106 宣戦布告
「随分と楽しそうですのね。芸でも仕込んでいますの?」
いつも通りの真っ赤なドレスに身を包んだガブリエラが、高笑いしながら取り巻きを連れて現れた。
ガブリエラの側にはニコラスとキルシェを筆頭に貴族の子供たちがおり、その大部分が勝ち誇った顔をしたりニヤニヤしていた。
その低能な言葉には返事を返さず「ごきげんよう、ガブリエラ様」とだけさらりと返すと、ガブリエラのこめかみがピクリと動いた。
「随分熱心にお喋りされてましたけど、良いんですの?明日の試験……そのために悪あがきをされなくても?」
「ん……? なにかしら……。なにかの鳴き声が聞こえますね。……あぁ、ガブリエラ様の声でしたか! 前から思ってましたけれど、とっても美しい声をされていますよね。まるでさえずる可愛い小鳥の様です」
わざとらしく耳をそばだてるフリをしてから、あぁ!とすっとぼけてそう言うと、ケモっ子達がブハッと吹き出した。
昨日の鳥頭の例え話が広まっていたらしく、今の私の発言の意味がわかったのだろう。
内心ニヤニヤしつつガブリエラの様子を見ると、私のすっとぼけた切り返しに「意味は分からないけど、なんかムカつく」ものを感じたらしく、口元を引き攣らせて青筋を浮かべていた。
「ふう……。オーキュラス家のご令嬢はまともに人と会話することも出来ないらしい。これではこの国の行く末が危ぶまれるな」
コツ、コツと外回廊を歩いてくる音と共に、子供ながらに気取った美声が聞こえた。
「アギレスタ様ぁ!」
ガブリエラがピンク色の悲鳴を上げる。さっきまでの意地悪そうな顔を引っ込め、ニコニコと頬を染めて皇子の腕に絡みついた。
「ガブリエラ、これはなんの騒ぎだい?……オーキュラスに酷いことを言われなかったか?」
「はい、大丈夫ですわ……わたくし、こんな奴に負けませんもの!」
おおう……。なんか、二人の世界が完成している。
放っておいてる間に相当仲が良くなっていたらしい。あと酷いことも何も、突っかかってきたのはそっちなんですけどね。
とんだ茶番に呆れていると、珍しく皇子がこちらを向いた。
「オーキュラス。獣人と戯れるのは好きにしたらいいが、君には高位貴族としての誇りはないのか? まったく……見ていて見苦しいよ」
「……仰っている意味が分かりかねます、皇子殿下」
「そうか。せっかくの助言も耳を貸さないか……。誰も相手してくれないからといって、そこまで落ちぶれたくは無いものだな」
そう言ってキラキラ皇子オーラをドス黒い発言で台無しにしている皇子は、ガブリエラや取り巻き達と「やれやれ、かわいそうな奴らだ」という顔をし合っている。
一方私は私で、嘘だろ……。皇族の一員でありながら白昼堂々人種差別発言とか、さすがに周りが見えていなさすぎでは……。と、ある意味青くなっていた。
若干ドン引きしていると、後ろのケモっ子達だけでなく人間の子供たちもざわめき出した。
しかしここで揉めてはまずい。誰かが暴走し出す前に、私は話の主導権を握る事にした。
「皇子殿下。私はこの国の貴族として、殿下、ひいては皇帝陛下を愛し敬っております……」
「へえ、そうかい」
はっ、今更ゴマすりか?という顔をした無駄イケメンこと馬鹿皇子は、次の瞬間、私の表情にひゅっと息を飲んだ。
うん?別に威圧するつもりは無かったんだがな……。と思いつつ、言葉を続ける。
「しかし殿下。高貴なる者は、もっと余裕を持つべきです。大した理由もなく、いたずらに他者を貶めるべきではないと進言致します。それが皇子の為になりましょう」
「っ、なんだと……!」
私に苦言を呈されていることがわかったらしく、一瞬で怒りに満ちた顔になった。
「生意気を言って申し訳ありません。……ですが、今ここで私を罰したら。そんな前例を作ってしまったら、これから先、殿下に面と向かって意見を言えるものはいなくなってしまうのでは無いでしょうか? ……助言や意見を受け付けない統治者を、なんと言うのでしたか……」
再びすっとぼけて思案する顔をした私は、ぽんと手を打って、ゆるりと言葉を発した。
「ああ、そうですわ。……暴君、と言うのです」
にこりと微笑んで告げる。皇子は絶句した。
「あぁいえ、決して殿下がそうだと言っているわけではないのですよ?そんな言葉があったなぁと思っただけです」
「貴様……っ」
おいおい、派閥二位のご令嬢に貴様はまずいだろ。まぁ、煽る私も私か。
と思いつつ、更に釘を刺しておく。
「敬愛する我らが殿下。繰り返しますが、このような沢山の人の前で、不用意な発言は慎んだ方が貴方様の為。……それは、この光景を見れば一目瞭然かと存じます」
そう言って恭しく一歩退き、私の体で隠れていた後ろの子供たちを見せる。
すると、皇子は少し怯んだ顔をした。
それも当然だ。獣人であるケモっ子達は相当嫌悪感を顕にしているし……しかしそれだけじゃない。
あまりに考えなしな皇子の様子に、人間の、私を頼ってきた子供達も不信感を顕にした顔をしていたからだ。
この子達だって貴族。……上の人間が有能か無能か、本能的に嗅ぎ分ける力は幼いながらに持っているのだ。
コイツについて行って大丈夫かな、理不尽なことをされないかな。そんな当たり前のことは前世の小学一年生だって考えるしね。
「ふ、ふん……! お前に進言されるようないわれは無い。口を慎め、オーキュラス」
いやだから、私も高位貴族だから。進言しないと駄目な立場だから!なんもわかってねーなこいつ!
ずっこけそうになりつつため息をつくと、ガブリエラの横にいたニコラスが口を開いた。
「このような低能な者どもと会話していると、こちらまで馬鹿になってしまいそうです。行きましょう、皇子」
……ニコラス、てめーは駄目だ。
「ニコラス・デュカー」
「っ!」
名前を呼んでやると、ニコラスはまさか呼びかけられると思わなかったのか、びくりと体を震わせた。
「誰が低能なのです?……少なくともここにいる子供たち、そして私は、貴方に気品、常識、学力全てにおいて負けるとは思えないのですけれど」
「なんだと……!」
煽ってやると、即キレだしたニコラス。
今度はガブリエラがムッとした顔をした。
「うちの側近に話しかけないで頂けます?! ……それに、学力ですって?馬鹿にしないでくださる?!明日の試験だって、我が高貴なる薔薇の会の会員は余裕ですわ!」
「へぇ、そうですか」
おお、煽るとほんとよく燃えるなぁ。愉快愉快。
「では競争しましょうか。明日から始まる冬季休暇前試験……。薔薇の会と我ら夜明け団で、五大教科の総合平均点が上だった方が、より優れていると認めてくださいませ」
「んなっ……!」
「良いだろう」
「アギレスタ様っ?!」
まさか皇子がノるとは思わなかったのか、ガブリエラの悲鳴が響く。
「吠え面かくなよ、オーキュラス。もしお前が負けた時には、……そうだな、臣下として僕の靴にキスをしてもらおうか」
「分かりました。では……皇子が負けた時には、“負けました、ごめんなさい”と書いた札をお腹と背中にぶら下げて1日過ごしてくださいませ」
「きっさまぁ……っ!」
はっはっは。煽りスキルでアラサーに勝てると思うなよ、小僧。
意図せずして競争することになってしまったが、まぁいい。
うちの子たちは勉強してきたし、遊び呆けていたガブリエラ陣営に負けることもないだろう。
はーっはっは、馬鹿皇子の無様な姿が早く見たいもんだぜ!と思いながらくるりと振り返ってみると、ヴィル兄様が心配のあまりかひっくり返りそうなくらい青くなっていた。
……すまん。
書いててすごく楽しかった(笑)




