254 後日、奇襲はあったらしい
先生が、にわかには信じられないという顔をする。
「バフォメットって、精神干渉系のあいつか?」
「あいつです」
揃いも揃って語彙力が低下していく。
「ドラゴンの方も……まさか、飛龍じゃなくて外国にいるような上位種のことを指してるか?」
「指してます」
先生が頭を抱えて呻いた。考えたくないらしい。
「まぁ、今のはあくまで例え話ですが。バフォメットの召喚も恐らく可能です。でも実は動く幻覚ならすでに宿屋で出しちゃってるんですよね」
「だ、出しちゃってるんですよねじゃないだろ! 一歩間違えば街中が大混乱だぞ!?」
「わざとじゃないですよ!! そうなるってことを知らなくてうっかり……」
「いやもう……どんな状況ならうっかりそうなるんだよ……」
そうだよね。私もそう思う。うん。
そう思いつつ、レイ先生にアルヘオ文字とタロットの話をしていく。
まずアルヘオ文字の可能性と、現状作っている隠匿の首輪と飛行具の話。
黄金の夜明け団の幹部的存在には実際に使用訓練もしてもらっていること。
この時点で先生はぐるんぐるんに百面相していたが、ツッコミを一時的に封印して聞いてもらう。
話がタロットの詳細に及ぶ。
「……という訳で、全部で78種類の絵柄があり、それぞれに様々な解釈があり、魔術の効果内容も様々な訳です。それで……」
「待て待て待て待て。78種類って言ったか?」
「? はい」
「全部覚えてるのか?」
「はい、多分」
ステイのポーズをされて待つ。
きっちり三秒後、先生は盛大にツッコミを入れた。
「前から思ってたが、お前のその魔術に対する異様な記憶力と情熱はなんなんだ!?」
「なんだと言われましても……」
自分でもちょっと変だなとは思うが、好きな物は好きだからしょうがない。
記憶力自体が良い訳では無いので、根本的には一昨日の晩御飯はなんだっけというレベルの頭なのだが。
思い返してみると、私は死ぬ前の残り少ない時間と体力をオカルトの勉強のみに使っていた。
もしかしたらあの時の私は、命懸けの全力現実逃避を行うことで一種のトランス状態に入っていたのかもしれない。局地的に集中力と記憶力が上がっていたのかも……?
うん、そりゃ電車で隣の人がすすすと離れていく訳だわ。
まぁそこはもういいが、と頭をがしがしした先生は、少し息を吐いてから当然の質問を繰り出してきた。
雰囲気が変わる。
先程までとは違う、真剣そのものな瞳だ。
「お前のそのありえない情報の元、つまりそれらを教えてくれた人なり本なりは、なんなんだ? 確実に国家機密を超えていると思うが」
「……」
これも当然の質問だ。
信じて貰えないかもしれないが、これももう包み隠さず話す。
「前世、というものを先生は信じますか」
「なるほどなぁ」
……。
……!?
「えっいやいや先生!?」
「ん? 前世の知識が情報源ってことだろ?」
「いやいやいやいや」
先生の理解が高速すぎて動揺する。
「前世とか一番信憑性ない話じゃないですか!!」
「でも、そのくらいじゃないと正直なところ納得できないぞ」
えええ、と動揺しまくる私に、先生が畳み掛ける。
「それこそ、実はお前自身が人型の超高位な魔獣だった、とかじゃないと説明がつかないレベルの知識をお前は持っている。だが大結界があるから皇都にそんな魔獣は入って来られないはずだし……それならまだ、輪廻転生を信じろという方が現実的だ」
「はぁ……」
有り得ないからこそ、有り得ない理由の方が納得が行くという事だろうか。
ほんとに信じてくれてるのかなと逆に不安になるが、先生が呆れた顔をした。
「なにより話してると“同年代”って感じがするんだよな、お前は。隠していくつもりなら、もっと子供に擬態することを覚えた方がいいぞ?」
「ううっ」
確かにそこは自覚していたのでたじろぐ。
もっと真面目に幼女ムーブした方がいいか?
「そもそも大人と対等に渡り合う学園一年生という時点で有り得なかったが……」
「ううう」
「一年生の時点で理性を持ちながら皇室に楯突くし」
「ぐう」
「二年では大規模サロン主催だし」
「くうう」
「あと純粋に敬語が流暢すぎ」
「……」
ずーんと反省していると、先生がにやりと笑った。
「ほら、高い高いしてやるから子供らしく喜ぶ演技をしてみろ」
「ふぎゃっ?!」
にゅっと長い腕が伸びてきて、向かい合って座っていた先生の膝の上に乗せられ、持ち上げられる。
ほれほれ、とからかい全開でゆらゆらされるのだが、あまりに美しい意地悪顔のドアップに私の思考は停止した。
ぼすんと湯気が噴出しそうな勢いで顔が赤くなる。
何も言えずに固まっていると、そんな私の様子を見た先生もはたと正気に返った。
「あ……わ、悪い。中身は本当に成人女性なんだな」
「え、ええ……まぁ……」
もじもじとしていると、何故か先生も赤くなった。
ゆっくり降ろされたので元の椅子に座るが、なんとなく視線がウロウロとしてしまう。
すると先生が口元に手を当てた。
「本来の姿で、こんなに長く素で喋るのが本当に久しぶりだったから……浮かれて調子に乗った。軽々しく触ってすまん」
「あ……いえいえ。大丈夫ですよ」
そういうことかと納得して、へらりと笑う。解放感で暴走するというのは身に覚えがありまくるので分かる。
少し変な空気になったが、ひとまず話を魔術関連に戻したところで夕餉を知らせる鐘の音が響いた。
ずいぶん長く話し込んでいたらしい。
今日の話はひとまずここまでということになり、取り急ぎモシュネの小箱を使った儀式を行うことにした。
レイ先生がいくつかの呪文を唱えた後、お互いの魔力を注ぎ込んで契約の言葉を口にする。
箱が纏っていた重い空気が更に重厚になる感覚がして、魔力を持っていかれ、契約が終了したことを肌で感じた。
「これで、俺の素性と小箱のことをお前は俺以外には口にできない。逆に俺はアルヘオ文字とタロット、お前の過去、その他研究についてなどを、黄金の夜明け団関係者以外に他言できない。それでいいな」
「はい。では、正式に団員としてよろしくお願いします」
そう言ってしっかりと握手する。また明日と言って部屋を退出した。
外で待っていたヴィル兄様とヨハンに挟まれて大食堂まで移動する。
いやはや、真面目に考えなきゃいけないことは沢山ある。
グラツィアーナのこととか、アルヘオ文字の普及度のこととか。
……しかし攻略対象のイケメン力、半端ない。
そこかよと自分で思いつつ先程の意地悪そうな先生の顔を頭から追い払う。
が、ヨハンに顔色を突っ込まれた。
「アリス様、少しお顔が赤いですよ。熱があるのではないですか?」
「んっ!? いや、大丈夫大丈夫……!」
ばっと頬に手を当てる。その様子を見たヴィル兄様の目がギランと光った。
「……アリス、まさか」
「何も無かったよ!!!!!」
全力で即答して、そしてやっちまったと思った。
怪しすぎる。
案の定、暗い目をして剣の柄に手をかけたヴィル兄様が先生の部屋へ戻ろうとしたので、慌ててマントをつかんで止めた。
「ほんとに大丈夫!!大丈夫だからヴィル兄様!それより、夕餉の後で伝達しなきゃいけないことが沢山あるから。ね? 早くご飯食べに行こ?」
「……んん~……」
唸ったヴィル兄様の横でヨハンが冷静に言った。
「ヴィルヘルム、奇襲は夜の方がいい」
……待て待て待て待て!!
お前もかとヨハンのマントをはっしと掴むと、二人が同時に言った。
「大丈夫、何をしたのかは全部先生に吐かせるから」
「いやだから何も無いって!!??」
絶叫しつつずるずると二人を引っ張り、なんとか大食堂に着いた頃には……他のみんなの食事はほとんど終わっていたのだった。




