10. アレクシス王子の懸念
エレナのケイスネス家への養子処理が終わるまで、エレナは魔法学院を休んでいた。ライオネル・クィーンズベリーが昼に空いているのを確認して、アレクシス王子はライオネルを昼食に誘った。
食堂2階の個室で食後のお茶を飲みながら、ライオネルは口を開いた。
「お呼びいただいたと言う事は、ある程度捜査が進んだと言う事ですか?」
「ああ。第2王子派の末端の男爵家が関わっていた。もちろん、男爵本人は口を割っていないが」
「抜かりましたね。さっさと王宮に戻らないから、破壊活動に遭うんですよ」
「男爵子息本人も知らんと言っているがね。その日、やつらが歩いて来た時にはそいつも学内にいたよ」
「ただ、あの戦力では殿下の命を奪う事は出来ないでしょう?何か策があったのですか?」
「そりゃあ、学院を半焼させたら私を糾弾出来ると思ったのだろうよ」
第1王子アレクシスは正室の息子で、第2王子ジョージは側室の子だった。単純に後継者争いなら、側室の実家に警告でもすれば良いところだが。
「ゴードン公爵家と教会が第2王子を推していますか?」
「あからさまでは無いがね。父王は妹のジャスミンが目立ちたがるのを煙たがっている」
「正当な後継者もその意を汲んでいると?」
「連中の狙いは明らかだろう?ジョージにジャスミンの娘のルーシーを娶らせて王妃にさせようと言うんだ」
「殿下の婚約者も決まっておりませんが?」
「父はもちろん、血が近すぎるといとこ同士の結婚を嫌がっている。本音は別にあるのも明らかだが」
「陛下と距離がある事は、公爵夫人自身はお気付きで?」
「気付いているからジョージに近づいているのだろう」
「話を変えるが、ノッティンガム伯爵の養女が、同じ爵位である他の伯爵家の養女になる件、ノッティンガム家の評判が落ちているな。クィーンズベリー家の仲介で籍を移しているから、なおさら裏を取り沙汰されやすくなっているぞ」
ライオネルは平然と答えた。
「当家は仲介をしただけで、両家が納得している事です。裏事情は存じません」
「元義姉は事ある毎に義妹を悪く言っていたそうだからな。こうなると立場がない」
「全く根拠のない事なら、ノッティンガム伯爵が言い訳なりすると思いますよ」
「聞いた話では、『残念ながら、実子に誤解があった様だ』と否定はしていない様だ」
「それは残念な事で」
アレクシス王子はじっとライオネルを見つめながら言った。
「この処理について一つ考えられるのは、クィーンズベリー家の嫁となる可能性を残した事かな」
ライオネルは視線を逸らせた。
「……否定はしません」
「もう一つ気付いた事があってな。彼女は『悪意を感じた』と言ったんだ」
「気配でも読みましたかね。そういう能力があるかどうかは分かりません」
「もちろん、顔つきやら仕草で気付く事もあるが、まだ顔を見ていない賊をそう言ったんだ。心は脳内の反応だ。それは水魔法師では見極められない」
「そうですね」
「彼女の母親が魔法学院に通っていたのは我が叔母、ジャスミンと同時期だ。爵位の低い家の娘が目立てば不味い事になる可能性がある。だから本来の能力を隠した可能性はあるが……」
「そうですね」
「ジャスミン叔母は、その頃教会の治療院で派手な活躍をしていた。ところが、父から見れば、妹はそこまで聖魔法が強い様には見えなったそうだ」
「そうですか」
アレクシスは視線を落とした。
「当時、消えた魔法師が何人いたか、そちらでは把握しているか?」
「貴族家から教会に出した令嬢が数人、行方不明になったと聞いています」
アレクシスは皮肉げに微笑んだ。
「やはり調べていたか。因みに父が把握している数字は5年間で平民12人、貴族家から6人だ」
「それは先代が隠した数字では?」
ここで口にして良いのか、とライオネルは仄めかした。
「放っておけば、再び現れかねない数字だ。父がジャスミン叔母とルーシーに距離を取っている理由だ」
先代は関わったから隠さざるを得なかった。現王は発覚したら容赦はしないつもりだ、と伝えていた。
アレクシスは壁を横目で見ながら口を開いた。
「だから、社交界から距離を取った同年代の元貴族令嬢には、表向きでない理由がある可能性がある」
「そうですか」
「能力が発覚すれば、伯爵家では教会と王家から娘を守る事が出来ない。貴族籍を離れ、別に生計を立てていれば、そこから逃げ出しても実家は知らぬ存ぜぬが通せる。父娘が同意して離れたのだろう」
「そういう推測も成り立ちますね」
ここでアレクシスは母親から娘に話を変えた。
「彼女には強い魔力を隠蔽する技術がある。わずか15才にしてそこまで技術を極める理由があるか?」
「本人や母親の性格もあるのでは?」
「しかもその母が亡くなったのは数年前だ。そんな幼い彼女に必死に高い技術を教える理由は何か?」
「既に亡くなった人では、調べようがありません」
「クラレンスがクィーンズベリー家に報告したのだろう?そして詐欺とは、体調が悪いフリをして近づく者を罠に嵌めるものだった。うっかり魔法診断をしたのにクラレンスが気付いたのではないか?」
「兄は絡まれている彼女を途中から助けたので、そこまで詳細は分かりません」
アレクシスは軽い溜息を吐いた。
「強硬に隠蔽するか……まあ良い。それで、本件は彼女に伝えて良いのか?」
ライオネルは瞼を閉じて答えた。
「不安定要素は増やさないでいただきたい。彼女が不安になれば、増々要素が増えます」
「見なかった事にする約束だからな。まあ黙っておこう。但し、いざ事が起こったら、父には報告しないと王家は動けないぞ?」
「その時は父と共に伺わせていただきます」
「教会とジャスミン叔母、そしてルーシーにとって、一番欲しい駒が彼女、という事になるぞ?確かに前もって動けば逆に連中の興味を引く事になるが……」
「だから、ノッティンガム伯も汚名を被っているのでしょう」
「それにしても、ケイスネス家か。あの家とはジャスミン叔母も因縁がある」
「朧げに聞いてはおりますが……」
「王都社交界の猫好きの総本山とされるあの家をやっかんで、夜会でケイスネス夫妻の前で、猫より犬の方が役に立つと論じたそうだ。猫好き貴族がそれ以来、ゴードン家の参加する茶会・夜会に全く出席しなくなった。社交界に流れる噂を払拭する為に、ゴードン公が父に頭を下げて和解したんだ。また手を出せば、今度こそ社交界を二分しかねない」
「あの家と仲間達の結束は固いと言われますからね」
「ルーシーにちゃんと言い聞かせてあれば良いのだが」
「自分の恥を娘に話すタイプでしょうか?」
「恥は隠すタイプだな」
二人は猫と猫好き達に守られるエレナを思い浮かべた。そんな彼等もエレナの守護騎士となりつつある事を、少なくともアレクシスは気付いていなかった。
むかしむかし、原初の海の中で、自分と世界を区別したものがいました。単細胞生物です。それ以来、生き物は内宇宙と外宇宙を隔ててきました。
「最果てから来た少女」ならびに「川は流れる」の魔法理論では、内宇宙の魔力、体内魔法は体外魔法より強いものとなっております。よって、よほど魔力に差がない限り、体内を魔力で見る事は出来ません。水魔法では表皮程度しか診断出来ないのです。その例外が聖魔法と闇魔法となっております。
11話は超短いので10分後に投稿します。




