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十三話


『何をしたんです……?』


『何も? ……と言っても信じてもらえないっすよね。こんなに早く気付かれるとは思わなかったっす』


 笑いながらミュウは肩をすくめる。


 鉛の腕輪でもはめられたのではないか、というくらいにカルナードは腕に疲労を蓄積させていた。

 いくら現役を引退した身とはいえ、護衛も担う従者として鍛錬を欠かしてはいない。そんなカルナードがただの一度の打ち合いでここまで消耗するのはミュウが何かしたからとしか考えられなかった。


『剣って最も威力が乗るのは切っ先なんすよ』


 ここで攻め立てれば決着はついていたかもしれないが、小手先の技術を披露したくらいで勝ちというのもあまりに無粋だ。

 ミュウにとってこれはゲームなのだ。


『逆に最も威力が乗らないのが持ち手、柄の部分っす』


 Periodheim Onlineではヒット判定が細かく設定され、それによってダメージだけでなく何らかのアクションも引き起こされるシステムだった。

 有名な二つのアクションとして強物理ダメージやSTR差が激しい時に起こるノックバック、そしてもう一つが――武器弾きによるスタンだ。


 武器弾きもSTR差が激しい場合に起こる事が多く、打ち合った際に強制的に武器の装備が解除されるのだ。単純に武器切り替えのためにタイムロスするだけでなく、短いながらスタンも発生する。


 本来なら力負けによって発生する武器弾きだが、やり方によってはSTR差を覆す事も出来る。

 それがクリティカルだ。


『少しの力でも、力の乗っていない柄の近くなら弾くのは簡単っす。しかも、手に相当な衝撃も行く。硬いものに攻撃して痺れたりしたことないっすか? ああいう状況を楽に作り出せるんすよ』


 身体だけではなく、武器弾きにもクリティカルは適用される。

 状況によりクリティカルゾーンが変化するが、比較的安定して設定されているのが武器の真横からの攻撃、そして持ち手付近だ。

 これがゲーム内だけのウィークポイントではないのは見ての通りだろう。


 とはいえ、狙ってやるのはどちらも難しい。


 武器弾きのクリティカルが発生しやすいのが武器の真横からの攻撃。スピードが乗っている攻撃を真横から叩き落とすのは難しい。が、これはSTR値に自信があれば微妙な判定でも成功する可能性があるため狙うプレイヤーはそこそこいた。


 逆に持ち手付近に設定されているクリティカルゾーンはマイナーだ。上位プレイヤーでもこのクリティカルゾーンの存在を知っているのはPVPに長けた一部だけだ。

 理由は単純。普通に打ち合っていればまず持ち手に強ヒットなど発生しないからだ。狙うとしても接近した相手の持ち手など確認する余裕はまずない。剣筋から持ち手の位置を把握しなくてはならないのだ。

 把握出来たとしても肉薄した打ち合いとなれば剣をまともに振るうスペースもない。少しでも大降りになった所に手首のスナップを利かせて弾くというのも技術が要る。


 やれたとしても相手の隙がなければまず成功しないので、上位になればなるほど成功率は格段に下がっていく。それをやるなら腕を狙って部位欠損のバッドステータスを与える方がダメージも良いし、後々有利だ。つまりはネタ技。

 極めようとしていたのはミュウと、この技の元祖とも言えるプレイヤーの二人だけだ。


『僕はカウンター的な使い方しか出来ないんすけど、教えてくれた人は一対多数を目的とした技だって言ってたっすね。事実パーティを一人で……あー、不意打ちからとはいえ六人を一人で無力化したりしてたりしたっすね』


 それはスキルなしでスタンを発生させられるという利点をうまく使えば可能というだけで、ミュウには到底出来るものではなかった。


『それがあなたの師匠ですか?』


『師匠……というより友達っすけど、お互いに切磋琢磨して技術を受け継いだって意味では師匠って言ってもいいかも。リッパー流……似合わないっすねー』


 "リッパー"はミュウのフレンドでは最も有名だったプレイヤーだ。ただし、PKとしてだが。

 公式PVPイベントではPK系ツリーに制限が重かったために参加していなかったが、プレイヤー最強と噂されていたPKプレイヤーだ。

 対人戦の鬼で、ただそれがやりたいがためにPKの道を突っ走るはた迷惑なバカだったが、脳筋ジャンキーではなく研究者肌だった。

 武器弾きを戦術として広めた第一人者でもあり、彼が開発した戦術がPVPの一時代を築いた事もある。


 迷惑なプレイヤーだという自覚はあったため交流範囲を制限していたが、そうでなければFlowering Libraryに入っていてもおかしくはなかった。

 だからこそミュウも意気投合したのだが。


『さて、無駄話はここらへんにしとくっすか。腕、もうだいぶ回復したんじゃないっすか?』 


『……わざとですか?』 


 ネタ晴らししていたのはカルナードの腕を回復させるためだった。隙を見て回復を待っていたカルナードだったが、それが与えられたものだったと知れば話は違う。


『あんな終わり方じゃ興がないじゃないっすか。これはゲームっすよ?』


 笑う。


『小娘……俺を舐めているのか?』


 かつてはハンターとして、今も従者という立場にいるが護衛としての力を買われて雇われているのだ。つまりはカルナードはその剣一本で生き抜いてきた武人である。

 例えそれが模擬戦であったとしても、そのあり方を遊びだとへらへら笑われれば怒りも沸く。


『舐めてるのはそっちじゃないっすか? 初めの一手はともかくとしても、ずいぶん涼しそうに戦ってるっすよねー』


『……これはお前の実力を判断するためのものだからな』


『本気でやるべきっすね。上から目線っすけど、僕がお情けを掛けてなかったら終わってたくせに』


『てめぇ……』


 冷静な、というより冷静さを装っていたのだろう。むき出しになったカルナードの闘志は猛獣の荒々しいそれだ。

 豹変振りにたじろぐでもなく、ミュウは笑う。先ほどの馬鹿にした様なものではなく、楽しげなもの。


『死んでも知らんぞ』


『あはは、怖い怖い』


『―――――――』


 カルナードの攻撃は猛火のごとく激しいものだった。

 先ほどの打ち込みとは比べ物にならない連撃が降り注ぐ。とてもじゃないが、これにはミュウも小手先の技は使う隙がない。


 上下左右前後。

 あらゆる方向から嵐のごとく叩き付けられる木刀を捌く。ひたすらに捌きながら、ミュウは笑う。

 剣戟の合間に見えるそのミュウの楽しそうな様子にカルナードは背筋に冷たいものが流れる。血が上った頭が冷えて来て、改めて目の前にいる少女の異常さに気付く。


 一歩間違えば滅多打ちにされて地面をのた打ち回りかねない状況でも余裕を崩さない、いや、余裕ではなくただ楽しそうなのだ。


(もし本当にこんな状況すらも遊びだというなら……)


 恐ろしい。

 急に冷静になった事で目の前の少女が底知れない何かだというのに気付いた。

 剣筋は変化こそしていないが、怒りに任せたものではなく、何もさせないために攻め続ける。何をしてくるか分からない恐怖がカルナードを張り詰めさせていた。



 だが、挑発したミュウは意外にも静かだった。

 すでに何度か打ち合いをしているが、守りを固め、攻めも無理をしない堅実なものだ。この時点でミュウがそれなりの使い手であるというのは観戦しているリーファにも伝わって来たが、それ以上のものは特に感じていなかった。

 カルナードも始めに感じていた恐怖は段々と薄れ始め、ミュウの限界を見出し始めていた。


『フッ!』


『あ』


 ――カンッ。


 試合は唐突に流れを変える。

 僅かな隙だったが硬直したのを見逃さず、カルナードが木刀を思い切り振りぬいた結果、ミュウの手から木刀が弾き飛ばされたのだ。


 一撃ももらうことなく耐えていたとはいえ、相当な衝撃を受け続けていたのだ。手に疲労が蓄積していてもおかしくない。

 ……と、誰もが思う。


『あはっ』


 小さくこぼれたミュウの声。

 ぞくり、とカルナードの本能が警鐘を鳴らすがもう遅い。攻撃の末、木刀を大きく振りぬいたという状況。体勢もそうだが、何かをしようにも身体が動かない。


『――ッ!』


 継続して身体を動かすには適度な休息が必要だ。

 しかし、戦闘において身体を休めながらというのは在り得ない。攻め続けるにしても、どこかで仕切りなおす必要があるのだ。

 仕切り直しのタイミングを狙われたために、休息に入ろうとしていた身体が言う事を聞いてくれなかった。相手の武器を奪ったという安心感もカルナードを油断さえていたからなおさらだ。



 Periodheim Onlineのバッドステータスには"酸欠"というものが存在する。

 空気がゲーム内に存在する訳ではないので苦しさなどは再現されていないが、行動制限からスタンに加えて、HPやMPが加速度的に現象していく重いバッドステータスだ。

 水中でのバッドステータスというイメージがあるが、実は初心者が最も始めに陥りやすいバッドステータスなのだ。


 ノックバックやスタンがシステム的に強制再現されるだけに、やろうと思えば近接職は一度の有利から攻め立ててそのまま押し切る事が可能だ。

 だからこそ、ゲームが一方的にやり込められないようバランスを取ったのがこの酸欠だ。攻撃時にも酸素ゲージが消費されるため、そういった状態管理の出来ない初心者が気付いたら酸欠になっているというのがよくある。

 初心者でなくとも、切羽詰った戦闘では無理をしてちょくちょくなるステータスだ。



 発想はそこから得ているが、実際の呼吸が読めるわけではない。ミュウがじっと耐えていたのはカルナードの絶対反撃出来ないタイミングを見定めていたのだ。 


 当然、木刀を弾き飛ばされたのも演技。

 初めから弾き飛ばされる前提で手を緩めていたため、衝撃もほとんど受けていない。すぐに次の行動に移れる。


(これは――まずいっ!)


 小柄な身体がカルナードの懐に飛び込んでくる。

 思い出すのはミュウが路上でチンピラに見せた見事な一本背負い。技こそ知らないものの、何らかの武術を扱えるというのは分かる見事なものだった。


 武術の型を学んでいるわけではないので、ミュウの場合は柔道のそれではない。総合格闘技に近い。柔道の場合は怪我をしないよう型があるが、ゲームではそんなもの関係ない。


 確実に決めるためにミュウは鳩尾に拳を繰り出す――が。


『――そこまでっ!』


『っとと』


 ぽすっと軽い音を立ててカルナードの腹部に当てられただけだった。

 リーファのゴングに救われた形である。お互いに木刀を使った模擬戦で

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