魔法使いレイ
カーテンが引かれ、日中なのに電気をつけられた左程広くないマンションの一室。家具の類はほとんどなく、数脚の椅子や小さなテーブルがある程度。ゴミはコンビニの袋に入れられ、そこらに転がっている。
そんなフローリングの床に、手と足を縛られ、口をガムテープで塞がれたアイリスがいる。彼女は気づいたら段ボールの中に詰められていて、持ち運ばれている揺れを感じた。そして、つい先程乱雑に出された。不安と恐怖で体を硬直させている彼女の目の前に、四人の男(亜人も含まれる)がいる。一見してロクでもなさそうな奴らだと分かる。雰囲気から臭いまで、ひどく獣じみている。
彼らは下卑た薄笑いを浮かべて、アイリスを見下ろしている。彼女は這いずるように下がると、男達はそれも楽しそうに被虐的に眺める。一人が彼女の背後にまわり、肩と腰を押さえる。その手を置かれた時、彼女の体は恐怖で跳ねた。
動きを押さえられたアイリスは瞳を震わし、涙ぐんで首を必死に横に振る。そんな彼女に、男達の手が伸びる。
激しく窓を突き破って、ホウキが飛び込んできた。
男達は驚き、窓に向かって身構える。
残ったガラスを杖で叩き壊し、三角帽子のつばに手をやり、マントをなびかした男が入ってきた。
「貴様ら、魔法使いを敵に回して、まともな余生が送れると思うなよ」
怒りに満ちた目を細め、男達を睨むレイ。彼を見て、アイリスは涙を溢れさせた。
一人の男がメガネをいじりながらレイを窺う。すると、メガネの表面に数字の羅列が表示される。それを見た男は、思わず笑った。
「おいおい、強気に乗り込んでおきながら貧相なステータスだな。魔法力以外カスじゃねえか!」
男からもたらされた情報を聞き、他の三人にどこか余裕が生まれる。
「どうやってこの場所を知ったのかは知らねえが、頼みの魔法はここじゃ使えねえぜ、コスプレ野郎。この部屋の中は魔封じされているからよ」
亜人の男は毛深く、筋骨隆々とした大型だ。拳を鳴らしながら無警戒にレイに近づく。
近づいてくる男をレイは怯まず見上げ、
「もう一度言う。まともな余生が送れると思うなよ」
「ああ、そうかよ!」
肉迫した男はアッパーをレイの腹に叩きこんだ。天井に叩きつけられ、落ちて床でバウンドしたレイの背中をさらに踏みつける。体の上と下が面白いほどのけ反り、レイの口から血が吐き出される。
あまりの呆気無さに男達はレイを囲み、サッカーボールを奪い合うように蹴り続ける。
アイリスはガムテープに塞がれながら叫ぶが、男達はレイをボコボコにするのに熱中して気にも留めない。
「何をやっている!」
騒動を聞いて、壮年のゴツイ顔をした黒い口髭を生やした男が現れた。リーダー格らしき男の言葉で、ようやく四人の男が止まる。
「見たら分かるだろ。コレコレ」
笑って、亜人の男が足元のレイを指さす。
そこを見て、リーダー格の男は眉根を寄せる。
「だから、貴様らは何をやっている? そんな何もない所で」
呆けた顔の男達が再び目線を下ろすと、ボロ雑巾のようになっていたレイの姿は消えていた。その時、四人は体のどこかにチクッとした痛みを感じた。
「種族の隔たりが無い社会になったはいいけど、犯罪までそうならなくていいだろうに」
声の方を、四人の男は振り返れなかった。全員の体が石化していっているのだ。
「門外不出・失敗作シリーズ『気まぐれな石化』。前兆なく体が石化し、時間が経てば戻るを繰り返す。効果期間は不明。治療薬――」
レイは手にしていた針をしまい、新たに取り出した小瓶を壁に叩きつけた。
「消失」
その瞬間、男達四人は完全に石化した。だが、その中のメガネは一瞬で解けて逃げようとしたら、またすぐ石化した。
「ちなみに、石化している時も意識はある。そのことからおそらく、石化状態のまま老衰することも可能と推察される」
アイリスは混乱していた。声のする方を見ても、レイの姿が見えないのだ。だが、徐々に彼の姿が現れてきた。そこに無傷のレイがいた。
が、アイリスは本当にレイなのだろうか、と思った。いつもは優しさが映る彼の柔和な目が、ひどく冷たく感情が感じられなかった。
「幻を見せたか」
「四人の他にもいるだろうと思って暴れさせた。大きな音に釣られて出てくるとは獣のように単純だな。さあ、アイリスさんを返してもらうぞ」
リーダー格に向けて、レイは杖を傾ける。
「おっと、おかしなマネをするな」
と、男は取り出したナイフをアイリスの首元に押し当てる。それでも、レイは眉一つ動かさない。
「おかしなマネをするなと言われても、この部屋は魔封じされているのだろ。魔法使いである僕に何が出来ると言うのだ」
「魔法を奪ったぐらいで貴様を無力化できるとは思わない。現にそこの四人を片付けたではないか」
男の口ぶりに、レイは何か引っかかるものを感じた。が、今はそんなことを言及している場合ではない。人質にされ、怯えているアイリスがいる。
「わかった」
レイは杖を手放し、力を抜いた両手を前に突き出した。
「抵抗はしない。拘束するなり好きにしろ」
タンッと、軽い音を立ててフローリングの床にサバイバルナイフが突き刺さる。それを投げた男は、冷徹に伝える。
「自害しろ」
レイは足元にあるナイフと男を見比べた。
「僕が自害すれば、アイリスさんを解放してくれるか」
「そこの四人はどうだか知らなかったが、ワシはこの娘に興味はない。約束しよう」
それを聞くと、レイは平然とナイフを掴み取った。
アイリスは恐怖の中であるだろうに、かすかに首を横に振る。だが、レイは躊躇せず自分の首にナイフを当てる。
「最終確認だ。本当に僕が死ねば、アイリスさんを無傷で解放するんだな?」
「ああ。元よりワシの狙いは貴様だからな」
「…………わかった」
と、レイがナイフを振り上げた時――外から飛来したいくつもの光の矢が部屋の中に降り注いだ。
いきなりのことで混乱している男に向けて、レイはナイフを投げた。男はそれを避けたが、その先で光の矢に当たる。アイリスも光の矢に当たりそうになったが、間一髪の所でレイに抱き起こされた。
そしてレイは光の矢が絶え間なく降り注ぐ中、猛然と玄関に向かって走った。不思議なことに、彼には矢が当たることがない。
玄関から外に出てレイは一旦アイリスを下ろして、懐から取り出したナイフで彼女の手と足の縄を切り、口のガムテープをはがした。その時には、レイの瞳はアイリスを心配する感情で一杯になっていた。
「走れる?」
聞くと、全身を震わせているアイリスは返事もできなかった。部屋に杖とホウキを置いてきたレイは空を飛ぶことができず、彼女を背負って非常階段を下りる。だが、力も体力も無いため、そのスピードは遅い。エレベーターを使えばいいじゃんと思うが、そういったものがあることに慣れていないレイは、すっかり失念していた。
レイにおぶさり、彼の体温と必死な呼吸を感じて、ようやくアイリスは緊張から解放された。彼に強くしがみ付き、声を殺してしゃくり上げる。レイは声をかけず、溜めこむよりいいと思い、泣かせるままにした。
マンションの駐車場に着いたレイは、待ち構えていた男を見て足を止める。
先回りしていたリーダー格の男は、多少のダメージを負っていた。だが、レイに向ける視線は怯むことなく、敵意に満ちている。先程は無かった大剣を鞘に入れて、肩に引っかけている(まあ、あんなデカいもの部屋の中では邪魔だろう)。
「どういうことだ」
「どういうこと?」
とぼけた声で聞き返すレイを、怒りに燃える男は指さす。
「あの部屋は魔封じされていた! いくら貴様といえども魔法が使えるわけがない!」
「分からないとは程度が低い。僕が最初に魔法で幻を見せていたのを忘れたのか」
言われて、男は「まさか!?」と驚きを口にする。
「魔封じは魔法が使えないだけで、それまでに使っておいた魔法が消えるわけじゃない。僕がのんびり空を飛んできたと思うのか? 道すがら、あの部屋を狙った矢を作っておいた。もちろん、遅れて着弾するようにタイミングを調整してね。敵のアジトに乗り込むんだ、それぐらいの準備はするよ」
自分で放った矢だからこそ、レイは当たらずに飛来する中を走れた。
男は悔しそうに歯を食いしばる。トントン拍子に話が進むと思っていたが、魔法のタイミングに合わせるためだったのだ。まんまとレイの策略に引っかかった。
「それより、いつまで翼を隠しているつもりだ」
男は顔を俯かせ、喉の奥で笑い、肩を震わす。そして、服を突き破って白い翼を羽ばたかせる。その姿はまさに天使だ。
「ばれていたか」
「口ぶりからして僕を狙っているようだったからね。そんなあっちこっちから恨まれているとは思いたくないから、天使だと思っただけだよ」
柔らかだったレイの眼光が鋭くなり、天使の男に突き刺さる。
「僕を狙ってアイリスさんを誘拐する意味が分からない。何の関係がある」
怒りを秘めた静かな声だ。
「情報によると、貴様は天使と相対すると面倒を避けて逃げる。それをさせず、なおかつ簡単に倒せるようにもっとも相応しい者を人質にしたのだ」
「バカな。彼女とは数回会っただけだぞ」
「いや、貴様は絶対に来ると思っていた。貴様とそいつはそういう間柄なのだ!」
天使は鞘から大剣を抜き放ち、
「ワシは最近の若者と違って手段は選ばん! ワシ一人罪を負って貴様を滅せられるならば、本望!」
レイへと斬りかかる。
割って入った者が剣で大剣を受け止め、甲高い音が駐車場に響く。
動きが止まった天使の背後に、小さな影が拳を構えて跳びかかる。背後からの一撃だったが、天使は姿を消して避けた。
「コスモス! カレアラさん!?」
どうしてここに? と言いたげなレイ。しかしすんなり答えず、二人は尖った責める視線で睨む。生半可でない雰囲気を察して、レイは顔を強張らせて大きな汗を流す。
「随分と長いトイレね。女の子を連れて男女兼用のトイレでも探してたの? このド変態!」
「やっぱり、その女はコスモスのポジションを奪おうとしている!」
二人が見ている対象は違ったようだが、詰め寄られるのはコスモスを背負っているレイ。
「とりあえず二人とも、後ろ」
「分かっているわよ!」
「分かってる!」
怒られた。レイが言う後ろでは、大剣を軽々と振り回し、天使が四人まとめて薙ぎ払おうとして――、
「銀の鱗表出!」
コスモスの細腕が大剣を受け止めた。見ると、彼女の腕は銀の鱗で覆われ、傷一つついていない。
「ヴィシャル種のドラゴンか!」
天使の懐に飛び込み、カレアラが突きを放つ。だが、再び姿が消えた。
「高速移動の魔法ね」
カレアラはすでに間合いのはるか外に移動している天使を睨む。
「二人とも」
「なに、パパ?」
「まさか戦うな。なんて言わないでしょうね」
アイリスを下ろしたレイは、マントをなびかせる。
「詠唱に入る。時間稼ぎを頼む」
言うやいなや、二人の答えを待たずにレイは無手で呪文を唱え出す。
「世話が焼けるわね、まったく」
「はい、パパ」
魔法の準備中になったレイを見て、天使は使われる前に叩こうと走る。
「デインブラスト!」
レイ達を囲むように放たれた稲妻が天使の進行を阻み、コスモスから放たれた突風が天使を吹き飛ばした。奴は地面に大剣を突き立て、止まる。
「この、邪魔をするな!」
天使が大剣を掲げ、腕の筋肉を盛り上げ、何倍もの太さにする。
「泰山断衝!」
大剣を振り下ろせば、その剣撃が衝撃波となって地面を削りながら走る。そのデカさ、名称通り山も真っ二つに出来そうだ。
「マズイ!」
さすがにこんなものどうこう出来るものじゃないとカレアラは考え、レイとアイリスを連れて避けようとした時、隣のコスモスが躍り出た。
「銀龍の裂爪撃!」
コスモスは足を地面に陥没させ、衝撃波に両の爪を突き立てて受け止めた。勢いは殺したがそこから激しい力比べになる。彼女を見捨てられずにカレアラもすぐに助力に入り、剣に雷をまとわせて衝撃波を受け止める。
そんな二人に、レイは呪文を続けながら魔法力を飛ばした。
受け取った瞬間――コスモスの銀髪が輝き出し、カレアラの雷が衝撃波を越えて広く放出する。
コスモスが爪を突き立てた場所からヒビが入り、そのヒビの中を雷が走って衝撃波を巡る。結局、衝撃波はそこから一ミリたりとも進めず、粉々に破壊された。
「バカな!」
小娘二人に止められるわけがない――そう思っていたのだろう。天使の顔に見本のような驚き顔が浮かぶ。
その時、一際強い輝きが生まれた。
「アレッシーズオリオル!」
レイから天使に向かって山なりに放たれた彗星。すぐに奴は高速移動を開始したが、彗星は追尾し、徐々に距離を詰めていく。
どれほど振り払おうとしても振りきれず、全力で逃げなければすぐに追いつかれ、全力を出してもいつかは当たる。さらに恐ろしいことに、何かをぶつけて誤爆させようとしても、光の彗星はそれらを透過する。
全力で逃げなければいけない場面で魔法をイメージすることもできず、大剣を投げてもやはり素通りしてしまった。
「おまえ用に作りこんでやった。その魔法はこの世でおまえにしか当たらない」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
天使の恐怖に染まった野太い悲鳴は、光によってかき消された。
敵を倒し、カレアラとコスモスは背中を合わせてぐったりする。
「バイトが休みの日でよかったわ」
「お腹減った」
「ありがとう二人とも」
レイは二人のそばに膝をついて、三角帽子を脱いでお礼を言う。
「ところで、どうしてここに?」
最早先程のように怒る気力も無く、カレアラはため息を一つついてから、
「レイがいつまでも戻って来ないから探しに出たら、中等部の方で不穏な感じがして、行ってみたらコスモスがテスラっていう子を見つけたの。あんたが誘拐犯を追いかけたって聞いて、飛んでいった方に向かったら空に何か光るものが所々にあって、それをたどってここらに来たんだけど……詳しい場所が分からないなって思ってたらマンションの一室が爆発したから、間違いなくここだって着いたの」
簡単に経緯を教えた。
それから、カレアラはコスモスの方を見る。彼女は今、レイから手渡された携帯でテスラと通話している。心配させまいと気丈に明るい声を出しているが、やはり涙声が混じる。
「レイ、さすがにこれはシャレにならないわよ。それでもあんたは黙っているの?」
「…………」
その時、ボロボロになって倒れ伏している天使のそばに、イリアルが下り立った。
すぐに警戒し、疲れている二人の前――最前にレイが立つ。
だが、イリアルはいつものようにレイに敵意の視線を向けず、申し訳なさそうに顔を曇らせていた。そして、少し躊躇った後に深く頭を下げた。
それを見て、レイは驚くというより困惑した。
「強硬派の古い人間が先走った。謝ってすむ問題ではないが、悪かった。俺はこんな、他人を巻き込むやり方をするつもりはなかった。この人を弁護するつもりはない。罪に対する然るべき罰を受けさせる」
と言われても、許す許さないを決めるのはレイ達ではない。今回の一番の被害者であるアイリスに、レイ達の視線が向けられる。しかし、アイリスは戸惑うだけだ。
殊勝に頭を下げ続けるイリアルを見て、カレアラは疲労を押して立ち上がる(そしたら、つっかえが無くなってコスモスがポテッと横になった)。
「あんた卑怯よ。そういう態度を取って、被害者から少しでも許される言葉を引き出すつもり!? そいつの罪を軽くしようってんじゃないでしょうね!」
カレアラに怒鳴られ、慌ててイリアルは体を起こした。
「いや、そんなつもりは……ただ、俺は本気で悪かった、と」
「だから、無関係の人に謝られてもこっちは戸惑うだけだっていうの! それにこの子が受けた恐怖はね、謝ったぐらいでどうこうできる問題じゃないでしょ!」
「無関係ではない。同じ目的を持った同じ種族の者として――」
「無関係じゃないって言うなら、これから来る警察に「自分も誘拐犯の一味です。捕まえてください」って言うんでしょうね!」
「いや、それは……」
「じゃいい子ぶりたいだけで謝んな! 何様のつもりでの謝罪よ! 不愉快よ、まったく! 急に出てくるな! ややこしい! 意味が分かんない! 背負っていない責任を感じる意味が分かんない! 終わってからノコノコ出てくる意味が分かんない! 誘拐犯と同じ目的を持っている意味が分かんない! あんたがここにいる意味が分かんない! 罪も無いのに償おうとする気持ちになっている意味が分かんない!!」
カレアラに畳み掛けられ、イリアルはたじろぐ。それでも、まだ何か言おう――言い分があるのか、口を動かして悩んでいる。それを見て、彼女の頭にデッカイ怒りマークがはりつく。
「さっさと消えろ! 面倒!!」
大喝され、イリアルは背筋を伸ばし、一礼して走り去った。
そして、圧倒されていたのはいなくなったイリアルだけではない。カレアラが憤然と振り返ると、レイ、コスモス、アイリスが固まって手を握り合っていた。
「何やっているの、あんた達?」
「い、いや……その……ご苦労様でした!」
三人に頭を下げられて、カレアラは首を傾げて疑問符を上げた。
遠くの方から、サイレンが聞こえてきた。
次の日、アイリスは休んでいるようだが、レイ達三人は普通に登校していた。アイリスのために誘拐事件が騒ぎ立てられないよう、事件のことは隠された。そのため、三人のことが噂に出ることも無い。
そんな風に変わらない生活を送っていた昼休みに、イリアルが食堂に顔を出した。彼はカレアラにビクつきながら、肩に力を入れて宣言した。
「もう他人を巻き込まないよう父を介して話をつけ、俺が責任を負うようにしてきた」
キッと、敵意というより決意を秘めた目をレイに向ける。
「レイ=ロッド。俺と宝闘祭で戦え。俺が勝ったら貴様は魔法使いをやめろ。迷惑をかけたからと言う訳ではないが、命までは取らない。そして貴様が勝ったら『要・処理対象』から『要・観察対象』にすることを約束する」
伝えられた内容にレイは考え込んで腕を組む。彼が考え込んでいる間に、カレアラが不機嫌混じりの声でイリアルに質問する。
「何でそこまでレイを狙うのよ」
問われて、先程まで凛々しかったイリアルはちょっとビクついて、
「それは、だ……ですね。あの、カレアラさんは、彼の魔法をどう思いますか?」
変な調子で聞き返した。まあ、気持ちは分かると、レイとコスモスは心の中でちょっぴり同情した。
「非常識」
「そう、それです!」
狙っていた答えが返ってきたのが嬉しそうに、イリアルは声を弾ませる。ただ、カレアラと話をするのを避けて、彼はレイに顔を向ける。
「貴様は魔法をどう定義する?」
「魔法を定義できる言葉なんて存在しない。あえて言うなら、無限」
「だから、貴様は存在してはいけないんだ」
結論までの飛躍が分からず、レイ達の頭上に疑問符が浮かぶ。
イリアルは食堂の隅で人気が少ないにも関わらず、声をひそめる念の入れようで語り始める。
「魔法は魔法力をエネルギー源にして起こる現象だ。それが常識だ。魔法は自然現象の一つに過ぎず、鉄くずが金に変わることも、温かい氷ができることも、冷たい炎ができることも、時が遡ることも、不老になることも、DNAごと種族が変わることも、決してあってはならない。そんな非常識なこと魔法で出来てはいけないんだ」
「いけないって言っても、魔法で出来るかもしれないよ」
「魔法は最早そんな捉え所の無いものではなくなったのだ。常識と秩序の檻に閉じ込め、私達は安全に扱うことができるようになったのだ」
「まあ、魔法の誤作動や実験で爆発するとか聞いたことないわよね」
カレアラのコメントに、イリアルは力強く頷く。
「それなのに、貴様は理屈に沿わない魔法を平気で使う。昔ならともかく情報化社会の現代、噂は瞬く間に世界中に広がる。ウソや冗談だと受け止められるなら構わない。だが誰かが本気になり、同じことをしたいと考え、魔法を檻から出そうとすれば…………せっかく安定した秩序正しい世界に混乱が生じる」
「当たり前だけど、僕が何もしなくても世界は発展する。遅かれ早かれ、誰かが魔法の可能性を追求して、その無限さに再び気づくことだってあるはずだ」
「そんなことは分かっている。徐々に社会が発展し、生活が豊かになるのは歓迎することだ。しかし、貴様がキッカケとなればいきなり過ぎる。一夜で常識がひっくり返ってしまうかもしれないんだぞ。技術に人の意識が追いついていなければ、社会は間違った方向へ進む。産業革命以前のように」
時を越えたせいで、一夜で常識がひっくり返った経験のあるレイは、イリアルの主張を何となく感じられた。混乱しないわけがない。そして、大勢が混乱すればパニックが引き起こり、必ず騒動が起きる。
「衆人環視の中で貴様が負ければ、「やはりF組の奴はその程度か」と、学園での貴様に対する興味は一気に終息に向かうだろう。そして、貴様が魔法を使わなくなればもう騒ぎも起きない」
レイはポリポリと前髪を指でかく。先祖代々、人の手伝いをしてきた。頭ごなしの社会の決まりや掟にうんざりし、どうにかしてきた。だが、未来の現代は良い社会だ。
(もう僕に手伝いを求める人なんていないだろうし、たぶんご先祖様は魔法使いであることには、こだわらないよね)
魔法使いを辞めた所で化けて出てくる先祖はいないと確信してから、
「……分かった。決着をつけよう」
イリアルの申し出を受けた。
すると、隣に座るカレアラが軽くツッコミチョップをして、レイの三角帽子を潰した。
「勝手に決めるんじゃないわよ。レイが魔法使いじゃなくなったら、誰が私をパワーアップさせるのよ」
「え~っと、それは……何とかするよ」
笑顔で提案するが、そんなものカレアラは無視だ。
「私も一緒に出るわよ。レイを負けさせるわけにはいかない」
「コスモスも出る! パパはコスモスが守る!」
勢い込んだコスモスも両手を上げて参戦を表明する。彼女はともかく、カレアラが敵になったことに、イリアルはちょっと動揺する。
「わ、分かった。いいだろう。ならばこちらも相応のパーティをそろえよう」
イリアルは席を立って最後にレイを指さし、
「覚悟しておけ」
強気な態度で去って行った。そんな彼の背中を見送って、
「しかし、一晩で天使をまとめ上げるって、イリアル君の父親って誰なの?」
「調べてみる?」
カレアラが携帯を操作して、学生データからイリアルのステータスを出して、プロフィール欄を見る。
「ミカエルだって」
天使の長の名前を聞いて、レイは思わずコケた。
更新が遅くなって申し訳ない。ちょっと他の作業をやっていたもので。
まあ、とにかくイリアルと戦う流れにはなりました。そして、レイが狙われている理由は「非常識」であるがゆえです。せっかくみんなが猫だと思っているものを、檻に閉じ込めた人食い虎だと気づかせる必要はないってことです。
魔法に常識とか「笑止!!」と私は思いますけどね。
次回は少しのんびりした話にしましょうかね。レイの昨日までの話とかイリアルのパーティ集めとか。
それではまた次回。




