9. ケイスネス伯爵邸
「君達の受け入れ先のケイスネス伯爵家に行くから、とりあえず在宅の夫人に挨拶して欲しい」
「あの、サーシャはどうなるのでしょう?」
「もちろん、受け入れてもらえるよ。猫の顔見世もしないといけないね」
「その、これは一時的な避難なんですか?」
「うん……今回の件で、ノッティンガム伯爵も今後君を守る事は出来ないと判断した。お母さんの苗字を名乗れなくなるのは申し訳ないけれど、ケイスネスの家名を名乗ってもらう事になる」
「伯父はいつかこうなる事を見越して私に社交をさせなかったのでしょうか?」
ライオネルは視線を壁にやってから答えた。
「伯爵の本音は分からないけれど、ケイスネスの家もそこまで社交に力をいれていないから、外に連れて行かれて心細い気持ちになる事は無いと思う。ただ、とても仲の良い家々があるから、顔を覚えて貰えれば力になってもらえると思う」
「そうですか……色々すみません」
「良いんだ。義兄も心配していたから、今度彼が帰って来たら、話をして欲しい」
「はい。もちろんです」
辿り着いた邸宅では、門前で一度止まった後、壁を越えてからまた一度停車した。
「手続きが大変なんですか?」
「ははは。二重の門になっているんだよ。理由はすぐ分かるだろう」
「……」
正面玄関の前でライオネルがまず降り、私に手を差し伸べてくれる。その手に引かれて馬車を降りる。同乗していたいつもの侍女らしき女性が、サーシャが入った籠を渡してくれる。
「猫を出して、一緒に挨拶しよう」
「はい……」
籠からサーシャを抱き上げる。
扉の前ではそろそろ老齢に差しかかった女性が、侍従を伴い待っていた。
「夫人、こちらがお願いするノッティンガム伯爵の姪、エレナです」
「エレナです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
夫人は穏やかに微笑んだ。
「ケイスネス伯爵ウィリアムの妻、オリビアです。これからよろしくね。猫ちゃんの名前も教えてくれる?」
「あ、はい。サーシャです」
オリビア夫人は近寄って来て、優しい手つきでサーシャを撫でた。サーシャが思わず目を細めた。
「下ろしてあげて?」
「あ、はい」
サーシャを下すと、玄関の扉の隙間から白い長毛種の猫がゆっくり歩いて来た。わぁ、高そうな猫。しかも歩き方が気品にあふれている。
私の足元に歩いて来るその白猫を警戒して、サーシャが間に入り、口を開いた。白猫は手慣れた様子で、前足でサーシャをひっくり返した。そのままサーシャの胸を舐め始めた。
サーシャをもらった時の事を思い出して、私はどきんとした。母猫が他の子猫の毛づくろいをしている隙に、飼い主は子猫のサーシャを渡してくれたんだ。ごめん、サーシャ。もっとお母さんに甘えたかったよね……そして、良かったね。毛づくろいしてくれる様な猫に出会えて。
じたばたしているサーシャを上手に抑えて毛づくろいをしている白猫の横を、もう一匹の猫、茶虎がすり抜けて私に近づいた。サーシャは本気で白猫を押し退け、その茶虎と私の間に身を入れたけれど、今度も茶虎にあっさりとひっくり返された。
サーシャの方が小柄だから……ごめんね、サーシャ。うちが貧乏だったから、あまり身体が大きくならなかったんだね……
茶虎がサーシャを抑えている間に、白猫が私の足元に近寄った。ケイスネス伯爵夫人のオリビアが口を開いた。
「その子がここの猫たちのお母さん役のアデラインなの。撫でてあげて?」
「はい……」
私はしゃがんで白猫アデラインに話しかけた。
「私がエレナ、あの子がサーシャなの。これからよろしくね」
そう言って私は白猫を撫でた。
白猫は目を細めた。今日出会ったばかりの猫をしつこく撫でたら嫌がるだろうから、私は少ししたら手を離した。白猫はふーん、と言いたげな顔をして、玄関の中に入って行った。
「あの子に認められたら、この家でやっていけるわ。ようこそケイスネス家へ。歓迎するわ」
「ありがとうございます」
茶虎はサーシャの上からどいて、白猫の後を追う様に私を横切っていった。私は茶虎に向かって小さく手を振った。茶虎は少し顔をこちらに向けたが、そのまま歩いて行った。サーシャがその子と私の間に割って入った。私はまだ息の荒いサーシャの背中を軽く撫でてあげた。
とりあえず私がケイスネス家に受け入れられるのを見て、ライオネルは帰って行った。
侍女が私を本館の2階に案内してくれた。侍女に付いて私が歩き、その横をサーシャが歩く。その後ろを私の荷物をもったメイド達が歩く。2階の廊下の端には、一段高い小道が作ってあって、その道を鯖猫がのそのそと歩いていた。
「あの、これはもしかして?」
「ええ。キャットウォークですよ。掃除の時にこちらにどいてもらうんですが、我の強い子はまた廊下に戻ってしまいます」
サーシャは割と言う事を聞いてくれる子だけど、きかん坊もいるのだろう。猫だしね。
こうして、私は初めて貴族家の2階に部屋をもらった。




