231 天体観測スタート
今はまだ冬の気配が濃い。夜ともなると息は白くなり、コートだけではなく手袋やマフラーも必要な時期だ。
そんな季節の夜、ローヴァイン離宮魔術学園の生徒たちは校庭に集められていた。
「天体観測は今から一刻の間に行う。その間は生徒同士ペアになって、観測係と記録係に分かれて記録を行うのじゃ」
生徒たちへ、オルテンシア様が拡声の魔術で語りかけている。
小さな体をふんぞり返らせているがさりげなくダヴィド校長が支えているので、多分準備段階で興奮しすぎた結果また腰を痛めたのではないだろうか。
「事前に伝えた通り、まもなくカジローク流星群が極大を迎える。その時間にマラカイトやオニキス、ペリドットなどの魔石を確認すれば、流星群の影響を受けて燐光を帯びている様子を確認できるはずじゃ。魔石を用意できた生徒は、その様子もきちんと記録するのじゃぞ」
その説明を受けて、素材ポーチを撫でる。勿論準備はばっちりだ。
「校内や校庭には、教師やアブデンツィアの有志の生徒が巡回しておる。しかし夜じゃ、万全ではない。決して敷地内から出たり、森に入ったり、危険なことをするではないぞ」
低くそう言ったオルテンシア様は、すうっと息を吸って、楽しそうに大声で宣言した。
「それでは、これより第一回合同天体観測を開始する。天の英知の光を、しっかりとその目に焼き付けるのじゃ!」
その声を合図に、生徒たちは静かな喜びの声をあげて散り散りになった。
そりゃあね。もうおあつらえ向きの恋愛イベントというか、あるいは友達同士の交流イベントというか。若い子どもたちにとって「普段出歩くのを許されない夜の学校」を仲良しさんと歩けるというのは興奮しかないだろう。
私も肝試しとか好きだったなぁ、チキンだったけど。
そんな回想をしつつ、人ごみに紛れて校内へ全力ダッシュで逃げ込んだ。
背後で「アリス様!」と誰かの声が聞こえた気がするが、今日ばかりは応える訳にはいかない。すまん。
……と、思ったのだが。
ぜえはあ、という形容詞が相応しい消耗具合で私の逃げる手を掴んだのは、オニキス様だった。
「こ、こんばんは、オニキスお兄……じゃなかったオニキス様。どうしましたか?」
アベルさんの言うとおり、教師に頼るのも外聞が悪いかなと思い、いっそ一人でやろうとスタートダッシュを決めて人気のない所へ行こうと思っていたのだが。
「はぁ、はっ……。逃げ足が速すぎるぞ、アリス」
「す……みません?」
なんとなく謝ってしまうが悪い事はしていなかった。とにかく空き教室に入って話を聞こうとすると、やっと息の整ったオニキス様が私の目を見た。
「誰の誘いも承諾していないと聞いた。どうしたんだ?」
直球だなぁ……。
そう思いつつ、どうやら心配してくれたらしいオニキス様に感謝を述べる。
「ご心配ありがとうございます。でも誰かと喧嘩したり、孤立した訳じゃないのですよ」
そう言うが、オニキス様は全然納得していないようだった。なので、追加で述べる。
「こういう行事で、私達が意味もなく誰かに深入りするのが得策ではないのは……オニキス様も分かるでしょう?」
さりげなく釘を刺すと、オニキス様は呻いた。
「目立つ場所で追いかけてきたのは悪かった。だが、いとこが独りなのは気になるじゃないか」
……ほんと、ピュアで優しいんだよなぁ。ハイメ公爵家の跡取りとして、こんなに優しくて将来傷つくことがないかと心配になる程度には。
しかしオニキス様には、私よりも気にかけるべき子がいるはずだ。
「オニキス様。……アテナお姉様は、誰と組んでいるのですか?」
「え?」
やっぱり。これはあかんやつだ。
「私の知る限り、アテナお姉様は誰の誘いも承諾しておりませんよ」
「!」
その言わんとするところが分かったのだろう、オニキス様は顔を青くした。
「アテナお姉様は人見知りですし……きっと、オニキス様が声をかけてくれるのを待っているんじゃないでしょうか」
普段の様子を見ていればわかる。クラルスの街でハディに吠えられたときだって、真っ先にオニキス様に抱き着いていたくらいなのだ。
まだまだ、お兄ちゃんに甘えたい年ごろだろう。
「実の兄妹が一緒に天体観測するなら、微笑ましいでしょう。でも問題児のいとこにだけ構っていると、要らぬ詮索を受けますよ」
少し悩んだ様子だが、オニキス様はひとまず納得したらしい。
「では、アリスは本当に大丈夫なんだな」
「はい。落ち着けるところを探してちゃんと観測しますので、ご安心ください」
私がそう言ってひらひら手を振ると、オニキス様は一瞬止まって。それから踵を返して校庭へと戻って行った。
「この感じだと、他の子もまだ私の事を探してそうだなぁ……」
それだと、せっかく危機回避で一人になった意味が無い。
一階の廊下はすでにざわつき、生徒で埋まり出していた。
それを横目に見つつ、誰にも見られていないことを確認し、鞄の中に忍ばせていた隠匿のチョーカーを装着した。こっそりと今いる教室のバルコニーに出る。
そして控えめにいつもの口笛をぴゅうと吹いて……数分後にやって来たトフェルにおやつを与えて撫でてやってから、その足に掴まった。
二年生の行事がスタートしました。




