ナージャは舞踏会を嫌悪する
ナージャは舞踏会が開催されている会場内で、ドレスを身に纏いながら顔を青褪めさせていた。
……お父様もお母様も、どうしてこんな……。
沢山の人間がひしめき合う舞踏会の会場は、人混みを苦手とするナージャからすれば蚊柱にしか見えなかった。
やかましくて、気持ち悪くて、近寄りたくなくて、目を瞑って口を閉じて逃げる以外ないようなもの。見るだけで鳥肌が立つようで、ナージャは手袋を嵌めた手で肩をさすった。
……鳥肌が立つのは、ゾッとするからだけじゃないですね。
あまり露出を好まないナージャだが、今着ているドレスは露出が多いデザインだった。
デコルテがハッキリと露出されているハートカットのプリンセスライン。質が良い布に沢山の刺繍が施され宝石が散りばめられていて、とても煌びやかなドレス。
乙女であれば一度は夢見るような素晴らしいドレスだが、ナージャは一度も夢見た事が無いドレス。
……こう思うのは作ってくれた方に申し訳なくて、使用された布や宝石にも申し訳ないですけれど、でも、私、こんなの着たくありませんでした……!
ナージャはドレスの裾を掴めばシワになると思い、裾を掴まないようにしながら拳を強く握った。
……一诺も私の気持ちを察してか、何も言わないでいてくれましたね。
もし似合っていると、もしくは似合わないと言われたら、どちらにせよ感情が限界を迎えてヒステリックに泣き叫んでいたかもしれない。
そう、ナージャはドレスを着たくなど無かった。そも舞踏会にも興味など無く、ドレスにだって興味は無い。そんなものに使うお金があれば寄付をすれば良いのにと思うくらいには興味が無かった。
だって、ナージャからすれば舞踏会というパーティ会場など拷問部屋に等しい苦痛のみの空間だから。
しかし両親が勝手に参加申請をして、勝手にドレスを用意してしまっていた。それは善意からの行動であるが故に、癇癪を起こして泣き喚き散らして思いつく限りの罵倒を叫びたい程に嫌でも、参加するしかなかった。
参加すると言いながら参加しないなど、相手に迷惑が掛かるから。
飲食店でバイトした経験もあるからこそ、予約のドタキャンは許されない。用意しておいた全てが無駄になるあの虚しさは酷いものだと知っているからこそ、出来ない。したくない。
だからナージャは、嫌々ながらも参加する事となった。
……吐きそうです……。
別にドレスで腹が締め付けられているわけではない。
ただ好みでは無い服を着せられ、苦手極まりない場所に不本意ながら立っている現状が吐き気を催させる。来たくも無い場所に来るしかないよう策を講じられていた事が、酷く不愉快だった。
……一诺も、あんなに申し訳なさそうにしていて……。
両親が徹底して隠していた為、一诺にすらも知らされていなかった。
「折角学校生活最後の年なんだから、お前ももっと楽しむべきだ!」
「ええ!私達はパーティに連れて行ったりは出来ないけれど、ナージャが自分から行く分には問題ないもの。折角の舞踏会だから、ナージャの為にとっても素敵なドレスも用意したのよ!きっとナージャに似合うわ!」
「それに舞踏会である以上、素敵な相手と出会えるかもしれない。私達はお前が心配なんだ、ナージャ。このまま見合いなどで無理矢理相手に押し通されて本意では無い結婚をさせる事になってしまったら、私達はきっと私達を許せない」
「……舞踏会は、出会いの場よ。参加すれば、きっとナージャにも素敵な殿方が見つかると思うの」
結局のところ、善意なのだ。
曇りなき善意。限りなく善意。ナージャを想っての親心で、だからこそわざわざそこまでやったと言えるだろう。ナージャに幸せになってもらいたいから、と。
しかし結局そんなものは「良かれと思って」でしかない。
……私はそもそも求めていませんし、参加する事自体が嫌なのに……!
勝手にされた参加申請も、勝手に用意された好みでは無いドレスも、止められなかったと一诺を酷く落ち込ませた事も、何もかもが許せなかった。
……私が断れないとわかっていて、その上でこんな事を実行した事が、親相手にこう思ってはいけないのかもしれませんけれど、…………許せません……っ!
ナージャは壁の方で気配を消しつつ、顔を顰めて悔しそうに歯を食い縛る。
誰に対してもあまり思いたくはないし、お世話になったとは言えないが養ってくれている両親が相手なので特にそんな事を思いたくない。けれど、思わざるを得ない。よくもやってくれたなと言うような、どうしてこんな事をするのと言うような、そんな感情を抱かざるを得なかった。
ナージャは人を嫌いたくは無いと思っていたが、両親に対する感情が苦手から嫌悪に変化するくらいには、今回の件が許せない。
……もう、帰りたいです……。
踊り方はわかるが相手などおらず、碌に知りもしない相手の手を取って密着するなど言語道断。
他人との接触を嫌うナージャからすれば、それは酷い気分にしかなれないもの。相手がどれだけ優れた人間であろうとも、ナージャにとって一诺以外の人間は接触を拒否したい存在でしかなかった。
誰だってかぶれるとわかっているすりおろした山芋に素手で触れようとはしないのと同じである。
ナージャにとって、そのくらい無理だとわかりきっている事。当然ながら親にそれを言った事が無いので、理解されないのは仕方が無い。けれど理解ある一诺に意見を聞こうともせず、両親の価値観で「良かれと思って」のこの行動は駄目だ。
恨みなど抱きたくないと強く思っているナージャの心に、黒い染みが出来そうだった。
「ナージャ様!」
「ここにいらしたのですね!」
……ああ、もう……!
声を掛けられただけで酷く不愉快だった。
ナージャは拳をとびきり強く握って、顔に笑みを貼り付ける。顔色は誤魔化せていないだろうし、笑みだって無理矢理浮かべたようなやけっぱちの笑み。
それでも苛立ちをそのまま見せて、心配という善意からくる面倒臭い絡み方をされるよりはずっとマシだ。
今のナージャは普段のように怯えているナージャでは無く、苛立っているナージャなのだ。到底許せるはずもないとてもとてもとてもとても嫌な事をされて、これ以上無い程に怒っている。
……一诺にまで秘密にして、止める事が出来なかったとあんなにも落ち込ませた事、絶対に許せません……!
他人にこれをぶつけたくはない。
ぶつけたくはないけれど、噴火寸前という程にはらわたが煮えくり返っている。あと一歩で感情が凄まじい勢いで噴出しかねないくらいには、酷く。
声を掛けて来た赤毛の男に金髪の女という特に見覚えも無い二人に、ナージャはそんな内心を隠して適当に返す。
「……何か」
声に感情を乗せられない。乗せた瞬間マグマが噴き出て叫び散らしてしまいそうだから。
結果、思ったよりも低い声になってしまった。
「あの、まさかナージャ様がこの舞踏会に参加されるだなんて俺達も思わなくて!」
「本当にナージャ様が舞踏会などのパーティに参加される日が来るだなんて……そしてナージャ様のドレスを見る事が出来るだなんて!」
「そのドレス、凄く似合ってます!」
「ええ、ラーザリに同意するのは癪ですけれど、それは歪みの無い事実!ナージャ様をとても美しく魅せていて、今にも天に召されてしまいそうですわ!」
……はあ。
勝手に召されていれば良いんじゃないだろうかという感じの事を考えそうになり、内心の中ですらそんな事を思ってはいけないとナージャはその発想を叩きのめす。結果、内心だけの溜め息として留まった。
……そういえば今、名前……。
女の方が聞き覚えがあるような無いような名前を言っていた気がするので知り合いなのかもしれないが、ナージャは二人にまったく見覚えが無かった。
とはいえ元々他人をいちいち認識しようともしていないので、見覚えがあっても無くても問題は無い。結局他人でしかなく、ナージャが見ている自分の人生において何の関わりも無いのだから。
苛立ちがある為に思い出せる程の余裕も無いナージャは、ラーザリとアデリナの事を他人として認識した。
それは服装と髪型が変わっている為にいつもの取り巻きと認識出来なかっただけだが、ナージャは普段からそんなもんである。いつもの取り巻き状態であっても顔や名前を認識などしていない。勝手に何か隣をキープしてくる二人、という印象だけ。なので他の男女が横をキープすれば、それをいつもの何か知らないけど寄ってくる二人と認識するだろう。
そのくらい、ナージャは一诺以外を認識していなかった。
「あの、でも、大丈夫ですか?」
「と、そうですわね」
赤毛の方がナージャを心配そうに見やり、金髪の方がそれに頷く。
「ナージャ様、随分と顔色がよろしくありませんわ」
「やはりトラウマがまだ残っているのでは……」
「実際、あの男もこの会場内に居ましたし……ナージャ様、あの男が来た時に追い返す為わたくし達もここで待機を」
「結構です」
……ここまで人がひしめき合っているだけで吐きそうなのに、知らない他人がそばに居るだなんて……。
想像するだけでゾッとする。
壁のそばであり柱の陰に入る位置で息を潜めつつ、必死に時間が経過するのを待っているというのに。そうやって隠れているから溜め息を吐きつつどうにか耐える事が出来ているというのに、他人がそばに居てはどうしようもない。
会場内に居る以上は生徒である事は確定で、この二人もナージャの溜め息一つに酷い動揺を見せるかもしれないからこそ、そばに居てほしくなかった。
……いっそ堂々と溜め息を吐いて、早退したいくらいです……。
どうせ居たところで誰かと踊るわけでも無いのだから。
「……男女は、舞踏会で踊るもの、ですよね。私は相手もいませんし、踊りませんが……どうぞ、踊って来てください」
「ナージャ様……そこまでわたくし達の事を気遣って……!?」
「そうですね、折角の舞踏会なら踊らないと損ですもんね……!」
「「では踊ってきます!」」
まったくもってそんな事は言っていないが、勝手に解釈して勝手に納得して勝手に去ってくれたので、ナージャは胸を安堵に撫でおろした。
「お姉様!」
……一難去ってまた一難って、きっとこういう事なんですね……。
どっちかというと泣きっ面に蜂に加えて踏んだり蹴ったり。
ゲームのキャラクターのビジュアルだけは覚えており、ナージャをお姉様などと呼ぶ寒気を覚える声は一人だけ。その声の主は特待生だろうと特定し、ナージャは物凄く嫌嫌なのを隠しながら振り向いた。
……うう、やっぱり特待生でした……。
「探したのに中々会えなくてもしかしていないんじゃと思いましたけど、ここに居たんですね!」
別に特待生の声は気味が悪いという事も無く、分類としては可愛らしい声と言えるだろう。けれど特待生に苦手意識しかないナージャからすれば、声だけでもう逃げたくなる程駄目だった。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うが、トラウマと言えるレベルで声にまで苦手意識が刻まれていた。
「お姉様、そのドレス最高に素敵です!」
「……そうですか」
……こんなドレスが素敵だなんて、理解出来ません。
誰かが着ているならともかく、自分から着る事は絶対にないだろう派手なデザイン。ナージャはスカートの裾を掴み、理解出来ないという目でドレスを見下ろした。
「あの、色合いが凄くお姉様にピッタリで、胸元がお姉様のお胸を綺麗に見せてて、あちこちに宝石が散りばめられている姿なんて上品な宝石箱が人間の姿になったようで、本当に素敵です!」
「…………どうも」
「あと髪型も!いつもの三つ編みも素敵ですけれど、今日の編み下ろしヘアもとっても素敵!花飾りやリボンがバランス良く編み込まれてて、お姉様の美しさをより引き立ててます!」
「……そうですか」
……髪型に関しては一诺がやってくれましたけど、やっぱり嬉しくないです……。
一诺関係の事であれば普段ならもう少し喜べるが、今のナージャはそんな気分にもなれなかった。ただひたすらに逃げたい、帰りたいという感情に襲われる。
そもそも好んでやってもらった髪型ならばともかく、今日のはドレスに合うようにとセットされた髪型なのでナージャも一诺もあまり本意では無い髪型だった。
「あとあとあと!」
「リーリカ」
「むぐっ」
いつの間にか来ていた紺色の髪の男が、特待生の口を塞いで抱き寄せた。
「折角綺麗なドレス着てるのにいつものテンションじゃ勿体ないだろ。おしとやかに行くわって言ってなかったっけ?」
「う、うぐ、そういえばそうだったわね……お姉様に会えた喜びで我を失ってたわ……」
……ああ、特待生と一緒に居るって事は、この人は弟でしょうか。
もう何か、弟の特徴を思い出せる程の余裕もナージャには無かった。というか特待生を止めてくれるなら、弟でも誰でも良いという気分になっていた。
「ん、んん、ところでお姉様、ダンスのペアは居ないんですか?」
「……踊る気は無いので」
「そんな!舞踏会に来たなら踊るべきです!くっ、女同士で踊る事が許されていればアタシが立候補したのに……」
「リーリカは俺と踊るんじゃなかったの?」
「それでもIFは想像しちゃうのよ!」
……まず仮に許されていたとしても、特待生とだけは踊りませんが……。
万が一そうなれば全力の癇癪を起こして泣き喚いて帰る。ナージャは感情が限界を迎えて爆発するくらいなら、いっその事全部完全にぶっ壊すくらいはするつもりだった。
完全に限界を迎え切って自棄になった人間の発想である。
というかそもそもの話、一诺以外と踊る気も無い。男女ペア以外に選択肢があろうが無かろうが、ナージャが一诺以外の手を取る事など無いのだから。
「あ、じゃあお姉様!舞踏会に来れたって事はトラウマが軽減されているって事かもしれないから、いっそ荒療治も兼ねてヴァレーラ先輩と踊るとかどうですか!?」
「……誰が相手でも、踊る気は無いです」
「そんな事言わずに!折角来たんですから良い思い出をより良くする為にも」
その瞬間、耳の奥で小さくぷつんという音がした。
「好きで来たわけじゃありません!」
「っ、」
目を見開いてビクリと肩を揺らしたリーリカを見て、ナージャはやってしまったと口を手で覆う。
……大丈夫、まだ、耐えられます。
堪忍袋の緒が切れはしたものの、緒とは沢山の糸で出来ているもの。沢山の糸の内の少ししかまだ切れていないから、充分に耐えられる。
ナージャは深く息を吐き、今にも暴れ狂いそうな心を無理矢理抑え込んだ。
「……私は、好きで来たわけじゃないんです」
それでも、言葉は止まらなかった。
「今にも吐きそうで、気持ち悪くて、嫌っていう気持ちでいっぱいの中来たんです。勝手にドレスが用意されて、勝手に来る事になっていたから。舞踏会になんて、本当はこれっぽっちも来たくなかった」
言葉が止まらない。
「学校以外でどうして他人と触れ合わなくちゃいけないんですか。学校ですら嫌なのに。誰かと触れ合う事が拷問かと思う程に嫌なのに、どうしてわざわざ学校以外の時間でまで会わないと駄目なんですか」
キリキリカチャカチャ。
感情がぐちゃぐちゃになった事で聴覚がおかしくなったのだろうか。歯車が噛み合っている音が、やけに近く、それこそすぐ耳元で聞こえたような気がした。
それは舞台での演出音楽のように、酷く不安を煽る音。
「私はこんなところに来たくなんてありませんでした。参加もしたくありませんでした。近付きたくさえ無かった。わざわざ心を病む理由しかない場所に参加させようとするあの人達の気が知れなくて」
ナージャにとって、両親はもう親では無く他人だった。元々限りなく他人に近い存在だったが、最早彼らの血が流れている事すら疎ましい。
「こんなものを楽しいと思うあなた達の気が知れなくて、嫌で、凄く、嫌でしかなくて、より良く以前にこんな思い出が良いものだなんて思えなくて、一生引きずる嫌な思い出だと確信するだけで」
「お姉様……」
「触らないでください……!」
伸ばされた手は後ろに下がる事で拒絶した。
叩いてその手を振り払うなんて事はしない。それをされたら痛いとわかるから。そして何より、叩く瞬間でさえも接触なんてしたくなかった。
……一诺の体温は、とても安心を誘いますが……。
他の人間とは分かり合えないからこそ、触れて体温を感じる事で同じ人間なのだと実感して吐き気がする。本当に人間なんだと実感してしまうから。同じ種族なのだと実感してしまうから。
いっそ違う種族なら、分かり合えず触れ合わないままであっても当然だと受け入れる事が出来たのに。
同じ人間を受け入れる事が出来ない自分が、ナージャは許せなかった。誰もが普通に出来ている事が出来ていないような気がした。それで誰かに迷惑を掛けている気がしたし、出来損ないは駄目だと叫ぶ自分も居る。
でもどうしても価値観の違う人間を受け入れる事が出来なくて、それがどんどん、ナージャの中で重みとして重なっていく。
「……帰ります」
「え、で、でもまだ踊りが始まったばっかりで」
「…………酷い事を言ってしまって、ごめんなさい」
リーリカの言葉には一方的にそう返して、ナージャはドレスの裾を翻しながら駆け足でその場を去った。弟であるカーナが引き留めた為、リーリカはナージャを追ってこない。
キリキリカチャカチャ。
耳元でその音が響く度、酷い頭痛がナージャを襲った。
・
翌日、ナージャは酷い高熱にうなされていた。
無理に舞踏会に参加させられたストレスや好みでは無いドレスによるストレス、他にも人混みや一诺と一緒では無いという事などによる酷いストレスから来る高熱だろう。
「どうしたらここまでのストレスをこんなか弱い少女に与える事が出来るんだ!?」
久々に呼び出されたかかりつけの医者ですら、診断後に事情を聞き両親に対して怒鳴るくらいには酷い高熱。
……多分、気が抜けたんでしょうね。
昨日会場から立ち去った後、馬車の近くで待機していた一诺に駆け寄ってからの記憶が無い。
……うっかり本音を言っちゃいました。
ナージャは例え怒りであっても、特待生相手にわずかとはいえ本音を言ってしまった事に後悔していた。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。それ程まで無理な相手には、例え怒りであってもわざわざ本音の一端を聞かせたりなどしたくなかったから。
「……ナージャ様、大丈夫ですか?」
「…………大丈夫、です」
「今のは私の質問が間違いでした。ナージャ様、辛い時は辛いと言ってください。可能であれば具体的にどう辛いのかも」
熱でぼんやりしている視界の中、ナージャは一诺の真剣な顔を認識した。酷くぼんやりした視界の中でもそれだけはちゃんと見えて、何となく嬉しくなる。
……どう辛いか、は……。
「……首が、熱い、です」
「わかりました」
冷やされた濡れタオルをゆっくりと首に巻かれ、熱が少し楽になった。
「……ナージャ様」
「ん……」
「申し訳ありませんでした」
一诺は言う。
「こんな時に言う事では無いでしょう。今のナージャ様には少しの音ですら頭痛の原因になるでしょう。ですが、言わせてください。本当に申し訳ありませんでした」
「……どうして、ですか……?」
「私が気付いていれば、舞踏会の参加を止められたはずです。それに気付く事も出来ず、いえ、何か違和感を感じはすれど放置していた私の責任で」
「用意したのは、お父様とお母様、ですよ」
声が出しにくいが、それでもナージャは一诺に伝える。本当は喉が痛くて喋りたくは無いけれど、一诺がまるで泣きそうだったから。
泣いてはいなくても、今にも泣きそうな表情の一诺を、放っておくなど出来はしない。
「……んと、一诺に責任無いって、もうちょっと、沢山、ちゃんと、り、理由も言いたい、ですけど、今、私、ちょっと」
「良いんです。そう言っていただけるだけで私は、俺は救われましたから。こんな時に言う事ではありませんでした。無理をさせてしまい、申し訳」
「一诺」
手を伸ばし、ナージャは一诺の手を握る。
熱で力は入らなかったものの、掴んだ手はひんやりとしていた。ナージャの手が熱いだけだろうが、その温度に安堵を抱く。
「……私、一诺が居てくれなかったら、駄目でした。一诺が居てくれて、本当に良かった。一诺が居るお陰で、私は安心出来るんです」
……さっき飲んだ薬の効果か、眠くなってきました……。
それでもこれは伝えたいと、ナージャは言う。
「あなた以外による非を、あなたが思いつめないで」
「…………ナージャ様」
泣いてこそいないが、一诺の顔がくしゃりと歪む。
「……それをあなたが言いますか」
「えへ」
くしゃりと歪みながらも一诺の顔は確かに笑っていて、ナージャもまたそれを見て微笑んでいた。




