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リーリカは踊る



 自室の鏡の前で、リーリカはドレスアップされた自分の姿に感心の息を吐く。


「カーナ……アンタ本当に何でも出来るわね」


 鏡の前に立つリーリカは、素敵なドレスに身を包んでいた。

 オフショルダーのAラインドレスなので、シンプルのようでいてしっかりと映える。髪と目の色に合わせてか可愛らしいピンク色であるそのドレスは、派手過ぎず地味過ぎず丁度良い色合い。

 あちこちの刺繍がとても細かい上に肌触りから相当な品だとわかるが、それについては気付かない振りをする事にした。


 ……本当、どうしてカーナはここまでしてくれるのかしら。


 ドレスの用意もそうだが、カーナはリーリカの着替えまで手伝ってくれていた。


「まあ、これはちょっと頑張って覚えたから」

「え?」

「本当は使用人とかに任せれば良いんだけど、リーリカのは俺がやりたかったからね」

「同級生女子の着替えをさせたかった……と……?」


 ふむ、とリーリカは頷く。


「アンタもちゃんと男なのね」

「ただ他人に任せるのが嫌だっただけだからそういう意味じゃないんだけど、まあそれでも良いかな」


 ……男としては、そういう誤解って何よりも嫌なものなんじゃないのかしら……?


 下心がある疑惑でも別に良いと言う辺り、相変わらずカーナはよくわからない。もっともカーナのいつも通り眠そうな半目を見れば、特に下心など無いのだろうとわかるが。

 カーナはヘアピンなどで前髪を留めたり高級そうなタキシードに身を包んでいるというのにその雰囲気はいつも通りで、相変わらず貴族らしい雰囲気をどこかへ旅立たせているようだった。


「じゃ、ドレス終わったからメイクやるよ」

「それもカーナがやるの?」

「リーリカ、いつも前に俺がプレゼントしたメイク道具しか使ってないから。ちゃんとしたヤツ買って持ってきた」

「アタシの場合メイク道具を買ったりにお金を使う余裕が無いだけだけど……助かるわ」


 メイク道具もメイクも、ありがたい。


 ……そりゃアタシだって一応メイクは出来るけど……。


 日常用メイクならともかく、舞踏会用メイクについてはまったくだ。

 舞踏会だからこそのメイクなどもあるかもしれないので、そういった場に慣れているだろうカーナに任せるのがベターと言えよう。まあ男であるカーナに頼むのが本当にベターかはさておくとして。


 ……前にプレゼントされたメイク道具も、少量でしっかりメイク出来るから助かってるのよね。


 無くなりそうになれば何故かタイミングを知っているらしいカーナが帰り道お店に連れてってくれて買ってくれる。

 正直お世話になり過ぎというか、チビ達へのお土産を抜きにしても相当な金額を貢がれている気がしてならない。予知を要求される事も無いしで、一体どう対価を払えば良いのやら。


「……ねえ、カーナ」

「何?」

「喋って大丈夫?」

「大口開けたりとかしなければね」


 メイクを施されながら、リーリカは口を開く。


「色々とカーナにお世話になりっぱなしなんだけど、これってどうやって返したら良いのかしら」

「別に返さなくて良いよ。俺が好きで勝手にやってる事だし」

「そうは言っても、ドレスとかメイクとか……それに普段色々と奢ってもらっちゃってるわけだし。今更だけど、これって友人関係とは違うわよね」

「そうだね、大親友な関係だから違うと思う」

「そうじゃなく!」

「メイクが崩れるから大声禁止」

「ぐぬぅ……」


 むむむと唸りながら、リーリカは大人しくメイクされる。


「……これじゃ、アタシが一方的に搾取してるだけの関係じゃない?」

「重きを置いてる部分が違うからそう思うだけだよ」

「重きを置いてる部分?」

「俺にとって、お金はそう大事な物じゃない。()()()()()でリーリカの笑顔が買えるなら安いものだし」

「そんなものとか買うとか……アタシの笑顔、そう価値なんて無いと思うけど」

「リーリカからすればね。俺からすればお金よりもよっぽど価値がある。リーリカの笑顔も、言葉も、金で手に入るならその方が話も早い」

「どういう意味?」

「んー……いずれこんな程度じゃ安いくらいのもので返してもらうつもりだから良い、って事で」

「アタシ何を支払わされるの!?」


 ……まさかとは思うけど教会を担保にとかじゃないわよね!?


 そう思い叫べば、カーナはじっとりとした目でリーリカを見た。


「……言っておくけど、リーリカ以外の誰かが被害に遭ったりとか無いからね。巻き添えで不幸にさせたりなんてしない。寧ろ幸せになる道を選ぶに決まってるだろ」

「そ、それもそうよね」


 ほっと胸を撫でおろすと同時にメイクが終わり、カーナはヘアセットへと取り掛かる。


「…………そう、ちゃんと、他の皆と俺が、円満な形で幸せになるように」

「え?今何か言った?」

「リーリカにとってもハッピー()()()になるものを考えてるって話」

「へえ、素敵ね」

「うん。はい、出来た」


 パッと笑みを浮かべたカーナが一旦離れ、鏡を持って戻って来た。

 合わせ鏡のようにして鏡越しに後ろを見えるようにしてくれたと察して鏡を覗き込めば、リーリカの髪は可愛らしく編み込まれていた。編み込みサイドハーフアップだが、舞踏会仕様だからか花のように纏められている。

 いつものリボンより少し豪華な赤いリボンで結ばれている為、何だか花束みたいだった。


「凄い!綺麗!カーナってば物凄く凄いわ!どうやったらこんな技術が手に入るの!?」

「リーリカにやってあげたいって思った、から?」

「アンタさては女泣かしね」

「リーリカとしか碌に交流無いから、泣かされる女なんて居ないよ。リーリカは泣かせるかもしれないけど、その時は責任取ってあげる」

「そりゃどうも」


 ……そういやアタシって、将来どうなるのかしら。


 特に誰と恋愛する気も無いが、攻略対象達とは普通に仲良くしている。それはナージャを救う為の逆ハールートの為だが、逆ハールートは逆ハールートなだけに特定の誰かが居たりもしないから困りもの。


 ……ま、もう少し大人になってから考えれば良いわよね。


 今はナージャを救う事だけを考えなければ。

 幸い皆とは普通に仲良く出来ているわけだし。友人から聞いた他の恋愛ゲームでは攻略対象同士でいがみ合う事もあるらしいが、この世界はナージャに厳しい分その辺りが緩いのか攻略対象同士の仲も良い。


 ……三人が三人、深く考えないタチだからって気もするけど。


 真っ直ぐ熱血とノリでゴーゴーとのんびり不思議の三人なので、いがみ合う理由が無いからというのもありそうだ。


「リーリカー、着替え終わったー?」


 そう思っていると、いつものチビトリオがやって来た。


「うっわ!リーリカめちゃくちゃお姫様みたいになってるじゃねえか!」

「すっごい可愛い!お兄さんこれならきっと詐欺師になれちゃうよ!」

「俺が詐欺師なの?」

「リーリカをこんなに綺麗に出来るならどんな人間も騙せちゃうと思うの!」

「何だか不名誉だなぁ」

「っていうかアンタら何勝手に入って来てんのよ!」

「良いだろ別に」

「そうそう」


 チビの言葉に、カーナが薄く微笑みながら同意する。


「今日は俺がリーリカを独り占めするんだから、小休止の間くらいはね」

「わー……!今の凄い、口説き文句みたいー……!」

「みたいってか口説き文句なんじゃねーの?」

「ドレス着せる時もメイクの時もヘアセットの時も、そしてこれから始まる舞踏会で独占するからっていうアピール……これは強いね!?リーリカなんてひとたまりもないよ!」

「どういう意味よ」

「リーリカがチョロいって話」

「喧嘩売ってんの!?」

「「「きゃー!」」」

「どうどう」


 蜘蛛の子を散らすようにチビ達は逃げ、リーリカはカーナによって落ち着かされた。


「あと髪やメイクが崩れるから大声とかしない方が良いよ。一応崩れにくくはしてるけど」

「っと、そうね。折角だし見た目に合わせておしとやかにいかないと」

「それでもしリーリカの事を誤解して惚れる人が居たらどうするー?」

「今のリーリカ、完全に詐欺状態だもんな」

「騙される人が出ちゃいそうで心配かも」

「チビ共コラ」

「まあまあ」


 カーナはリーリカの背をぽんぽんと叩く。


「そんな人間が居ようと、俺とペアである以上、つけ入る隙があるだなんて誰にも絶対に思わせないから」

「「「おおー!」」」

「?」


 リーリカはカーナを完全なる友人枠として認識していた為、カーナの言葉の意味もチビ達が盛り上がっている意味もよくわからなかった。





 カーナが用意した馬車で移動したリーリカは、舞踏会の会場へと足を踏み入れる。

 中は何とも絢爛豪華という感じで、色々と凄かった。庶民はどうも委縮してしまう空気に満ちててとても困ってしまう。


「リーリカにカーナ・ノヴィコヴァも来ていたのか!」

「あ、ヴァレーラ先輩」


 見慣れた赤毛に、相変わらずの赤いマフラーを装備したヴァレーラを見て、リーリカは安堵した。この人がいつも通りならまあそこまで気負わなくてもいいか、と思ったのだ。

 そのくらい、正装のはずのヴァレーラはいつも通りだった。


 ……ここまでイメージに変化が無いのも凄いわね……。


「僕も居るよー!」

「ラヴィル先輩」


 ヴァレーラの背後からぴょこりと顔を見せたのは、いつも通りのピアスを装備したラヴィル。どうやら踊る気などは皆無らしく、完全に食べるモードなのかその手の皿には料理がてんこ盛りになっていた。


「……そういえば二人は踊らないの?」

「ペアが居ないからな!」

「僕達ナージャ関係で結構遠巻きにされてるしね。腫物扱いみたいな状態だからだーれもペアになってくれないんだぁ」


 言いつつ、ラヴィルはローストビーフを頬張る。


「正直言って僕は分家の評判が悪いのもあってあんまり来たくは無かったんだけどねー」

「そうなの?」

「うん。でもご飯美味しいし、行って頭が足りないが地位はある都合の良い女を引っかけて来いって放り出されちゃって」

「……それ、アタシ達に言ったら駄目なヤツじゃないかしら」

「正直僕そんな子引っかける気無いもん。見下されまくってるから無理だったって言うだけで「本当にお前は期待外れだな」くらいで終わるよ。そっちの方が楽じゃない?」

「…………ラヴィル・ノヴィコヴァ」


 ヴァレーラは自分の背後に居るラヴィルを憐憫のこもった目で見た。


「何ならお前だけうちで引き取っても良いぞ?俺が話しておく」

「卒業後に危なそうならお願いしたいかなー。逃げ場があると助かるし」

「任せろ!」


 グッ、とヴァレーラはサムズアップを決めた。


「と、それはそれとしてだなリーリカ。ナージャ・ノヴィコヴァは見なかったか?」

「お姉様?」


 ……というか改めて思うと高嶺の希望に出て来るキャラクター、ノヴィコヴァ率高いわね。


 トータルで見るとそうでもないのかもしれないが、本家二人と分家一人の合計三人がノヴィコヴァというのは中々にボリューミーな気がする。

 前世では姉と二人暮らしであり親戚とも特に関わりが無かったリーリカからすれば、同じ名字の存在が二人以上というだけで不思議な気分だった。


「そう、ナージャ・ノヴィコヴァだ!今回ナージャ・ノヴィコヴァが来ていると聞いたからな!是非とも会って謝罪し、本格的に許しを貰いたい!」

「止めた方が良いと思うけど」

「何故だ!?」


 呆れたような目で言うカーナに、ヴァレーラは驚いたようにそう返す。


「今回来たという事は、トラウマが大分軽減されているという事じゃないのか!?」

「断れないから来ただけで、軽減されては無いと思うよ。寧ろ……」

「あら、リーリカ達じゃありませんの」

「げ、しかも赤マフラーまで居ますね」


 カーナが言う前に、声が割り込んできた。

 視線を向ければやはりというか、アデリナとラーザリの二人組。色合いもデザインもバランス良く整えられている二人の姿は、モブとは思えないくらい綺麗だった。

 もっともゲーム本編時点でイラストレーターの贔屓なのか何なのか、モブでありながら彼らはガッツリ正装立ち絵が用意されていたのだが。


 ……いやまあカーナの正装立ち絵もあったから、モブだろうと手を抜かないイラストレーターだったってだけかしら。


「まあ赤マフラーは置いといて……リーリカはもう会いましたか?」

「お姉様ならまだ会えてないわ」

「あっちに居ましたわよ」

「え!?」

「わたくし達、たった今会ってお話したばかりですの!ナージャ様は本当にとても素敵なドレスを着ていて……あまりの美しさに頭が真っ白になってしまったのが残念でしたわ」

「本当に……あまりの美しさに語彙力が死にさえしていなければ、もっと素晴らしさを伝える事が出来たんですが」

「ちょ、待って!?あっち!?あっちにお姉様居るの!?」

「はい、居ましたよ。あちらの陰です」

「行ってきます!」

「あ」


 カーナを置いて、リーリカはドレスの裾を持ちながら走り出した。


「ならば俺も!」

「アナタは行かせませんわよ赤マフラー!」

「そうですそうです!同意はしたくありませんがアデリナの意見に俺も賛成です!接触禁止状態の癖にナージャ様に近付こうなどおこがましい!」

「身の程を弁えなさいな赤マフラー!」

「誰が赤マフラーだ!俺か!なら仕方ないな!だが仕方ないにしろ俺はヴァレーラ・マショーというちゃんとした名がある!」

「ナージャ様に迷惑を掛けてトラウマを植え付けた癖に個体名など図々しい!赤マフラーで充分ですわ!」

「寧ろちゃんと人間として認識してるだけ充分でしょう!」

「俺はそこまでの扱いを受ける事をしたのか!?したな!だがだからこそ俺はナージャ・ノヴィコヴァに謝罪をしたい!」

「「誰がさせるものですか!」」

「あ、僕ちょっとまたご飯取りに行ってくるねー」

「「「行ってらっしゃい!」」」


 ……何か、背後から聞こえる声、やたらと仲良いわね。


 外道キャラが外道だからなのか、良い子は良い子で特化しているらしい仲の良さだった。

 というかよくよく思い返すとラヴィルだけ二年生で後輩のはずなのだが、敬語無しでも普通に受け入れられているらしい。まあリーリカ自身敬語を使用していないので、その辺結構ガバガバなのかもしれないが。


 ……そもそもの話、ヴァレーラは留年してるから最年長だったの忘れてたわ。


 関係性がシンプルなようで面倒臭い。


「!お姉様!」

「っ」


 そう思っている内に、ナージャを見つけた。

 ナージャは壁と柱の間、丁度陰になるところにひっそりと立っていた。恐る恐るというように振り向くその姿は普段よりも一際高貴さが出ていて、女神を見た時、人はきっとこうやって一瞬息をするのを忘れるのだろうと思う程の美しさ。


「探したのに中々会えなくてもしかしていないんじゃと思いましたけど、ここに居たんですね!」


 会場をざっと探しても見つからず、結果先に見つけたのがヴァレーラ達だった。そうしてやって来たアデリナとラーザリが教えてくれたお陰でこうして会えたのだと思うと、後日改めて二人にお礼を言わなくては。


 ……だって、こんなにも美しくてレアな姿のお姉様を見る機会、きっともう無いもの!


 可能ならあって欲しいが、ナージャの性格からするに無い可能性が高いだろう。


「お姉様、そのドレス最高に素敵です!」

「……そうですか」


 ……えっ、反応がレア!?


 位置的に影になってしまっているのでその顔色や表情がいまいち窺えないが、いつもより低い声に淡々とした返答。普段の小動物染みた反応のナージャとはまったく違う雰囲気で、神秘的でミステリアスそのままといったナージャだった。

 あまりにレアなナージャの反応に、リーリカは感動して心のカメラのシャッターを連続で切った。


「あの、色合いが凄くお姉様にピッタリで、胸元がお姉様のお胸を綺麗に見せてて、あちこちに宝石が散りばめられている姿なんて上品な宝石箱が人間の姿になったようで、本当に素敵です!」

「…………どうも」


 語彙力が無いせいで困惑させてしまったのか、サッパリした返答だった。


 ……でも実際ほんとお胸が凄いわねお姉様……ハートカットですっきりさせて見せてるけど、実際これ、ラインとかをすっきりさせてこのお胸でしょ……?やば……。


 普段制服姿しか見れていないナージャのドレス姿、しかもデコルテラインが完全に露出している姿。普段と違う姿に、リーリカの口が止まらない。


「あと髪型も!いつもの三つ編みも素敵ですけれど、今日の編み下ろしヘアもとっても素敵!花飾りやリボンがバランス良く編み込まれてて、お姉様の美しさをより引き立ててます!」

「……そうですか」

「あとあとあと!」

「リーリカ」

「むぐっ」


 語彙力が追い付かないせいでどれだけナージャが素晴らしいかについて、本人に対してまったくもって伝わらない。そう思い必死で続けようとしたリーリカの口を、追い付いたカーナが手で覆った。

 その手が引かれ、抱き寄せられるようにリーリカの頭がカーナの胸元に触れる。


「折角綺麗なドレス着てるのにいつものテンションじゃ勿体ないだろ」


 リーリカを見下ろすカーナの目には、呆れが見えていた。


「おしとやかに行くわって言ってなかったっけ?」

「う、うぐ、そういえばそうだったわね……お姉様に会えた喜びで我を失ってたわ……」


 反省反省。


「ん、んん」


 咳払いをして空気をリセット。


「ところでお姉様、ダンスのペアは居ないんですか?」


 リーリカの問いに少しの間を置いてから、ナージャは静かな声で返答する。


「……踊る気は無いので」

「そんな!舞踏会に来たなら踊るべきです!」


 ……そしてお姉様がその素晴らしいドレス姿で踊る姿を心に焼き付けたい!っていうか本当に最高ねそのドレス!カーナのご両親に大感謝だわ……!


「くっ、女同士で踊る事が許されていればアタシが立候補したのに……」


 あまりの悔しさに拳を握りながらそう言えば、背を丸めたカーナがリーリカの顔を覗き込んできた。その目は眠そうな半目では無くじっとりとしたジト目で、不満そうに眉間にしわを寄せている。


「リーリカは俺と踊るんじゃなかったの?」

「それでもIFは想像しちゃうのよ!」


 あわよくばナージャと踊れる世界線であれば良かったのに。

 神であるデウス・エクス・マキナ曰くこの世界が増量版の世界らしいが、それで何故男女ペア以外でも踊れるという仕様にならなかったのか。学校行事という伝統的なものであり、システムの仕様とかそういうものでは無いからだろうか。


「あ、じゃあお姉様!舞踏会に来れたって事はトラウマが軽減されているって事かもしれないから、いっそ荒療治も兼ねてヴァレーラ先輩と踊るとかどうですか!?」


 ……ペアが居ないのは同じだからラヴィル先輩でも良いけど、ここでヴァレーラ先輩と分かり合う事が出来れば今後あるかもしれないパーティに参加するお姉様が見られるかも……!


 ちなみにラヴィルでは駄目な理由には、ラヴィルルートがとってもヤバいという理由も入っている。ラヴィル自身は良いのだが、その周辺を思うとナージャがラヴィルと踊った途端に分家がやいのやいの言いかねないので却下。

 しかしヴァレーラであってもナージャとしては無しなのか、ナージャは酷く低い、それでもやはり可愛らしさの残る声で言う。


「……誰が相手でも、踊る気は無いです」

「そんな事言わずに!」


 ……前世、友達とカラオケ行く時もこんなんだったわね。


 最初は渋る子も居たが、いざ行って歌い始めれば全員ノリノリで延長しまくって最終的に声が枯れるまで歌うのがいつものパターンだった。つまり実際にやってしまえば楽しいという事を実感出来るという事。


「折角来たんですから良い思い出をより良くする為にも」

「好きで来たわけじゃありません!」

「っ、」


 ナージャにしては珍しいどころかゲーム本編ですら聞かなかった、初めての大声。

 そして叫んだ内容は、拒絶。リーリカが思わず肩を跳ねさせると、ナージャはハッと気付いたように手で口を覆った。


「……私は、好きで来たわけじゃないんです」


 けれど言葉が止まらないのか何かに耐えているような、絞り出すような、今にも泣きそうな声でナージャは続ける。


「今にも吐きそうで、気持ち悪くて、嫌っていう気持ちでいっぱいの中来たんです。勝手にドレスが用意されて、勝手に来る事になっていたから。舞踏会になんて、本当はこれっぽっちも来たくなかった」


 感情のままに髪を乱そうとし、けれど髪が崩れる事を気にしているのかナージャは耳元で両の手を拳の形に握っていた。手袋に覆われたその手の震えから、相当な力が込められているのがわかる。


「学校以外でどうして他人と触れ合わなくちゃいけないんですか。学校ですら嫌なのに。誰かと触れ合う事が拷問かと思う程に嫌なのに、どうしてわざわざ学校以外の時間でまで会わないと駄目なんですか」


 ……その、言葉は。


 リーリカにとっていけ好かない野郎でしかないあの男がいつだったか言っていた言葉。ナージャの絞り出すような声は演技という感じもしないので、それは嘘偽りない、限界が来て口から零れ出た本音なのだろう。


 ……お姉様、小動物染みた動きをする程に怖がりなのに、誘拐されかけたり実際に誘拐されたりしていたものね……他人に恐怖を覚えちゃうのも無理はないわ。


 人間嫌いが強まった主な原因であるという自覚のないリーリカは、そう解釈した。


「私はこんなところに来たくなんてありませんでした。参加もしたくありませんでした。近付きたくさえ無かった」


 止まらないのか、ナージャは血を吐くような声で言葉を吐く。


「わざわざ心を病む理由しかない場所に参加させようとする()()()()の気が知れなくて、こんなものを楽しいと思うあなた達の気が知れなくて、嫌で、凄く、嫌でしかなくて、より良く以前にこんな思い出が良いものだなんて思えなくて、一生引きずる嫌な思い出だと確信するだけで」

「お姉様……」

「触らないでください……!」


 悲鳴のような、濁流染みたあまりの感情の奔流にリーリカが思わず手を伸ばせば、ナージャは酷く怯えたように距離を取る。触れられたくないと、誰かに触られたくなどないのだと、体の反応がハッキリと語っていた。

 その怯えたような目も、身を守るように身を抱く腕も、全てが全て、関わりや接触に対しての拒絶を示している。


 ……こんなイベント、あったかしら。


 プレイしたゲーム本編では無かったはずだが、増量版仕様で発生したイベントかもしれない。基本的に自分の事を語ろうとしないナージャだと思うと、ここまで自分の気持ちをハッキリと語り、その上大きな声を出すというのはかなりのレアだ。

 リーリカがそう思っている間にナージャは吐き出すだけ吐き出して落ち着いたのか、最後のシメとばかりに深い深い溜め息を吐く。


「……帰ります」


 ぽつりと、先程までの圧ある言葉の奔流は何だったのかという静けさを纏いながら、ナージャはそう言った。


「え、で、でもまだ踊りが始まったばっかりで」

「…………」


 ナージャは、リーリカを見た。

 一诺(イーヌオ)のようにハイライトが無い死んだ目でこそ無いが、海のように青い瞳には影が差している。まるで浅瀬から、深いところへと潜った時のように。

 心が沈んでいるかのように。


「酷い事を言ってしまって、ごめんなさい」


 言って、ナージャはまるでガラスの靴を落とす姫のように駆けていった。けれどナージャは灰被りでは無いので、ガラスの靴を置いていったりなどしない。


「お姉様!」

「はいストーップ」


 つまり即座に追いかけて引き留めないとと思ったリーリカが一歩を踏み出した瞬間、カーナが後ろから抱きすくめるようにしてリーリカを止めた。


「ちょ、カーナ!?離しなさいよ!お姉様が!」

「今の姉さんは追いかけない方が良いと思うよ。大分限界だったし」

「そんなの見ればわかるに決まってるでしょ!?それに追いかけない方が良いって、あんな顔のお姉様を放っておけって言うの!?」


 ……あんな、泣くのを耐えて、心を殺してるみたいな顔をしてたお姉様を……!


「誰のせいだと……って、言ってもわかんないか」

「は?」

「要するに姉さんにとってこの舞踏会は最高に不本意だったって事。そこにリーリカがトドメの追い打ちとして、より良い思い出に、って言っちゃったからね」

「だ、だって、来れたって事は大丈夫って事なのかと……」

「大丈夫じゃなくても来る人なんだよ、姉さんは。大丈夫じゃないのに来たから余裕が無かった。そこに追い打ちが来れば、トドメになるのは当然だよね」


 まあ、とカーナはリーリカを抱きすくめたままの体勢で、ナージャが去っていった方を見ながら目を細める。


「ここで追った方が悪化するだろうから、一旦忘れて踊るくらいが丁度良いんじゃないかな」

「実の姉が心配じゃないの!?」


 かつて実の姉が親のように育ててくれたからこそすくすく伸び伸び育ったリーリカは、姉に対する情が無いようなその言い方が信じられなかった。


「心配っていうか、姉さんの事はずっと見て来たから、俺が心配なんてしなくて良いって知ってる」


 けれどすぐに、その信じられないという感情は覆された。


 ……そういえばカーナって、シスコン疑惑があったくらいだもんね。


 寂しそうにも拗ねているようにも見えるその表情は、心配させてくれない姉に対してのものだろうか。


「……大丈夫、なの?アタシ、謝ったりとか」

「今は近付かない方が良いと思うよ。リーリカの存在自体が今の姉さんにとってアウトだろうから。一诺(イーヌオ)に任せておけば大丈夫」

「はあ!?一诺(イーヌオ)!?あの野郎に任せてなんておけるわけないでしょ!」

「大丈夫大丈夫。姉さんのあの様子を見た感じ、多分本当に限界だから。ここでリーリカが一诺(イーヌオ)のところに行って足止めして険悪な状況になる方がまずい」

「……どういう意味?」

「姉さん、昔パーティの後とかはよく高熱を出してうなされてたんだよね」

「?それは前に聞いたわよ?」

「うん、だから、そういう事」


 ……どういう事?


 よくわからないなりに、リーリカは考えを巡らせてみる。


「……今のお姉様は高熱が出かねない程弱ってるから、ここでアタシがあの野郎と言い争いを始めたら帰るまでに時間が掛かって、馬車に揺られながら高熱が悪化する可能性がある……?」

「正確にはそこまでのタイムリミットすら無いだろうけど……大体正解。だから今日のところはここまで。折角の舞踏会なんだから、良くない記憶は一旦忘れて楽しい記憶を脳に刻もう」

「それ、アタシが言った事に対する嫌味?」

「純粋な気持ちだったんだけど」


 そう言うカーナの表情は既にいつも通り、眠そうに見える半目。ナージャに対してやらかしてしまったという動揺があるリーリカではその奥の感情がいまいち読み取れず、溜め息を吐く。


「……悪いけど、そこまで気持ちをリセット出来る気分じゃないわ」

「少しでも楽しもうと思えば楽しみやすいし、楽しみ始めれば後は何も考えずに楽しめるようになる……」


 カーナのその言葉は先程リーリカがナージャに対して思っていた事で、リーリカの心がギクリと軋む。


「前にリーリカと出掛けた時、そう言ってたよね」

「……言った、わね」

「まあそれでも無理なら、いっそ踊りながら今日の事についての反省会、っていうのもありだと思うけど」

「反省会……」

「どうして言っちゃ駄目な事を言っちゃったのか、どうして姉さんはそう言われたくなかったのか……とか、そういうの。折角オシャレして舞踏会に来たのに壁の花になりながら反省会するなんてもったいないし、どうせなら踊って舞踏会を楽しみつつ反省会しちゃおうよ」

「…………それで良いのかしら。反省会って言うなら、それにアタシがお姉様に対して相当にやらかしたって言うなら、踊りながらなんて……」

「良いよ、別に」


 リーリカの手を取って、カーナはずんずんと踊っている人達の輪へと歩みを進める。


「姉さんは接触や強制を嫌うだけで、理解してなくとも反省してなくとも、無理矢理関わってこなければ良いって人だし」

「?」


 音楽と周囲で踊っている人達の会話で、カーナが何と言ったのかリーリカの耳には聞き取れなかった。


「カーナ、今何か言った?聞こえなかったんだけど」

「小声で言ったからね」

「は?」

「悪口じゃないから安心して良いよ。それに、リーリカに言っても理解も実践も出来ないだろうから聞くだけ無駄な戯言だろうし、俺としては今のままのリーリカで居てくれた方が色々と都合が良いし」

「……アタシはアンタの事を大親友だと思ってるけど、相変わらずアンタが考えてる事がわっかんないわ」

「それで良いんだよ」


 踊る為にとリーリカの両の手を取ったカーナは剣呑な光を灯しながら目を細め、口の端を笑みの形へと吊り上がらせる。


「俺も男だから、ね……リーリカに知られると困る事の一つや二つ、考えたりしてるから」

「……カーナの隠し事とかエグそうだから、知らないままの方が良い気がするわ」

「うん、俺もその方が助かる。そうすれば…………」

「?」


 そうすればの後の言葉は、声が小さくて聞き取れなかった。


「そうすれば、気付いた時には手遅れって程に事が進むだろうし、ね……」


 その声はリーリカには届かなかった。

 届かず何も知らないままのリーリカは、カーナにリードされるがまま踊り始める。最初反省会がメインだったそれはダンスや音楽によってだんだんとリーリカのテンションを上げていき、最終的にリーリカはすっかり舞踏会を楽しんでいた。

 キリキリカチャカチャ。

 遠くから聞こえる警告音のようなその歯車の音は、リーリカの耳に届かない。



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