284 地下牢
◇
ぴちょん、という水音で目が覚めた。
しかし異様な眠気で瞼が開かない。
視界は真っ暗なままで、頭もぼんやりとしていた。
「んん……」
呻いて身じろぎをする。するとカチャンと鎖が擦れ合うような音がした。
その異質な音にびっくりして目を開ける。
「え?」
ハッと見回すと、そこは地下牢と思わしき場所だった。
無機質な石造りの壁、所々水滴の落ちてくる古い天井。苔むした場所もあり、かなり古い場所なのが窺えた。
「な、なにこれ」
見れば、天井から降りてくる鎖で両腕が吊られていた。
ぺたんこ座りで、牢屋の床にかろうじて座っているような体勢だ。
そして思い出す。教会の温室から脱出しようとした時、急に意識が朦朧として。
……それからどうしたんだっけ?
そう記憶を辿ろうとしていると、近くでうめき声がした。
高い少女の声。
それが何事かぶつぶつ呻いたり、喋ったりしている。
暗闇の中で目を凝らすと、斜向かいの、入り口の開かれた牢屋に誰か居るのが見えた。
──その姿に驚愕する。
ぼろぼろになっているが、その豪奢な赤いドレスとぐるぐるの金髪ドリルには見覚えがあった。
「ガブリエラ?」
思わず呟くと、ぴくりと少女が反応する。
黒い布で目隠しされ、椅子に縛られているのは……やはり本人だったらしい。
「その声、まさか、アリス……」
掠れた声が私の名前を呼んだ。やはりガブリエラだ。
どうしてそんな場所に、いやここはどこなんだと聞こうとしたのだが、ガブリエラは突然激高した。
「お前のせいで……お前のせいだぁっ!」
「!?」
ガチャンガチャンとガブリエラを縛る鎖が音を立てる。
今までにも激しく暴れたのか、その肌には遠目に見ても血が滲んでいた。
「お前が、お前さえいなければ! 私がこんな目に遭うこともなかったのに!」
「な……」
叫び声を上げた彼女はまた暴れて、勢いそのままに椅子ごと横に倒れた。
牢屋の淀んだ水たまりに突っ込み、ばしゃんと水音がする。
そのあまりの惨状と音に思わず身を縮める。
一体、何がどうなっているのか。異常な空間に心臓がばくばくして止まらない。
まだガブリエラは暴れながら何事かを大声で喚いている。まともな会話は望めなさそうだった。
……と、その時。
小さな足音がして、奥の通路から小走りに誰かがやってきた。
その姿にまた驚愕する。
美しい金髪に緑の目、私達と同じ背丈の。
「アギレスタ皇子……?」
私が呟くとガブリエラが反応した。
「アギレスタ、様……? アギレスタ様、そこにいるの!? わたくしを助けに来てくれたのね!」
もがくガブリエラに合わせてがたがたと椅子と鎖が揺れる。しかしアギレスタ皇子はそちらに見向きもせず、早足でこちらにやって来た。
私の牢屋の前に来た皇子は手にした鍵の束を使い、牢屋の扉を開けられないかと試している。それに呆然とする。
「あの……向こうで呼んでいるみたい、ですけど」
謎な状況過ぎて、場違いにもそう言ってしまった。するとアギレスタ皇子は苦笑して。
「あれのことは気にしなくて良い。もう終わりだ」
「え……?」
鍵をひとつひとつ試しながらアギレスタ皇子が言う。
「今は説明している暇はない。ちょっと待ってろ、なんとかこの鍵だけでも」
そう言って試した鍵の一つがあっていたらしく、鍵がカチャンと開いた。
「よし」
急いで中に入ってきたアギレスタ皇子はそのまま、天井に繋がった私の手錠も外せないか試みている。
「あの。……どうして、助けようとして下さるのですか?」
そう聞くと、アギレスタ皇子は一瞬手を止めた。しかし手を再び動かしつつ、ゆっくり口を開く。
「このままだと、駄目だと思ったんだ」
「……駄目、とは?」
「なんだろう。自分でもどうしてこんなことをしているのか、分からないんだ。これが正しいことなのかも」
目を伏せた皇子は呟く。
「でも、このまま全部あの人の言いなりでは駄目なんだと思った。変えたいんだ」
そう言いかけたところで、またガブリエラが騒ぐ。
「アギレスタ様、アギレスタ様っ! わたくしはここです! 早く! 早く助けて下さい!」
がちゃがちゃと音がする。なんだかそれがいたたまれなくて「あの、先にあっちをなんとかしてあげた方が」と言いかけたのだが、アギレスタ皇子は首を振った。
「いいんだ」
「え?」
ガブリエラの動きが止まった。
「な、なんですって」
椅子に縛り付けられた身体がわなわなと震えているのが見える。
「あの子は……」
しかしそこまで言いかけたとき、アギレスタ皇子の動きがぴたりと止まった。
「皇子?」
様子がおかしい。がくんと手が下がって、持っていた鍵の束ががしゃんと落ちた。
それを……横から出てきた大きな手が拾い上げる。
「駄目じゃないかアギレスタ。勝手なことをして」
──静かな声。
唐突に現れたその声の持ち主は。
「イレ、皇子……」
「うん。久しぶり、アリスちゃん」
場違いなほどにこやかに挨拶してきたイレ皇子が、笑顔のままアギレスタ皇子の肩にぽんと手を置いた。




