状態で思うと、アタシの虫の知らせっていうか本能的な勘も侮れないわねって思うけど。ああも存在自体が許せなかったのは、お姉様に害を為す……そう、害を……」


 ……ええ、まあ、アイツへの敵意は前世からアイツが刺客だって知ってたからではあるけれど……。


「あーーーーーーーーっもう!むかつく!腹立つ!」


 苛立ちのままにリーリカは立ち上がり、髪をガシガシと搔き乱しながら机を強く何度も叩いた。


「何よアイツ何よアイツ!アタシ相手に随分と上から目線で御大層な事言ってくれちゃって!アイツ自身が最大の害悪じゃないのよ!」

「最大の害悪は僕のパパだと思うよー?」

「それは諸悪の根源よラヴィル先輩!最大の害悪はアイツ!あの男!そりゃ指示したヤツも重罪だけど、それを実行したヤツだってギルティ!そうでしょ!?」

「リーリカ、どうどう。落ち着いてお茶でも飲みな」

「ふぅー…………!」


 暴れても一诺(イーヌオ)がどうにかなるわけではないのも事実なので、仕方がないとリーリカは再び腰掛けた。

 お茶を飲んでどうにか気持ちを落ち着かせている間にカーナが流れるような動きで結び直してくれたお陰で、髪がぐしゃぐしゃ状態によるストレスの加算も消える。

 髪をぐしゃぐしゃにしたのは自分だが、感情の高低差による理不尽な怒りが多いのは女性の特徴なのでまあ仕方ないと言えるだろう。

 そもそもこんな感情になるのも、本を正せばあの野郎のせい。


 ……今日が年貢の納め時よあの狐目野郎……!


「……よし、落ち着いたわ」

「さっきまでのリーリカ、瞬間湯沸かし器って感じだったよ」

「言わないでちょうだいラヴィル先輩。今のアタシは穏やかかつ落ち着いたレディモードのつもりなの。ちょっとつつかれただけでまた沸騰するわよ」

「どういう脅し文句?」

「お黙りカーナ」


 ゴホン、とリーリカは咳払いをして空気を切り替える。


「とにかくまずは、戦力確保よ。アデリナ先輩とラーザリ先輩はアタシの予知曰くイチゴ狩りで昨夜から出てて不在。つまりあの二人に協力要請は不可能ね」

「他にリーリカが戦力として数えたい人は居る?」

「ヴァレーラ先輩とゴーシャ」

「じゃ、あの二人を探さないとか」


 即答したリーリカの言葉に問いかけをする事も無く、カーナはあっさりそう言った。


「まあ実際数が多過ぎて変に大ごとになってもアレだし、五人くらいが丁度良い人数かもね」

「あれ、他に戦力候補は居ないの?」

「リーリカ、居る?」

「……正直、他に親しい人、いまいち居ないのよね。お姉様の関係者じゃないと協力してくれなさそうな気もするし」

「ん?」


 リーリカの言葉にラヴィルは不思議そうに首を傾げる。


「あれ、ゴーシャってそんなにもナージャと関わりあったかな?前の一件では確かに一緒に行動したし、それから僕も彼とは交流があったりするけど……」

「ぅ」


 ……ゴーシャの場合、原作でそうだったから出来れば入れたいってだけなのよね。


 しかし実際言う程ナージャとの関わりがあるわけでもないのが現状だ。

 一応ナージャとの出会いは済ませているようだが、その後会話したりもしていないらしいし。前の誘拐事件の時はナージャが気を失っていた為、ナージャとの関わり的にはとても微妙。


 ……まあ原作って言っても好感度が高ければ協力してくれるって感じだから来ない時もあるけど……現実故の万が一で一诺(イーヌオ)が反抗して来た時の戦力は多い方が良いっていうか。


 対一诺(イーヌオ)戦の厄介さはリーリカの中で大分トラウマに近しい状態で刻まれていた。

 出来るだけこちらの戦力を増強したいからこそのチョイスだが、ラヴィルを納得させるに足る理由は無い。そしてリーリカは言いくるめたりなどの口先が上手い人特有の技能に長けているわけでもないので本当にどうしよう。


「ゴーシャは氷魔法に長けてるから、万が一戦闘になった時に戦力として居てくれたら助かると思いますよ」


 どう言い訳しようかと思っていたら、まるで助け舟を出すかのようにカーナがそう説明してくれた。


「リーリカは予知が出来るだけで魔法は使えないから、戦力としては外れます。で、俺は闇魔法。多少の目くらまし程度なので決定打に欠ける。ラヴィル先輩は確か、補助魔法が得意でしたよね」

「うん。あれ、僕言ったっけ?」

「前にリーリカとの会話で言ってましたよ」

「そっかー」


 ……言ってたかしら。


 いちいち細かい会話を覚えていないリーリカは思い出そうとして、思い出せないから良いやと放棄した。

 リーリカ以外との会話をあまりしないカーナは基本的に聞き役に徹する事が多いからこそ、些細な会話も覚えているのだろう。


「強化や回復なんかのサポートをする、補助魔法。この時点でわかりますが、この三人、決定打が無いんですよ」

「無いわね」

「ううん……確かに無いかも……」

「ここにヴァレーラ先輩が入ると、炎魔法という攻撃が加わります。まあ実際ダイレクトに当てるのはまずいので牽制をお願いする感じになるでしょうが。そして更にゴーシャが入ってくれれば、氷魔法が加わります。攻撃もそうですが、地面と足を氷で固めて貰えば足止めには良いかと」

「成る程ぉ、わかりやすかった!」

「凄いわね、カーナ。アタシも納得したわ」

「あれ?協力要請先のメンバーについて提案したのリーリカじゃなかった?」

「さて!そういうわけで!」


 追及されても困るのでカーナの言葉にそう被せ、リーリカは言う。


「ヴァレーラ先輩とゴーシャを探すわよ!どこに居るのか知らないけど!」

「まず家に行くとかどうかな?」

「……ラヴィル先輩、実はアタシ、ヴァレーラ先輩の家もゴーシャの家も知らないのよね」

「それなら知ってるから大丈夫だよ!」


 えっへん、とラヴィルは胸を張った。


「マショー家は当然、ゴーシャのボーン家もね!前に話した時に聞いたんだ!」

「コミュ力高ぁ……」


 ……というかアタシはお姉様救出に全部を懸けてるから良いけど、仮にも主人公放置で攻略対象同士で仲良くなってるのってどうなのかしら?乙女ゲーム的に。


 変な苦情が来たりしないのだろうか、としなくても良い心配がリーリカの中に湧いて来た。

 いやまあそういった事はゲーム会社とかその辺の問題だろうから、本当にリーリカが心配するような事でも無いのだが。

 あとどちらかというとナージャに襲い掛かる酷なバッドエンドとかの方が苦情が来ると思う。

 リーリカもナージャのハッピーエンドをもっと増やしてくださいという嘆願ファンレターを送ったので他人事ではない。


「でも今日は家に行っても会えるかわかりませんよ」

「あれ、そうなの?」

「はい」


 首を傾げたラヴィルに、カーナはさらりと頷く。


「昨日ヴァレーラ先輩の方から、ゴーシャに相談してたんです。どうしたら姉さんに謝罪出来るかについて。それでとりあえずお詫びの品になりそうなものを見ながら詳しい話をって言ってたので、多分今日は二人で出かけてると思います」

「えー!僕も誘って欲しかった!」

「ラヴィル先輩の場合、ヴァレーラ先輩みたく自業自得の接触禁止令じゃないからじゃないですか?家のせいだからお詫び云々以前ですし」

「それに誘われてたとしてもこの状況になってただろう事を思えば、どっちにしろお出かけはキャンセルだったと思うわ」

「そっかー」


 このメンバー内では年上のはずのラヴィルは、子供っぽい仕草で拗ねたように唇を尖らせた。何だかこのメンバー内で一番年下っぽく見えるが、これで年上なんだから不思議なものだ。


 ……まあ、アタシの場合は大学まで行ってた前世分が加算されてるわけだけど。


 そう思うと加算が無いのにリーリカより大人っぽいカーナは凄い気がする。

 モブ扱いな友人枠にしてはキャラが濃い。


「それでカーナ、ヴァレーラ先輩達が行く場所はわかってる?」

「ううん。流石にそこまでは聞けなかったからわからないよ。でもぶらぶら歩きながら見て回るって言ってたから、外から店内や商品を見る事が出来る通りじゃないかな」

「よし!とにかくアタシが視た予知からすればタイムリミットは夕方の日が暮れる頃!それまでには待ち伏せしていたいから、何としてでもヴァレーラ先輩とゴーシャを確保しとくわよ!」

「おー!」

「おー」


 リーリカが拳を突き上げて叫べばラヴィルはノリノリで、カーナはいつも通りのテンションで拳をそれぞれ突き上げた。





 カーナが言った通り、ウィンドウショッピングがメインの通りに二人は居た。


「確保ー!」

「うおっ何だ何だどうした!?」

「あわわ~」


 驚くヴァレーラと言う程慌ててないゴーシャを確保し、リーリカはかくかくしかじかと事情を説明する。


「ああ……そういえば前の誘拐事件の時にチンピラがそんな事を言っていたような言っていなかったような気がするな!」

「うぅん……僕はあんまり覚えてませんねぇ」


 ヴァレーラは頷き、ゴーシャはぽやんとそう答えた。


「でも、あの人はとても優しそうな方でしたから。ナージャ様、でしたっけ。彼女の身に危険があるというなら、僕も出来る限りは協力しますよぉ」

「俺は正直、あの使用人とは敵対したくないんだが……いや、だが!ここで助けてこそのはず!今までのアレコレやら諸々を謝罪する為にも、まずは壁を乗り越えなくては!」


 ……よし!


 とりあえず二人が協力してくれるらしいので、これで原作メンバーは確保出来た。後は夕方まで待って待ち伏せし、ナージャとあの野郎を引き剥がすだけ。

 そう思い、リーリカは気合を入れ直した。





 待ち伏せをしていれば、やはり夕方頃にナージャと一诺(イーヌオ)がその道に通りがかった。


 ……良い予知を視れて本当にラッキーだったわね。


 ナージャは学校に居る時の困り顔とは違い、控えめな笑みを浮かべて一诺(イーヌオ)に微笑みかけていた。

 対する一诺(イーヌオ)もまた三十路手前とは思えない思春期みたいな表情で、リーリカは思わず舌打ちをしたくなる。

 刺客でありナージャを不幸にする存在でしかない癖に、と。


「お姉様!」

「……………………」


 リーリカの声に、ナージャが一瞬動きを止める。

 こちらに向けたその顔には、もう笑みは浮かんでいなかった。いつも通りの困ったような顔、けれど少し違うように見える表情で、リーリカを見る。

 ナージャはリーリカの周囲に居る四人を見て、少し不思議そうに片方の眉をほんの少しだけ上げていた。


 ……まあ確かに、突然見るには大人数に見えるかもしれないわね。


「そいつから離れて!お姉様!」


 そう思いつつ、リーリカは叫ぶ。

 ナージャの私服姿を初めてリアルで見る事が出来たと喜ぶような余裕なんて、無いのだ。

 一诺(イーヌオ)を前にすると、じわじわと実感してしまう。ナージャを前にしても、また実感してしまう。

 二人が生きているのだという事を。

 生きている。感情がある。そんなナージャが、一诺(イーヌオ)によって酷い目に遭う。それは想像するだけでおぞましい。

 そんな未来、あってはいけない。

 けれど何も知らない、一诺(イーヌオ)に対し疑念すらも抱いていないのだろうナージャは、困惑したような目でリーリカを見ながら口を開いた。


「……あの、なん……何の用、ですか?」

「ソイツは分家の刺客です!」


 すかさずリーリカがそう返すも、ナージャはやはりよくわからないと首を傾げる。

 それは小動物らしい動きでとても愛らしかったが、今はそれに悶えてはいられない。何せ、最大の敵が目の前に、それもナージャの隣に居るのだから。

 救助対象の隣に敵が居るというのは何ともやりにくい。


 ……人質取ってる犯人と相対する警察の人って、大変なのね。


 今更ながらその偉大さを実感した。

 しかし実感はさておいて、言うだけ言わなくてはならない。その男が危険で、ナージャに害を為す存在で、だからこそ早く距離を取って逃げてくれと。

 それを伝えなければ、バッドエンドだ。


「その一诺(イーヌオ)は!分家の刺客で、お姉様を分家の言いなりにさせる為に送り込まれたヤツなんです!このままだとお姉様が無理矢理分家に連れていかれて、口に出すのもおぞましい目に遭っちゃう!」

「………………」

「お姉様!」


 リーリカの言葉に困惑を露わにしたナージャは、恐る恐るといった様子で一诺(イーヌオ)を見た。


「…………っ」


 一诺(イーヌオ)は、明らかに動揺しているとわかる程に目を泳がせ、顔色を悪くしている。


 ……図星、って事よね、コレ。


「ソイツから離れて……!」


 そう、動揺している今が好機。

 恐らくバレるとは思っていなかったのだろう。ここまでハッキリと断言されるとも、思ってはいなかったのだろう。

 けれど今、それは白日の下に晒された。


 ……いやまあ、夕日の下だけど。


 とにもかくにも、これで終わり。


「こっちに逃げて!」


 ナージャが一诺(イーヌオ)は刺客だったと知り、拒絶し、こちらへ来る。そうすればナージャが微笑みを浮かべるあのエンドへと到達するのだ。

 それこそが、ナージャを含めたハッピーエンド。


「……一诺(イーヌオ)

「ちが、ナージャ様、これは、俺は……」


 弁解しようとする一诺(イーヌオ)は顔から血の気を引かせながら目を泳がせ、言い訳を探しているようだった。

 静かな色を灯しているナージャの目に射抜かれた一诺(イーヌオ)は、カタカタと体を震わせている。

 キリキリカチャカチャ。

 終わりが近付いたクライマックスの盛り上がり。それに歓喜している観客の熱気。

 どこかから響いた歯車の音は、何故かそれらを連想させた。



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