232 諦める必要なんて
「よし、行っちゃってトフェル!」
小声で叫ぶと、トフェルはぐっと上昇しだした。
ドラちゃんに比べれば小さなサイズのトフェルだが、そこは魔獣。頑丈さやパワーは普通ではない。
魔力を喰らって元気いっぱいの状態なら、極々短時間、子供を運ぶことぐらいはできる。
高度が上がるにつれて視界が一気に広がり、夜空と、いまだ生徒がうろつく校庭が一望できた。
「うっひゃあ! ちょ、ちょっと怖い」
運べるとはいえフルパワーで垂直に飛び上るくらいが限度なので、一階から四階のベランダまで上がったあたりで降ろしてもらった。
結構フラフラしていたので、私が成長したらもう運んでもらえないかもな。
お疲れ気味になったトフェルに再びご褒美をやり解放する。
こうした地道な訓練や実験は欠かせないし、やはり楽しい。
「ありがとう、トフェル。今度はもうちょっと長距離で、宅急便とかも試してもらおうかな」
その時はご馳走をあげるね、と語りかけて別れ、校舎に目を向けた。
ここは本館四階の……なんの教室かはわからないが、誰もいないようだ。
生徒たちはほとんどまだ階下にいる。再び外の暗闇に目を凝らしてみると、校庭に敷物を敷いて座ったり寝そべったりしている生徒達が見えた。
どうやら校舎の屋上やバルコニーは混み合うと見て、広い校庭に陣地を取った者もいるようだ。
「それぞれの教室やバルコニーに行く子が多いかなと思ってたけど。意外とアウトドアだなぁ、皆」
そんな感想を抱きつつ、小型の羅針盤と星座盤を鞄から取り出し、方角を確認する。
と、そこで明かりが足りないことを思い出して光の呪文を唱えた。
「〝応えよ我が声に。光よ、前に進み出でよ〟……ちょっとだけ!」
極々小さな魔力量で術を発動すると、アサメイの刀身が蝋燭の炎程度の光度で光り出した。
それを床に置いて確認する。こういう手間があるから二人一組なのかもしれない。
「とっさに来ちゃったからなここ。えーと……あれ?」
見ると、見事に流星群のやってくる方角が死角になっていた。
「うそ。じゃあ移動しなきゃだ」
ぶつくさ独り言を言いつつ、道具を仕舞って移動経路を脳内で確認する。
現在地は本館の南東側。カジローク流星群が良く見えるのは北側らしい。
となると、一端屋内に入って反対側へ行くか、またトフェルを呼んで屋上まで行くかの二択だ。
さっきので少し疲れたっぽかったし、トフェルを何度も呼ぶのは可哀想かもしれない。
ドラちゃんを呼ぶのもありだが、体だけでなく羽ばたく音や鳴き声もでかいので、人が近くに居る時……特に音に敏感になる夜は避けたいところだ。
となると、できるだけ人に会わないようなルートを選んで屋内を移動だな。
そう決めて移動を開始する。
ぶっちゃけ、スパイごっこっぽくて楽しくなってきた。
背後の窓を確認してみると、奇跡的に開いていた。
それを開いたところで。
「確保―!!」
……なんと、侵入しようとした部屋の中にはヨハンとニコラスがいた。
「うわあ!?」
二人がかりでしゅばっと持ち上げられ、バルコニーから室内に入れられる。てか、さっき見た時はいなかったよね!?
どうしてこの場所が分かったのかと聞くと、ドヤ顔のヨハンにこともなげに答えられた。
「トフェルに掴まって飛んでいくアリス様が見えたので、まっすぐここに来たんです。他の魔道具に無関係な人には見えてないと思いますけど」
「というか、まだ安全かは検証中なんですからトフェルで飛んじゃダメですよ。見ててヒヤヒヤしました」
ニコラスからはぷりぷりと怒られた。ごめんよ、スパイごっこのノリでやってしまった。
内心テヘペロしつつ神妙に謝るも、二人は解放してくれる気配がない。
「えーっと……」
今日は一人で行動するからねー、と事前に言ってあるのだが。
しかし二人は顔を見合わせてから笑顔になり、私の両手をそれぞれきゅっと握り、さりげなく窓際に寄せてきた。
「アリス様、俺たちと一緒に天体観測しましょう?」
「ペアを決めかねて、お一人でやるおつもりだったんでしょう。なら三人でもいいじゃないですか!」
「名案だ」「そうだな」なんて二人でにこにことしているのは史上最強に可愛いんだが、そんなところをガブリエラに見られたらまた発狂されかねない。
なんか、ニコラスだけじゃなくてヨハンを見る目つきも猛獣っぽくて怖いんだよね……。好みなのかな。
「えーと、ですから、今日は一人でやりたい気分で……」
「俺たちは側近ですから、アリス様の影ですよ?」
「そうそう、なんでしたら、いないものとして下さってもいいので」
またにっこりと頷き合うデュカー兄弟。
ぐう、あざとい。
動きがシンクロしてて、仲良し双子っぽくて……まずい、また私の性癖が連続正拳突きを食らっているっ。
私が悶えていると、ニコラスがにっこりと言った。
「それと俺たち、喧嘩して取り合うのはやめにしたんです。なぁヨハン」
「へ?」
「兄さんの言うとおりです。どちらかが諦めるより、三人の方が楽しいよなって、俺も納得しました」
「何を!?」
なにやら不穏な空気が漂ったところで。
「アリス様、お逃げくださいっ!」
「せいやあっ!」
いつの間にか近寄ってきていたマチルダとユレーナが、がばっと二人を取り押さえた。
「マチルダ、ユレーナ!?」
「この二人は私たちが取り押さえておきますので、さぁさぁ、アベル様のところへGOですわ!」
「ええ!?」
もだもだと暴れるデュカー兄弟は布を被せられていて、シーツおばけと化している。
な、なんかよくわかんないけど……変な空気になりかけていたし、とりあえず逃げるか。
ここは任せた! と二人に声をかけて、私はすたこらと逃げ出した。
「さあ、大人しくなさいませ! アリス様を怖がらせた罪で、猫耳カチューシャの刑ですわ!」
「や、やめろおおお!」
「さあユレーナ、記録を!」
「任せてください!」
……物凄く振り返ってしまいたいやりとりが聞こえたが、とりあえず逃げ出した。
てかマチルダ、いつの間に猫耳カチューシャなんて作った? 後で話し合おうね。
暴走①でした(笑)




