招待
宝闘祭当日の日曜日、希望通りの対戦が組まれたことがカレアラのメールホームに送られてきた。
対戦時間まではしばらくあり、宝闘祭の観戦にでも行く? という話になりかけた所、部屋の扉がノックされた。
カレアラが出てみると、折り目正しい燕尾服の男性が立っていた。彼は恭しく頭を下げて、自分はアイリス様の使いの者だと説明する。
「アイリス様がレイ=ロッド様にお礼をなさりたいと申しております。屋敷までご足労願いますか?」
呼ばれて、レイはひょっこり顔を出す。
「僕だけ? カレアラさんやコスモスは?」
「はい。お二人にはあらためてお礼の場を整えます。まずは、レイ=ロッド様に心からの感謝をしたいとのことです」
「途中参加の私達よりレイを特別扱いしたいんでしょ」
カレアラは納得して送り出すが、
「え~、コスモスもパパと行きたい」
コスモスは離れたくないと駄々をこねる。
「ワガママ言わない。私達がいたらレイだって聞きたいことを聞きにくいかもしれないでしょ」
コソッと耳打ちされ、コスモスは「う~」と唸って渋々諦めた。
「でも、宝闘祭には遅れないでよ」
「分かっているよ。直接学園に向かうから、現地で落ち合おう」
レイは三角帽子にマント、杖を持って部屋を出て行った。
寮の前に止められた黒塗りのリムジンに乗り、レイはアイリスの屋敷に向かう。何気に彼の初めての車がリムジンになった。革張りのシートに足元には毛皮の絨毯、そして広々とした空間に、冷たいオレンジジュースを乗せたテーブルと話し相手のメイドさん。この快適な乗り心地がファーストインプレッションでいいのだろうか?
町の東にある区画の奥まった場所――そこに大きな屋敷があった。立派な鉄柵の門扉を車でくぐり、さらにしばらく進んで玄関に横付けする。
車から降りたレイは屋敷を見上げた後、左右に目をやる。壁の曲り角が見えないほど横に広い。後ろを振り返れば景観を考えた緑が広がり、穏やかな噴水と水路がある。
ここまで運転してきた執事は、待機していた使用人に車を任せ、一緒に乗っていたメイドとレイの傍らで待機する。
呆けているレイは、二人にオズオズと尋ねる。
「…………あの~、ここは城ですか?」
「マサラ家の本宅でございます。特別なお客様はこちらにお招きしております」
「え? 特別じゃないお客人は?」
「はい。その場合は北地区にあります別宅に招待しております。そちらは主にパーティ用に使われていますので、こちらより多少――」
「あ、狭いんですか」
「いえ、広いです」
「広い!? これ以上!?」
「オーケストラも呼べるホールの他、来客用の設備が整っていて、ゲストルームもたくさんありますので。こちらは親族がリラックスできるプライベートな御屋敷です」
この目の前の建物以上となると、最早レイの想像が追いつくものじゃないので、言葉が出てこない。どこかぼんやりとしたまま、レイは促されて屋敷に足を踏み入れた。
屋敷の中はきらびやかではなく、落ち着いた雰囲気だった。間接照明の優しい光に、壁紙から家具の一つに至るまで考えられたデザイン。パッと見目を引くものはないが、一つ一つは当然上質なもので、見事に調和している。
レイは空気まで爽やかなものに感じられた。この時代に来てから空気の悪さに気づいていた彼にとっては、久しぶりに思いっきり深呼吸したい気分になれた。
「あ……あの、先輩……いらっしゃいませ」
オズオズとした声に顔を向けて、
「お招きありがとう、アイリスさん」
レイは安堵して胸に手を置いた。その反応を見て、アイリスは少し慌てた。
「な、何か、気に障ることでも、ありましたか?」
「いやいや、アイリスさんの服が普通でよかったな~って。ゴージャスなドレスでも着てこられたら気後れするところだったよ」
レイの言葉通り、アイリスの服は白を基調としたブラウスに、淡い色の長めのスカートだ。一見質素に見えるが、もちろんお安いものじゃない。値段を聞けば、ゼロがいくつ並ぶかちょっと分からないだろう。
しかし、アイリスはそんなことおくびにも出さずに恥ずかしそうにはにかんで、
「普段は楽にしているんです」
「うん。可愛いよ」
レイに褒められ、アイリスは頭の天辺から湯気を出し、頬を染めて俯いた。彼女は縮こまらせた体の前で両手をこすりながら、居た堪れない様子だ。だが、このまま黙っていたらレイが気を遣ってしまうと、彼女は思った。呼び出しておいてそれは無いと、勢いよく顔を上げる。
「この前は助けていただいたのに、ろくにお礼も言えず申し訳ありませんでした」
姿勢を正して、深く頭を下げた。それを受けて、レイも三角帽子を取る。
「わざわざありがとう。でも、テスラさんやカレアラさん、コスモスの手助けがあればこそだよ」
「はい。みなさんにもキチンとお礼をしたいと思っています」
レイは一つ頷いて三角帽子をかぶり直す。
「ところで、学校を休んでいるようだけど大丈夫? 外に出るのが怖いなら、しばらく一緒にいようか?」
その提案に、アイリスの顔は真っ赤になって言葉が出ずに口をパクパクさせる。
「もれなくコスモスもついてくるよ」
レイとしては心強さを強調するつもりだったのだが、
「あ……あ~、それは、そうですよね。そうなりますよね」
アイリスは少し複雑そうに笑う。
「でも、大丈夫です。今はちょっと家族が心配してるので休んでいるだけです。私は元気ですよ」
その元気を見せるかのように、アイリスは体の横で腕を曲げる。それを見て、レイは優しそうな手つきで彼女の栗色の髪をなでた。
と、アイリスは真っ赤な顔で「あわあわ」と汗を頭上から飛ばす。相手が彼女だと気づいたレイは、サッと手を引っ込めた。
「――ごめん。弟子だった子が「褒められて伸びるタイプなの!」とかって、褒めないとうるさかったから……なんか……つい習慣で。アイリスさんの背丈がちょうどいいんだよね」
レイは苦笑しつつ、手元でエア「なでなで」をして見せる。その高さは、確かにアイリスの背丈ぐらいだ。
「アイリスお嬢様。いつまでも立ち話では何ですので」
執事の言葉にハッとして、アイリスは気持ちを取り戻す。
「そ、そうですね。それじゃ先輩、ご案内します……あ、お好きな食べ物を聞いておきたいんですけど……」
「大抵何でも美味しいと思うけど……あ、『け~き』があれば嬉しいかな」
それを聞いて、メイドは恭しく礼をして下がった。
それからレイはアイリスについて屋敷の中を進んだ。後ろには執事もついて来る。
「アイリスさん。少し『魔導王』について聞きたいことがあるんだけど……」
「それならちょうど、よかったです。先輩に見てもらいたい絵があるんです」
「僕に? いや~芸術に関しては詳しくないんだけど」
ちょっと困ってレイは頬を指でかくが、アイリスはもったいぶってノーコメント。
けっこう歩いて着いた部屋は、角にある物置部屋。アイリスは「少し散らかっていますけど」と断ってから、ドアを開けてレイを招き入れる。
部屋の中は散らかってなど全然なかった。壁際にある棚にはたくさんのものが陳列しているが、それらは綺麗に整えられていた。日光がほとんど入ってこずに薄暗いが、電気を点ければ床にホコリ一つない。
事前に申し付けられていたのか、執事は部屋の奥へと行き、一抱えもある箱を持ってきた。そして、レイとアイリスが待っていたテーブルに置く。
その箱を空ける前に、
「あ、あの~……私が最初に先輩に声をかけた時のこと……覚えていますか?」
「もちろん」
「あの時はすみませんでした。やっぱり私の勘違いで……その勘違いの元が、この絵です」
アイリスが執事に視線をやると、彼は箱を開けた。
その絵を見てレイは驚いた。木陰の下で穏やかに本を読む彼が描かれていたのだ。周りには実験器具や定規があり、恰好はいつもの三角帽子にマントで傍らには杖もある。
それを見て、レイは少し昔のことを思い出した。
(師匠。天気がいいのに何で家にこもって本を読んでいるのよ)
と、無理やり腕を引っ張られて外に出された。
(明かりの魔法もいらないし、日の高さから時間も分かる。本を読むのに熱中して時間を忘れることもないね)
継続して本を読み続けるレイを見て、
(…………ダメだ、この師匠)
何故か、弟子に呆れられてしまった。
「この絵のサインは……『魔導王』の母親らしいんです。その方が描かれたようなのですが……先輩に、よく似ていると思いませんか?」
レイは聞かれて、柔らかな苦笑を浮かべた。
「確かに僕に似ているけど、絵の方がカッコいいね」
アイリスはボソボソと「そんなことも、ないと思いますけど」と呟いた。
「『魔導王』に関連するものはほとんど資料館に寄贈いたしましたので、屋敷に残っているものはあまりありません」
そう言って、執事は奥から新たに持ってきたものをテーブルに置いた。それは、レイにはすごい見覚えがあった。
「こちらの本には『魔導王』のアイディアがいくつも書かれておりますが、どれも常軌を逸した荒唐無稽のものですので、おそらく自由帳だったのでしょう。中々愉快な御方のようです。後半には師への文句や資金集めが苦しいなどのコメントがあり、当時の苦労がしのばれます。かなりざっくばらんに書かれていますし、内容も研究には関係ないものなので、公開を控えているのです」
違う。長い年月が経過しているため、齟齬をきたしている。その本は執事が言うようなものではない。それはレイが書いた本だ。そして、弟子のエリーに渡したものだ。つまりそこに書かれている師への文句は、レイに対するエリーの文句だ。
本の内容は『門外不出・失敗作シリーズ』について簡単にメモしたものだ。レイの家で作業をする上で、一番危ないのがそれらの取り扱いなのだ。実験の手伝いをするエリーのために、効能や注意することをまとめたのだ。
都会に行くエリーに渡したのだが、よく残っていたなっと思うほどボロボロだ。
「私は……写本を読んで中を知っているんですけど、独創的なアイディアが面白かったです。でも、師匠に関しては感情的で、名前も書かれていないんです。ですから、『魔導王』の師匠は未だ謎とされているんですよ」
「へ~へ~」
とりあえずレイは、絵や本について無関係を装う。説明なんて、ややこしすぎてできるものでもない。だから彼は、この前の事件もアイリスの誘拐事件として、自分に関わるものという明言を避けているのだ。
だから、話題も無難なものを選ぶ。
「やっぱり、研究費には苦労したんですか」
レイもそれについては苦しんだことが多々あるので、気になっていた項目の一つだ。
「はい。一説には身の回りで売れるものは何でも売ったとも言われています」
「……あの~、『魔導王』についてでしたら……今度、資料館に招待します」
聞けば、その資料館には『魔導王』の研究に関する色々なものが展示・解説されているらしい。それなら詳しいことは今度そこにでも行けばいいやと、レイは考える。今日の本件はお礼を受けることで、好奇心に突き動かされて質問攻めすることではないのだ。
それに、レイは弟子の痕跡を少し見られただけで満足だった。七〇〇年も経って、まさか再会できるとは思ってもいなかったから。
物置部屋を出ようとした時、ドア付近に立てかけられていた姿見にレイは目をむいた。
「どうしてこれがここに!?」
驚くレイを見て、アイリスと執事の頭上に疑問符が浮かぶ。
「そちらの鏡に見覚えが?」
「え!? あ――え~っと~」
レイは言葉を濁して、視線をさ迷わせた。
レイが見つけたそれは『門外不出・失敗作シリーズ』の『魔法の鏡』なのだ。『門外不出・失敗作シリーズ』には効能が危険なため表に出せないのと、恥ずかしいため表に出せないのとがある。そして、『魔法の鏡』は後者なのだ。
尋ねれば質問に答えてくれる鏡なのだが、製作者であるレイのひいおばあさんが知らないことは答えられない。ひいおばあさんが他人に「こんなことも知らないんだ~」なんて思われたくないから封印していたものだ。
「き、気のせい……でした」
とりあえず危険な代物ではないので、ひとまずここに置いておくことにした。
三人が物置部屋から出た後、奥の方から金属の重厚な音が聞こえてきた。
急いでいたのか確認が甘かったのか、前回けっこう字の間違いがありました。反省。
次回はレイにとってとんでもないことが起こってしまいます。
それでは、また次回。




