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十一話

 警戒はしたが、声を掛けてきたのは好奇心旺盛そうな女の子だった。

 元気そうな瞳が微笑ましい14、5歳くらいの女の子。何より特徴的なのは頭にフェネックのような大きな三角耳がピンと空を向き、お尻の辺りにもしっぽが揺れている所だろう。

 底抜けな愛らしさにカラフルな民族衣装風の服はよく似合う。


 いわゆる獣人と呼ばれる人種。

 獣の特徴をその身に宿した人を指し、大陸中の獣人を集めればどの人種よりも多いと言われているものの、ライフスタイルや特性が大きく違う種族も多く、一概に獣人と言っても様々だ。


(おおっ、狐っ娘! 僕が求めてた獣人っていうのはこれなんすよ!)


 ニムルの町でも何度か見かけた事はあったが、ごっついおっさんの猫耳や犬耳ばかりというのは精神的にくるものがあったので見て見ぬふりをしていた。失礼な奴である。


「ん、どうかしたのかい?」


『ああ、なんでもないっす』


 もふもふを求めて手を伸ばそうとしたが、後ろにいた片目に眼帯を掛けた初老の犬耳男の視線に気付いて引っ込める。


「おや、ニューレ石だ。もしかしてクエルニスタ大陸の人? の、割にファーニスタ語は聞き取れるんだね」


 ファーニスタ語とはその名の通り、ファーニスタ大陸で広く使われる言語。

 クエルニスタ大陸はファーニスタ大陸と交易路が確立している二つの大陸のうちの一つだ。


『話せない事はないんすけど、練習中なんすよ』


『じゃあ、こっちの方がいいかな』


『おおっ、意思疎通の魔法が使えるんすね!』


『これでも大陸を渡って商売をしているからね。ああ、名乗るのが遅れて申し訳ない。私はアヴニスタ大陸から来た商人でリーファ=アディールという者さ。薬を扱う商売をしている』


 そして交易路が確立している二つの大陸の内のもう一方。アヴニスタ大陸から来たという少女は外見からはおおよそ想像の付かない挨拶をしてみせる。領主館の職員達よりも貫禄を感じるのは、彼女が大陸を渡って経験を積んだ商人だからというだけではないだろう。


『私はミュウといいます。ところで、出会ったばかりの女性に年齢を尋ねるのは失礼かと思いますが、リーファさんは外見相応の年齢でしょうか?』


『あらら、ファーニスタ大陸では珍しい種族なのによく分かったね。これだけ早くバレたのは初めてだよ。確かに私は40を超えているよ』


(おおぅ……)


 獣人は種族によって年齢が大きく違う。中には50年も生きられない獣人もいれば、500年近く生きる獣人もいる。リーファは後者の長命なタイプなのだろう。


『"純人族"の君からしたら年上かもしれないが、アディール族では若輩さ。リーファと気軽に呼んでくれていい』


 純人族は突出した特性を持たない種族――つまりはただの人を指している。


『……気軽に接してもいいならそうさせてもらうっすけど、僕に声を掛けた理由を教えてもらいたいっすね』


『いやなに、私はこの見た目だからああいう輩には何度も出会っていてね、君みたいな女の子が見事に追い払う姿が痛快で痛快で』


『野次馬根性たくましいっすね。それじゃ』


 好奇心旺盛なただの女の子なら好意と受け取れたが、精神年齢がミュウより上の高齢幼女となれば面倒事の臭いがしてしまう。

 差し引いても本能や直感に訴えかけてくるものがある。


 シュッシュと拳を振るう見た目だけは微笑ましい高齢幼女を置き去りにしようとしたが、そうはいかなかった。


『まぁまぁ、可愛い女の子を一言で切り捨てるなんて酷いじゃないか!』


 腰にタックルしてへばりついてくるリーファ。

 これはもう逃がしてくれないだろうとミュウも苦虫を噛み潰したような表情になる。

 ミュウも似ているからよくわかる。使えるなら女や子供だというのを盾にしてでも利を得ようとするしたたかなタイプだ。


『はぁ、さっさと要件を言って欲しいっすね』


『おや、嫌々という割には素直だね。振り払ったりはしないのかい?』


『泣き真似でもされたらさっきの騒ぎの後だし洒落にならないんすよね』


『あらら、バレてる』


『僕ならそうするっすからね』


『何だいやり辛いな』


 やり辛いなどと言いながらもにやりとする姿は年相応の駆け引きをしてきた人間のものだった。

 狐っ娘に危うく化かされる所だった。可愛らしさが逆に憎たらしくなる。


『まず離れてくれないっすかね。どうせ暇だから話くらいは聞くっすよ』


『ありがたい。往来で話し込むのもなんだ、近くに宿を取っているからそこで話そうか』


『昼食食べてないんでそれくらいは奢ってもらうっすよ』


『こちらから誘ったんだ。それくらいはこちらが持とう』


 先導して歩き出すリーファ、狐耳を触ろうとして視線で牽制してきた犬耳男が続く。彼はただの従者というより護衛なのだろう。振り向きざまに再び向けられた鋭い視線といい、背中を見せていても近付きがたい空気といい、警戒されているのはミュウも気付く。


(ついついゲーム感覚で武器を突き付けたのはまずかったとは思うっすけど、こういうのを射殺さんばかりの視線、とでも言うんすかね。あんなのに見られながらご飯とかどんな罰ゲームっすか……)


 あんなに警戒されながら食事をしなければならないのかと思うと味が分かるか心配になる。




   ▽   ▽   ▽




 重たい気分を引きずりながら連れて来られたのはニムルの町の三等区画。較的、裕福な町民の住む住宅や宿が立ち並ぶ区画だ。領主館やギルドのある二等区画と隣り合わせてはいるが、20分近くは歩いただろうか。


 貴族や大手の商人ともなればメリア宅や領主の家がある一等区画、または二等区画の宿を取る。その辺りに詳しい訳ではないが、普段通いなれている区画の宿からするとランクが下がった宿を見てリーファは商人としてはあくまでそこそこと言ったところなのだろう、とは予想出来た。


『テーブルがないんだ、そっちのベッドに座ってくれ』


 宿に付いて食事を頼み、リーファの予約している客室に招かれる。

 どうやら護衛の彼と同室らしく、二つあるベッドの片方に腰掛け、もう片方に座るように勧められる。


『話を始める前に謝るよ。あんな引き留め方をして悪かった』


『飯代が浮いたと思ってるんで気にしてないっす』


『ありがたい。では単刀直入に要件を言おう、私と専属契約して欲しい。期間は奉納祭の始まりから終わりまで。経費はこちら持ちで一日トルク銀貨4枚だ。どうだろう?』


 どうだろう、と言われても何の話かさっぱり分からない。チンピラを追い払った直後に絡まれたという状況から推察するに、その腕を買われているのだろうとは思われたが。


 話が読めずに戸惑っているミュウの反応の悪さをどう捉えたのか、リーファは四本立てていた指を五本にチップを上乗せしてくる。


『これでもダメかい?』


『その前に状況が呑み込めてないっす』


『ふむ、状況か。確かに依頼内容も言っていないのに頼むのは不躾だったな。私がアヴニスタ大陸から来たという話はしたが、こちらで商売を始めて先日ようやく小さな商会を立ち上げたばかりで人手が足らなくてね。ここに来られたのは私と従者一人。ニムルの奉納祭といえば魔物素材の宝庫、中には薬になるものも多い。そこで従者と二手に分かれて素材を集めたいと思ったのだが、私一人になるとああいう輩に絡まれるのは明白。そこで君に護衛を頼みたい。祭の近いこの時期に一人で出歩いているという事はフリーなんだろう?』


 ミュウの求めた状況説明とは微妙にズレていたが、腕を買って声を掛けて来たというのの裏付けにはなった。


『お断りするっす』


『む、もしや雇用主がもういるのかい? 品が良さそうだったから貴族と繋がりが』


『いやいや、そもそも前提が間違ってるんすよ。そういうのはギルド行ったらいいじゃないっすか。ハンターギルドがあるんすから』


『募集は出してもただでさえ少ない女性ハンターでさらに腕の立つ人物はなかなかね。後ろの彼が男のハンターは粗暴者ばかりと許してくれないんだ。ほら、私は可愛いから襲われかねないだろう?』


 ドヤ顔にイラつきながらも、ハンターと名乗るチンピラに絡まれた後なので説得力はある。だからと言ってミュウが護衛を引き受ける理由にはならない。


『だから前提が間違っているんす』


『前提?』


『僕はハンターじゃないんすよ』


『……冗談だろう?』


『まじまじ』


 リーファがミュウに目を付けたのは単に女性で腕が立つというだけではない。遺失魔法を所有しているという二点にあった。


 遺失魔法はその多くが国によって管理されているが、ハンターが独自に所持しているものも相当数ある。

 国は遺跡に対して所有権を主張しているが、入場制限もしていなければ出土した物に対しても報奨金を出すだけで義務化はしていない。

 遺跡は魔物の巣窟というのが常識で管理は容易でない。しかも国軍を出しても遺跡は隊列を組んで探索出来るような場所でもないとなればハンターに頼むしかない。だがハンターは国から独立しているギルドの管轄。つまり国が強制する事が出来ないのだ。


 だからこそハンターが遺失魔法を独占しているのはあり得る話だが、遺跡の探索には一定以上の等級かつ遺跡の知識が必要となる。

 遺失魔法の所持というのはエリートハンターの証でもあるのだ。



 ――といっても、ミュウの使っているスキルやコマンドが遺失魔法に属する物なのかすら怪しいので、リーファの勘違いでもあるのだが。


『だがさっき何もない所から武器を取り出したのは遺失魔法だろう?』


『あれは……んー、僕がもともと使えた魔法みたいなものっす』


『もともと使えた?』


『説明がめんどくさいんで省くっすけど、ハンターではないっすよ。いくら確認してもらってもそれは事実っすから』


『では魔術師か何かかい?』


『領主館の臨時職員……伝令書士助手っすね』


『は?』


 予想がかすりもしない答えにリーファも目が点になる。

 伝令書士が護身程度に荒事の嗜みがあるのは当たり前だが、大の男を投げ飛ばしたり、謎の遺失魔法を使ったり、物々しい武器を扱ったり、決して武闘派ではない。

 助手ともなれば本当にただの平民だ。


『遺失魔法まで使えて腕が立つのにハンターじゃないのかい?』


『別に腕が立つからハンターに必ずなるってものじゃないっすよね』


『それはそうだが……』


『僕の身の振り方を固めた訳じゃないっすけど、ハンターにはなる気がない……というより、ギルドに縛られるつもりがないんすよね』


 ゲームっぽさが漂うギルドという言葉に惹かれてハンターギルドに登録を考えなかったと言えば嘘になる。

 ろくに常識もなく働き先のない現状、身一つで稼げるというのは魅力的だ。何よりPeriodheim Onlineのあれこれを引き継いでいるミュウにとって荒事というのは最も向きな仕事である。


『縛られるというと、"徴兵"の事かな?』


『ま、それもあるっすけどね』


 ハンターギルドには徴兵制度がある。

 深刻な魔物被害がもたらされると予測される場合、ハンターギルドの指示に従ってこれの解決に当たらなければならない、という義務がある。

 腕の立つ、立たないに限らず、低級ハンターでも治療や看病、薬の素材採集に借り出されたりする。


 ハンターギルドに属していると町の移動に通行税を取られず、ハンターギルドでの素材の買取手数料も免除される。

 依頼を受けなくとも、この基本的な二つの権利だけでも十分に登録する価値がある。ハンターとしての格を高めていけばさらに権利は増えていく。

 権利徴兵制度はその権利に付属する義務の一つだ。


『指名依頼に対し、ハンターはこれを原則拒否する事が出来ない』


 だが、ミュウにとってより重く感じられたのがこれだ。

 指名依頼というのは、身分を保証された人物――主に貴族や豪商人――が発行出来る依頼だ。

 通常はハンター階級のみを指定して依頼をする形になり、ギルド側もあくまでそれを紹介するだけに留まる。だがこちらは詳細に受けられるハンターを選別し、ギルド側もそれに沿ったハンターに義務として依頼を課す。


『指名依頼が縛り? だが指名依頼は貴族とも接点を結ぶ、いわばチャンスなんじゃないかい?』


『めんどくさいんすよ、権力とかって』


 クライアントの身分が高い事もあり、報酬は良いし、何より人脈というのはハンターを長く続けていくなら必須とも言えるものだ。貴族のお抱えともなれば下手な騎士階級よりも贅沢が出来る。

 より高位のクライアントから指名依頼を渇望するハンターは沢山いるが、尻込みするハンターもいるくらいリスクは重い。


 依頼の失敗は違約金程度で済むケースが稀だ。

 ハンターを選定したギルド側にも損害の保障は求められるが、その一割でさえ個人が背負うには重い額になる。もしも全財産を叩いても足りないなれば、命まで取られずとも奴隷落ちは逃れられない。

 ギルド側もそれを防ぐために審査はしているが、せいぜい過去の依頼履歴を洗うくらいのものだ。ギルドの手落ちで奴隷落ちするハンターもいるのが実情だ。


 断るとなれば各地のハンターギルドの裁量にはよるが、権利各種の停止、昇格の停止や降格は当たり前。しばらくは無償で町の移動も出来ずにギルドに強制奉仕させられ、逆らえば犯罪者扱いとなる。



 ミュウもハンターギルドについてメリアから聞き、この一点だけですぐに登録は諦めたのだ。

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