少し昔の話
ふと気づいた。エリーとアイリスを比較するためにもエリーとレイの話は入れないといけないだろうと。ということで、ちょっと昔の話です。レイがやさぐれています。
分厚い雷雲は太陽を隠し、土砂降りの雨は生物の気配を消す。夜よりも冷たく暗く、一人きりだと思い知らされる日中。人里離れた場所にある木造の小屋では、なおのことだろう――彼は、一人だ。
暗闇の中に潜むような彼は、のっそりと立ち上がった。猫背で両腕を垂らし、足を引きずって歩を進める。生気がまるでなく、光が当たっていない彼は影が動いているようにしか見えない。
時おり聞こえる雷鳴に負けないほどの強さで、ドアが叩かれている。ノックにしては強すぎるそれで、確認するまでもなくドアの向こうに誰がいるのか彼には分かった。
彼はドアの施錠を魔法で開錠する。と、蹴破られたドアが勢いよく開き、彼の鼻先を掠め、壁にぶつかると斜めに傾いた。だが彼は、それでもまばたき一つしなかった。
ドアの向こうにいたのは、彼の予想通り幼い少女。せっかくの仕立ての良いドレスがぬれねずみになっていた。
どうやら、今日は馬車に乗って来なかったようだ。いつも何かしら食べ物を持ってくるのに空手な所を見ると……このひどい天気だ。家人に外出を止められていたのだろうと彼はぼんやりと考えた。
少女は一言の断りも無くズカズカと家に入り、彼の胸元の服を濡れた両手で掴んだ。
「いつまで閉じこもっているつもりなのよ。さっさと私を弟子にしなさい!」
彼は服が濡らされたことなんて気にせず、彼女にぼんやりとした目を向ける。
「……もう来るな。俺は、天使どもを殺す準備で、忙しいんだ」
カッとなった少女は振りかぶった手を全力で彼の頬にぶつけ、彼は周囲のものを巻き込んで激しく床に倒れた。
「出来もしないことほざいてんじゃないわよ! 魔法使いでしかないあんたなんかね、私でもはっ倒せるのよ! 復讐なんか企んだ所で返り討ちにあうに決まってんでしょ!」
彼が腕を動かそうとしているのを見て、少女は彼の細い腕を踏んづける。
「なにさ! 本当のこと言われて怒ったの!? こっちはもっと怒ってんのよ! あんたがいつまでも私を弟子にしないから、私はこんな日もやって来なくちゃいけなくって、お気に入りの服をダメにされたんだから!」
彼はさすがに痛みに顔をしかめ、少女を暗い瞳で睨み上げる。
「弟子なんか取らない」
少女は彼の腕を踏みつけたまま、彼の鼻先に指を突きつけ、顔を間近に近づける。
「私があんたを師匠にしてやるって言ってんのよ! 私の都合にあんたの事情なんか関係無いわよ! どうしても復讐したいって言うなら、私に魔法のことを全部教えて、師匠じゃなくなってからにしなさいよね!」
そして、彼女は体を戻してふんぞり返る。それでも、まだ彼の腕は踏んだままだ。
「言っておくけど! 私は魔法のことなんてこれっぽっちも興味ないから! すっごい時間がかかると思いなさい! でも、どれだけ時間がかかっても教えてもらうからね!」
「言ってること滅茶苦茶だぞ、おまえ。魔法に興味がないなら、どうして魔法使いになりたい」
「単独で天使に復讐なんて無謀なことを考えているあんたに、滅茶苦茶なんて言われたくないわよ!」
最後に一度体重をかけて、ようやく少女は彼の腕から足をどける。それから、考えて視線を少し上に向ける。
「魔法使いになりたい理由か…………あらためて聞かれると、考えたこともなかったわ」
「おまえな~」
責める様な彼の口調に、少女は頬を膨らませる。
「なりたい理由がないってことは、それこそ不純なものが一切ない純粋な理由ってことでしょ~。文句を言われる筋合いはないわよ」
「…………今まで、父さんに教えを乞いに来た人を何人か見たけど、おまえみたく自分勝手で魔法に興味のないことを主張して、理由は特にありません。なんて言った奴、一人もいなかったよ」
「当然よ。その人達は結局教えてもらえなかったんでしょ? 教えてもらえない人と教えてもらってやる私の言うことが、同じなわけないじゃない。そんなことも分からないの?」
彼は苦虫を噛み潰したような表情で、勝ち誇っている少女を見上げる。
少女の一切譲る気が無い強く鮮烈な瞳。それは暗闇の中、煌々と輝いていた。
その瞳を彼は眩しそうに感じているが、見ている彼の暗闇の瞳にも少し反射して光っていた。
「……今日から記録をつけろ」
「え?」
「『どんなこともメモをしろ』。それがロッド家の魔法使い、最初の教えだ」
ようやくそれを言わせられた。少女は腰に手をあて、満足そうに微笑んで……ハタと気づいて彼に手を差し出す。
「ちょっと。何かふくもの貸しなさいよ」
「それと、師匠にはそれなりに敬意を払え!」
彼は乱暴に少女に向かってタオルを投げつけた。
レイ十歳、エリー八歳の話だ。
エリーを書いていて、無茶苦茶な子だな~っと思いました。なりたい理由が一切ないから純粋な理由って、すごい理論ですね。考えると「?」なんですが、それで押し切る所がまたすごい。
レイの方はこんな弟子に引っ張られて、丸くなっていくんですね。まあ、苦労には事欠かないでしょう。




