247 交換
大研究室の扉がドバンと開いた。
「アリスさん、今日こそはあの許可を頂きたい……!!」
「アリスさん、お願いです~~!!」
そう情けない声で言いながらよろよろ入ってきたのは、ガルシア先生とフィアナ先生だ。
なにやら頭に葉っぱをくっつけたり頬が土で汚れていたりと散々である。
「“あの場所”はいったいどうなっているのですか……!あの生き物とかあの生き物の足跡や羽や痕跡がちらほらと……っ気になって夜も眠れないじゃないですか! あ、痕跡は消しておきましたけど」
魔獣仲間に入れて貰うためならば、率先した証拠隠滅も辞さないガルシア先生。
「そうです、“あの場所”の中から聞こえる魔術の効果音は明らかに普通ではありません! それで外からなにやってるんですかーって呼びかけてみたら、それ以降は完全に無音になって……まさか完全遮音の魔術なんて編み出してないですよね!?」
手をわきわきさせ、気弱そうな顔はどこへやらハァハァしながら前のめりで迫ってくるフィアナ先生。
非公式にではあるが、黄金の夜明け団の顧問の先生としてたまに勉強を見てくださっている二人だ。
最近では顧問としての活動より、こうして「廃塔に入れてくれ」と嘆願しに来ることが多いけれども……まだそれは許可していない。
編み出してます。希少種の魔獣もいっぱいいます。とはまだ言えず、へらっと笑う。
そして、二人に続き遅れて入ってきたのは、もちろん。
「おいアリス!! ……っじゃなかった……、ごほん、アリス? この二人の先生を止めるのはもう私だけでは無理だから……自分でなんとかしてくれないかしら? ていうか私もいつになったら報われるのかしら」
二人と追いかけっこしていたのか、カツラがずれそうになっているぼろぼろのレイ先生だ。
そんな三人の必死の形相を見て、私は思案した。
「そろそろ……頃合いでしょうか」
「へ?」
目をぱちくりしたフィアナ先生に狙いを定め、私ははにかんで、こてんと首をかしげた。
「私達と一緒に遊びたいと言ってくださるんですね。とても嬉しいです。……それならば、何か楽しい玩具をひとつ、持ってきてくださいませんか?」
にこーりにこにこ、そう笑って言うと、三人の先生の頭に「玩具?」と盛大な疑問符が浮かぶ。
しかし次の瞬間、先生達はハッと顔を上げた。
それもそのはず。
恐らく私の後ろでは……。
何人もの子供達が、親愛や、保身や、向上心や、あるいは様々な感情の元に……「先生方は団のためにどんな玩具を持ってきてくれるのだろう?」という期待の顔をして、にこにことそちらを見ているはずだからだ。
「……っ」
レイ先生が息を呑む。きっとクラスで皆のこんな顔を見たことはなかったろう。
子供を侮ってはいけないのだ。
「秘密基地」と「保身」と「親愛」は何よりも子供を結束させる。
彼らは無邪気だし、まだそれほど計算高くもない。腹黒でもないし、善良だ。
だが好奇心のままに、自分の居場所の秘密を暴こうとする大人に対して寛容ではない。
特に獣人の子供達はね。身内意識と、私を守ろうとする意識を強く持ってくれているからなぁ……。
そう思っていると、勉強椅子からすとんと降りたフルダルとニルファルがとことこと先生方の方へ歩いて行った。
そして覚えたばかりの貴族の礼をゆっくりとして、言った。
「ようこそ」
「黄金の夜明け団へ」
「「先生達は、何を預けてくれますか?」」
交互に、そして最後にハモった白猫双子の言葉は、本人達としてはそこまで意味深なものではない。
彼女達にしてみれば、戦隊モノのごっこ遊びに近い。しかしその実態は入団の通過儀礼のようなもの。
いわく、黄金の夜明け団には秘密が多い。だから自分たちも、これから新しく入る子も、在籍するならとっておきの秘密を団にひとつ預けるようにしようということになったらしい。
預ける秘密はどの程度のものでも良い。
実はピーマンが嫌いというレベルから、自分だけが握った秘密や、果ては実家や領地の話まで。
私にだけ打ち明けるのでも、団に共有するのでもどちらでも良い。それでも、知識を与える私に対して、知識を返す儀式があった方がなんとなく収まりが良いとなったようだ。
要するに等価交換の思想というか、お互いの命を握り合うような。ちょっとどころじゃなく怖いとも思ったが、ケモノに近い感性のフルダルとニルファルが素直な気持ちで提唱したそれは自然と受け入れられた。
私が春の天体観測あたりに一般団員と少し疎遠になっていた間に、そんな掟が出来ていたのであった。
「……えっと……えっと……、わかりました、何か用意してきます!!」
「玩具」の副音声が「担保になる秘密あるいは団の利益」であるとしっかり読み取ったフィアナ先生が、やる気に溢れた顔でばびゅんと走り去っていく。
「待ちなさいフィアナ! まずはうちの息子夫婦に相談をー!! ……あ、アリスさん。必ずいい話を持ってきますからね」
そう言い残し、爆走していったフィアナ先生を必死に追いかけるガルシア先生。
「……んー…………じゃあ、後で俺の準備室に来い」
私にだけ聞こえる距離で、ぼそっと無愛想にそう言って去って行ったレイ先生。
それを見送ったところで、後ろから悪い顔をしたヴィル兄様が近寄ってきた。
「アリスもやるようになったねぇ」
「いえいえ、とんでもない……」
そう言いつつ、私はそれににんまりして返したのだった。




