285 カード
「アギレスタ。〝城に戻れ〟」
「……はい、兄上」
すっと立ち上がったアギレスタ皇子が牢屋を出て階段を上がっていく。
それを呆然と見ていると、再びガブリエラが声を上げた。
「アギレスタ様? アギレスタ様ぁ! どこに行くんです、待って、わたくしを助け……あぐ!?」
途中で声が途切れる。暗闇にバチンという音と光が走って、ガブリエラの体がびくんと痙攣したのが見えた。
「ここまで五月蠅い子は見たことないなぁ。そう思わない?」
「え……」
今、どうやってかガブリエラに電気ショックを与えたのはイレ皇子であるらしい。平然と拷問のようなことをする姿にぞっとする。
美しい顔で微笑んだままのイレ皇子が、私を覗き込んだ。
「あの子さ。……君が歩み寄ってきたのが、許せなかったんだってさ」
くすりと笑ったイレ皇子の笑顔は柔和だが、その声は意味ありげに冷えている。
どういうことかと見返すと、イレ皇子は表情を苦笑に変えた。
「君、あの子に強請られていたんだろう? で、それに対して反撃してくるかと思いきや……かえって優しく対応された。まぁ、それでいよいよ格の違いを思い知っちゃったんだろうね」
「か、格って」
和食や便利道具を分けるという話のことだろうか。
アベル様の件について懐柔できれば良いと思っただけで、そんなつもりは無かったのだが。
「それであの子、どうしたと思う?」
イレ皇子の口角が更に上がる。
それは殆ど嘲笑だった。
「俺に泣きついてきたんだ。〝悔しいからアリスを殺してくれ、なんでもするから〟ってね」
それに絶句していると、ガブリエラがすすり泣き始めた。
……どうやら本当らしい。
まさか、あれがこんな結果をもたらすなんて。
形容できないショックで固まっていると、ガブリエラがしゃくり上げた。
「……なんでも持ってるお前なんか。お前なんかっ! 死んじまえばいいのに……っ」
「……なん、でも……?」
呆然と反応すると、ガブリエラがわっと大声を出した。
その声にはドロドロとしたあらゆる負の感情が乗っているようだった。
「見せつけやがって。施しやがって。男も、オトモダチも、チートも、何でも持ってるからって、調子に乗りやがってぇぇ!」
その言葉で、私は彼女の逆鱗に触れていたことを知った。
あのお茶会で静かに帰っていった彼女は、考え込んでいたのではなく……冷たい殺意に震えていたのだ。
──敵対するならまだ対等だ。だが、私が手を差し伸べる姿は彼女にとって「見下す姿」であり、与えられる物は敗者への施しに他ならなかったのだろう。
「絶対に、絶対に殺して、奪って、や、っきゃああ!?」
またバチンと閃光が走って、ガブリエラが跳ねた。
あまりの痛みにか無言で悶絶している。
「ひ……っ」
その悲惨すぎる光景に涙目で悲鳴を漏らす。
ガブリエラの形容しがたい心情にも、その痛めつけられた姿にも、胸をかきむしりたくなるほどの虚しさや残酷さがあった。
イレ皇子がため息を吐く。
「煩いし下品すぎ。全く何を言ってもあの調子だよ。本当にこの数か月、相手するの嫌だったなぁ」
学園でガブリエラ相手に見せていた優しそうな微笑みは、見事に全部嘘だったらしい。
「ともかくね。なんでもするっていうから、じゃあ君の事を全部教えてよって言ったら……出て来るわ出て来るわ妄言の数々。自分は転生者で、前世の記憶があって、この世界のことを全部全部知っているってさ」
「!」
喋ったのか、この得体の知れない皇子相手に。
私が冷や汗をかくと、皇子は笑った。
「あんなのでもヴィランデル家の子だからね。ボロを出してくれれば良いと思って、押したり引いたりしていたんだけど……妄言はともかく、結果としては良い情報を出してくれたよ」
あははと明るく笑う皇子に空恐ろしい物を感じる。
「殿下の狙いは、なんなのですか」
「……そんなの、決まってるだろう?」
笑顔のまま、皇子の目に冷たい光が宿った。
「タロットだよ」
「……!」
ハッキリと名前を出された。
「前世だなんだっていう話はどうでもいいんだ。でも、あの子はタロットというものがこの世に存在するのを知っていた。そしてそれを知りうる家系の子供で、かつ、誰かれ構わずそれを言いふらしかねない愚かな存在であると……自分から証明してしまった」
冷たい目で、イレ皇子がガブリエラをちろりと見る。
「だから……処置しないといけない」
その言葉にひゅっと息を飲んだガブリエラが叫んだ。
「だ、だから詳しい事なんて知らないってば! タロットとかトランプとか、それがなんだって言うのよ!? ただのカードの玩具でしょ!?」
「あれを玩具と呼ぶなんてねぇ」
また閃光が走る。それを受けていよいよガブリエラは気を失ったようだった。
痛々しい光景に身をすくめつつ、苦笑するイレ皇子を見て……。
私は、ようやくピンと来た。
イレ皇子はタロットの存在と、なにより、それが魔術兵器となりうる事実を完全に知っているのだ。
だから聞いたんだろう、「カードについて何か知らない?」といった感じの質問を。
その結果、ガブリエラはすんなりタロットやトランプといった物の名前を口にした。
もしかすると、前世の遊びをこちらに持ち込むという「知識チート」だと思って、得意気に喋ったのかも。
しかしこの世界にはただの占い道具としてのタロットなんて存在しないから、すなわち禁断の魔術を知っていて、かつ軽々しく口にする子だと皇子に認識された。
だから尋問されている。そういう状況だと推測できた。
そして、私が捕まったのは。
「あの子がね、自分はそんなものよく知らないけど、アリスなら知っているはずだって言うんだ。現に君は古代文字……アルヘオ文字って呼んでいるんだっけ? それのことをよく知っているよね」
「……」
「アルヘオ文字だって現存するものは少ない。その殆どが失伝している。それにあれはタロットと呼応し合う存在だと言われている」
皇子はアサメイを手元で弄びつつ、世間話みたいなノリでにっこりと笑って言った。
「君はハイメの秘蔵っ子。だからタロットを知っていてもおかしくは無い。そういう訳でお迎えに上がったのさ。……で、本当なのかな?」




