246 変装
レティシア様の様子がどことなくおかしく、しかしのらりくらりと話題をかわされて核心に踏み込めない日々が少し続いた。
本当はそちらに集中したいのだが、新しい出来事や情報が多すぎて私はオーバーワークぎみになっていたのだ。
「アリス様~! ここわかんないですぅ」
「アリス様アリス様、できました、見てくださいませ!」
「はい、はいはい今参ります~!」
場所は大研究室。
わいわいと賑わっているここは、今の黄金の夜明け団の「中心地」だ。
図書館自習室を一旦引き払い、廃塔組以外をここでまとめて面倒見ることにしたからである。
それというのも……天体観測の夜に意味ありげな台詞と行動を残していったイレ皇子が学園にあまりこなくなったために、再び研究室を開いたのだが。
それと同時くらいに、図書館自習組を中心とした一部の団員の子達の不満が噴出したのだ。
まぁ率直に言えば、私や上位者達とあまりにも活動場所が被らなさすぎる、と。
基本は成績順に図書館自習室組、大研究室組、小研究室組(廃塔組)の順番に組織されており、図書館組と大研究室組はまとめて「一般団員」と呼ばれているようなのだが……私が廃塔に入り浸るようになってからは、確かに一般団員達との接点が減っていた。
小研究室を拠点にしていたときは同じ部屋の中だったのでまだよかったのだが、確かにろくにリーダーの姿すら見られないのでは不安にもなるだろう。
あの気弱なアーサー様が私の服の裾をきゅっと握り、涙目で「その……ちょっとだけ、寂しいです……」と引き留めてきたものだから、私は天を仰いで自分の片寄りっぷりを猛省したのだった。
そんな訳で夏が近づく中、私は廃塔をアベルさんや側近に一旦任せて、一般団員達との交流や勉強に時間を多く割くようになった。
一週間に一度は廃塔に顔を出し、それ以外はできるだけ一般団員の子達と共に過ごす。
それと丁度良いタイミングだったので、ルーン文字研究をさせていた大研究室組も基礎固めが終わったタイミングで通常授業の予習復習に切り替えた。秋の試験に備えて成績のテコ入れだ。
……レティシア様も、こちらには参加している。こうしてみんなで紛れていると少し気が楽そうに見えたし、やはり私やローリエ様から離れたいわけではないようなのだ。
それを見守りたいローリエ様もこちら中心で動き、教師役のレギオン様とユセフ様、ヴィル兄様やダヴ先輩達と一緒に教える側に回ってくれた。
そうして忙しく走り回っている所で、後ろからそっと声がかかる。
「アリス様、只今戻りました」
「ユレーナ。おかえりなさい」
振り向いた所にいるユレーナはいつもの服装と違っていた。
薔薇のコサージュに薔薇の刺繍のリボン、編み込みと前髪で目元の印象を変えている。手にはさっきまで着ていたのであろう華やかな色のカーディガンを持っていた。
これは薔薇の会のサロン会場周辺で情報収集する時用のちょっとした変装で、マチルダお手製のものだ。
「薔薇の会員」風に雰囲気をがらりと変え、ゆっくり歩いたり物陰に隠れたりして「エドムンド派」の情報を拾ってきて貰っている。
薔薇の会のサロン周辺は若干エドムンド派閥の縄張りのようになっているため、それ以外の人間が歩いているとじろじろ見られたり悪目立ちするのだ。
薔薇の会は私服か制服におしゃれをして集まるらしいので、いかにも薔薇っぽい私服にすればわりとバレないらしい。
……もちろん、本格的に潜入するのならば魔術を使ったり大人に頼れば良い。
しかしユレーナが得意分野を伸ばしたいから任せて欲しいと頼んできたため、まずはこうした危険の少ない調査をして貰っているのだ。
まだまだ子供の技だが、これが意外と情報量が多くて助かる。
ユレーナは周囲のきゃいきゃい明るい声に紛れるようにして、小声で語り出した。
「ガブリエラ様は今日の午後も薔薇の会でお茶をしているようです。しかし、イレ皇子殿下がここ三日ほど学園にいらっしゃっていないため不安定なのか、使い走りにしている生徒をサロンから追い出しているところを見ました。ヴィランデル家の封蝋をつけた手紙を持たせているように見えましたが……」
「そう。イレ皇子の目が届かないと、まだ幼い言動は抑えきれないと言うことでしょうか……。薔薇の会の人数とか、なにか他に変化はありました?」
「人数は恐らく変わっていません。夜明け団より少し多いくらいでしょうか。ただ、参加する先生の数は増えているように見えます。春のころに比べると二、三人ほど」
「わかりました。……流石ですね。ありがとう、ユレーナ」
そうお礼を言うと、ユレーナはほんのりと花のように微笑んだ。
「ご期待に添えますよう。必ずや影を制してみせます、アリス様」
「はい、期待して…………うん?」
え? と聞き返す前にユレーナはふわふわと嬉しそうにしながら自分の席に戻っていった。
いやそんな、悪の秘密組織みたいな……??
まぁ、やる気十分で楽しそうにしているからいいか。
深く考えないようにしつつユレーナの成長だけを喜んで、思考を切り替える。
薔薇の会に出入りする先生の数が更に増えているというのは、やはりダブル皇子効果だろうな。
イレ皇子は毎日に近い登校こそやめたものの、本来のアブデンツィア生徒としての時間割通りには登校してきている。その時にはやはり薔薇の会に顔を出すのだ。
他学年の生徒はサロンのルールで「客か先生」としてしか在籍できないが、先生達はそうではない。
二人の皇族とお茶が出来るのなら、ますます参加しない手はないだろう。
……まぁ、こちらも新しい関係は出来てきたけどね!
そんなことを考えた瞬間、大研究室の扉がドバンと開いた。




