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七話

 話の続きは夕飯を取りながらという事になり、帰りに買ってきた弁当を広げる。

 キャンプで使われる飯盒(はんごう)のような容器にパンとチーズや焼いた肉をスライスしたもの、スープを詰め込んだものだ。メリアの行き着けの定食屋のサービスで毎日夕飯はそこで買い、朝に容器を返しているそうだ。

 ミュウは予定外だったため、こちらはパンやチーズ、肉は布に包まれ、スープは木製の容器だ。


『改めて聞くけど、これからどうするつもり?』


『最優先は言語を覚える所からっすね』


『まぁ、そうでしょうね』


『それで次は……』


 硬いパンを味の薄いスープに浸して柔らかくしながら一口。ゆっくり咀嚼して喉を通す。


『お金を稼いで自立するっす』


『一気にアバウトになったわね』


 考えた結果がそれではメリアも突っ込みたくなるだろう。 


『しょうがないじゃないっすか。どんな職があるのかすら分からないんすから』


『言語もそうだけど、まずは常識というものも覚えた方がいいみたいね』


『お願いします先生! 出世払いでお礼はするっす!』


 いつまでも甘えるつもりはない、と大口を叩いて置きながら舌の根も乾かないうちに頭を下げていくスタイル。

 他に頼める相手もいないのだから遠慮やプライドで付き合っていたら自立なんて夢のまた夢である。


『はぁ……言っておくけど私、そこまで暇な訳じゃないのよ?』


『それは見れば分かるっす』


 ちらりと仕事の資料だと思われる紙が山積みになったテーブルに視線をやる。

 書かれている文字は読めないものの、タワーが出来上がるほどの枚数は流し読みするだけでも知恵熱が出そうな量だ。


『リュール王国二級伝令書士って言ってたっすよね。どんな仕事なんすか?』


『ほんっとうに何も知らないのね。伝令書士を知らないなんてショックだわ』


『貯めて言う事ないじゃないっすか……』


 門番もメリアを敬っているのは言葉が分からなくても伝わって来たし、町の一等地に家を構えているくらいなのだから地位のある職種であるくらいは嫌でも気付く。


『伝令書士は国から各町に派遣される領地の監督役よ』


『領地の監督って、領主とかはいないんすか?』


『領主はもちろんいるわ。領地の権限はほぼ領主が握っていると言ってもいいわね。だから伝令書士が必要なのよ。国の目が届かない所でおかしな動きがないか、常に領地を監視して定期的に国に報告を出すの』


『そういう仕事なんすね。伝令書士を監視出来る人はいないんすか?』


『……ギルドよ。ギルドは国から独立した組織だもの。伝令書士とはいえ、ギルドに強権は持てないわ』


『お、ギルドなんてあるんすねー』


『ちょっといいかしら。ミュウは何で伝令書士を監視する人がいると思ったの?』


『気になっただけっす。常に外側からの目ってのがないと組織なんてあっという間に腐敗するっすからね』


 外からのメスが入る事で発覚する賄賂だ汚職だというのはニュースを開けばあふれかえっているものだ。


 マスメディアが発達した世界からやって来たミュウにしてみれば、その疑問が出てくるのはおかしくない。

 ミュウも政治を積極的に考える方ではないが、こちらの国の状況に対して知識がまっさらだ。その疑問は純粋な興味からわいて来たものだった。


『ずいぶん達観した考え方をするのね、あなた』


『気を悪くしたならごめんなさい。伝令書士を侮辱するつもりはないんすよ』


『いいわ。伝令書士は国から認められた特権階級だからかしら、滅多に疑われるような事がなかったから驚いただけ』


 国家資格持ちというよりも、国から派遣されているというのだから現役で国に属する職業なのだろう。

 改めて考えてみると、政治家に面と向かって不正したらどうするんですか? と聞いているような不躾な質問だった。


『とりあえずメリアさんがエリートさんだってのはわかったっす!』


『ああもう、あなたはそれでいいわ……』


 メリアとしても地位を自慢したくて言っているわけではないのだが、職に誇りを持っているからこそエリートの一言で済まされてしまうのは何だかやりきれなくなるのである。


『何か手伝える事とかないっすかね? 手が空けばその分だけ時間が空けてもらえるわけっすから』


『言葉も分からないあなたに書類仕事が出来るとでも?』


『あ、無理っすね』


 結局そこに帰結するのだ。

 いくら自立するためとはいえ、メリアの仕事の邪魔をしては本末転倒だ。かといってメリアがいないと会話すらままならない。


『でもそうね、筆写くらいなら出来るんじゃないかしら』


『それも仕事なんすか?』


『書類の写しが必要なものって結構あるのよ。重要な手紙は筆写して二回に分けて送るものだしね。運んでくれる人に途中で何かあって届きませんでした、じゃ済まないの。遠方の相手に送るなら常識よ』


 交通インフラが発達していない上に、街道ですら魔物に襲われる危険性があるのだ。念を入れるのは当たり前だろう。 


『あなたペンを持った事はある?』


『それくらいなら』


 テーブルから書類を一枚と何も書かれていない紙を抜き出し、インク壷とペンとセットでミュウの目の前に置く。

 万年筆くらいは祖父のおさがりをもらった経験はあるが、インクを付けて書くようなタイプのものは初めてだ。何かの生き物の骨を削って作られたのであろう乳白色のペンを物珍しそうに眺める。


『テストしてあげる』


『……まだご飯食べてるんすけど』


『食事をしながらだって仕事は出来るわ。ここから、ここまで。とりあえず写し取ってみて』


 メリアの根っからの仕事人発言に引きながらも、文句を言える立場にもない。スープだけは温かいうちに飲み干してしまってから取り掛かる。


 A4用紙ほどの紙で三行ほどの文章。日本語のそれであれば五分と掛からず書き終えられる程度の分量だ。


『……出来たっすよ』


 ミュウが課題を写し終えると、メリアは食事を終えてそれを待っていた。

 メガネをかけ直しながらミュウの写したそれに一通り目を通し――。


『ダメね。読めなくはないけど遅いし汚いわ』


『ですよねー』


 辛口評価を下されてしまう。

 インク壷に付けて使うタイプのペンに慣れず、文字のそこかしこがかすれていたり、インク染みが出来ていたりして綺麗とはいえない。

 ペンに悪戦苦闘したのを差し引いても時間が掛かりすぎた。意味が理解出来ていない文字はただの図形の羅列だ。一文字一文字何度も本文を見直しながら書かなければならなかった。


『ペンの持ち方や運びはしっかりしているし、後は慣れじゃないかしら』


『お。という事は?』


『テストは不合格よ。練習に使う紙やインクだってタダじゃないんだから』


『何で期待させるような事言ったんすか……』


 がっくり肩を落としながらも、仕方ないという気持ちもある。

 メリアの地位からして書類は重要なものなのだろう。ミミズの這った文字で提出なんて出来ない事くらい想像は付く。


(筆写……コピーかぁ。アレ、いけるっすかね)


 どうにかなるかもしれない。

 試していなかった事があった。


『それ、ちょっと貸してもらえるっすか?』


『いいけど続きを書いてももう使えないわよ』


『実験するだけっす』


 筆写に失敗した紙を裏にして、片手には資料を手に取る。


「――《スキルロール - 複製》」


 《スキルロール》はエンチャントのツリーで覚えられるスキルだ。生成と複製の二つのコマンドが使える。


 生成は効果に制限は掛かるが、エンチャントのスキルを使い捨てアイテム化出来る。ツリーのレベルが上がるとアイテム化出来る範囲が増えていく。

 魔法スキルもアイテム化出来たりするので、陰陽師プレイしていたプレイヤーがもいた。本来はスキル名と同じスキルロールというアイテムになるのだが、ネタプレイヤーの影響でよく呪符と呼ばれる。


 複製はその名の通り、《スキルロール》によって生成された呪符を複製するスキル。

 生成時には毎回スキルを選択しなくてはならず、同じ呪符を作るのために何度もその作業をするのは面倒である。言ってしまえば複製はクイックコマンドだ。


 本来ならそれしか使い道のないスキルだが、ゲームではなくなった現在、可能性はあるのではないかと思ったのだ。


『ビンゴ! いけるじゃないっすか!』


 目の前には同じ文章の紙が二枚。

 スキルそのものが使えるかも分からなかったのでそういう意味でも賭けではあったが、《スキルロール》が成功したのである。


『実験って何だったの?』


『これっす!』


『……どうなってるの?』


 白紙だった裏面に写し取られたものを食い入るように見つめている。

 手に持ったわずかな時間に写した方法はまるで検討がつかない。メリアが使うのは国の中央にも送られる上質な厚手の紙なので透かして写し取ったとも考えられない。

 メリアの筆跡を寸分違わずなぞっているのも気になる。日々書類仕事で文字を扱い続けていても、人の手で行われる作業なのだから完璧に筆写するのは難しいのだ。


『"スキル"って言っても伝わらないし、魔法みたいなもんっす』


『魔法みたいなって……私も護身に魔法を習ってはいたけど、こんな使い方は見たことも聞いた事もないわ』


『そうなんすか?』


『火や水みたいな自然的な現象を操るのが魔法よ』


(またレトロっすねー)


 口には出さなかったが、魔法の扱いが原始的すぎる。

 ゲーム初期のRPGでもここまで魔法の種類が少ないものもないのではないだろうか。


『あれ? でもアーティファクトならどうのこうのって。こうやって言葉を翻訳するのも魔法みたいなもんじゃんじゃないっすか?』


『そりゃあ、アーティファクトみたいなものも魔法ではあるけど、今の魔法技術では原理が分からないのよ。この意思疎通の魔法だって遺跡から発見された遺失技術。あなたのこれもそういった技術の一つなんじゃないの?』


『どうなんすかねー』


『何で本人がわからないのよ……』


 ニムルの町に着くまで幾つかスキルは検証しているが、馴染みがあるといってもどういう原理で発動しているのか分からない。

 ゲーム時代ならそういうものだと言われれば済んだのだが、踏み込んだ部分まで検証するにはまだこちらに来てから日が浅すぎた。


『何にせよ、これで時間を作ってもらえそうっすね』


『まぁ、いいわ』


 追求するにはミュウは測れない部分が多過ぎた。

 形容するにはメリアの出会って来たどの人物を当ても似つかない。平民らしくもないし貴族らしくもない。常識がないくせに言動からは知性を感じるし、不思議な旧遺産技術を使う。

 色々と整理しないと混乱しそうだった。


『仕事を手伝ってもらえるのはありがたいし、どうせ他に働き口だってないでしょうしね』


『むふぅ! 筆写なら任せるっす!』


『テーブルに乗せてある資料の他に職場に山ほどあるから。助かるわ』


『……わーお』


 遠い目をするミュウに小さく笑いをこぼす。少なくとも悪い子ではないというのはメリアも分かってくれたらしい。

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