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唯一の妃  作者: 織方 終
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国王夫妻と王妃の弟 上

「わたくし、美しいものが大好きですの。美しいものに囲まれて、毎日美しいものを眺めて暮らしたいのですわ」

「……」

「その点、レザリオ陛下はわたくしの知り得る最も美しい男性です。ずっと見つめていたい……」

「……」

「これ以上の眼福はないと、リーシア様もそうお思いになりません? 眼福と言えば――」


 リーシアの困惑を他所に、目の前の女性は思いの丈を言い募っている。

 これも王妃の仕事と割り切ってはいるのだが、およそリーシアの感覚では理解できない発言の連続であった。



「ああ、君も会ったの? あの娘、ちょっと強烈だよねぇ。ああいう感性でものを言う相手は苦手だなぁ」

「会話が成立しませんでした」

「あれは向こうが特殊なんだと思うよ」


 リーシアの視線の先にはレザリオの横顔がある。

 相変わらずレザリオの執務室で机を並べて仕事に励むことが多い二人である。空いた時間にはレザリオの書類整理を手伝ったり、自らの仕事の進捗状況を報告したりと、この部屋にリーシアがいることが今ではごく当たり前となっている。


「……側妃も悪くない気がしてきました」


 側妃は全員お断りの方針を掲げたリーシアではあるが、レザリオが最高難度と言うだけあって手こずらされていた。正直なところ、最高難度に挑む理由などリーシアの心情以外にはない話であるため、妥協も一つの手である。実際レザリオはリーシアがどこに妥協点を見いだすか――要するに側妃を何人まで許すか――を推測していたぐらいであり、まさか妥協しないという答えになるとは思っていなかったらしい。

 理性的な話し合いならばそれなりに経験を積んできたが、それが通用しない相手にはやはり圧倒されてしまう。こればかりは経験よりも相性の問題と言えるだろう。

 話が通じない相手の説得という先の見えない――しかも無駄骨になる可能性が高い――苦労を思うと弱腰にもなる。


「いやいやそこは揺らいじゃダメだから。苦手な相手でも逃げないの」

「陛下も苦手だから人に押し付けたのでしょう」

「そうとも言うね。いや、女性同士なら通じるものもあるかなぁなんて」

「残念ながら通じませんでした」

「手強い相手と戦ってこそ一皮剥けるものだよ、たぶん」

「剥かなくていい皮もあると思います」


 軽口を叩き合いながらも、二人の手は書類の整理を続けている。


「俺もハルジオたちみたいなのに憧れてるんだよ? 一応」

「……陛下と私で? 殿下とファウナ様のように?」

「……うん、無理だね」

「無理ですね」


 ないものねだりをしても仕方がない。

 残念ながらかわいらしい反応を返す技術がリーシアには圧倒的に足りない。

 たとえばレザリオが甘い睦言を囁いたとしよう。彼が実際そんなものを囁くかどうかはこの際置いておく。

 ぽかんとするか、呆れるか、熱でもあるのではと心配するか――頬を染める、という選択肢がまず存在しないのである。睦言の内容によっては青褪めることはあるかもしれない。

 どちらか一方の所為というよりはお互い様という言葉がしっくり来る。

 レザリオが他の妃を迎えたからと言ってリーシアに対する態度を変えることは考えにくいが、しかし何の影響もないとは言えないだろう。人間である以上、いかに理性的な人間でも心はままならないものである。信頼や親愛はこの一年でそれなりに培われてきたが、夫婦としての絆はまだまだ弱いと言って差し支えない。その点に絞って考えるならば、側妃など迎えている場合ではないのである。



「あ、そうだ。弟くん、いつ来るって?」


 リーシアの弟、ルアークからの手紙が届いたのは半月前のことであった。

 ファラングに降伏したシグルムの貴族たちは、元々の爵位から一つ格下のファラングの爵位を与えられた。シグルム以前に併合された地域の貴族たちは二つ格下げとなっている――これはその地域の元王族をファラングの貴族として飼い殺すため、それでいて公爵位を与えないためである。王族に次ぐ地位である公爵位にあるのはファラング生粋の貴族のみとし、国内貴族の反発を軽減する狙いがあった――ため、十分な温情措置と言える。

 ただ一家、ファラング王妃となったリーシアの生家であるカトルディ侯爵家だけは同じ家格を与えられた。これはもちろん王妃への配慮ということもあるが、歴代のファラング王の正妃に伯爵家以下の出身者がいない、という理由からでもあった。複数の妃を娶ることが普通とされ、正妃の座が政略的に最も有意義な者に与えられることが多いのだから、家格の低い正妃が存在しないのも頷ける。

 ファラングに降ったことで、シグルムにおいてもかつては非とされていた一夫多妻が容認されはじめた。解禁された反動とでも言うのか、主に貴族の間では複数の妻を娶ることが大流行中である。

 さて、ファラング王妃の弟であり、カトルディ侯爵家の次期当主であるルアークは頭を悩ませていた。

 王妃の生家としてカトルディ侯爵家は無視できない存在である。未婚の彼には現在縁談の申し込みが殺到しているのであった。

 姉がシグルムの元王太子に婚約破棄されたという事情から、煽りを受けて彼自身の婚約もなかなか調わなかった。その姉が今やファラングの王妃なのだから人生は分からないものである。おかげでルアークは再び煽りを受けているのだが。

 王妃の生家と言えど、下手な相手と結びつけば不穏分子として危険視されかねない。シグルム内はもちろん、ファラングに征服された地域の元王族や貴族と縁を結ぶことも疑いを招くおそれがある。最も望ましいのはファラング生粋の貴族との縁談だろうが、シグルムはファラングの版図拡大の最終目的地、つまり現在はファラングの領土の端に存在する。言ってみれば辺境の地である。当然ながらカトルディ侯爵家にはリーシアを頼る以外にファラング貴族との伝手がない。

 ここはやはりファラング国王夫妻の意向を確認するのが先決と考えたルアークは姉に宛てて手紙を認めた。それについて夫と協議したリーシアは、一度ファラング王城へ来るようにと弟に返信したのであった。


「今朝届いた手紙では、すぐ出立できると」

「お、いいね。じゃあ早い方がいいか。非公式だし、家族と会うのに大仰な手続きするのもね?」


 政務や公務に忙しい国王夫妻と謁見するためには本来様々な事務手続きが必要となるのだが、「家族」という一言でそれらをすっ飛ばそうとするレザリオにリーシアは呆れた視線を向けた。


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