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十二話

 依頼の失敗というのも怖いが、もしPeriodheim Onlineと同程度のパフォーマンスが発揮出来るならどうこうなるとは思えない。

 懸念しているのは逆にやり過ぎてしまうかもしれないという事だ。


 寄生やクレクレ厨と呼ばれる、上位のプレイヤーのおこぼれに与ろうとする輩にミュウは散々絡まれてきたのでそのめんどくささはよく分かる。

 形は違えど、目立ちすぎる力を利用しようとする輩は出て来るだろう。それもゲームではなく、リアルな生活に直結してくると考えれば権力というものには慎重にならざるを得ない。

 チェスタの事ばかりではない。ミュウ自身がどのくらいのパフォーマンスを秘めているのか理解していない。そんな状況では石橋を叩いて渡るくらいが丁度いい。



 とは言っても、ミュウも能力をひた隠しにしてひっそりと生きていきたい、などとは思っていない。使えるものは使うし、やりたいようにやる。

 ただし、ルールの中でやる。


 ゲームでもチートと呼ばれる反則紛いの行為でやりたい放題やるプレイヤーがいるが、何でも出来るからといってルールを突き破ってしまえば世間から白い目で見られて弾かれるのがオチだ。


 貴族だろうが王族だろうが絡んでくるのは好きにすればいいが、彼らの強制力の働くルールは初めから願い下げだ。

 指名依頼というのはミュウの感覚からすると、寄生目的のプレイヤーが金さえ払えばいつでも高位プレイヤーを呼び出せるというルールのようで嫌だった。


『君がハンターになりたくないというのは分かった。同時に、指名依頼を受けられるくらいの腕は自負しているというのもね』


『……将来的にそうなったら嫌だなって話っすよ』


 しまったと思って反論はしたが、リーファの鬼の首を取ったと言わんばかりににやついている所を見ると無意味だったと物語っている。

 指名依頼は誰でも受けられる訳ではない。相応に実力を持ったハンターだけだ。


『ハンターでなくて構わない。責任も問わない。奉納祭の護衛を頼めないかい?』


『何でそこまで僕に頼みたがるんすか? 実力も素性も知れない一般人を信用する気が知れないっすね』


『勘だよ、勘』


『勘って……それでよく商人なんてやってられるっすね』


『勘は大事だよ。私は利得だけで動く商人なんて三流以下だと思ってるね』


 倍近く生きている人だけあってミュウの言葉を詰まらせるだけの貫禄を持っていた。

 断るだけなら断れただろう。だが、ここまで信頼してもらって突っぱねるだけの理由をミュウは持ち合わせていなかった。


『はぁ、わかったっす。でも職場の許可を取れたらって事で』


『構わないよ』


 リーファは紙とペンを持ってきてさらさらと書くとそれを差し出してくる。


『依頼内容は奉納祭中の護衛。報酬は日当トルク銀貨5枚。事故や君の実力でも対処しえない事態に対し、一切の責任は問わない。違約金も発生しない。って内容契約書さ。私のサインも入れておいた』


『ふーん』


 読み書きはまだまだのミュウはちらりと視線を落として紙を折りたたむとポケットに突っ込む。


『契約の条件に一つ、付け加えていいっすか?』


『何だい?』


『そっちの人、えーっと』


『カルナード=バディルと申します』


 初老の犬耳従者が短く答える。

 彼も意思疎通の魔法を使えるのに少しばかり驚いたが、リーファが二人旅を任せるくらいに信頼したポテンシャルを持っているのだろうと納得する。


『カルナードさん。僕と軽く戦ってくれないっすか?』


『理由をうかがっても?』


『ほら、そっちは僕の実力を知らない訳じゃないっすか。それを確かめておくいい機会だと思うんすよ』


 いい案かと思ったのだが、リーファとカルナードの反応は訝しむものだった。

 何も知らない相手に護衛を任せるというのは不安に思われるが、ハンターとの契約など本来はそんな行き当たりばったりなもの。指名依頼でなければ階級でしか実力が判断できないのだから。


 それにハンターは安易に手の内を明かさないというのが常識だ。

 わざわざ実力を見せておきたいというのは力をひけらかしたいか、自信家か、あるいはバカか。


 二人から見てミュウはどれにも見えないからこそ、そこにどんな意図が分からずに混乱していたのだ。


『あー……正直に言うと、分かんないんす』


『分からないというと?』


『僕がどれだけやれるのか。かなり出来る、と思ってはいるんすけど』


『ふふ、分からないのにかなり出来ると思う、というのも変な話だね』


『色々あるんすよ』


 遺失魔法についても説明しなかった事といい、事情があるという事だけはリーファも察した。

 そこまで踏み込むのは野暮というものだろう。


『実力不足だと思ったなら契約は破棄してもらってもいいっすよ。安請け合いして何かあったら責任は問われなくても寝覚めが悪いっす』


『こちらとしても君の実力を見せてもらえると言うならありがたい。カルナもいいかい?』


『構いません』


『場所はどうするっすかね。いい場所があればいいんすけど、僕そういうの知らないんすよねー』


 ニムルの町に来て日が浅く地理には詳しいとはとても言えない。そんなミュウに提案を申し出たのはカルナードだ。


『でしたら良い場所があります』


『お、ホントっすか?』


『ですが、その前に昼食にしましょう』


『そうっすね……』


 丁度ノックの音が響き、宿の人が昼食を持ってきてくれた。スープの香りに思い出したようにミュウのお腹も鳴ったのだった。





   ▽   ▽   ▽





 リーファの旅の話をつまみに昼食を済ませ、カルナードに連れられて来たのはハンターギルドだった。

 領主館と同じ区画にあるのでミュウも遠目には何度も見ていたが、中に入ったのは初めてだった。


 旧作ウエスタン映画に出てくるような酒場をミュウはイメージしていたが、長いカウンターを挟んであれこれ手続きをする役所だった。

 カルナードが受付に行っている間、残されている女二人組みはしっかり注目されているが我関せずだ。男率の高いハンターギルドで美少女は非常に目を引く存在だが、中身はどちらも癖が強いのが残念だ。

 ファンタジー的なギルドじゃなくてがっかりして足をぶらぶらさせているミュウと退屈そうにあくびをして頬杖を付いているリーファ。いい歳をした女達の哀愁漂う姿も何だかんだと傍からは憂いを帯びた横顔に見えるのだから詐欺である。


『お待たせしました』


『で、これからどうするんすか?』


『裏手の訓練場を使わせてもらいます』


『へー、訓練場なんてあるんすか』


 どのハンターギルドにも訓練所は付属している。普段は新人ハンターの研修、昇格試験などに使われるのだが、ハンター同士の模擬戦にも使われる。

 鍛えた力を試したいという気持ちはハンターとして上を目指す者なら経験するものだが、場所も弁えずにおっぱじめられるのはハンターを管理するギルドとしてはまずいのだ。特にハンターという人種は血の気の多い人間が多いのか放っておけば決闘紛いの事を始める者が必ずいる。

 彼らに場所を提供する意味でも、訓練所はハンターなら誰でも利用出来るのだ。


『カルナードさんもハンターだったんすねー』


『片目を失う怪我を機に一線を退いた身ですが、それなりに長くハンターをしておりましたので幾つかの権限は残っているのです』


『おぉ! 名誉会員みたいなものっすね』


『そのようなものですね。では行きましょう』


 相変わらず感情らしい感情も表に出さず、訓練所に案内される。


 石壁に囲まれたコロシアムのような作りのフィールド。入った瞬間に薄い粘膜を突き破ったような感じがしたが、あまりにも些細な違和感でミュウもすぐに気にならなくなる。

 

 カルナードとミュウは中央へ。リーファは離れた位置に座り込んで楽しげに観戦の姿勢だ。


『得物はどうされますか? 本物でもここには結界が張ってありますので壁や床がどうこうなる心配もありません』


 結界と言われてさっきの違和感がそれだったのだろうと納得する。


『あれでよくないっすか? 怪我したらお互い嫌じゃないっすか』


 と言って指差したのは壁に立てかけられた何本もの新人研修用の木刀。

 相当使い込まれているのか、中には黒ずんでいるものもあったが、手にとってみると意外にもささくれ立った様子もなく丈夫なものだった。


『……これでよろしいのですか?』


『いいっすよー。折れないっすよね、これ』


 軽い返事をしながら、木刀の感触を確かめる。


『水気には弱いですが、鉄も受け止められるニスラの木材ですから平気でしょう』


『へー』


 木刀で石床を強めに叩いてみるが軋みすらしないのを確認して、距離を取って準備が出来たと言わんばかりに佇んでいるカルナードに視線を移す。


『んじゃー、決着は降参したら負け。もし危ない時はリーファが止めて欲しいっす。いいっすか?』


『いいよ、任せてくれ。薬も持参しているから、多少の怪我も平気だよ』


 パンパンと肩から下げた鞄を叩いて見せる。

 医者ではないが、薬売りというだけあって準備が良い。


『では、よろしいですか?』


『どーぞ』


 木刀を気負いもなく構えたミュウ。



『いきます』



 言うや否や、老いた細身の風貌からは想像も付かない強烈な踏み込みから木刀を振り下ろしてくる。

 いくら木刀とはいえ、鉄を受け止める堅さだというのなら頭に食らえば死ぬ事だって在り得る。

 真正面からの単調な攻撃でも体性のない人間では咄嗟に反応出来るものではなく、恐怖に身を固めてもおかしくない。


『おおう』


 それを目をつむるでも、そらすでもなく木刀で受け止める。これだけでもミュウがただの一般人レベルではないと伝わる。

 カルナードも小手調べの意味で正直に真正面から行ったのだが、流石に軽い調子も崩さず受け止められたのは予想外だった。


 木材のぶつかり合いとは思えないガツンと鈍い音からも相当な衝撃だったと分かるのに、それを片手で支えているのだ。


『ほっとっ!』


 さらに全体重を乗せた木刀を身体ごと押し返してくる。

 ミュウの細腕からは想像も付かない力技に、大きく飛び退いたカルナードも初めて表情を崩す。


(やっぱりスペックちょー高くなってるっすねー)


 やった当人も予想外で、どこまでも力があふれて来る身体に我が身の事ながら苦笑いだ。


 もしこれが本来の身体なら防御以前に脳天に木刀が打ち込まれていただろう。身体の感覚は限りなくゲームのそれに近い。



 VRMMOをしているとVRで出来る動きを現実で再現しようとする者は結構いる。もちろん挫折するのだが、これは鍛え方が足りないとかそういう話ではない。

 VRには動きをサポートするシステム――"モーションアシスト"が設定されている。攻撃のサポートだけでなく、通常の動きでさえ質量のない水の中にいるように自由が利く。


 今のミュウはそれはまた違うが、どんどんと力を上げていけるのでモーションアシストに近いだけの、いや、それ以上の動きが出来ると感覚的に理解していた。


 ミュウのゲーム時のステータスは知力値のINT、精神値のMND、器用値のDEXを極端に高い魔法型。開始初期から1ポイントたりとも筋力値のSTRを上げた事がないのだ。

 中堅にすら引っかからない数値だったはず。友人プレイヤー達とのPVPで真正面から打ち合わせられた記憶がない。まして相手を押し返すなどあり得なかった。


『じゃ、今度はこっちから』


トンと軽い踏み込みから打ち込む。

 先ほどのバカ力を警戒してか受け止める事はせず、受け流すようにミュウの攻めを捌く。リーファの素人目にはミュウの剣捌きも悪いものではなかったが、カルナードから見ればまだまだだったらしい。隙を見てあっさりと攻守が逆転する。


『むぅ』


 そこからは力を発揮する暇もない怒涛の攻めでミュウは受けに回るが、カルナードも打ち合いが続くのに驚いていた。

 初めの力技からは想像も付かないミュウの丁寧な守り。四方八方から振るカルナードの木刀に一撃一撃合わせて防御してくる。それはすなわちカルナードの剣筋を捉えているという事だ。

 ついてこられなければ木刀を盾に動けなくなり、やがて隙を突かれる所だが。


(これでは俺が反撃を食らいかねない、か)


 剣戟の合間にうかがえるミュウの表情は楽しそうで、じゃれついている程度の余裕すら感じる。

 防ぎ、"弾き"、一呼吸に何十という打ち合いをミュウはすべて凌ぎ切る。カルナードも攻め切れないと感じ、仕切り直すために距離を取った。

 そして、カルナードは違和感に顔を顰める。

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