230 ニコイチについて その②
「にこいち……?」
首を傾げ、聴きなれない単語を復唱したアベルさん。
そのひらがな発音をちょっと可愛いと思いつつ、説明する。
「要するに、親友とか幼馴染とか恋人とか、どちらが欠けても駄目な、その二人じゃないといけないような仲良し関係のことです。皆、私に優しくしてくれますけど、そういうイベントの時に片方を借りるのは気が引けて……」
例えば私の秘密を最も知っている、ちびっ子廃塔組を参考にしてみよう。
ユレーナとマチルダは言うまでもなくニコイチだ。常に協力して頑張っているし、私がどちらかを選んだら、どちらかは宙ぶらりんになってしまう。
桃紫コンビも、主に手を引くローリエ様と引かれるレティシア様という関係なので、どちらかを選ぶことはできない。
ヨハンとニコラスは言うまでもなく仲のいい兄弟だし、今は絆の回復中だ。
イヴァン様とフレッジ様もダブルリーダーとして、他のケモっ子とは一線を画している。
ヴィル兄様はアブデンツィア生だから除外だし、オルリス兄様は卒業生なので今回は関係なし。
そして全員に共通するのが、片方が私と組んだ場合、もう片方は非常に寂しい思いをしたり、自惚れでなければ地団駄を踏みそうという事だ。
それが分かっていて声をかけるほど、無粋ではないつもりである。
では他の夜明け団メンバーに声をかけたらどうかというと、そんなことをしたらペアの座を巡って大乱闘やら決定戦やらが起きることが予想されるから、それもなし。
好き嫌いは別として、自分の属する集団のトップと組みたいと考えるのは貴族なら当然だからだ。
そして夜明け団以外の人となると、もう適任な候補がいない。
そんな訳で、もういっそひとりでやるか、先生と組もうかなと考えているレベルなのだ。ぼっち救済のために何人か手を空けてあるらしいし。
実際に今だって、今日のお供であるヨハンとニコラスは二人で連れ立って、屋上で鳥系魔獣にご飯をあげている。
確実に兄弟で仲睦まじくしているはずである。その様子を見ているのが好きなので、割って入ろうとは到底思えない。
そんな私の考えをとつとつと語ったところ、アベルさんは不思議なものを見る目でこちらを見た。
「……君は本当に侯爵令嬢か?」
本日二度目の問いである。なんだ、情けないとでも言いたいのか。
むうっとむくれて見上げると、珍しく少し慌てた様子のアベルさんは「責めている訳じゃない」と言った。
「貴族と言うのは普通、欲しいものを奪う生き物だろう。見かけは優雅でも、周囲を蹴落とすことに余念がない。そういう意味では、君は全く侯爵令嬢らしくない。……そう思っただけだ」
「えっと……」
……どうやら慰めてくれているらしい。あのアベルさんが。
それに気づいてちょっと心がこそばゆくなった。
正直嬉しい。照れくさくなって、へらっと笑ってしまった。
「私もそういう貴族と変わりませんよ。私の場合は、そういう仲良しさんがいっぱいいる黄金の夜明け団という居場所が好きで、そこに不和をもたらしたくないだけなんです。だから夜明け団に手を出すものが居たら、容赦なく戦って蹴り飛ばします」
実際にそれで、入学してすぐにアギレスタ皇子と決闘までして騒ぎを起こしてしまったのだ。
その話をした時には、アベルさんがドン引き気味に「……そんな騒ぎをここに持ち込んでくれるなよ」と言っていたっけ。
一応ひっそりと隠れ住んでいるのだから、そう言いたくもなるだろうな。
ともかく、自分の欲しいものは戦ってでも奪う打算的な生き物が貴族だというのなら、私こそそうだろう。
照れ隠しにそう言うと、アベルさんは少しだけ微笑んだ。
……微笑んだ?
ちょ、レアだ。あの爆笑以来である。いやあれはカウントしたくないが。
「やはり、侯爵令嬢らしくない」
そう言ったアベルさんの手が、私の頭を一往復だけゆるく撫でて離れて行った。
「……これでも侯爵令嬢ですよ」
なんとなく気恥ずかしくなって俯いてしまった。この前のもそうだけど、アベルさんのデレスイッチって読めない。
「令嬢だと言うならば、あぶれて教師と二人という姿を見られる訳にもいかないだろう。それなら一人で隠れて行った方が良いと思うが……。どうしても行き先が無かったら、来ればいい」
「!」
びっくりして顔を上げると、アベルさんはそっぽを向いて作業に戻ってしまった。明らかにちょっと……照れている。
「言いましたね! じゃあ、本当に押しかけますよ」
「そうならないよう、努力した方がいいと思うが」
「むしろ、最初からここで観察したいなぁって思うんですけど。どうですか? ご一緒に」
「それは……君の側近に睨まれているから、やめてくれ」
え? と思って屋上に続く階段を見ると、ニコラスとヨハンがぎりぎりとハンカチを噛みしめながらこっそりこちらを覗き込んでいるのが見えた。
悔しがり方が古式ゆかしすぎるな……? しかも兄弟お揃いである。
ともかくアベルさんのおかげで気分が上がって来たので、珍妙な事をしている二人に声をかけて帰る準備を始める。
――本当は、私が悩んでいたことはもう一つある。
それは、明日の天体観測が「ゲームイベント」なんじゃないかという懸念だ。
ゲーム本編は確か第五学年くらいから本格スタートだったと思うが、過去の回想用のイベントがあった可能性は十分にある。
いわゆる「あの時の子は君か!」とか「昔は可愛かったのに」的な。よくあるやつ。
この前ガブリエラが発狂したのは、もしかして皇立庭園の校外学習もなんらかの「イベント」のタイミングだったからではないか。
それに、ペアという単語を聞いた時に気付いたのだ。
実習、修学旅行、舞踏会。その他もろもろ、乙女ゲーにおけるペアとかグループ行事というのはイベントと相場が決まっているしね。そのくらいは乙女ゲーをほとんどやらなかった私でもわかる。
オマケに「天体観測」なんてロマンチックそうな行事、いかにもじゃないか。
……そんな訳で、そういう予測も「特定の相手とペアを組みたくない」理由のひとつだった。むしろこちらがメインの理由かもしれない。
ダブル皇子を侍らしながら、オルリス兄様にまで手を出してきていたガブリエラのことだ。
そういう「イベント」で私が誰かと一緒に居るのを見かけたら、問答無用で攻撃してくる気がする。
実はまだ皆の誘いをのらりくらりとかわして明日の行動予定を立てていないのだが、案外、本当にこの塔に引きこもっておくのもいいかもしれない。
そう考えつつ、デュカー兄弟に送られて寮へと戻った。




