表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/61

リーリカは誘う



 リーリカはいつも通り、ナージャへと突撃する。


「お姉様!」


 今日は少々出遅れたが、しかしナージャはまだ廊下に居た。これ幸いとリーリカはナージャに追いつき隣を歩き、告げる。


「あの、お姉様!お時間はありますか!?」


 ナージャを前にしているという喜びでつい満面の笑みを浮かべつつ、尻尾があれば犬のようにぶんぶん振っていただろう勢いでリーリカは問い掛けた。


「…………用事は、無いです、けど」


 視線を宙に逸らして思案し、何度か何かを言おうとして口をぱくぱくしてから、頷きの後にナージャはそう答える。


「なら!一緒にお菓子を作りませんか!?」


 一歩を踏み出してナージャとの距離を縮めつつ、リーリカはそう提案した。


 ……お菓子作りイベント見たいし!


 そう、ナージャとの会話をある程度こなすとナージャとのお菓子作りイベントが発生する。

 教会へ行って一緒に作るというシナリオなのだが、その時のナージャがそれはもう箱入りお嬢様感が強くてキュンキュンするのだ。成績が良く学習能力が高いと称されるだけあって一度教えれば言われた通り出来るとシナリオでは言われていたが、それに関してはダイジェストだったのでよくわからなかった。

 最初の方のお菓子作りに慣れていないナージャはしっかりとシナリオ内で書かれていた為、どちらかというとそちらの印象の方が強い。


「あの、あの、これ、どうしたら……」

「粉を振るう、というのは、えと、これを使って粉をボウルに入れれば良い、ので、合ってるんですよ、ね?」

「湯煎、は、お湯を入れたボウルに一回り小さいボウルを浸けてその熱で、で、合ってますか?」

「さっくり……というのは、こういう……?」


 ……思い出すだけで母性が刺激されるったらないわね……!


 ナージャは箱入りお嬢様であり、お嬢様である為お菓子作りの経験など無い。

 しかし本を読んでいるからか知識はあるらしく、ある程度は理解している。が、実際にやった事も無ければ実際の動きも見た事が無い。その為本で読んだ内容が合っているかを逐一確認する為、主人公に対しそう話し掛ける。

 一般的なヒロインキャラなら独断と目分量で作って大惨事になる事が多いイベントだが、ナージャの性格によるものかとても平和的なイベントだった。


 ……不慣れながらもやり遂げようとするお姉様、是非直に見たい!


 合っているかどうかがわからないからこそ、ナージャは行動に移す前にまず主人公に聞いてくる。それがまた待てをされた仔犬のようで可愛らしいと評判だった。

 まあ当然ながら途中で暗転して、一度教えれば慣れた動きでやれるようになっていた、というダイジェストが流れたが。


 ……でもあのイベント、スチルがまた良いのよね……。


 不安げにクッキーをオーブンに入れるナージャと主人公。しばらく経過の文章の後、オーブンから取り出されたクッキーが綺麗に焼けているのを見て嬉しそうな笑みを浮かべるナージャと、それを見て微笑んでいる主人公。

 期間限定商品として現実で「二人で作ったクッキー」が販売されていた事を思い出す。


 ……あれは即完売で、結局アタシはゲット出来なかったのを思い出すわ。


 まあリーリカに「高嶺の希望」を教えてくれた友人がしっかりとゲットしていたので、それを少し食べさせて貰ったのだが。


 ……そういえばあのクッキー、お姉ちゃんが作るクッキーの味に似てたような。


 恐らくは家庭で作られた素朴かつ美味しいクッキーの味、というイメージだったのだろう。リーリカはそう思った。


「…………あの、お姉様?」


 リーリカはそんな事を考えていたが、ふとナージャの反応が無い事に気付く。顔を覗き込めば遠くを見ていて、声を掛けると同時にビクリと肩を跳ねさせた。


「……その、お菓子作り、は、えと、やった事、な、無い、ので……」

「なら教えますよ!」


 ……成る程、やった事が無いからどうしたら良いのかって悩んでたのね!


「一緒に作るんですからそのくらいは当然します!」


 知らないなら教えよう。場所が無いなら提供しよう。材料だってしっかりとある。

 お菓子作りをやった事が無いからどうしたらと思い長考していたという事は、きっと興味はあるのだろう。


 ……興味が無いなら、長考なんてしないもの。


「…………」


 けれどナージャは困ったように黙り込む。


 ……あ、もしかしてお菓子作りの場所についてを心配してるのかしら?


 ノヴィコヴァ家でやるのは、と思っているのかもしれない。何せお嬢様なのだから、色々と貴族らしい事情もあるのだろう。カーナ曰くノヴィコヴァ家では基本的に自室にこもっているという話だし。

 何より、あの野郎(一诺)も居る。


 ……お姉様はあの野郎に軟禁されている可能性があるのよね。


 応対は全て一诺(イーヌオ)。ナージャは部屋にこもりきっていて姿を現そうともしない。疲労により仮眠を取っているという言葉も一诺(イーヌオ)による証言でしかない為、信憑性だって無い。

 ナージャ自身がそう言ったとしても、一诺(イーヌオ)がナージャに言わせている可能性だってあるのだ。


 ……言っている事全てが真実だなんて確証、無い。


 本能的に天敵であり殺意と敵意しか抱けない相手。

 その相手が分家から送られた刺客である事を、リーリカは知っている。その結果ナージャにとんでもない悲劇が発生する事もリーリカは知っている。だからリーリカは一诺(イーヌオ)を嫌うだけでは無く、全てを疑う。

 ナージャが一诺(イーヌオ)に向ける信頼が真実だからこそ、裏切る一诺(イーヌオ)が許せない。


「あ、もしかして場所を心配されてます?うちに来れば大丈夫ですよ!」


 一诺(イーヌオ)に対する敵意を隠し、リーリカはそう提案した。


「うちは教会の孤児院なのでキッチンが結構広いんです!孤児院のメンバーでクッキーなんかを作って近所の子に配ったりもしてるので、一緒に作りながら教えるのは得意ですよ!」


 得意なのも広いのも事実だが、重要なのは教会というリーリカのテリトリー内に連れて来るという部分。

 ノヴィコヴァ家では一诺(イーヌオ)が幅を利かせている。使用人でありながら信頼があり過ぎる為、ナージャの全てを一任されているのだ。羨ましい。ではなく厄介。その結果一诺(イーヌオ)が言った事全てが真実として認識される事になるから。

 ナージャの意思にそぐわない事を言ってナージャの印象を操作し、縛り付け、軟禁しているのだとしたら。


 ……もしそうなら、お姉様が家をあまり得意そうにしていないのも納得だわ。


 ナージャ曰く、家が得意では無い。けれど学校に長く居ようとは絶対にしない。すぐに帰ろうとするし、一诺(イーヌオ)と共に帰る。そして家に帰ってからは引きこもり状態という名の軟禁状態。

 普通家が苦手なら、少しでも学校に留まろうとするはずなのに。

 食事の時間を共有するのが合わないから参加しないというのは真実なのだろうか。食事が合わないから一诺(イーヌオ)の作る食事だけを食べているというのは、本当に食事が合わないという理由だけなのだろうか。そこに一诺(イーヌオ)がおかしな薬でも盛っているんじゃないのか。

 一诺(イーヌオ)の全てが、疑わしい。


「……包丁、とか」

「はい?」


 ぽつり、と小さな声でナージャは呟く。


「包丁とか、火とか、その、そ、そういうの、使う、の、危ないです。わた、私、やった事無い、ので。あの、だから私、いか、行かな」

「大丈夫!」


 怯えたように断ろうとするナージャに、リーリカはそう言う。


「ちっちゃい子でも出来るんですから、指示通りにやってくだされば問題ありません!しっかりと教えますよ!」


 ナージャは指示通りにお菓子作りが出来る事も、お菓子作りをして嬉しそうな笑みを浮かべる事もリーリカは()()()()()


 ……それにしても、会話が違う気がするわね。


 何度も体験したイベントの会話と違う気がするが、それはリアルだからだろう。リーリカはそう結論付けた。だってゲーム本編において、ナージャが断ったりなどしなかったから。


 ……あ、これも増量版の差分とか?


 このイベントはリーリカが誘う事で発生するイベント。

 それを思い出したから、リーリカはこうしてナージャを誘ったのだ。けれど何故かナージャは乗り気では無い。それは会話数が足りていないからか、一诺(イーヌオ)がナージャに行ってはいけないと刷り込みでもしているのか。

 「高嶺の希望」本編において、一诺(イーヌオ)がナージャを軟禁していたなどという情報は無い。

 けれどインタビュー記事では増量版でナージャを掘り下げるとあった。一诺(イーヌオ)もそうだ。ならば増量版対応のこの世界では、その影響が顕著に出ていると考えても良いだろう。

 そう、一诺(イーヌオ)がナージャを軟禁しているという事実に迫るような情報が多数隠されていても不思議では無い。


「せ、めて」


 カバンの持ち手を強く握り、何かに酷く怯えたようにナージャは言う。


一诺(イーヌオ)に、聞いて、許可が出たら……で」


 その表情や仕草は、明らかに本心からの言葉では無かった。


 ……言わされてる言葉、なのかしら。


 何があろうとどんな誘いがあろうとそう言って断るように。軟禁されていて自由が無いのであれば、そう言うように言われていてもおかしくはない。

 無理をして言っているようなその声色を考えると、言わされているが正解なのだろう。


「…………一诺(イーヌオ)、ですか」


 ……本当にあの野郎、どの口が……!


 一诺(イーヌオ)はリーリカに対し、ナージャが疲弊しているのはお前のせいだと言って来た。

 けれど本当にそうだろうか。そういう口実を使っているだけで、軟禁しているんじゃないか。ナージャの具合が悪そうなのは、軟禁されているからじゃないだろうか。告げる事も出来ず自由も無く、助けを求める事すら出来ないからこそ弱っている。

 リーリカには、そうとしか思えなかった。

 だってナージャには好感度設定が無い。選択肢のどれを選ぼうと、会話数の分だけ仲良くなれる。なのにここまで断られるのは異常だろう。


 ……増量版の場合、一诺(イーヌオ)を懐柔するなりしないとお姉様とのイベントには進めないって事かしら。


 だが無理だ。

 リーリカは一诺(イーヌオ)が嫌いだし、一诺(イーヌオ)もまたリーリカを嫌っている。本能的に無理な天敵。運命の宿敵とも言えるだろう相手。否、運命の宿敵だと綺麗過ぎる。

 そんな、殺意や敵意以外にも言葉に出来ない不思議な絆が生まれる余地などは無い。

 リーリカはただただ一诺(イーヌオ)が嫌いで、一诺(イーヌオ)もまたリーリカをただただ嫌う。この二人にあるのはそれだけであり、好意も愛もありはしない。殺し合う事はあっても愛し合う事は絶対に無いと神に誓って断言出来る。

 つまり懐柔とか絶対に嫌。


 ……へりくだれば相手も多少は懐柔出来るかもしれないけど、問題はアタシがそれをしたくないって部分よね。


 寧ろ貴様がへりくだれや。

 そのくらいのレベルでケッと吐き捨てたいくらいには一诺(イーヌオ)に対し嫌悪感が湧く。愛する推しであり最早信仰対象とも言えるナージャをこれ程までに怯えさせ、自由を奪っている一诺(イーヌオ)に対して。


 ……増量版になって、ラスボス兼お邪魔ライバルキャラになったってわけ……。


 普通こういった世界感の乙女ゲームなら、ライバルキャラは悪役令嬢だろう。

 企んでいるように見える垂れ目に貴族の生まれ、取り巻きが居てスタイル抜群。攻略対象ともそれぞれ関わりがある。故に初見では、か弱い振りをした悪役令嬢だと思ったくらいだ。

 まあ主人公以上にヒロインしていたヒロイン系令嬢だったわけだが。

 ナージャはライバルでは無く、ヒロインでありキーキャラクター。お邪魔なライバルキャラは、そう、一诺(イーヌオ)なのだろう。何せラストバトルで立ち塞がってくるのだから。

 そして増量版においては、ラスボスだけでは飽き足らず、イベントの妨害までしてくるとは。


 ……ああもう、あの野郎ほんっとに大嫌い!


 顔を顰めて黙り込んだリーリカをチラチラ見つつ、ナージャは小さな声で言う。


「あの、では、これで」

「待ってください!」


 立ち去ろうとしたナージャを慌てて止める。

 可能なら腕を掴みたかったが、ナージャは他人との接触を嫌うから怯えさせるような事をしてはいけない。故にリーリカは、大声で止めた。


 ……いや待って?他人との接触を嫌う理由ってもしかしてあの野郎にそう刷り込まれてるとか、あの野郎に触れられてるから触れられる事に苦手意識があるとか、そういう可能性があるんじゃ……?


 虐待被害者は、目の前で手を挙げられただけでビクリと怯えるらしい。人によっては頭を抱えて身を守るように蹲ってしまうとか。ナージャもまた、そうなのではないか。それはあり得ないなど、言い切れるのか。

 気付いてしまった可能性に、リーリカの中にあるあの野郎(一诺)ぶっ殺してやる感情(殺意)がより一層激しく燃え上がった。


「っ!」


 リーリカの大声に怯えたように、ナージャは止まる。


 ……そういえばお姉様、言われた事には答えるし応じるわよね。


 待ってと言えば待ってくれる。

 大体の事をさらりと受け止めるカーナも居るので、違和感を抱いていなかった。ナージャは優しい性格だから応じてくれているのだろう、と。けれどもしそれが優しい性格だからという理由では無かったら。

 指示通り従うよう、一诺(イーヌオ)に躾けられていたら。


 ……お姉様を躾けるなんてなんて羨まいや破廉恥でもなくええいあの野郎……!


 推しのナージャが躾けられるというシーンを思い浮かべたせいで二回くらい本音が漏れたが、最終的にリーリカの感情は一诺(イーヌオ)への敵意という形で着地した。


「お姉様がお菓子作りをするかどうかはお姉様の事であり、あの男が決める事じゃないですよね!?」


 だからこそ、リーリカはナージャを想ってこう告げる。


「お姉様はどうしたいのか決めるのは、あの男じゃなくてお姉様です!」


 あんな男に信頼を向けていたら、ナージャが悲惨なエンドを迎えてしまうとわかっているから。


「……私は」


 一瞬目を細め、ナージャはリーリカから目を逸らした。


「ちゃんと自分で決めてますよ」


 肩を竦めてカバンの持ち手を握り締め、胸元を守るように腕を胸の前に持ってくる。腕に圧迫されてナージャの豊満な胸が苦しそうだが、それ以上に身を守る動きなのだろう事がわかる。

 ナージャは身を守るようにしながら、震える声で言葉を紡いだ。


「やりたいって思わなくて、お、思えなくて、だから、一诺(イーヌオ)を口実にした、した、んです。断る口実に、したんです」


 ナージャは何かに耐えるように、歯を食い縛る。


「わた、私、わからない、から。断り方。だから、今の、ちゃんと本心です」

「お姉様……」


 ……そんなはずないわ。


 だってそうなら、そんな顔をするものか。


「…………それでは」


 リーリカの顔を見ないまま、ナージャは早足でその場を去った。


「……お姉様、やっぱりあの男に……」

「何の話?」

「みぎゃっ」


 ぬ、と上から覗き込むようにカーナが顔を見せ、知らない内に背後に立たれていたという事実にリーリカは思わずしりもちをついた。


「……何してるの?リーリカ。床はあんまり綺麗じゃないと思うけど」

「誰のせいだと思ってんのよ!?脅かさないでったら!」

「そんなに驚く?」

「足音も気配も何も無かったじゃないアンタ今!」

「まあ、俺闇魔法が得意だからね。そのくらいは」

「それをアタシに使うなって話がしたいのよアタシは……」


 ぶちぶち文句を言いつつも、カーナが手を差し出したのでリーリカはその手を取った。

 立ち上がってから差し出されたのが右手だった事に気付き、リーリカは何とも言えない気分になる。カーナの右手薬指には、先日リーリカが贈った指輪が付けられたままだったから。


 ……いや、忘れた!そう!アタシはデウス・エクス・マキナとの会話は忘れたのよ!


 頭を振って、リーリカは記憶をそう上書きした。


「で、リーリカ。カバンとか持ってきたけど、また姉さんに話しかけてたの?」

「当然でしょ」

「何の話?」


 小首を傾げながらいつも通りの表情で言うカーナに、リーリカは答える。


「お菓子作りの話。一緒に作りませんかって誘ったんだけど断られたわ」

「……へぇ」

「全部あの男のせいよ!そうに違いない!ソレ以外に理由無いもの!」


 カーナの顔に一瞬ほんのりと影が差した事に気付かず、リーリカはそう叫んだ。


「ああもう本当に憎らしい……殺意が具現化するならアイツを殺す……」

「物騒な事言うなあ」


 リーリカの言葉にカーナはぼんやりとした返答をした。


「だって!だってあの男嫌いなんだもん!お姉様全然話してくれないのにあの男の話題は頻繁に出すし!断るかあの男の話題かの二択よ二択!」

「とりあえず助言しておくと、姉さん暴力的なの全般苦手だよ。時々変なのに狙われる事もあるからか、そういう物騒な言葉苦手みたい」

「え、マジで?」

「うん。前に町中で見かけた時、そういう言い争いしてた人達に対して信じられないもの見る目向けてたから」


 いつも通りの表情でカーナは言う。


「それはもう、この世に存在している事すら理解出来ない未知の物を見る目だったよ」

「それは嫌だわ。殺意が湧くのはどうしようも無いにしろ、やっぱり殺意は隠さなきゃ駄目ね」


 殺意が湧くのは本当にどうしようも無いが。

 誰だって耳元を飛ぶ羽虫が居たら殺意と敵意を持って叩き潰すだろう。大体あのくらいには無理なのだ。生きている事が許せないくらいには存在がアウト。憎しみだの敵意だの言っているが、それ以上に存在している事自体が許せない。

 そのくらいには、天敵だった。


「にしてもまさかお菓子作りを断られるだなんて……!」


 会話数が足りていなかったから不発になったのか、増量版故に何かしらの条件が足されていたのか。理由はわからないが、何はともあれナージャとのお菓子作りイベントが見れなかったのが痛い。

 教会孤児院にある可愛いアップリケがされたエプロンを装備したナージャが笑顔を見せてくれるはずだったのに。


 ……まあ可愛いアップリケっていうか、単純に年季が入ってて古いエプロンだから開いた穴を誤魔化す用につけられてるだけなんだけど……。


「……誰かと一緒にお菓子作りがしたいなら、俺とする?」


 思ってもみなかった提案に、リーリカはきょとんとした顔になる。


「やりたいの?」

「やりたいのはリーリカじゃないの?」


 首を傾げたリーリカを真似るように、カーナは首を傾げた。


「作った事とか無いけど、教えてくれるなら従うよ。ああいうのって、勝手にやったら毒物が出来るんだよね」

「まあ、そうね、場合によってはそうなるわ」


 米を洗剤で洗うとかジャガイモの芽を炒めるとかしたら完全にアウトなので間違ってはいない。カーナと横並びで歩きつつ、自分のカバンを受け取ったリーリカは頷いた。


「……じゃ、折角だし一緒にお菓子作りでもしましょうか」

「うん」


 カーナはへにゃりとした笑みを浮かべて頷いた。


 ……普段は昔の漫画でよく見る、トンボが浮かんでるかのようなぼへーっとした感じなのに……こうやって笑う時はぽわぽわした花が咲いてるみたいに笑うのね。


「ところで二人で作るの?他に誰か誘ったり」

「しない」

「一人も」

「しない」


 笑顔を固定したままカーナは言い切った。


 ……そういえば度量が狭いとか何とか自分で言ってたわね。


「じゃ、二人で作るとしましょうか。でも作るとなるとアタシ基本的に大量に作る派だから量多くなるわよ。その分をヴァレーラ先輩とかに配るのは良いわよね?」

「うん、渡すんじゃなくて配るんなら良いよ」

「そこそんなに差あるかしら」


 ……基本的に配る用に作る物ってイメージがあるから、つい配るって言っちゃうわ。


 大量に作るつもりなのもその弊害だった。

 何せ普段は配る用として大量に作るので、覚えている分量などが大量用なのだ。その分量でしか作った事が無いのも事実なので、今更一人分だの二人分だのでは作れない。

 というかそんなちょこっとならわざわざ作る必要性があるのか疑問になる。


「まあとにかく、ヴァレーラ先輩にゴーシャに、ラヴィル先輩もよね。あとラーザリ先輩とアデリナ先輩にも……この二人は大きめの袋一つに詰めた方が良いかしら。うちのチビ達は自分の分が無いと拗ねるだろうからチビ用のも確保しておくとして……カーナは渡したい相手とか居る?」

「居ない」

「ご両親とか」

「俺は特にあげたいとは思わないけど……リーリカはあげた方が良いって思う?」

「まあ、そうね。親が居るなら大事にした方が良いとも思うし」


 ……結局アタシ、親ってどういうものなのか知らないのよね。


 前世では物心つく前に両親が亡くなり、姉に育てられた。

 しかし姉は親のように接してくれたし、完全百パーセントの愛も注いでくれた。お陰でリーリカは伸び伸びすくすく成長したのだ。まあ若くして死んでしまったが。

 対して今世、天涯孤独。

 両親どころか姉すらおらず、しかし孤児院の皆という家族は居る。けれど親代わりの院長先生などは居ても親は居ない。居たら楽しいものなのだろうが、話を聞いていると個人差もあるようだし。


 ……正直、居なくても普通に生きてはいけるし。


 愛を注いで育ててくれる存在が居ればどうにかなるものだ。愛を注いで育てられたと自負しているリーリカは、そう思っていた。


「……じゃ、あげようかな」


 リーリカの言葉に少しの無言を返してから、カーナはそう言った。


「あげる時にはリーリカと一緒に作ったって言わなきゃ。教えて貰ったって」

「えー、それってちょっと恥ずかしい気がするんだけど……」

「これからも勉強会しに来るんだから、そういうのをアピールするのは良い事じゃない?」

「そう……なのかしら?」


 ……というか今更だけど、カーナって跡取り息子よね。


 その跡取り息子に指輪、それも結婚指輪の指に指輪を嵌めてしまった事についてはどう思われているんだろうか。改めて考え不安になるも、リーリカはすぐさま頭を振ってその思考を追い出す。


「そ、それよりも!まずは買い物に行かなきゃよね!」

「ああ、材料?」

「材料はあるわよ。基本的にアイスボックスクッキーだから型抜き用の型は無いけど」

「アイスボックスクッキーがもう未知だけど、材料は買ってこう。あるって言っても無限じゃなくて有限なんだから、その分俺が出した方が孤児院の余裕にも繋がるよね。新しいのを買った上で既にあるヤツを使えば、孤児院側の負担も少なくて済むし」

「……それは、確かにありがたいけど」


 孤児院は貧しいという程でも無いが、それなりに貧しくはある。


「でもアタシ、あんまりカーナにばっかりお金を出させるのはちょっと」

「先行投資だから良いんだよ」


 カーナはリーリカの頭に手を置き、髪型を乱さない程度に撫でた。


「孤児院関係者に好印象抱いてもらった方が色々と良いし」

「……?」


 ……貴族の跡取り息子だからこそ、孤児院と良い関係を結んでた方が有利とかあるのかしら。


 リーリカはよくわからないと首を傾げた。


 ……というか先行投資って、アタシの予知は完全ランダムな上に基本的に天気予報程度しか役立たないんだけど……。


「ところでリーリカ」

「何?」

「材料を買いに行くわけじゃないってさっき言ってたけど、何を買おうとしてたの?」

「ああ、チョコよチョコ」

「チョコ?」

「そう。他の皆にはクッキーを配るつもりだけど、お姉様には既製品のチョコを渡そうかなって」

「……ふぅん」


 カーナは拗ねたように目を細める。


「さっき姉さんの名前が上がらないなって思ったけど、姉さんにあげるのは当然だからかなとも思ったのに……結局あげるんだ」

「あげるに決まってるでしょ。他の皆にあげてお姉様にだけあげないなんてあり得ないわ」

「しかも特別扱い」

「…………だって」


 ギリ、とリーリカは拳を握る。


「だってあの野郎が!」

一诺(イーヌオ)が?」

「あの野郎が手作り品を却下してるかもしれないじゃない!手作りは一诺(イーヌオ)に駄目って言われてるんです、って言われたらどうするのよ!」


 ……ここがアタシがまだ未プレイである増量版の世界なら、それがあり得る……!


「あとお姉様お酒に弱いだろうからお酒入りチョコを渡して酔った様子を見たい」

「特別扱いっていうか、企み系の特別扱いだったかあ……」


 リーリカが真顔で告げた言葉にカーナは目を細め、呆れたような笑みを浮かべた。

 しかしこれは大事だろう。ナージャの酔っ払いイベント。ゲーム本編にそんなものは無いが、ファンブックにはお酒に弱いと書いてあった。そう、ナージャはお酒に弱い。その情報が公開された直後など、ナージャが色々な酔っ払い方をした二次創作が溢れたものだ。

 あれは実に良かった。


 ……でも今なら、お姉様がどんな酔い方をするのかを直で見る事が出来る!


 既製品であれば出所がわかっている分、一诺(イーヌオ)も拒絶はしにくいだろう。実際ただのお菓子なので例え毒見をされようと後ろ暗い部分は無い。


 ……あ、いやでもやっぱ毒見は駄目ね。


 それはつまりナージャが持ち帰ったという事を意味する為、例え食べてくれたとしてもリーリカが酔ったナージャを見る事は出来ない。寧ろ一诺(イーヌオ)だけが酔ったナージャの姿を見る事になるだろう。

 敵に塩を送るどころじゃない。


 ……うう、でも、こう、せめて、店舗特典……。


 実はゲーム本編で語られてないだけで、ナージャが酔った際のドラマCDは存在している。問題はそれが店舗特典であり、とんでもないプレミアがついてしまっている部分。その為リーリカは前世でそれを聞く事が出来なかった。

 ネタバレをあまり好まない為、感想系も見ていない。


 ……でもあの感想系、よくよく思い返すとあの野郎とお姉様のカップリングタグが多かったような……。


 多少どころじゃなく敵に塩を送る気しかしないが、しかしチャンスを逃す事も出来ない。そう思い、リーリカは酒入りチョコを買う決心を固めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ