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六話

   ▽   ▽   ▽



 リュール王国。

 三世紀前にプランティーレ、ニーファン、ダールム、ベルゲルという四つの小国を束ねた連合国である。

 連合国となって大陸の五分の一を占める国土を持った大国となったものの、国土を横断する巨大な二つの山脈によって文化が分断され、国のあちこちにかつての国々の面影を残す統一感のない国だ。それぞれの小国の名前も未だに地方を表す言葉として残っている。


 プランティーレ地方は国土の東に位置し、国境の半分近くが海に面している。四季も豊かで海だけでなく山もあるため食うには困らない土地柄だ。

 山脈が隣の地方とを大きく分断しているが、国境を大きく占める海からの交易によって栄えている。


 ……というのはプランティーレ地方の中央部の話であり、北部の土地柄はそこまで恵まれているとは言いがたい。"エクーマ山脈"に遮られて降水量が少なく、四季の色も薄い、海もないと中央部とはえらい違いである。

 特産といえば山脈にあふれる"魔物"から取れる素材である。おかげで訪れるのは腕に覚えのある連中ばかりという、お世辞にも治安が良いとはいえない地域だった。

 プランティーレ地方最北端――ニムルの町。


「メリア様! すみませんが西門までお越しいただけませんか!」


「……騒々しいですよ」


「す、すみません! すみません!」


「謝罪はいいですから要件をお願いします」


「はい! 異国語を話す怪しげな少女が現れまして、対応をお願いしたいのです!」


「異国語を話す……少女?」






   ▽   ▽   ▽





 失念していた。

 運良く異世界に飛ばされた翌日には町にたどり着けた。だが、門番に声を掛けられ美優は足を止めた。

 別に「止まれ」と言われたわけではない。むしろ何を言われたか分からなかったから止まったのだ。つまり、言葉が通じないのである。


 身振り手振りで頑張ってはみたが、まったく伝わった様子ではなく、美優も門番もお互いに途方に暮れてしまった。やがて年配の門番さんが若い門番をどこかへ使いに出した事から誰かを呼んで来てくれるのだろう、と予想はしているが。


(いくらゲーム世界に似てるからって翻訳プログラムなんてないっすよね。ひじょーにめんどくさいっす)


 国際共通のVRタイトルでは10ヶ国語程度は翻訳プログラムが導入されていた。

 そんな便利なものは使えないし、異世界の言語に対応しているわけもないのだ。言葉が通じないのでは町に入ったところでどうしようもない。

 初っ端から異世界デビューに失敗した形である。


(日本語なんてないから誰を呼んできても言葉なんて通じないんすけどねー)


 言語が通じないというのを考慮した上で対応してくれる人なら良いが、門番のフルプレイトの鎧といい門の向こうにちらほら混じっている物々しい武器を背負った人といい、全体的に町からは物騒な感じが伝わってきてしまう。


(最悪てきとーにスキルぶっ放して逃げるっすけど)


 彼ら以上に物騒な人物もここにいるが。


 つま先で小石を転がしながら待っていると、ガチャガチャと音を立てて若い門番が戻ってくる。その後ろには北欧系の容姿に赤い髪が特徴的な女性が付いて来ていた。

 神経質そうなメガネやスマートな身体を際立たせる男性物の服が何故かよく似合う知的美人だった。町の人の服装と見比べると仕立ても良く、清潔感にあふれているためいかにも地位があるというのが分かる。


『始めまして。私はリュール王国二級伝令書士のメリア=へルターと申します。異国語を話す少女がいると門番より聞いて参りました』


「に、日本語? ……じゃ、ないみたいっすね」


 確かに日本語に聞こえてはいるが、聞こえているというよりも別の言葉がフィルターを通して意味だけ脳内に響いているような。

 意識を研ぎ澄まして聞けば、海外映画の肉声に字幕音声を交えて流しているような違和感がある。


 明らかに口の動きと伝わってくる内容が合っていないため、すぐにおかしいと感じた。


『現状はこちらから一方的に伝えている形ですが、これを使ってもらえばあなたの声も届ける事が出来ます』


 と言って渡されたのはくすんだ緑色の石を紐に括り付けたものだった。

 渡されたそれをじっと見詰めてしまう。使うと言っても具体的にどう使うのかが分からないのだ。ペンダントのようではあるが、翻訳してくれるものというのだから何か別に使い方があるのか。


 ついでに言うとゲーム時代のクセで得体の知れない装備品というのは警戒してしまうのはご愛嬌である。


『怪しいものではありません。石に向かって話し掛けてもいいですが、首に掛けておけば問題なく使えますよ』


 ご丁寧に教えてくれたので首にそのペンダントを下げる。


『これで通じてるんすかね?』


『……ええ、問題ありません』


 メリアと名乗った女性は美優から伝わってくるフランクな口調に面食らうが、すぐにそれもポーカーフェイスに隠れてしまう。


『あなたはこのニムルの町にどのような目的で来たのか、教えていただけますか?』


『ここに町があったからっす』


 どこぞの登山家のような答えになってしまったが、目的らしい目的は今のところないのだ。あえて言うならまともなご飯と宿にありつきたい、それだけである。

 あからさまに怪訝そうな顔になるメリアに、後ろの門番も雰囲気が険しくなっている事に気付く。


『もしかしなくても、僕って警戒されてるっすか?』


『そうですね。隣町からここまで街道を通っても魔物と遭遇しない方が珍しい、そういう所なのはご存知でしょう? そんな土地に異国の人と思われる女の子が丸腰で一人、怪しくないはずがありませんから』


『魔物なんて出るんすかー』


 美優はニムルの町にたどり着くまでに山を越えてきたが、ずっと空を移動して来たので魔物には遭遇しなかったのだ。地上もひたすら森が続いていたので景色にすぐに飽きてしまい、注意深く観察するなんて事はしなかった。


『……本当にあなたはどこから来たんですか?』


 魔物が存在するのか、という意味で呟いた言葉は、魔物と遭遇せずにたどり着いたので知らなかった、という意味で捉えられてしまったらしい。


『気付いたらあっちの森の中にいたっす』


『誰かに連れてこられたという事ですか?』


『こう、魔法でぽーんと?』


『…………』


 未知の事態に巻き込まれて森の中に落っことされたという意味ではあながち間違っていないのだが、アバウト過ぎる説明にメリアも呆れが混じる。


『人を遠隔地に飛ばすなんて魔法は、それこそ遺跡から稀に掘り起こされるアーティファクトしか在り得ません。どうやったらあなたのような女の子がそれに触れる機会があるというんです』


『部屋で寝てたら?』


『あなたの部屋は遺跡の中か何かですか……』


『一般市民の一般的な部屋っす』


『……頭が痛くなってきました』


 正直に答えたのに伝わらない。人生というのはままならないものである。


『結局、僕は町に入れてもらえないんすかね?』


『入れなければ、どうするつもりなんですか』


『街道を辿って別の町でも行くっす』


『先ほどの話を聞いていませんでしたか? 死にますよ?』


『じゃあ、メリアさんが追い出した可愛そうな少女としてここら辺に居座るっす』


『外聞が悪すぎるのでやめてください』


 門番二人の視線が警戒から同情するようなものに変わる。メリアは短い会話にも関わらず心底疲れたと言わんばかりのため息をもらす。

 どうやらこれ以上の追求は無駄だと悟ったらしい。


『……分かりました。町に入る事を許可します』


『おぉっ!』


『ただし! あなたが信用に足る人なのか判断できないため、私の監視下に入ってもらいます。よろしいですね?』


『了解っす!』


 美優にとっては願ったり叶ったりの展開である。

 現状まともに会話出来るのはメリアだけで、頼れる人もいないのだ。監視下という言い方こそ聞こえは悪いが、裏を返せば保護してもらえるという事だ。


 話が決着した事で門番の二人は定位置に戻り、きびすを返して歩いていくメリアの後を追う。


『あなたの名前はなんと言うのです?』


『美優っす』


『ミ、ユですか』


 翻訳ペンダントを介しているから、というのもあるのだろうが、聞き取りづらかったのか言い辛かったのか、詰まったのを聞いて考える。


『ミュウの方が呼びやすいならそっちでもいいっすよ』


『そうですか。ではミュウと呼びます』


 美優もミュウ――myuも呼ばれなれた名前だ。

 ミュウの方が都合が良いというならそちらで構わない。むしろミュウの方がしっくり来る。

 もはや美優の名を呼んでくれる人はこの世界に、世界という世界からいなくなってしまったから。


 心機一転したいという気持ちもあった。美優はミュウと名乗って行く事をこの時に決めたのだ。





   ▽   ▽   ▽




「ふぅ……」


 町で最も大きな屋敷がある一等地。小奇麗な家の立ち並ぶ区画の一つにメリアの自宅はあった。

 一人で住むには広すぎる二階建ての家だが、二階の窓やカーテンは締め切られて一見すると人の気配がしない。


 リビングのテーブルは半分以上が何らかの書類や書籍によって場所を占められ、洗濯物などもリビングのすみに竿を掛けて干されていた。

 ミュウはリビングに生活スペースが集約されている事に気付く。ワンルームで一人暮らしを続けていればこれと似たような状態になる。


 メリアはリビングのテーブルの上に無造作にブレザーを投げ捨て、シャツの首元を緩めながらソファーに身体を沈める。仕事で疲れて帰ってきたサラリーマンのようだ。


『適当にくつろいでくれていいわよ。しばらくここがあなたの家になるんだから』


 事務的な口調は素ではなかったらしい。ハキハキとした物言いもそれはそれでメリアのイメージにマッチしていたが。


『じゃあ、お言葉に甘えて』


 ミュウも羽織っていたディリアルローブを脱ぎ捨てる。

 プランティーレ地方の北部は冬の寒さは厳しいが、夏前の今なら厚手のローブを羽織らなければならないほどではない。

 それでもやはり夜は冷える。森で野宿する気にはとてもなれず、夜通し飛び続けていたミュウはとてもじゃないがこれなしではいられないほどだった。


『……変わった服装ね。可愛いけど』


 今のミュウのファッションは相変わらずウサ耳フードパーカーに短パンの"ダーク・ロップイヤー"セットだ。

 実の所、これとウィッチ・ゴシック以外にもあと何種類ばかり呼び出せたのだが、最もラフな装備がこれしかなかったのだ。


『見たことがない服だわ。本当にあなたはどこから来たのかしら』


『それが説明出来れば苦労しないんすよ』


 再び探りを入れられ、うんざりした心の篭った言葉が漏れる。


『ふぅん、あれはふざけて言っているわけじゃなかったのね』


『無一文で言葉も通じないような知らない土地に放り出される。そんな状態で嘘をつく余裕は僕にはないっすねぇ。あー……』


 対面のソファーに座り、ようやくまともに腰を落ち着けられたためか、疲れが口からこぼれる。

 今日会ったばかりの他人の家でくつろぎ過ぎだとは思うが、ほぼ丸一日杖に座っているのはいくら杖で飛びなれているミュウにも辛いものがあった。


『それで。これからミュウはどうするつもりなの? 悪いけど今回は特別よ。いつまでもあなたを養ってあげるつもりはないの』


『僕もメリアさんの常識人ぶりに漬け込んだのは謝らせてもらうっす。いつまでも甘えるつもりもないっすよ』


 演技というほどではないが、メアリに対しておどけながら答えていたのはどう真面目に答えても嘘にしかならなかったからだ。


 仮にあの場で正直に答えた所で、異世界から来たなんて嘘と判断されてしまうだけ。かといって、あれだけ警戒された空気の中でその場しのぎの嘘をつき続けてボロを出せば疑惑はさらに深まっていただろう。真面目に嘘を付いていればなおさらだ。 


『理解してやってたのね。すっかり騙されたわ』


 メアリはしてやられたという顔ではあったが、警戒はそこに混じっていなかった。ミュウが切羽詰った状況には変わりなかったというのが飲み込めたからだろう。


『僕みたいな可愛くてか弱い女の子を見捨てるなんて出来ないってすぐに分かったっすから』


『……あなたほどしたたかな子はなかなかいないと思うわ』


 ただ、話していると本当にミュウが切羽詰っているのか怪しくなってくるが。

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