四話 - プロローグ④
《グラビティ・コラプス》は意味をそのまま解釈するなら重力で押し潰す攻撃だが、いくらなんでもゲームで再現されるものではない。
PVPで使われても鈍重の効果で動き辛くはなるが、重さを感じたりはしない。いや、そもそもにしてフィールド上のエフェクトをここまで大規模に破壊するなんてシステム上出来るはずがないだろう。
どれだけ強力な火魔術スキルを行使しても、エフェクト破壊に対応したスキルでなければ焼け焦げたエフェクトに変わるだけで木一本燃やせない。数分もすると再生してしまう。
「ど、どういう事っすか……」
リアリティを追求しているPeriodheim Onlineのとはいえ、たかが中級で覚えられる程度のスキルでこんな破壊を巻き起こされていたらゲーム世界はたちまち崩壊してしまう。開発中のデータだとしても、これはやり過ぎだろう。
発動したスキル以外に原因が考えられないからこそ、背中に冷たい汗が噴出す。
開発中のデータの中でやり過ぎたとか、引き起こされた被害に驚いたとか、そういうものではない。
嫌な早鐘を打つ鼓動が警鐘を鳴らしている――"この世界はおかしい"、と。
「VRシステムコール!」
強制ログアウトを待ってなんていられなかった。早くログアウトして心を落ち着けたい、その一心で叫んだVRシステムコールは辺りに響いて消えていった。
何十秒待っても何の反応もない。
「なん……何で? は、ははは、冗談っすよね? VRシステムコール……VRシステムコール、VRシステムコールっ、VRシステムコールって、言ってるじゃないっすかッ!」
叩き付けるような叫びでさえ、反応するものは何もなかった。形のなかった恐怖がその実態を持って首筋に手を伸ばしてくる。
頭の中が真っ白になり、杖の上からバランスを崩しそうになって本能が反応して踏みとどまる。おかげで呆然としかけた意識が引き戻される。
力なく地面に降り立ち、そのまま膝から崩れ落ちる。
「っ……何でっ、何で反応しないんすかぁっ!」
誰もいない。答えをくれるものなどいなかったはずだった。
「――解答します。ここがPeriodheim Onlineというゲーム内でないからです」
「……わた、し?」
目の前に"美優"がいた。
美優ではないが、その姿、声はまさしく美優のそれだった。服装も最近好んで来ていたファッションで覚えがある。鏡か写真でも見せられているようだ。
「解答します。あなたの語彙より適切な表現を選択するならば、私は世界の管理者です」
「管理者……GMっすか?」
「解答します。私はゲームという遊戯に関わる存在ではありません」
自分の声なのに機械音声ではないかと疑ってしまうほど無機質な返答。
目の前に唐突に現れた世界の管理者と名乗った彼女は、声が震え混乱を極めた様子の美優など見えていないかのように答える。
恐ろしくもある存在だが、現状では彼女に答えを求める以外にない。
「ここは、どこなんすか?」
「解答します。最も近しい意味を持つ言葉は"異世界"です」
異世界――淡々と告げられた突拍子もない答えに驚くよりも笑ってしまった。
之々木と一度その手の物語について語った事がある。彼はリアルで物書きをしていて、何かとネタ探しをしていた。
異世界転生物は之々木も書きたいと常々言っていた。本人はガチガチの純文学作家で名が売れていただけに半分諦め加減ではあったが。
異世界転生というジャンルの中にはゲーム世界に飛び込むというものが少なからずあった。
VRMMOが実現された今となっては擬似的に似た体験は出来るが、ゲームがリアルになったからこそ、本当にその世界に飛び込みたい、住んでみたいという欲求が強くなるのだと之々木は言っていた。
「あなたが僕を呼んだんすか?」
「解答します。呼んだという表現は適切ではありません。偶発的な現象です」
「偶発的な現象って……具体的に言ってくれないと分かんないっす」
「解答します。前提として類似する条件を持つ世界同士は共鳴して引かれ合う性質を理解してください。この共鳴現象は類似条件下どこでも起こり得えますが、共鳴地点は世界の接点がもろくなります。あなたは世界の接点の穴によってこちらの世界に来ました。なお、これらを正確に表現する語彙が存在しないため、完全な解答は得られません」
之々木との会話を思い出して緊張が解けたのか、まともに思考する余裕が出てきた。
つまり世界というものは似たもの同士がくっ付きやすい傾向にあり、その箇所は世界の壁がもろくなっている。美優はそのもろくなった箇所に空いた穴に運悪く巻き込まれたというのだろう。
詳しく説明されたところで美優には、というより現在の人類には到底理解出来ない範疇だっただろう。
それだけ突拍子もない出来事にもっと戸惑ってもいいのかもしれないが、まだPeriodheim Onlineの中にいて、ドッキリだった言われたほうがしっくりくるからか、美優は反応に困っていた。
それも当然だ。愛用していたカドゥケウスが手元にあるばかりか、スキルまで使えたのだから。
「じゃあ、この杖や服はどういう事っすか? しかもスキルまで使えたんすけど」
「解答します。それらは世界の資源――リソースを消費して物質化した一種の法則です」
「リソース? 物質化した法則?」
「解答します。リソースは各世界における質量であり法則です」
「まだよくわかんないんすけど、要は万能物質って事っすかね。もうちょっと詳しく説明してほしいっす」
「解答します。あなたの存在した文明レベルではそう呼ばれてもおかしくない存在です。リソースは世界を構成するもの。あなたの認識する範囲では原子やエネルギーといった法則を生み出す存在です」
「あー……了解っす」
もはや物質やエネルギーですらない、美優の常識の範疇を超えた世界の根幹をつかさどるものだという事だけは理解出来た。
同時に何故か美優がそのリソースとやらを使い、カドゥケウスや服を作り上げ、スキルを発動しているという現状も。
「……ちょっと待って欲しいっす。何で僕がリソースとかいうとんでも物質で何かを作れたりするんすか! そこの所詳しく!」
「解答します。現在のあなたはリソースの塊です。前提として各世界のリソースは常に一定の量を保つ性質がある事を理解してください。世界を超えた時点であなたはあちらの世界のリソースである肉体を捨て去ってこちらに来ました。そしてあなたの意思に反応し――」
「ちょっ、待つっす! 肉体を捨て去って? 先に進む前にまずそこから! 今、僕死んでるんすか!」
とんでもない事を当たり前のように流そうとする彼女に慌ててストップを掛ける。
「解答します。あなたの肉体は本来あちらの世界のリソースであるため、世界のリソースを保つ性質によって肉体をこちらに持ってくる事は叶いませんでした」
「つまり今の僕は魂みたいなもんなんすか……」
「解答します。肉体停止後の残留意思と魂を定義するのであれば的確です」
魂の存在は科学的にまだ解明されていないが、科学を超えた次元にいる彼女がそう言うならば疑う余地はない。
「そこらへんは理解したっす。それで何で僕がリソースを自由に扱えてるんすか?」
「解答します。前提として意思はそこに在るだけでリソースを求める存在だと理解してください。また世界に定着した意思は本来直接リソースに干渉出来る位置にありません。しかし、あなたは現在こちらの世界にありながら定着していない不安定な状態にあります。故にリソースがあなたに反応して流れ込み続けています」
意思というのはリソースを自然と集めてしまうものだが、世界に定着してしまえばリソースには手が届かない。美優は事情が事情だけに届く位置にいるという事なのだろう。
位置と言っても物理的な距離や配置の問題ではないだろうから実感は薄かったが。
「でも、僕がリソースを取り込み続けてるって状態はまずいんじゃないっすか?」
「解答します。世界に満ちるリソースの量に変化がない以上問題ありません。しかし不明な意思によってリソースを独占され、法則を書き換えられるのは世界の寿命に影響を与える可能性があるため看過出来ません」
「もしかして、僕これから消されちゃったりするんすか? 管理者さんもそのために来た、とか」
「解答します。あなたはすでにリソースを取り込んでいるため、消失は世界のリソースバランスを崩します。世界の性質に従うなら、他の世界のリソースを取り込もうとさらなる穴が空く可能性が高いです。解決策としてあなたのリソースの流れを停止させ、取り込んだリソースによる法則の改変が行われないよう調整する方法を取ります。影響の幅を最小限に食い止めるため、あなたが保有しているリソースは現状ある法則に照らし合わせて変換します」
新しい原子やエネルギーを作れてしまうリソースは確かに人の手には余るだろう。
美優としてもそんな超危険なものを手元に置いておきたいとは思わないが、それ以前に根本的な解決法が含まれていない。
「私のリソースを取り除いて、穴から元の世界に戻してもらえたりしないんすか?」
「解答します。リソースを意思から引き剥がすのは、意思のリソースを求める性質上容易ではありません。また再び世界に穴を空けるのは推奨出来ません。私は世界を不安定に陥れる行為は出来ません」
彼女の答えは否定ではあったが、可能だと言っているようなものだった。
リソースを操り、自ら世界の管理者と名乗るような超常の存在。なのに、あっさりと人を見放した態度に頭に血が昇る。
「で、でもっ! そもそもあなたの不手際じゃないっすか! 責任取って欲しいっす! 神様みたいなもんなんじゃないんすかっ!」
だが――。
「解答します。私はただ世界を最適に存続させる存在であり、神様という救いを与える存在ではありません」
「っ、ふざけんなぁっ! ――《Sクイック - vier》ッ!」
Sクイックはスキルのクイックコマンドだ。
Periodheim Onlineの大技スキルにはチャージが必要となる。物理職の場合、何らかの発動モーションが必要だったり、小技からのコンボからでなければ使えなかったり。魔法職の場合も同様にコンボから派生したり、スキルを宣言してから発動まで行動制限をくらったりする。
Sクイックに登録したスキルはそういった制限を取り払って発動する事が出来る。
発動コストが増加したり、威力が減少したりといったデメリットもあるが大抵のプレイヤーは上限までスキルを登録してある。その多くは必殺技と呼ばれるものだ。
美優の宣言したvierというのはドイツ語で4を表している。
魔法職の場合はスキル宣言から発動までが長いため、PVPでは相手に行動が読まれやすい。だからこそキーワードを登録してスキル名を伏せてあるのだ。
そしてvierに込められたスキルは――《フェイト・スペース》。空間を固定し、内部で大爆発を起こす第一位クラスの闇魔術スキルだった
キンッ――と耳を鋭く突き刺すような短音。
瞬間、彼女の背後にあった小山が吹き飛ぶ。たった一撃で小山を吹き飛ばすほどの爆発が何度も、何度も巻き起こる。
衝撃や音は一切伝わってこない。透明な球状の何かが小山を覆って爆発をすべてその中に閉じ込めているのだ。不気味なほど静かな破壊がそこにはあった。
爆発はやがて収まり、割れるような響きの後にゴゴゴゴゴと破滅の余韻が音となってやってくる。
「あなたが、もし管理者だというならっ! この地を破壊されたくなかったら、僕を帰して! さもなければあなたもッ――!」
「――解答します。星が一つ消えたところで世界の存続には何ら影響しません。また私に対する干渉はあなたには不可能です」
「―――――――――」
彼女の答えにすべての感情がすとんと抜け落ちた。
美優の姿を模した"ソレ"となまじ言葉が通じたために勘違いしていたのだ。彼女などではない。ソレはシステムだった。世界を存続させていくためだけのシステム。
だから美優の事情や感情なんて考慮しない。理解していない。ただシステムに従って動くだけのNPCに過ぎなかったのだ。
ソレに激情をぶつけてもどうしようもなかった。
「は、ははは、は……そうっすか。そうなんすね。僕はもう、帰れないんすね」
感情が抜け落ちると冷静にその事実も腑に落ちた。もはやPeriodheim Onlineの世界かもしれないと現実逃避する気力すらなかった。
バグならとっくに強制ログアウトさせられているだろうがそれすらもない。認めるしかなかった。ここは異世界だと。




