リーリカは休日を過ごす
休日。
教会までやってきたカーナを、リーリカは笑顔で出迎えた。
「いらっしゃーい!よく来てくれたわねカーナ!」
「うん、よく来ました」
「どういう言語よ」
いつも通りの眠そうな半目にゆったりした口調で言うカーナに、リーリカはクスクスと笑う。
「さ、入って入って。前に来たからアタシの部屋はわかるわよね?」
「うん」
「まあそうはいっても普通に案内はするけど……本当にこっちで勉強会なのね」
先程までの笑みは何だったのかというようなテンションで、リーリカは溜め息を吐いた。
……まあ、毎回毎回お世話になりっぱなしってのが良くないってのも事実だし、時々こういうメリハリがあった方が効率良いってのも事実だけど。
勉強会でお世話になりっぱなしなリーリカだからこそ、自分の為の効率優先な案を否定するわけにもいかない。それに、押して駄目なら引いてみろという言葉もある。
「俺と一緒は嫌?」
カーナはコテリと首を傾げた。
「そうじゃないわ」
「姉さんが居る屋敷の方が良かった?」
「それは……まあ、あるわね。あの野郎が邪魔するせいで未だに屋敷でのお姉様見れてないし」
……一応窓越しに見る事は出来たけど、アレ完全に覗きだったから流石にノーカンよね。
ノーカン以前に犯罪なので、リーリカも流石にやらかしたなとは思っている。もっともどうしてもそれ以上に一诺への敵意が燃え上がる為、反省がいまいち長続きしないのだが。
反省してもすぐに一诺あの野郎となってしまうのだ。
「でもそれ以上に、うちだとチビ達が」
「「「あー!」」」
……言ったそばから……。
勉強会に向かない理由の方からやって来た事に、リーリカは頭を抱えて溜め息を吐く。
「この前の兄ちゃんだー!」
「いっつもお土産くれる兄ちゃん!今日は何くれんの!?」
「いつものお兄さん、前から聞きたかったんだけどリーリカと恋人だったりする!?」
「失礼の極みが過ぎるわよチビ共。しっしっ」
リーリカが嫌そうな顔で追い払うジェスチャーをすれば、チビ達がブーイングを放つ。
「対応が酷いー」
「いっつもくれんのは事実じゃん!俺らじゃ手に入らねーもん食えるってなったらそりゃそっち気にすんだろ!」
「で、恋人?」
「あーうっさいうっさい。勉強会するっつってんでしょ邪魔すんな」
しっしっと言うリーリカに、チビ達は納得したように頷いた。
「……リーリカ、馬鹿だもんねー」
「頑張ってるけど赤点取るタイプの馬鹿だよな」
「ギリギリ赤点回避してるのはそのお兄さんのお陰なんだね」
「事実だけどぶん殴るわよ!?」
「「「きゃー!」」」
「リーリカ、どうどう」
あまりの憐憫がこもった表情に、リーリカは思わず拳を振り上げた。もっともチビ達は笑いながらダッシュで散り散りに逃げたし、すぐさまカーナによって拳を大きな手で包まれ下ろされたが。
「あとお土産だけど、ちゃんとあるよ」
「えっマジで!?」
「うん。いつもリーリカを借りてるからね」
リーリカを解放してからチビの内一人の頭を撫で、カーナは微笑む。
「ちゃんとその分は渡さなきゃだし」
「どっちかというとアタシがお世話になってるけど」
「良いんだよ、俺がやりたい事だから。俺を大親友だって言ってくれたリーリカの身内なら、ちゃんとした礼儀をもって接さないとね」
カーナのその言葉に、リーリカはピクリと眉を顰める。
「……念のために言っておくけど、友達料とか無しよ?そういうのが欲しくて友達やってるんじゃないんだし。アタシはアンタが隣の席だったから友達になったってだけで、お金目当てで友達になったつもりはないわ」
「隣の席だったから友達になっただけってのも酷くない?」
「そう?」
きょとんとするリーリカに、元通り集まったチビ達が溜め息を吐く。
「リーリカ、その辺鈍いからー」
「鈍感の極みだよな」
「デリカシーが無いんだよね」
「だからさっきからうるっさいわね!」
「「「きゃー!」」」
拳を振り上げるまでもなくチビ達は再び散り散りになった。
「ちなみにお土産だけど」
「何々ー!?」
「美味いもん!?」
「綺麗なもの!?」
「現金チビーズ……」
カーナが持ってきた紙袋をガサリと揺らして掲げれば、散り散りになったチビ達はすぐさま戻って来た。その現金っぷりにリーリカは額に手を当てて溜め息を吐く。
「あはは」
「笑いごとじゃないわよ、もう」
リーリカを見て思いっきりという程ではないとはいえ笑うカーナに、リーリカは不機嫌な顔で再び溜め息を吐いた。
「で、兄ちゃん、お土産は何だ?」
「クッキーだよ」
カーナは紙袋の中から一つだけ包みを取り出し、それ以外が入った紙袋をチビ達の内一人に渡す。
「全員分あるから、全員で分けて食べて」
「わーい!沢山だー!」
「太っ腹だな兄ちゃん!」
「一つの包みに沢山入ってるのに本当に全員分で良いの!?」
「うん」
チビ達に目線を合わせるようにしゃがみ、カーナは微笑んだ。
「前にリーリカとクッキーを作ったのが楽しかったから、今度は家で一人で作ってみたんだ。そしたら色々試してみたくて、つい量が増えちゃって」
「え、待ってつまりそれってカーナの手作りって事?」
「そうだよ」
「アタシ一回しか教えてないわよね」
「あれで基礎は覚えたから、あとはレシピを見てどうにかしたんだ」
リーリカの言葉に、カーナは薄く微笑みながらいつも通りのゆったりしたテンポでそう語る。
「わからなかった用語も、リーリカが教えてくれたお陰で覚えれたし」
「……カーナ、物覚え良いわよね」
「リーリカは物覚え悪いもんねー」
「うるっさいっつってんでしょチビ共!」
「「「きゃー!」」」
「あっ、コラ!」
チビ達は今度は散り散りにならず、紙袋を持ってその場を去ろうとした。それを見て、リーリカは慌てて叫ぶ。
「ちゃんと皆で分け合いなさいよ!あと!カーナにお礼!」
「ありがとー!」
「あんがとな兄ちゃん!」
「ありがとねお兄さん!」
言いながら、チビ達はその場を去って行く。最後に去るチビは、扉に手を掛けたままチラリと振り向いてニヤリと笑った。
「お礼にリーリカ一人なら好きにしちゃって良いから!」
「アタシをお礼にしろって言った覚えは無いわよ!?」
「ぶっ、あはは!」
言うだけ言って去って行ったチビと、叫ぶリーリカ。それを見たカーナはけらけらと笑う。
「いやあ、楽しくて良いね。いつでも笑いに満ちてそうで」
「そりゃどうも」
……ま、うじうじしてても気が滅入るだけだしね。
ぐだぐだ考えて脳を使用して無駄な労力にお腹を空かせるよりも、楽しく笑って腹を空かせる方がずっと良い。それが院長先生の判断だった。
だからこの孤児院の子供達は皆、明るく元気な子供で居られる。
「ところでリーリカ」
「何?アタシはあげないわよ?」
「それは良いよ。俺が貰われれば必然的にリーリカを得るも同然なんだし」
「……アタシが無知過ぎた結果の指輪についてを引きずってんじゃないでしょうね」
ジト目になったリーリカの言葉にカーナは一瞬目を見開いて、直後に楽し気なニヤリとした笑みを浮かべた。
「さあ、どうだろうね?」
口元を隠すようなその右手の薬指には、相変わらずリーリカが贈った指輪がキラリと輝いている。もっとも口元を隠すというよりも、指輪を見せつけるような仕草だったが。
「アンタの冗談、アタシでもわっかんないわ」
「あはは」
笑うカーナに、はぁ、とリーリカは溜め息を吐く。
「それでリーリカ、これ」
「え?っと、とと」
ぽいっと渡された包みを落とさないよう、リーリカは受け止めた。それは先程のクッキーが詰められた袋からカーナが取り出していた一つ。
「それ、リーリカの分ね」
「……さっきこれだけ取り出してたの、この為?」
「うん。先に確保しておいた方が気楽でしょ?」
「ま、それもそうね」
……あのチビ共に任せてたら、一つ二つくらいなら誤差って言って盗み食いしてるかもしれないし。
神が見てる可能性が高い、というか実際に神が居る教会で盗み食いとは。
しかし実際時々盗み食いが発生する為、リーリカは思い出して溜め息を吐く。幼少期にリーリカ自身も時々やったので、どうにも責められない。
「にしても一回教えただけでカーナが手作りに嵌まるなんてね」
言いつつリーリカは包みを開き、驚愕に目を見開いた。
「はあ!?ちょ、アタシが教えてないクッキーばっかじゃない!ジャムクッキーとか教えてないわよ!?こっちは絞り出しクッキーだし、サブレにラングドシャまで!?アンタ店でも出す気!?」
「作り始めたら興が乗って止まらなくなっただけなんだけど、そこまで言う?」
「バラエティパックじゃないほぼ完全に!」
「駄目だった?」
「嬉しいけど!教えた以上の成果を出されると先生役としては複雑!」
……ただでさえ勉強会じゃ足引っ張りっぱなしでお世話になりまくってるのに!
お菓子作りですら上にいかれてはどうにもならない。
……まあでも、友人枠って謎にオールマイティーだったりするものね。
ならまあそんなもんか、とリーリカは納得した。そもそもカーナ自体結構ハイスペックなので今更でもあるとなったのだ。
「にしても、一回作っただけのはずよね?で、二回目でこんなに作ったの?それもこんなに美味しそうなやつを」
「リーリカと作ったのが楽しかったから、本を読んだんだ。次にまた一緒に作れたら、って思ってね」
カーナは照れ臭そうにへらりと笑う。もっともリーリカにはそう見えるとはいえ、他人からすれば照れ臭そうかどうかなどわからないレベルの変化だろうが。
「でも色々あって面白そうで、つい作っちゃった。味見もちゃんとしたから、味にも問題は無かったよ」
「カーナって、本当にハイスペックよね……」
……こういう時、一回作れたからって調子に乗って色々変な物混ぜ込むっていうアレンジによるポイズンクッキングをしそうなものなのに。
しかし見た目も香りも良くて、見ているだけで唾が出て来るくらいには美味しそうだ。
「まあ」
ぽつり、とカーナが控えめな声でしみじみと言う。
「一人で作るのもついつい興が乗るくらいには楽しかったし良かったけど、やっぱりリーリカと一緒に作る時の方が楽しかったかな」
「うわっ、このクッキー本当に味まで良いわね。めちゃくちゃ美味しいじゃない。アタシの立つ瀬がないくらいにはレベル高いわよコレ。材料の品質とかそういう問題でも無さそうだし」
「聞いてる?」
「え?」
カーナの問いに、リーリカはきょとんとした顔を返した。
あまりにも美味しそうだったので思わずクッキーを齧り、結果その美味しさに驚いていたリーリカはまったくもってカーナの話を聞いていなかったのだ。それを察したカーナは眉を下げて溜め息を吐く。
「聞いてないね」
「ごめん、何か大事な事言ってた?いやでも本当に美味しいのよコレ」
「俺が作ったんだからわかってるよ、それは。適当に作ったりしてないし、仮に中途半端なものが出来たら自分で食べるし。リーリカにあげるものを中途半端に終わらすわけないだろ」
「どういう意味?」
「リーリカ、そういうとこ」
「だからどういうとこよ」
……時々言うけど、そういうとこって本当にどういうとこよ。
リーリカは怪訝そうに眉を顰めながらそう思う。
「ま、良いや。アピールが通じない事前提で外堀から埋めてるわけだし」
「?」
とても小さな声で紡がれたその言葉は、生憎とリーリカの耳には聞き取れない音量だった。
「何か言った?」
「独り言だから気にしなくて良いよ。それよりも、口に合ったみたいで良かった」
「……まあ、そうね。凄く口に合うわ、これ」
薄く微笑むカーナの笑顔の裏に何かを感じたが、まあ大した事ではないだろうと判断してリーリカはそう答える。
「凄く良い出来だし、可能ならミサの日の早朝に来て欲しいくらいだわ。もしくは前日に泊まって行って欲しいくらい。これだけ作れるなら即戦力だもの」
「即戦力?……ああ」
カーナは首を傾げ、すぐに前の会話を思い出して納得したように頷いた。
「大量に作って配るって言ってたもんね」
「そう。他の子も手伝ってはくれるけど、チビ達はサボったりつまみ食いしたりするからあんまり意味がないのよね。同年代の子や年上の子は手の掛かるチビやまだ誰かがついてないと駄目なチビの世話とか、準備の手伝いやらで忙しいし」
「ふぅん」
じ、とカーナは静かにリーリカを見つめてうっすらと口角を上げる。
「じゃあ、次から来ちゃおうかな」
「えっ、本当に?真に受けるわよ?来なかったら何で来なかったのよって一方的に責めたりだってするわよ?」
「リーリカって意外と冷静に自分を把握してるけど、一番重要だろう部分ではそれが働かないよね」
「何の話?」
「俺に都合が良い話」
その言葉の意味がまったくもって理解出来ず、リーリカの脳内は一瞬疑問符で埋め尽くされた。
「まあでも、本気なのは事実だよ。心配なら前日から泊まりに来るけど」
「本当に?良いの?貴族の長男でしょ?」
「母さん達もリーリカの人となりは知ってるから大丈夫。教会のお手伝いなら拒否する理由も無いだろうしね」
「やったあ!」
カーナのお泊まり、クッキー作りの戦力確保、それらに喜んだリーリカは思いっきり万歳して飛び跳ねる。けれどすぐに頭を振って咳払いをし、真面目な顔で口を開いた。
「ん、んんっ……教会だからって、そうも強い理由になるかしら」
「教会の奉仕活動への協力、っていうのは貴族としては重要なんだよ。何なら支援金も出そうってなるかもね」
「え、お金は本当に助かるけど、え、それって大丈夫なの?」
「教会に支援してるっていうのは、家の評判を良くするからね。打算ありきだから大丈夫」
「なら、良いの、かしら?」
首を傾げてうーんと唸るリーリカに、カーナはくすりと微笑む。
「一番の理由は、俺がリーリカと一緒にまたクッキーを作りたいから、なんだけどね。それじゃ理由としては駄目?」
「いいえ、全然!一緒に作るのが楽しいのは事実よね!」
「そうそう。だから気にしなくて良いよ。将来俺が継ぐ予定の家でもあるからこそ、評判をより良くしたいっていうのも一応事実だし。必要な投資だから、気にしないで」
「……本当に友達料とかじゃないわよね?」
リーリカは怪訝そうな目でカーナを見上げた。
「アタシそういうの求めてないわよ」
「俺だってそんなのを求めて来る友達は求めてないから大丈夫」
「むぅ……」
へらりと微笑んだカーナに頭をぽんぽんとされ、リーリカは腑に落ちないと唇を尖らせた。
「友達料じゃなくて、先行投資みたいなものだし」
「予知能力の?」
「俺、今日の予知は何だったかなんて聞いた事ある?」
「無いわ。あ、家の評判をあらかじめ良くする為か。さっきそう言ってたものね」
「リーリカは本当にリーリカだよね」
「どういう意味よ」
「そういう意味」
リーリカがじろりと睨むもカーナはぼんやりとした笑みしか返さないので、溜め息を吐いて不問とした。カーナの言葉にいちいち反応しても仕方が無い。
「……ま、良いわ。良いとしましょう。カーナはちゃんと指示に従ってくれるから、一緒に作ってて楽しいし」
「指示に従わない人とだと楽しくないの?」
「無駄が多くてイライラするの。時間も無くなるし。カーナは飲み込みが早いし、あっという間にアタシのレベルも越えてたしで文句は無いわ」
「リーリカのレベルは超えてないと思うけど」
「これだけ沢山のクッキー作って何言ってんのよ。アタシは材料とか効率とか量とかの問題があるから、こんなにも色んな種類のクッキーを作ったりなんて出来ないわ。作った事が無いクッキーも多いし。充分にアタシより上じゃない」
当然の事を当然としてリーリカがそう告げれば、カーナは眩しいものを見るかのように紺色の目を細めて口角を上げていた。
それは微笑んでいると言えるのだろう。けれど何となく、笑っているというよりは目を細めて口角を上げているという表現が合っているような笑みだった。
「そう言ってくれるから、俺はリーリカが大好きなんだよ」
「あら、アタシも好きよ。大親友だもの」
「うん。大親友、だもんね」
キリキリカチャカチャ。
「今はまだ」
カーナのその小さく囁くような声はどこからともなく聞こえて来る歯車の音に掻き消され、リーリカの耳には届かなかった。




