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リーリカは回避しようとした



 登校して早々、リーリカはカーナに言う。


「今日アタシ学校サボるわね」

「え、来ておいて?」

「ええそうよ来ておいてよ!だって!だってもう限界なんだもの!」

「よしよし」


 わっと叫ぶリーリカの頭を、カーナはいつも通りのテンションで優しく撫でた。


「まず何でサボろうってなったの?リーリカは特待生だからこそ、サボったりするとあんまり心象良くない事になりかねないけど」

「わかってるわよ!」


 暗にそういう事すると特待生であっても退学になるんじゃないのかと言われている事だって、リーリカはちゃんとわかっている。


「でも!何としてでもあの野郎と会話して潰さないと気が済まない!」

「会話って潰し合うものだったっけ?」

「天敵の場合はそうなるわ」

「そっか」


 カーナは納得したのかよくわからない顔で頷いた。


「そもそも学校サボってまで何を話したいの?」

「……アイツが敵って話よ」


 ……アタシ一人が相手なら、ボロを出すかもしれないもの。


 リーリカは一诺(イーヌオ)に強い敵意を持っている。

 そして同時に一诺(イーヌオ)もまたリーリカに強い敵意を持っているのだ。ああも敵対的な言動や態度を取られればどんな鈍感な人間だってわかるだろう。つまりはお互いがお互い、相手を天敵だと認識しているという事。

 必然的にお互い口が悪くなり敵意ある言動になる為、ボロが出やすくなるだろう。


 ……そう、一诺(イーヌオ)の口から分家の刺客だって言わせる事に成功すれば、お姉様を救う足掛かりになるわ。


 そういう情報を集めて証拠を確保し、確実に一诺(イーヌオ)をナージャから引き剥がす。

 だって全てはあの男のせいだ。刺客であるあの男が居るからナージャがあんな酷い目に遭う。誘拐イベントなどシナリオ内でどれだけあった事か。本来護衛が居ればどうにかなる誘拐が発生するというのは、間違い無くあの男が手配したという事なのだろう。

 そうじゃなければ、あの男が居ない時は常にラーザリやアデリナなどが周囲に居るナージャが誘拐されるとは思えない。


 ……誘拐犯、皆分家の関係者だったり分家に頼まれての誘拐だったりするものね!


 刺客である一诺(イーヌオ)が何か細工をしているとしか思えない。

 内部に居るからこそ出来る細工などがあるのだろう。意図的に席を外した瞬間に誘拐させる、だとか。何ならそこで助けてより一層ナージャが一诺(イーヌオ)に依存するよう仕向けるというマッチポンプ的クズの発想を実行している可能性もある。


 ……そんな事、許せるはずがないじゃない。


「……ま、リーリカがそうしたいなら、俺はそれで良いと思うよ。正直言うと今日じゃないと駄目なのかなとは思うけど」

「今日じゃないと駄目なの」


 ……だって、今日視た予知で、お姉様はどこかの倉庫に拘束されて転がされてた。


 絶対では無い未来予知なので言う気は無いが、その未来は回避したい。

 だが、だからこそ一诺(イーヌオ)と話をしに行くのだ。話をしに行くと言っても応じてはくれないだろうから、ナージャを迎えに行くタイミングで待ち伏せをして。どのタイミングで来るかがわからないからこそ、今から待ち伏せすればどうにかなるはずだ。

 そう思うリーリカの真面目な顔を見て、カーナは溜め息を吐いた。


「じゃ、仕方ないね。でも」

「でも?」


 カーナはいつも通りの、けれどいつもより少し据わっているように見える半目で言う。


「リーリカは予知が出来るからこそ、魔法が使えなくても特例でこの学園に通う事が出来てる。変にサボれば最悪退学。俺はリーリカと一緒に学校生活を過ごしたいから、それは嫌だ」

「……つまり、駄目って事?」

「サボるなら丸一日じゃなくて、最後の授業だけサボれって事」


 思ってもみなかったカーナの言葉に、リーリカは目をパチクリさせた。


 ……思ったより協力的っていうか乗り気っていうか……カーナもサボったりが楽しい年頃って事なのかしら。


 リーリカは特に好きでサボるわけでは無いのだが、年頃からすればそういうものなんだろう。死ぬ前は大学に入学したばかりだったリーリカは年上目線でそう思った。

 もっとも一緒に学校生活をという部分に関しては、友人枠だからこそのセリフだろうなと完全にスルーしてしまっていたが。


一诺(イーヌオ)はさ、ずっと待ってるのは姉さんに禁止されてるんだよね。姉さん、そういうの気にしがちだから。禁止っていうか注意みたいなものだろうけど……それ以来、一诺(イーヌオ)は終了時間を計算した上で迎えに来てる」

「…………ごめん、アタシそれ聞いてもいまいち意味がピンと来ないんだけど」

「要するに姉さんが最後の授業受けてる頃に屋敷を出て迎えに来て、終わるちょっと前に校門前に到着して、それから待機してるって事。だからどれだけ待ち伏せしたとしても、最後の授業前後にしか遭遇出来ないと思うよ」

「成る程、だから最後の授業だけサボるってわけね」


 ……確かに、それまでの待ち時間が無駄になっても困るわ。


 ファンタジー特有の授業が楽しいのも事実だし、孤児院のチビ達によく授業の話をねだられてもいるからこそ正直あまりサボりたくもなかった。教師からの心象的な問題だってある。

 けれど、最後の授業だけをサボるのであればやむを得ない用事としてお目こぼしが貰えるかもしれない。


 ……事実、お姉様を誘拐する為の手助けをさせない為、かつ証拠を手に入れる為っていうやむを得ない用事だし。


「で、ノヴィコヴァ家の場所はわかるよね?」

「ええ」

「ここからノヴィコヴァ家までの道も」

「……いつも歩く道なら覚えてるわ」

「うん、それで良いよ。一诺(イーヌオ)もその道を通るだろうし。で、途中で人気(ひとけ)が無い場所あるよね。橋のとこ」

「あるわね」

「待ち伏せして話し合うならあそこが良いよ」

「アタシが暴言吐くから?」

「いやそれは知らないけど……まあ、確かに両方口が悪くなりそうだから、人が居ないのは好都合か。ただ理由としてはあそこ渡らないと遠回りになるから、時間を計算してる一诺(イーヌオ)は多分そこで待ち伏せしてるリーリカを見たとしても避けないと思うって事。他の道だと効率優先で多分避ける」

「……ねえ、カーナ」

「うん?」


 顔を上げたカーナと目を合わせながら、リーリカは言う。


「アンタ何でそうも詳しいわけ?」


 ……こうも詳しいって、あの男をストーキングでもしてないと無理じゃない?


「詳しくちゃ駄目?」

「……ま、良いわ。助かるのは事実だもの」


 こてんと首を傾げた仕草に、抱いた疑問はまあ良いかとポイ捨てされた。


 ……そもそもカーナって確証は無いけどかなりのシスコンじゃないか説が濃厚だったから、お姉様やその周辺にやたら詳しくても違和感はないのよね。


 主人公に色々な情報をリークしてくれたりする友人枠がカーナなのだ。大体の恋愛ゲームでは友人キャラが攻略対象の個人情報を握っていたりするので、詳しくてもそういうものなのだろうと思えてしまう。

 そう思いつつ、リーリカは最後の授業だけをサボる気で席に座った。





 カーナの助言通りに、リーリカは橋で一诺(イーヌオ)を待つ。気分は武蔵坊弁慶だ。中央で仁王立ちしているので本当に武蔵坊弁慶の気分。

 正直言って暇潰しも無いので一分一秒が物凄く長く感じられ、よくまあ千人相手に待ち続けるなんて気長な事が出来たなと武蔵坊弁慶への尊敬が湧き始めてきた。


 ……来たわね。


 最後の授業前にそそくさと出てきて、ここで待機していた甲斐があった。

 前方から一诺(イーヌオ)がやって来て、リーリカを認識した瞬間酷く嫌そうに顔を顰める。その顔が見れただけで胸がすくような気もしたが、別に嫌がらせが目的では無いのだ。

 目的はただ一つ、一诺(イーヌオ)が敵だという証拠を得る事。


「待ちなさい」

「……何か御用でしょうか」


 普通に橋の端を通り抜けようとしやがった一诺(イーヌオ)に対しリーリカが呼び止めると、面倒くさいと言わんばかりに目を細めただけの笑みを浮かべる。公式サイトのキャラクター紹介でよく見た、胡散臭い笑顔だ。


「アンタに話があるのよ」

「そうですか。私にはありません」

「アンタの意見なんかに興味無いわ」


 リーリカの言葉に、一诺(イーヌオ)の目元が一瞬ピクリと動いた。それはもう苛立ったのが一目でわかるような動きだった。


「アタシが聞きたいのは、アンタは何者なのって話よ」

「おや、そんな事ですか」


 一诺(イーヌオ)はお手本のようにニッコリとした、けれど胡散臭さが全力で滲み出ている笑みを浮かべる。


「それは大変申し訳ありませんでした。まさか私がナージャ様付きの使用人である事すら理解出来ない程脳みそが足りていないとは思わなかったものでして。流石は予知能力だけで入学した特待生様ですね。頻繁に勉強会を開いていながらも成績はいまいち向上していないと伺っていましたが、そこまでとは。勉強に精を出さずナージャ様に余計なちょっかいを出そうとしているからその程度の事も理解出来ないような頭の作りになるのでは?」

「あ゛?」


 リーリカが今まで一度も出した事が無いレベルで低い声が喉の奥の方から出て来た。

 しかしそれも無理はない。ニッコリとした笑みを浮かべながら、一诺(イーヌオ)がつらつらと嫌味な事を言って来たのだ。不俱戴天の敵とも言える相手にそんな事を言われて、実際沸点自体があまり高くも無いリーリカがキレるのは当然だった。


「……あのね、アンタが使用人なのはわかってるわよ。酷く不愉快だし認められないし、事実じゃないとしても、嘘では無いわけだし」

「事実ですが」

「アタシが聞きたいのはそういう表じゃないの」


 一诺(イーヌオ)の言葉に被せるようにして、嫌味への苛立ちに目元をピクピクさせながらリーリカは言う。


「アンタ、どこからの回し者?」

「……何の事を仰っているのかわかりませんが」

「本当に?」


 一诺(イーヌオ)は黙った。


「お姉様の敵じゃないって、言い切れる?」


 口を噤んだまま、一诺(イーヌオ)は薄く目を開く。それはもう、リーリカを睨むかのように。

 遠くでロマーシカ魔法学校の最後の授業が終わったと知らせる、鐘の音が響いていた。


「アタシはアンタを敵だと思ってる。アタシの敵でお姉様の敵。お姉様に悪影響しか及ぼさない悪」

「……随分な言いようだな」


 先程までとは違い低めの声で、一诺(イーヌオ)はそう言った。

 その顔に笑みは無く、その目は鋭くリーリカを睨みつけている。その目にも周囲の空気にも、敵意が滲み出ている事は明らかだった。


「あら、本性出したの?」


 護衛も兼ねていて、得意分野では無いとはいえまったく魔法が使えないリーリカとは違って一応魔法が使える一诺(イーヌオ)

 大人と子供。男と女。

 一対一で敵対するには荷が重いが、リーリカはそんな事言ってられなかった。

 だって、大事なナージャを酷い目に遭わせる存在なのだから。

 コイツが居なければナージャは自由になれる。コイツが居なければナージャは酷い目に遭わずに済む。コイツが居なければナージャを救う事が出来る。

 普通ならまともに立っている事も出来ないくらい恐怖を覚えるだろうが、ナージャの為だと思えば負ける気なんてしなかった。


 ……お姉様の敵である男に、アタシが負けるもんですか。


 一诺(イーヌオ)はあからさまにイヤそうな顔で、疲れたように溜め息を吐く。


「貴様相手に敬う言葉を用いる理由が無い。上っ面ですらもな。無駄話に時間を潰す気は無いんだ」

「あらそう、でもアタシからすれば無駄じゃないわ。親愛なるお姉様の為にも、アンタが清廉潔白であるかどうかは重要よ。そうじゃないなら許さないし許せない。そんな人間がお姉様の側に居る事が、許せると思うの?」

「俺としては貴様の方こそ本当に清廉潔白と言えるのかが疑問だが」

「アタシは清廉潔白よ。お姉様への最早崇拝に近い感情しか無いわ」

「ハ、随分と押しつけがましい崇拝のようだがな」


 鼻で笑われ、リーリカは背後で感情制御の為として拳を握っていた手に力が入り過ぎて血管がビキリと浮くのを感じた。


「前に言わなかったか?貴様がしつこく付き纏うせいでナージャ様が辟易していると」

「どこかからの刺客かも知れない不審の権化みたいな誰かの言葉じゃ信用性が無さ過ぎるのよね。お前に言われてはいそうですかと納得出来るわけないでしょ」

「……ふぅぅぅぅぅ……!」


 一诺(イーヌオ)一诺(イーヌオ)で相当苛立っているらしく、獣の唸り声のような溜め息を吐いた。


「貴様、いい加減に無意味な水掛け論をするような時間は俺には…………、っ!?」

「?」


 言い切る前に一诺(イーヌオ)は突然ロマーシカ魔法学校の方へと視線を向け、驚愕したように目を見開いて言葉を失う。


「……ナージャ様……!」

「は?あっ、ちょっと!」


 一诺(イーヌオ)は端の縁に手を掛け、ジャンプでそこに飛び乗ってそのままリーリカの横を通り抜けて橋を渡り切った。


「敵前逃亡する気!?」

「黙れ足止め!貴様が時間を奪ったせいだろうが!」

「っ!」


 酷く険しい顔で、一诺(イーヌオ)は牙を剥いた獣のようにリーリカへとそう叫んだ。そのあまりの剣幕に、追いかけようとしたリーリカの足が思わず止まる。

 一诺(イーヌオ)は振り向く事すら無く、凄まじい勢いで走って行った。


 ……どういう事?


 突然態度が豹変した一诺(イーヌオ)は、酷い焦りを見せていた。


 ……まさ、か。


 今日視た予知で、ナージャは誘拐されている様子だった。

 ナージャはおっとりして控えめで素敵な人だ。そして優しいからこそ、一诺(イーヌオ)がいつものように校門前に居なければ心配になって学校の敷地内から出るだろう。敷地内から出れば結界の範囲外になる為、誘拐が可能となってしまう。

 そして一诺(イーヌオ)はリーリカがプレイした無印版ゲームでは結局不明のままだったが、何らかの何かでナージャの動向を把握している事は確定している。


 ……まさかアタシがお姉様を誘拐させまいとして主犯の可能性が高いあの野郎を足止めしてた結果、無防備になったお姉様が誘拐された?


 否、とリーリカは首を横に振る。

 それもあり得るかもしれないが、結局一诺(イーヌオ)が隙を意図的に作る必要が無くなったという事なのだろう。この場合重視すべきは一诺(イーヌオ)では無く、一诺(イーヌオ)と共謀しているだろう分家の息がかかった誘拐犯だった。


「ああ、もう!」


 ……あの野郎、まさか囮までやってのけたって事!?


 いいや、あの焦りようからすれば違うだろう。

 恐らくは一诺(イーヌオ)が助けるというマッチポンプ前提の誘拐作戦。その為、少しでも計画に狂いがあってはならないとして出たに違い無い。一诺(イーヌオ)が分家からの刺客でありラスボスであると知っているリーリカには、そうとしか思えなかった。

 しかし何はともあれまずはどうにかしてナージャを誘拐犯達から救わなければと思うリーリカの背に、聞き覚えのある声が掛けられる。


「あれ、何をしてるんですか~?」

「ゴーシャ!」

「え、あ、はい、ゴーシャですがぁ……?」


 そこにはゴーシャが立っていた。完全に下校時らしい。


「今日は授業が早めに終わったので少し寄り道をしていたところなのですが、何かあったのでしょうかぁ~……」

「そうなのよ今一大事っていうかああもう!ゴーシャ今すぐ一緒に来てちょうだい!アンタ氷魔法得意って言ってたわよね!?」

「確かに言いましたけどぉ……」

「なら良し!」

「あわわわわぁ~」


 リーリカは何も理解出来ておらず困惑気味なゴーシャの肩をガッと掴み、引きずるように駆け出した。駆け出されてはどうしようもないからか、肩を掴まれたままのゴーシャもわたわたとついてくる。


「ゴーシャ、アンタ前に会ったとも言ってたわよね!お姉様に!」

「どちら様でしょうお姉様ぁ」

「青髪で女神みたいに美しい人よ!」

「ああ、あの貴族ですねぇ。具合が悪そうでしたがカーナのように睨みつけても来なかった優しそうな人なのでぇ、是非ともゆっくりお話をしたいと思いましたね~」


 走りつつ、ゴーシャはいつも通り独特の間がある喋り方でそう言う。


「まあその分、護衛の方が物凄く怖かったのですがぁ」

「その!お姉様が!誘拐されたのよ!」

「そ、それは一大事ですね……!?」

「そうよ一大事よわかったなら助けるのに協力してあともうちょっとまともに走って!」

「これはリーリカが引っ張っているからですけどぉ、出来るだけ頑張ります……!……ところでぇ」

「何!?」

「どこに行くべきとかわかるんですか~?」


 ゴーシャの言葉にリーリカはピタリと停止した。


「……多分、どっかの倉庫」

「物凄く曖昧ですが、一体どんな根拠でぇ……?」

「そこは間違い無いはずなのよそこは!」

「倉庫まで特定出来ている事に驚くべきか、もう少し具体的に場所を特定出来そうな場所が無いのかとツッコミを入れるべきか……僕はどちらを選択すべきなのでしょう~……」

「今そういう話してない!」


 ……いやでも、八つ当たりしてる場合じゃないくらいには普通に困るわ……!


 原作シナリオでもナージャが誘拐されるルートはあったはずだ。救助に成功すると、一緒に助けに行ったキャラとの好感度が上がるというイベントである。

 その時はどうやって特定したかを思い出そうとするリーリカの耳に、またもや聞き覚えのある声がした。


「見ーつけた」

「ぎゃあっ!?」


 突然暗くなった視界と目を覆う温もりに悲鳴を上げるを、背後からクスクスという笑い声が聞こえた。


「リーリカ、隙だらけだったね」

「カーナ!」

「うん、カーナだよ」


 目を塞いでいた手を外せば、背後にはカーナが立っていた。


「ちょっとこっちでも色々あったから、とりあえずリーリカのとこに連れて来たんだ」

「色々って、こっちだって色々あったわよ!それも緊急性が高いやつ!」

「うん、そう思って。でも俺はあんまり自主的に動く気は無いから、リーリカの意思に従おうかなってさ」

「は?」

「ん」


 カーナが親指で後ろを指したので見てみれば、そこには赤いマフラーをたなびかせるヴァレーラが居た。その左腕に胴をホールドされる形でヴァレーラの脇に抱えられているのは金髪とカモミールのピアスからしてラヴィルだろう。

 体勢のせいかその体勢になる何かがあったのか、ラヴィルは白目を剥いていた。


「……ちょっとよくわかんないわ」

「要するにラヴィル先輩からのリークがあったって事」

「そう!」


 白目を剥いていたラヴィルはハッと意識を覚醒させて顔を上げた。


「そうそうそうなんだよ僕からのリーグがあったの!」

「連盟が何だ」

「ちょっとそこのボケ二人は黙っててくれないか?」


 基本的に気長なカーナも時間が無いと判断しているのか、素でボケるラヴィルに素でボケを重ねたヴァレーラに対してそう言った。


 ……うん、攻略対象であるこの三人、基本的にボケなのよね……。


 ヴァレーラもラヴィルも、そしてゴーシャもボケ寄りだ。ボケというか天然と素直に時々馬鹿がフレーバーとして混入している感じ。

 基本的に素直である二人は、カーナの言葉にきゅっと口を噤んだ。


「とりあえず端的に説明すると、ラヴィル先輩が親の会話を聞いたらしい。姉さんを誘拐してどうのこうの、ってね」

「そう!そうっぽいのよアタシが判断した限りでも!っていうかアタシ予知でもお姉様が誘拐されてるの目撃したし!だからこそあの野郎にボロを出させればどうにかなると思ったのにあの野郎!本当に関わると碌な事が無い!」

「うーん……」


 カーナは酷く小さい声で、ぼそりと呟く。


「客観的に見てるとブーメランな気がするけど、まあリーリカがそう思ってないならそれでも良いかな」

「?」


 それは本当に蚊が囁くような声で、リーリカの耳には届かなかった。


「……カーナ、今何か言った?」

「言ったけど気にしなくて良いよ」

「そう?」


 ……とりあえず、カーナが良いって言うなら良い……のよね?


「って、それどころじゃない!お姉様は!?お姉様の所在地!場所!どっかの倉庫って事はわかってるのよどこの倉庫!?」

「あっち!」

「どっち!?」


 ……指差されてもアタシにわかるわけないじゃないアタシ地図読めないのに!


 ラヴィルが指差した方はあまり治安が良くないとかで、教会の院長先生達が行かないようにと言っていた方向だった。


 ……ええい、でも、行かなきゃお姉様を助けられないし、女は根性!


「よし、行く!」


 駆けだそうとした瞬間、ガッとカーナの手がリーリカの肩を掴んで止めた。


「うん、まずは俺が先導するからそれについてきてね。全員」


 全員と言うカーナの言葉は、低かった。いつもよりジト目に近い半目で、カーナはリーリカ含めた全員を見る。


「絶対お前ら迷子になるから」

「俺はうっかり道を曲がるのを忘れるだけだ!」

「僕はちょっと体力が無いだけだよ!別に目的地に行くくらいは出来るんだからね!」

「初対面だらけで肩身が狭い気がする僕は一応ちゃんと最終的には目的地に到着出来ますよ~?うっかり寄り道をしてしまう事はありますがぁ」

「アタシは迷子になりやすいからノーコメント」

「どうしてお前らは自分の短所を把握しているのにリーリカみたく受け入れようとしないんだ……」


 カーナは既に疲れたような溜め息を吐いた。


「ま、良いや。良いからついてきて。場所はもうラヴィル先輩のお陰でわかってるし。はぐれたらもう捨ててくからそのつもりでね」


 言うが早いか、カーナはタッと駆け出した。リーリカを含めた全員が慌てて紺色の髪を揺らすその背を追いかける。


「って、いうか!ヴァレーラ先輩とラヴィル先輩はいつどこで仲良くなったわけ!?」

「ついさっき!」

「ああ!ついさっき初対面で多分仲良くなったぞ!」


 ……流石勢いだけのヴァレーラ先輩と人見知りしないラヴィル先輩なだけはあるわね……。


「あとカーナが言ってた色々って何!?」

「ヴァレーラ先輩がまた謝罪に関する作戦会議をしに来たけど作戦案考えるリーリカが居ないから、とりあえず適当にテスト範囲とか話してたんだよね」


 確かに作戦会議はよく三人でしているものの、カーナはあくまでリーリカの付き添いというようなポジションを維持している。微妙な案に鋭い指摘を入れる事こそあれど、自分から案を出したりはしないのだ。


 ……適当って言いながら留年までしてる先輩にテスト範囲聞くって、適当どころか結構作為的のような……。


 しかし本来お互い知識を高め合うはずの勉強会で九割以上カーナに教えられている身として、リーリカは何も言えなかった。カーナが教えてくれるテスト範囲によりどうにか乗り越えている部分が大きいのは事実である。


「そしたらラヴィル先輩が来て、今日不穏な会話を聞いたから姉さんをじっと見てたら姉さんが誘拐されたって言って、聞いた不穏な会話についても教えてくれたから、これはまずリーリカに報告かなって」

「……そこ、アタシに報告なのね?すぐさまお姉様を助けに行くんじゃなくて」

「勝手に助けに行くより、リーリカも一緒の方が良いかなって思ったから。どうせ姉さんが捕まってるとこに行くまでに数分の誤差しかないし」

「そう、ありがとう。確かにそこで仲間外れにされたら怒ってたかもしれないから、礼は言っておくわ」


 緊急性がある分ナージャを一刻も早く助けて欲しいという気持ちはあるが、出来るなら自分がその中に居たい。カーナはそれをくみ取ってくれたのだろう。

 それがただの友人としてか、リーリカの親友としてか、それともシナリオに従ってのものかはリーリカには一切わからないが。





 五人で駆けつけた時には、既に終わっていた。

 誤差は数分程度のはずなのに、倉庫の扉は思いっきり壊されていた。周辺には誘拐犯だろう男達が呻きながら転がっている。


「……ぅ、ぐ……」

「ぃ、い、っ……」


 見た感じ、まともに会話は出来なさそうだった。


「…………全員、屋敷で見た事あるよ。僕が居る分家の方で」

「分家とはいえ仮にも貴族なのにこうもチンピラっぽいのをか?正気か?貴族は噂で結構立場が左右されるんだぞ。おかしな奴らと付き合いがあると噂されたら交渉相手が減るだろうに」

「姉さん泣かせて接触禁止出された人とは思えないまともな意見だな」

「止めろあの時の事を後悔したからこそそういった事を頭に叩き込んだんだ!」

「え、いや、今のは純粋に称賛のつもりだったんだが」

「なら良し!」


 ……もっと酷い人間だと思ってたって意味だと思うけど、良いのかしら。


 まあヴァレーラが良いなら良いか、とリーリカはスルーする事にした。


「……ぶ……の、ぃ……が……!」

「!」


 そして聞こえた声に、目を輝かせる。


 ……今確かに、分家の犬がって言ったわね。


 分家の関係者だからこそ、一诺(イーヌオ)が分家の刺客だという事を知っている可能性が高い。けれど大分大ダメージというか、血は出ていないが気絶寸前という状態。

 流石にそんな相手にビンタを食らわせて叩き起こし詳細を聞く、などという事は出来やしない。


 ……でも、今のはとても重要かつ必要なワードだったわ。


「…………何をしている」


 中から、とてつもなく低い声がした。視線を向ければ、気絶しているのか眠っているのかわからないが、意識が無いナージャを抱き上げている一诺(イーヌオ)が立っていた。


 ……ハ?コイツ何お姉様をお姫様抱っことかしてるのよ羨ま恨めしい。


 うっかり本音が漏れたが、やはり一诺(イーヌオ)への敵意としてその感情は着地した。

 微笑んでいるように見える胡散臭い目の細め方では無く、敵に対するような鋭く細められた黒い狐目。誰にも渡さないとでも言うようにナージャを抱く腕に力を込めた一诺(イーヌオ)は、ギロリとリーリカ達を睨みつける。


「ここは学生が遠足に来るような場所では無いはずですが」

「あ、アタシ達はお姉様を助けに!」

「邪魔臭い遅いそもそも貴様が足止めしたせいでこうなったんだろうナージャ様に余計な心労を掛けさせるなと何度言えばわかる蠢材(トゥュンツァィ)!」


 ガルルルルルと威嚇されるかのように牙を剥き、一诺(イーヌオ)はリーリカに対し早口でそう言い放った。


「そもそも、何だこのメンバーは。ナージャ様の弟であるカーナ様とパトソールニチニク魔法学校の生徒らしきそこのゴーシャ・ボーンは構わない。しかし俺を足止めした貴様に接触禁止を言い渡されているはずの二名が居るという事が理解出来ん」

「ラヴィル先輩が家で聞いた事をアタシ達に教えてくれたからアタシ達は駆け付ける事が出来たのよ!ヴァレーラ先輩だってお姉様を一緒に助けようとしてくれて」

「間に合っていない駆け付けに何の意味がある」


 仮にも主の一人だろうカーナが居るというのに、一诺(イーヌオ)は不機嫌極まりない様子を露わにしてそう言う。


「……あの、何ですかぁ?」

「いやちょっと、あの使用人はこう、ちょっとな……」


 背後では一诺(イーヌオ)に怯えるヴァレーラが何もわかっていないゴーシャの背に隠れていた。


「大体、そこの分家の三男が教えてくれた?つまり知っていたという事だろう。事前に伝える事はしなかったのか。事が起きてから報告したのか。そもそも貴様の親が当主である分家の関係者がここに転がっている奴らだ。本家羨ましさという勝手な理由で、ナージャ様をこんな目に遭わせたのは貴様の責任だろう」

「ぼ、僕?」

「ラヴィル先輩は関係ないじゃない!」

「分家という関係以上に関係ある存在が居ると?」


 そう言う一诺(イーヌオ)の目は、いつも以上に死んでいた。死んでいるというよりも、敵意と殺意に満ちているかのようだった。


「待て貴様!」


 その時、ヴァレーラがゴーシャの背後から出て叫ぶ。


「そこのラヴィル・ノヴィコヴァは確かに分家だが、ラヴィル・ノヴィコヴァがやらせたわけじゃないだろうが!」

「黙れ接触禁止。俺は貴様がナージャ様のぬいぐるみを取り上げ泣かせた事を忘れはしない。大方貴様はここで助ける事であわよくば好印象、もしくは対価として接触禁止を取り下げさせようとしたのだろうが、そんな事があり得ると思うのか。貴様が許される事などありはしない」


 完全に言い負かされたヴァレーラは小さな声で「やっぱり怖過ぎるぞあいつ……」と呟いて再びゴーシャの背に隠れた。ゴーシャはよくわからないという顔でとりあえず壁になっていた。


「……とにかく、今はナージャ様の保護が最優先だ。そこを退け。ナージャ様が誘拐されたという事実を今の俺は許せそうにない。誘拐の関係者である分家三男も、そして誘拐される原因である俺の足止めをしたそこの貴様もだ」

「リーリカよこの野郎」

「貴様の名に興味は無い。貴様に名を呼ばれる気もない」

「それは同意見だけど、分家という関係以上に関係ある存在が、って言ったわよね?」

「だからどうした」

「ならアンタも分家の関係者じゃないの?」

「…………随分と、不愉快な事を言う女だな」


 一诺(イーヌオ)のこめかみにビキビキと青筋が浮かんでいるのが見えた。けれど、リーリカは一歩も引かない。


「そこの男が、アンタの事を分家の犬って言ってたわよ?」

「ハッ!」


 リーリカの言葉に動揺するでも無く、一诺(イーヌオ)は思いっきり鼻で笑った。


「苦し紛れの腹いせとして、情報操作として言ったのだろう言葉に踊らされるとは随分と頭が足りないらしい。頻繁にナージャ様に会おうとして勉強会などという小賢しい真似をしておきながら中々成績が上がらないだけはある地頭の悪さだ」

「なっ、むぐっ!?」

「リーリカ、今のは確証無しに言ったリーリカの負け」

「むー!」


 ……負けてないもん!


 カーナの手に口を塞がれながらリーリカはそう叫ぼうとしたが、しかしそれが事実なのも確かだ。

 敵の言葉に惑わされるのはバカのやる事。

 ソイツは俺達の仲間なんだぜと敵が言って、それを信じて疑心暗鬼になれば終わる。リーリカは一诺(イーヌオ)が分家からの刺客だと原作知識で知っているが、それを証明する方法も無い。

 つまりは敵の何の根拠も無い言葉を鵜呑みにする馬鹿に見えたというのは、必然だろう。


「良いからいい加減に、そこを退け。道を開けろ。俺は酷く不愉快だ。貴様のせいでナージャ様が誘拐される原因が出来た事、今回は無事でも二度目無事で済むかわからない事、そして貴様らが遅れている癖に正義面して来た事が、酷く不愉快極まりない」


 一诺(イーヌオ)の手は、血管が浮かぶ程に力が込められていた。

 けれどナージャは身じろぎ一つもせずに眠っている。その力がナージャには掛けられておらず、一诺(イーヌオ)自身が自分の手に込められた力を自分の中で抑え込んでいるからだろう。

 その力をナージャに向けていないから、ナージャの制服にシワが出来る事すら無い。


「三度目だ」


 今すぐにも噴火しそうなマグマを内包した火山を幻視するような圧と低い声で、一诺(イーヌオ)は言う。


「退け」


 言い合いに負けたリーリカは、カーナに口を塞がれたままもう片方の腕で抱き上げられて退かされた。



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