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十話

   ▽   ▽   ▽




「メリア、次の、書類はありますか?」


『"次の"の区切りがおかしいですよ』


「むぅ……」


 マンツーマンの学習の成果で日常会話程度ならこなせる様にはなってきたが、たどたどしかったり単語の意味を忘れたり翻訳の石――ニューレ石――は手放せないでいる。

 仕事の都合、職場ではメリアは分かるように喋ってくれるが、もうプライベートでは翻訳なしが基本だ。


 特訓を始めて八日ならば十分すぎる上達ぶりだ。常にその言語を耳にしている上に、分からない単語はメリアが横で翻訳してくれるので覚えも早い。


『で、次の書類ですが……ありません』


「なんでですか?」


 やけに丁寧な言葉遣いなのは上級マナーを熟知したメリアが先生だからだ。

 発音や言い回しも厳しく注意されてやり辛いのだが、領主や地位のある人物が来客する領主館では出来て当然だと言われてはしょうがない。

 腰を据えざるを得ないのだから、言葉遣いや常識だけでなく、正しいマナーも含めて覚えておいて損はないだろうと我慢している。


『あなたの転写の魔法のおかげです。本来なら何ヶ月も掛かる量が一週間で終わるなんて思っても見ませんでした』


 資料の筆写作業は一枚やるのも短いものでも五分以上は掛かる。文量が文量なら二十分近く掛かるものもある。

 ミュウは《スキルロール》の一言で終わってしまうのだから、重要書類を扱う職であれば喉から手が出るほど欲しい人材だろう。


 これだけで食べていけるんじゃないだろうか、と考える程度には仕事向きのスキルだった。


「という事は、どうなるんですか?」


『不安そうな顔をしないでください。筆写するものがなくなるわけではありません。毎日必ず出てくる仕事ですからね。それでもあなたの場合……』


 スキルが使えるのですぐに終わらせてしまうというのだろう。


『新しい仕事を教えたいのですが、会話がギリギリ及第点、読み書きは基本文字を覚えた程度では難しいでしょう。しばらくは学習に励むべきですね。幸い、今までの出来高だけで三ヶ月分の給料にはなるでしょう。溜まっていく一方だった仕事でしたから色を付けたいくらいです』


「えぇっ! じゃあミュウさんしばらく来れないんですか! 勉強するだけならここの休憩室でも!」


「バカな事言わないでください。領主館を何だと思ってるんですか!」


「メリア様お願いしますよー」


「俺からもお願いします!」


「この人達……頭が痛いわ」


 給料が出るなら無駄飯食らいにならずに済むとはいえ、留守番しながら一人で勉強というのは気が滅入りそうだ。

 職場もあれから雰囲気ががらりと変わって居心地が良くなって来ていたというのに。仲間外れにされた感じがしてむくれてしまう。


「メリアの書類は何ですか?」


『文脈が崩れていますよ』


「……メリアは何の書類を、処理、しているんですか?」


『各ギルドからの定例報告書です。ニムルの町に流出入しているギルド人員の推移、ギルドで取引のあった品物の一覧、それに伴う収支報告書などですね』


(僕の手には負えなさそうっすね……)


 机の上に高く詰み上がった書類から仕事のきっかけを掴もうとしたものの、とてもじゃないが手出し出来なさそうな内容に撃沈する。

 いつもの倍どころではない量だったので少しくらいは手伝えるものがあればと思ったのだが。


「今日はいつもより仕事が多いんですね」


『期間制のものです。来月には奉納祭がありますから、毎年この時期はこうなんです』


「奉納際ですか?」


『プランティーレ地方では多くの町が行う年に一度のお祭りです。収穫の無事と豊作を祈る目的として降水期前にどの町でも行われているものです』


 降水期は日本で言うところの梅雨。


 世界をこちらの言語で"チェスタ"と呼ぶのだが、メリアから常識を習う上で改めてチェスタと地球は似通っていると思わされた。

 地図を見せてもらう限り、現在いるファーニスタ大陸はまるで知らない形をしていて陸や海の地形は大きく変化してしまっていると思われる。しかし一日の時間や一年の流れはほぼ変わらない。太陽だけでなく、やや地球からすると大きく見える月もある。となれば四季もある。


 地球でも国が違えど収穫期や種植えの際に祈りを捧げる祭りがある地域は多く、チェスタでも四季というものを大切にしているのは分かる。


『ニムルの町は農作物が盛んではありませんから、他の町に比べると時期がズレて行われるんです。おかげで各地の奉納祭に散っていた商人が商機を求めて集まってくるのでかなり大きなお祭りになるんです』


 ニムルの町から眺められるエクーマ山脈付近は夏になるとパルカと呼ばれる紫の花が一斉に咲き出す時期がある。

 せいぜい一週間程度だが、パルカを魔物は苦手らしく活動が鈍くなる。魔物を飯の種にするハンターの多い町故に、そういった暇な時期に奉納祭を行っていたのだ。


『奉納祭のためにギルドが買い取りした珍しい魔物素材の競売もありますから、商人やそれに護衛として付き添うハンターだけでなく、貴族も訪れたりするので慌しくなる時期なんですよ』


「これは毎年の風物詩ですから」


「奉納祭が始まる寸前にもなれば寝る暇もないっていうのが言葉通りの意味になりますからね」


 今はまだ序の口だというが、ここ数日はメリアに限らず他の職員の机にある書類も心なしか増えている。


「手伝いは、頼まないんですか?」


『領主館の仕事を手伝える人はそうそう集まりません。それこそギルド職員や商人くらいのものでしょうが、彼らもこれからてんてこ舞いでしょうからね』


「だからメリア様がミュウさんを連れて来てくれて本当に助かってるんですよ」


「筆写書類って優先度が低くて、重要な手紙でもないと後手後手になってしまうんです。おかげで去年も奉納祭が終わってもしばらくは忙しさが抜けませんでした」


「今年はミュウさんのおかげで奉納祭後はゆっくり眠れそうです」


 言語にまだ堪能とは言えないミュウはすべて聞き取れた訳ではないが、感謝されているというのは分かる。

 だからなおさら忙しい時に一人仕事に参加出来ないというのが心苦しい。


「本当に何も仕事がないんですか」


『何も仕事が、の辺り訛りみたいでイントネーションがおかしいですよ』


「…………」


 仕事中でも出来る限り使ったほうが覚えが早いと言われてやっているが、会話の合間に何度も注意を挟まれてミュウの額に青筋が浮かぶ。もし効果音が付いたならピキピキという音だ。

 そして……。


『うがーっ! やってらんないっす!』


『まったくもうっ、堪え性がないんだから』


 ニューレ石のペンダントを取り出して鬱憤を晴らすべく叫ぶ。


「ミュウさんにしては持ったほうですよ」


「初めは一時間も持たなかったですからね」


『甘やかさないでください!』


 日常会話すらこなせないというのは不便よりももどかしくてストレスが溜まるのだ。いくら勉強のためとはいえだ。


『で、仕事ないんすか? 家で一人で留守番なんて暇でしょうがないっすよ!』


 全力で引き篭もりしたい宣言していたミュウもVRどころか、娯楽そのものがろくにない世界では暇を持て余してしまう。


『暇って、今のあなたは学ばねばならない事がいくらでもあるでしょう』


『そうなんすけど、そうなんすけどぉ……聞きたいのはそういう正論じゃないんすよ! 息抜き、大事! 絶対!』


『年上なのに子供を相手にしてる気分になるのはどうしてでしょうね


『ほら、僕って若々しいじゃないっすか?』


 書類に突っ伏しそうな勢いで頭を抱えるメリアに他からは苦笑いがこぼれる。

 職場に打ち解けた今もメリアにずけずけとした物言いが出来るのはミュウくらいのものだ。

 ミュウが年上と知って対等に呼び合ってはいるが、雰囲気はしっかり者の姉とお調子者の妹のようだ。


『とにかく、ごねられてもないものはないんです。明日には何か考えておきます。言葉も少しは分かるようになったんです。午後からは町を散策でもするといいでしょう。いくらか給料を先払いしておきますから』


『むむぅ。分かったっすよ』


『夜の授業はちゃんとありますから日暮れまでには戻ってくださいね』





   ▽   ▽   ▽





 一人午前のうちに領主館を出て町を歩く。

 思えばチェスタに飛ばされ、ニムルの町にたどり着いてからは領主館とメリア宅を往復するばかりで町の様子も知らなかった。

 だが改めて思う。


(柄悪いっすねー)


 ニムルの町はエクーマ山脈の魔物素材に支えられているハンターの町。

 大柄で体格の良い男達が武器を背中に闊歩している。気の弱い人なら道の中央はとても歩けないだろう。でなくとも、武器を持っている人が当たり前に横を歩いていたら普通の人は避けて通るだろう。

 町人もいるがやはり距離はあるように感じる。


 彼等も職業柄武器を担いでいるだけで、ハンターで悪事を起こすような輩はほんの一部なのだが。

 荒事に何かと晒されやすい職業柄、どうしても行動の端々が荒々しくなってしまう者が多いのだ。それが怖がられてしまうだけ。


 さらに補足しておくと腕っ節だけで成り上がれるハンターなんて滅多にいない。武力があれば渡って行けると考えてハンターに志願する一部の荒くれ者も、それだけでは渡っていけないと長く続けるほど痛感するのがハンター業界だ。



 しかし、それを分かっていない低級ハンターほどバカをやらかす。



「お嬢ちゃん、迷子かい? 良ければ俺達がお家まで送ってあげようか。報酬は親御さんにちょっと口利きしてくれるだけでいいんだ」


「こう見えても俺達、この町に暮らして長い熟練ハンターなんだ。君みたいな子が一人で歩いてちゃ心配でね」


(お約束と言えば、お約束なんすかね? か弱い女の子がバカに付きまとわれる。うん、あるある)


 訝しげな視線を怯えていると勘違いしたのか、男達はさらに付け上がる。


「そうそう。立ち話もなんだし、行こうじゃないか、ほらっ」


 叫び声を上げられても言い逃れ出来るように決して手出しをせず、囲んで威圧しながら早口でまくし立てて反論をさせない。後は怯えた人を連れて人混みから外れた所で恐喝を行う。  

 小物が使いそうな姑息な手口である。


 昼間の道のど真ん中で、と思うかもしれないが、むしろ夜よりも昼の方が町の憲兵の見回りは少ないのだ。周りを歩くハンターも揉め事を避けて通り過ぎていく。

 進んで荒事をするハンター稼業もビジネスであって正義の味方ではない。憲兵沙汰になればギルド側からの罰則もある。


 くだらない三下臭のする行為だが、この手口は成功率が意外に高い。

 叫び声を上げると言うのが単純な解決法だと町娘は教えられているのだが、ミュウがそんなもの知るはずがないし、怖がるキャラでもない。


『触んな』


 肩に伸ばされた手をそのまま掴んで背負い投げ。頭二つ近く身長の違う男は背中から地面に叩き付けられる。

 低級とはいえその身体は伊達ではなく、背中を打っても怪我はなかった。しかし、訳も分からないうちに地面に寝そべっているという状況に呆然としてしまっていた。


「お、お前いいとこのお嬢様じゃないのかよっ!」


『何を勘違いしてるか知らないっすけど――《Iクイック - カドゥケウス》』


 アイテムを呼び出すクイックコマンドでカドゥケウスを引き出して叫んだ男の喉元に突きつける。


『僕は軽々しく女の子に触れようとする男って大っ嫌いなんすよ!』


「うあぁぁああああっ! こ、殺さないでくれぇ!」


「ま、待てって! 俺を置いてくんじゃねぇぇ!」


 べたべたと触れて来ようとする男に心底嫌な思いをさせられて来たミュウの逆鱗に触れてしまったのが失敗だった。


 剣幕に相手が悪かったと悟ったのだろう、小物よろしくバタバタと慌しく逃げ出した。不機嫌そうに鼻を鳴らしてその後ろ姿を見送る。


「《リムーブ - カドゥケウス》」


 カドゥケウスを再び消す。

 アイテムストレージを覗き見る事は出来ないが、引き出しと収納が可能なのは確認済み。原理は分からないので現状は元々持っていたアイテムしか操作出来ない。


『ったく、人聞きが悪いっすねー』


 殺す殺さないというのはミュウには冗談に聞こえるが、抜き身の武器を誰もが携帯出来る時代なのだから言い過ぎという事はない。

 憲兵がいても現代警察に比べれば治安維持への貢献度は遥かに劣る。ニムルのような辺境町では犯罪率は低くないし、その解決率は半分もいかない。町から脱出されてしまった時点で重犯罪人でない限り捜索隊が組まれたりはしない。


(町の散策が早速つまづくとは……)


 チンピラ達との一幕を道のど真ん中で繰り広げたのだから目立たないはずがない。

 野次馬達がミュウの撃退劇に驚いて足を止めて注目している。ここで威圧して町の人を怖がらせてしまってはチンピラ達と変わらない。


『危害を加える気はありませんのでご安心ください。お見苦しい所を見せてしまい、申し訳ありませんでした!』

 

 周囲に向けて聞こえるように謝罪をして頭を下げると、皆ほっとしたような顔になり町の雑踏が戻ってくる。

 ミュウも胸を撫で下ろす。何にせよ、これで町の散策が再開出来る。さすがに今の騒ぎの後で声を掛けてくるバカはいないだろう。


「君、すごいねっ! ちょっといいかい!」


 と思っていた時期がミュウにもありました。

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