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八話

   ▽   ▽   ▽




 即戦力として仕事が出来ると分かった翌日から、ミュウは職場に連行されていた。

 連行というのは初日から朝寝坊をやらかしてメリアに首根っこうを掴まれているいるからである。


 日の出に働き始め、日の入りに帰る。

 時間ではなく太陽によってサイクルが決められているため、空が白み始める頃には目を覚ますよう皆体内時計が出来上がっている。

 ゲーム廃人でサイクルなんてあってないようなものだったミュウは例外だが。

 日の出? だからどうした、とばかりに布団に丸まっていたところを叩き起こされた形になる。


 眠い目をこすりながら連れてこられたのは商店の立ち並ぶニムルの町の中核とも言える区画だ。



 中でもとりわけ大きな建物が三つある。

 一つがハンターギルド。もう一つがマーチャントギルド。そして領主館である。


 メリアの職場は領主館。領主館といっても領主の家ではなく仕事場だ。伝令書士は派遣先で領主館の事務に従事する。

 事務作業をこなしながら、領主館に送られてくる町の報告に目を通して状況を把握しているのだ。


 ちなみにミュウがニムルの町に現れた際にメリアが呼ばれたのは、職務に一部階級の接待も含まれているからだ。

 王族や他国の使者の対応というのは地方領主では手に余る。滅多にない事ではあるが、むしろ滅多にないからこそ、いざという時に対応出来るよう伝令書士は正規マナーを叩き込まれているのだ。

 ミュウの場合、その身形の良さと異国語という所から門番が他国の貴族だと勘違いしたのだ。


『シャキッとしなさい。ここで今日から私の助手として働いてもらうんですからね』


『ふぁぁあ。大丈夫、大丈夫っすよー』


『もうっ』


 あくびを隠しもしない態度にもどかしい気持ちになりながらも、ミュウを連れて領主館に入る。


「おはようございます」


「おはようございます。メリア様! ……と、そちらの方は」


 メリアの連れて来た少女に受付の男が困った表情になる。

 役割としては市役所に近いが、領主館は領主も出入りする重要施設。誰でも入っていい訳ではないのだ。


「私の保護している少女です。異国の者なので会話はまだ難しいですが、事務能力はあるようなので私の助手として働いてもらう事にしました。彼女について報告がある場合には私を介するようにと通達はお願いします」


「かしこまりました」


『ミュウ挨拶してください』


 言語が分からず置いてきぼりだったミュウだが、場所や会話の雰囲気から何となくの状況は予想していた。


『初めまして。メリアさんの元で助手を務めさせて頂きます、ミュウと申します。異国から来たもので言葉にも常識にも疎い身、ご迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願い致します』


 メリアの地位を考慮して極力丁寧な挨拶を心掛けたつもりだったが、受付の男だけでなくメリアにまでポカンとされてしまう。


『どうかされましたか?』


「い、いえ、そんな事はありません! こちらこそよろしくお願い致します!」


『彼は何でもありません。こちらこそよろしくお願いします、と。さぁ、ミュウ行きましょう』


『はい。失礼します』


 受付の男に一礼してメリアの後を追う。


『……さっきのはどうしたんです?』


『さっきのって?』


『言葉遣いの事ですよ』


 飄々とした言葉遣いしかまだ知らないメリアにとってミュウの変わり身は違和感の塊だった。

 詰問されている状況でもまるで調子を崩さないのでそれが素だと思っていたのだ。


『何かまずかったっすか?』


『感心しただけです。普段からそっちに慣らしたらいいと思いますが』


『無理っすね。それなりの職務態度は見せておこうかなーと思っただけで、堅苦しくて肩が凝るんすよ。メリアさんだって使い分けてるじゃないっすか』


『もったいないですね……』


 呟きには心が篭っていた。

 というのも、誠意の有無はともかくとして言葉遣いを使い分けられる人はそれほど多くない。現代日本であれば子供でもある程度は学習している程度のもの。

 ただマナーを必要とする貴族と、そうでない平民との格差が激しく、互いが接する機会も少ないこの世界ではそうもいかない。欠片もマナーと縁のないスラムに行けば大人でさえ良くて対等、あるいは見下した対応しか知らないなんて当たり前だ。


 領地の顔とも言える領主館の職員でさえ、始めはつっかえたり、支離滅裂になる人が多い。ニムルの町のような地方領地であればなおさら。

 それなりの環境に育っていなければああも丁寧な言葉遣いはそう出てこないものなのだ。


『一般市民とか言ってましたが、実はそれなりの位にある家だったのでは?』


『言葉遣いに気を付けるなんて働くならやって当然。余程空気の読めないバカでもないとあれくらいは普通じゃないっすか』


『その基準で行くと"ファーニスタ"大陸の国々のほとんどの平民がバカって事になりますが』


『うぇっ! まじっすか!』


 マナーが必要とされる状況に身を置く機会が平民にはそれだけ少ないという話なのだが、まだそういった常識すらないミュウには信じられないものだ。

 貴族制から離れて久しい現代人の感覚として、貴族と平民と言われたところで会社のお偉いさんと平社員とかそういうレベルのイメージしかなかった。


『あなたの常識はあてにならないですね。別の大陸から飛ばされて来た可能性が高いかもしれません』


『かもしれないっすねー』


 世界を超えて来たとも言えず、はぐらかす。

 まさか言葉遣い一つでここまでカルチャーショックを受けるとは思わず、改めて常識について学ぼうと思わされた。


『それと、言葉遣いに気を付けるなら気を抜かないように』


『はいはい、かしこまりました』





   ▽   ▽   ▽





 仕事の方は順調……というより、紙を手に取って《スキルロール》で複製していくだけなのだから失敗しようがない。

 気になるのはミュウに突き刺さる視線だ。


 職場で頭一つ以上も抜き出た存在であるメリア。その彼女が連れて来た助手だからというのもあるが、異国の愛らしい少女な上に不思議な魔法で書類仕事を尋常じゃない速度で片付けていくのも目を引いている。


(うへぇ、やりづらいっす)


 身請けしているのがメリアというのに加え、受付で貴族然とした口調で話していたという噂も加わってどこぞのお嬢様と思われてしまっている。しかも異国の子というのもあってどう話し掛けてよいか分からず、気になるけど話しかけられないという思春期男子みたいな雰囲気になっていた。


 職場の中心人物となっているメリアが黙々と仕事をこなすので自然と雑談も出なくなっているというのもある。


「お疲れ様でした」


「ええ、お疲れ様です」


 もはや特筆する事など起こり得ない状況でひたすらに《スキルロール》を唱え続け、ようやく初日の仕事が終わる。ミュウも疲弊しきり、すぐに帰る気にもなれず椅子で身体を伸ばしていた。

 対してさすがはメリアと言うべきか、他の職員が帰った後も資料のチェック作業や片付けをテキパキとこなしている。


『片付けくらい他の人にも手伝ってもらえばよかったじゃないっすか』


『勤務時間外だもの。これだって別にやらなくていい事を私が好きでやってるのに、手伝いを頼むのは間違ってるわ』


 "5S"――整理、整頓、清掃、清潔、躾。ミュウもアルバイト先で目にした事がある有名なスローガンだ。

 元は日本の製造系の会社が発祥となっているものだが、物を直接的に扱う業務でなくとも職場を整えておくというのは大切だ。美化だけでなく、効率化や職員のモラルにも繋がる。


 マネジメントの概念が生まれて長い現代では明文化され、その効果というのも知れ渡っているが、こちらの世界ではそうではない。

 上客のためにその時ばかり現場を良く見せようとはしても、自然と出来る人間はまずいない。


 改めてメリアの優秀さを実感する。

 と、同時にため息がこぼれる。


『メリアさんって』


『何よ?』


『バカ真面目とか頭が固いとか言われないっすか?』


『………………』


 片付けの手を止めて黙り込む。もはや答えを言っているようなものだろう。


『だったら何よ』


 もし他の職員がいたら震え上がっているだろう低く重圧感のある声。

 明らかにメリアの痛い部分にクリーンヒットしてしまったのだと分かる。


『バカにしてるわけじゃないっすよ。ただ他の人とコミュニケーションは取ったらどうかな、とは思っただけっす』


『取ってるわよ。今日だって何度も報告は受けてるわ』


『そういうコミュニケーションじゃなく、仲良くなろうって話っすよ』


『不仲でもないのに、彼らとの関係改善をする理由が分からないんだけど』


 周囲に対してはどこまでも効率的なくせに、そういう人の根本的な部分の解釈が抜けてしまっている。


『息が詰まりそうなんすよ、この職場。楽しくやった方が効率も上がるっすよ』


『そんなの当人のやる気の問題でしょう。不真面目にやったら効率もあがるの?』


『不真面目にやれって事じゃないんすけどね』


 苦笑いがこぼれる。


『モチベーション――やりがいや働きがいって言ったほうがいいっすかね。目標とかがあると頑張れるって事ないっすか?』


 モチベーションというと感情的で仕事と何ら関わり合いのないものと思う人もいるが、重要な要素であるのはビジネスマンなら誰もが実感する所だろう。


『それは、あるわね』


『でも、延々と似た作業を繰り返すこういう仕事では目標とかって持ち続けるのは難しいと思うんすよ』


 ないとは言わないが、事務を積極的に楽しめる人というのはそういないだろう。

 共通する即物的なモチベーションといえば金銭だ。ただこれについては効率に比例するものではない。


 ミュウも大学の講義で習ったのを思い出す。

 テイラーの提唱した科学的管理法。その中で金銭というインセンティブに対して効率は比例するものとされている。

 が、これは古い話。人間は入力に対して出力が比例する機械じゃない。だからこそモチベーション管理は難しく、ビジネスの現場で追求され続けている課題なのだ。


『だからといってそれが仕事をやらない理由にはならないわ』


『やらない理由にはならないっすけど、やる気を左右する理由にはなると思うんす』


 モチベーションとビジネスの話を掘り下げていけばいくらでも出てくるが、ミュウはもっとずっと単純なものだと思っている。


『仕事が楽しいからやる気が出る、楽しいからもっと頑張る。これってそんなにおかしいっすか?』


『……いいえ』


『つまり、そういう事っす』


『確かにあなたの話は筋が通っているわ。だからと言って何故それを私に言うの?』


『メリアさんがここで一番偉いからっすよ』


『地位はあっても私は臨時職員みたいなものよ?』


『分かりやすく言えば影響力がある、っすかね』


 立場は理解しているつもりなのでこれにはメリアも同意する他ない。


『例えば偉い貴族様と食事をしてて、相手が楽しげに会話してるのにこっちがつまらなそうにしてたら?』


『失礼に当たるわ』


『愛想笑いでも話を合わせるっすよね。逆もまたしかり。笑顔一つなく仕事をしてる人の横で楽しくなんてし辛いんすよ。影響力のある人は場の空気を作っちゃうんす』


 ここまで来ればメリアもミュウの言いたい事が見えてきたが、だからこそ困り顔になる。

 遠回しになったが、メリアが職場の張り詰めた空気を作り上げているからなんとかしろと言っているのだ。

 だが、初めからそれが出来るならバカ真面目なんて評価は受けていない。


『どうしろって言うのよ……』


『なーんにも難しくなんてないじゃないっすか。どんな人も簡単に打ち解けられる方法があるんすから』


 任せろと言わんばかりに親指を立てたミュウに疑わしそうにしながらも頷く。

 何だかんだ、メリアも職場の空気には気付いていた。人間関係を円滑に進めたいという気持ちはあったのだ。


 それが彼女にとっては山のように積み上がった書類仕事を片付けるより遥かに難題だった。

 光明をくれるというならすがりたいと思うのが人情。しかし、何だかミュウの自信満々な笑みを見ていると不安になるメリアなのだった。

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