課題達成。カレアラ、レベルアップ
雲の中はひどい環境だった。入った瞬間、あまりの暴風に飛ばされかかったが、すぐにレイがホウキに魔法力を込めると影響がなくなった。
相変わらず非常識だとカレアラが思いながら、レイは雲の中を進む。その間に、彼女は雷について調べた際に載っていた雷雲について思い出す。
(確か雲の中で激しい上昇気流が生じて、氷晶と霰や雹がぶつかる摩擦によって電気が発生し、上に正の電荷が溜まって、下に負の電荷が溜まるのよね…………でも)
移動する途中、雷光が近くで発生する。カレアラは生きた心地がしなかった。
「どうしてこんな所に来なきゃいけないのよ!」
つい声量を上げてレイの耳元で怒鳴ってしまう。振り向いた彼は平然とした表情で、
「これ以上ないほど、ここが雷の魔法にとって好条件だからだよ」
「はぁ!?」
「特性を活用する今の魔法は込める魔法力の多寡じゃなく、周囲の状況によって威力が増減するんでしょ。なら、雷が生み出しやすいこの環境なら、カレアラさんの魔法の威力が自然と上がる」
例を出すと、風の強い日は風の魔法が強くなるし、影が大きく濃ければ影の魔法が強くなる。レイの言う通り、雷雲の中ならば雷の魔法が強くなる。
「状況を味方にした――いわゆる『会心』の魔法は魔法使いにそれほど負担がかからないらしい。ここでなら、反動で怪我をすることなく、疑似的に僕が魔法力を加算した魔法を体験することが出来るはずだ」
カレアラはレイに魔法力を加算してもらった魔法をコントロールできなかった。さらにその時、自分自身もダメージを負ってしまった。彼女は衝撃的に驚いた。的外れどころではない。問題に則した的確な課題だ。
「どうして、そんなに今の魔法のことや雷の魔法について知っているのよ!」
叫んでから、カレアラは思い出した。レイは古典の教科書の後、属性の教科書を熱心に――ジョギングに誘っても断って(体力的な問題だというのもあるが)ずっと読み込んでいた。
(興味があっただけじゃ、なかったのかも)
レイの背中のマントをギュッと掴むと、ちょっと心強く少し安心できた。
「下に行って」
「今回は的当てと違って早いね」
生意気なセリフに対し、カレアラはレイの後頭部にツッコミチョップをする。
「あまりに手におえないからやれることが少なくって、迷えないのよ」
快活に笑って答えた。
下方についてカレアラは深呼吸を一つする。そして、不安を拭うように自分の考えを口に出す。
「負の電荷が溜まっているここで魔法を使えば、負の電荷を帯びた雷が出来る。それを上方の正の電荷にぶつければ雲の中は中和される。そして、その過程で原因となる氷晶や雹・霰を吹き飛ばす」
「上手く上まで行くかな? 五十メートルやそこらじゃないよ」
「正と負で引き合うから大丈夫よ」
カレアラは雷球を強くイメージし、魔法を使い始めた。バスケットボールサイズをイメージしたのに、出来たのは大玉サイズだった。あまり状況による『会心』の魔法を使ったことがなかったカレアラは驚いたが、暴発するようなことはなかった。
何度も繰り返し、威力の上がった魔法の制御を感覚で覚えていく。
負担が少ないとは言え、根気と集中力が必要となる作業だ。カレアラは回数をこなすごとに集中力を上げ、没頭していく。しかしやはり、疲労は確実に溜まっていく。額に浮かぶ玉の汗が、頬を伝って胸元に落ちる。
そして魔法力の残量から、最後になるかもしれない雷球を作り出した時、それまで置物のようだったレイがいきなりカレアラの手を掴んだ。そして、魔法力を送り込む。
カレアラがレイの行動に驚いたのは一瞬。すぐさま暴れ出す雷球に意識を集中させる。
暴れ方がとんでもなかった。綺麗な球だったのに歪になり、膨張する速度が激しい。雷球の周りに立つ放電が、いつ牙をむくか分からない。
以前のようにコントロールできず周囲を破壊することになれば、一巻の終わりだ。
苦しげな表情のカレアラは、歪な形が実は水滴状なことに気づいた。放電の割合が上に集中している。これほどの状態になってもまだ、通りやすい順路を取る特性と、異なる電荷の方に引き合う特性は残っている。
もう、全てをコントロールすることは出来ない。だが、抵抗の無い方へ流れを促すぐらいはできる。
内側から膨れ上がる雷球に向けて、カレアラは腕を突き上げた。
雲の外で待っていたコスモスは、天空に突き刺さる轟雷に目を焼かれた。
しばらくして目を開けると、雲の上半分が吹っ飛んでいた。
そして、カレアラを抱きかかえて雲の中から出てきたレイを迎えた。
目を覚ましたカレアラは、自分にマントがかけられていることと、コスモスの背の上にいることに気づいた。
「ドラゴンは自分が認めた人でなければ決して背に乗せることはしないんだよ」
声に反応して起き上がると、そこに背を向けたレイがいた。
「僕の一族は天使に狙われている。どうやらそれは、七〇〇年経っても変わらないらしい」
真剣な声で語り始めた様子から約束の話だと感じ、カレアラは黙って聞く。
「天使達は敵に容赦しない。僕は昔、天使にさらわれ人質になった。その僕を助けるため父は死んだ」
聞いていたカレアラとコスモスは衝撃を受けたが、話している本人の様子はいたって変わらない。そのまま、レイは話を続ける。
「僕を倒すためにコスモスやカレアラさんを人質に取ることも考えられる」
いきなりバイト先に押しかけて迎えに来たのは、それを心配してだったのかとカレアラは分かった。
「だから、カレアラさんには強くなってもらわなければいけない。それが無理なら、離れようと思った」
隠していたことを聞いて、カレアラは顔に手を当てて渦を頭上に浮かべる。
「…………ホントに面倒に巻き込んでくれてるわね、まったく」
「僕もまさかまだ狙われるとは思わなかった」
レイも嫌そうな疲労タップリのため息をつく。
「そこまで目の仇にされるって……魔神の封印を解いた先祖のせい?」
「いや、それだけじゃないよ。僕の一族は人を亜人にしたり、罪人を生かそうとしたり、依頼で人を殺そうとしたり、摂理や道理を捻じ曲げてきた。それが大層彼らは気に入らないらしい」
「そりゃそうでしょ!」
絶叫ツッコミをしたが、肩ごしに振り返ったレイの視線で勢いが消失した。常に柔らかだったレイの視線が鋭くカレアラに突き刺さる。不覚にも、彼女の鼓動が大きく一度打った。
「種族の違いで愛し合う二人を引き離してもいいって言うのか。嫁を襲おうとした父を殺した男を、父殺しの罪で死刑にしていいって言うのか。自分が老け込み、若さに嫉妬して姫を殺そうとする女王を見過ごせって言うのか」
静かな声だったが、強さに押されてカレアラは声を出せなかった。
童話ぐらいでしか聞いたことがないような話。現代ではとても信じられないが、レイは大マジメだ。そういった時代に、彼はいたのだ。
「なら、種族を変えよう。なら、火あぶりの火を冷やそう。なら、女王のヒステリーが治まるまで姫の死を偽装し、仮死状態にさせよう。その結論を実現させるのに、僕達は心血を注ぎ、時には魔神の力も借りた。その行動を僕は非難するつもりはないし、誇りに思う」
レイは歯ぎしりをするほど強く歯噛みし、爪が白くなるほどの力で杖を握りこむ。
「だが、天使達はそれが気に入らないと言う。産まれてきた生を否定することは許されない。他種族の掟には関わるな。社会の秩序を守れ。罪人は裁かれなければいけない。人を殺そうとする行いは悪だ…………自分から動こうとしない保守的なあいつらは、人のアラばかり見つけ、杓子定規な考えで全てを決めつけている!」
杓子定規――融通のきかないやり方と聞いて、魔法力が少ないから魔法使いには向いていないと周囲に言われているカレアラは、心情的に天使よりレイの方に傾く。
背中を見せて肩を震わせていたレイは少し黙って、夜空を見上げて息を吐き、肩から力を抜く。そして、体ごと後ろを振り返ってカレアラと向き合う。
「みんな、その後は努力と苦労したと聞いたよ。種族が変わった後の生活。罰から逃れても残る罪。仮死状態で体に異常は無くても過ぎてしまった時…………」
レイは目を軽く閉じてから、ニッコリとカレアラに微笑む。
「カレアラさん、僕はあなたに手伝うと言ったでしょ。それはね、魔法使いでしかない僕達には、問題を解決させることはできないからですよ。僕はあなたの魔法力を根本的に上げることはできない。魔法力を上げたり、僕が渡した魔法力を制御させたりするのは、あなたが努力するしかない」
言われるまでもないと、カレアラは強く頷く。
「コスモスだって、怪我を治したのは僕だけど再び飛べるようになったのは彼女が頑張ったからだ」
『でも、パパは飛び方の練習にも付き合ってくれた』
レイは優しくコスモスの銀の鱗を撫でる。
話を聞き終わって、カレアラは腕を組んで首を捻る。
「……ねえ、それでどうしてまだ天使に狙われるのよ?」
聞かれて、レイとコスモスに疑問符が浮かぶ。
カレアラは腕を解いて手を開く。
「もう今は異種族間の結婚は珍しいことじゃないし、しっかりと法整備はされて規律正しい社会になっているじゃない。レイの出番なんて無いわよ。魔法力の受け渡しや怪我の手当てぐらいでグダグダ言われたら堪ったものじゃないわ。ちゃんと説明すれば分かってくれるんじゃない?」
「いや、それでも襲われた」
「何でよ」
少し怒り気味に聞かれて、レイは困ったように指で頬をかく。
「それが分からないから手がないんだ。とりあえず、カレアラさんもコスモスも天使に絡まれたら適当にあしらってほしい。手を出したりしないようにね。恨みを買ったら長いよ」
気にくわない様子で、カレアラは嘆息する。
「子々孫々七〇〇年も恨まれたくないわよ」
『パパがそう言うなら、分かった』
だが、そう言っていた三人は、来週の宝闘祭でイリアル率いるミスリム、リュサックと戦うことになるのだった。
肝心な所はまだちょっと秘密。ということで、童話の魔法使いみたいなことをやってきたロッド家の人達でした。
次回からはレイについて書いていこうと思います。
それでは、また次回。




