8. 避難
「殿下、エレナは僕が避難させます。証言はいらない方向で処理をお願い出来ますか?」
「君の名前は使うが、良いか?」
「クィーンズベリー侯爵家の責任で保護します。そう伝えてください」
「分かった。後日王家で聞き取りはあると思ってくれ」
「付き添いは絶対に離れないという条件があれば」
「過保護だねぇ。まあ、そう伝えるよ」
「お願いします」
殿下と短い打合せをした上で、ライオネル・クィーンズベリーは私の手を取って馬車乗り場へ歩き出した。もちろん、その後ろにはいつもの侍女らしき人が付いて来る。
「その、避難というのは?」
「もちろん、君の能力が発覚した時の為に、避難先の準備をしていたんだ。君が僕を魔法で呼んだ時、話していたのは君の伯父で義父のノッティンガム伯爵の侍従だった。彼はノッティンガム伯爵の出先に連絡に行ったから、基本的には拒否されないと思っている」
「……その、隠したかった事は確かですが、避難が必用なほど大袈裟に考えているのですか?」
「もちろんだ。今、学院にいる生徒達の魔力は、我が家でほぼ把握している。殿下が火魔法師として学院最強だとすると、君は水魔法師として学院最強レベルだ。もし、何かの権力が君を身内に引き込もうとした時、伯爵家では守り切れない」
「……いずれにせよ、何らかの権力が魔法師を欲しがる事はよくあると母も警戒していました」
「そう言う事だ。ノッティンガム伯爵家も、先代の時から警戒していたのは明らかだ。だから、先の事はともかく、まず避難してもらう」
「その、避難先の方々に迷惑なのでは?」
「だから、前もって話をして、快く引き受けてくれるところを見つけておいたんだ。まず君の家の馬車に一言告げ、その後に君の家から猫を拾って行こう」
「……サーシャと一緒にいられれば心強いですけど、先方に迷惑では?」
「そこは行けば分かるよ」
ライオネルはウィンクをした。
こうして、ライオネルはノッティンガム家の馬車の御者に話を通した。私の顔を見せながら。クィーンズベリー家の馬車でノッティンガム伯爵家のタウンハウスに向かうと、門番には話が通っていた。
離れに向かうと、侍女のメリッサと三人のメイドが木箱に服を詰めていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。学院で事件があったとの事ですが、お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫。もしかして、私の服の準備をしていてくれたの?」
「はい、当主様からのご指示で行っております。明日以降、先方と打ち合わせの上、残りの衣類もお送りいたします」
「ありがとう」
その場に伯父にして義父のノッティンガム伯爵フィリップがやって来た。
「……こうなってしまっては、私と伯爵家ではお前を守ってあげられない。そもそもお前を守る為に大した事が出来ずに済まなかった。私に出来た事は、お前を隔離しておく事だけだった」
すまなそうな顔をした伯父に、私は答えた。
「いえ、サーシャと共に暮らせただけで充分です。感謝しています」
「妹にも……お前の母にも、充分な支援が出来なかった。本当にすまなかった」
人は、年月を過ごすにつれ、思い出と共に後悔という重荷を次々と負う事になると言う。それを口にするのは、許されたいからだとも言う。伯父が本当に謝りたいのは私ではないけれど、その人はもういない。だからその人の娘である私が応えるべきだ。その人はあなたを恨んでいないと。
「そんな事はありません。見守っていていただけただけでもありがたいです」
「妹が最後に一緒に過ごしたお前とも、猫とももっと触れ合いたいと思っていたのだが、私は猫を飼った事が無くてな。迷惑をかけてしまうかと遠慮していたんだ」
私は微笑んだ。多分、今、母がいたら微笑んだ様に。
「なら、一度サーシャの背を撫でてあげてください」
私は部屋の隅で布に丸まっていたサーシャを抱き上げて、伯父に近づいた。伯父は少し戸惑っていたが、意を決してサーシャを撫でた。サーシャは少し目を細めた。
そうして、伯父は部屋の外に待機していたライオネル・クィーンズベリーに近づいて行った。
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「お気になさらずに。クィーンズベリーの者は、困っている魔法師の力になれる事を、何よりの喜びとします」
私は移動用の籠にサーシャを入れた。
「少しの間、我慢してね」
サーシャは聞き分けの良い猫だった。相手の雰囲気で何かに気づくのだろう。
蓋を閉める前に、侍女のメリッサとメイド三人が近寄って来て、それぞれサーシャを撫でた。4人ともぽろぽろと涙を流しながら「元気でね」とサーシャに告げた。
メリッサは涙を拭かずに挨拶をした。
「未熟者の為、満足なお世話が出来ずに申し訳ありませんでした」
「そんな事は無いわ。今までありがとう」
メリッサ達の涙は、私と別れる事より猫のサーシャと別れる事に対する涙に見えた……まあ、いいや。そんなにサーシャを大切に思ってくれたなら。




