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6. 魔法学院の日々 (4)

 その日、私は学院の別館にある図書室に寄って、本の背表紙を眺めてから馬車乗り場に移動しようとしていた。そこで護衛を連れた第一王子アレクシスと視線が合った。ぺこりと頭を下げ、通り過ぎるのを待ったのだが……


「やあ、奇遇だね。今日は何か用事があるのかい?」

「いえ、図書室に一度行ってみたいと思って、その帰りです」

「そうか。じゃあ、すまないけど、少し話に付き合ってくれないかな?」


 ライオネルからは、王子に何か悩みを解決してもらうには、代償が必用だと言われている。だから何か悩みを話すのは得策じゃない。とはいえ、王子様に誘われて断る事も難しい。


「その、お話しにはお付き合いしたいのですが、男女が二人で話をするのも問題かと思うんですが……」

「ああ、この小柄な護衛は女騎士なんだ。だから男女が二人で、または女性が一人で男性に囲まれて、等という噂は立たないから安心してくれ」

小柄な方の護衛が軽く頭を下げた。少年の様に見えるけれど、そうか、大人なのに童顔に見えるのは、女性だからか。

「馬車を待たせておりますので、あまり長い話は出来かねますが、とりあえずお付き合いします」


 こうしてアレクシス王子はいつも私とライオネルが座るベンチより奥のベンチへ歩いて行った。

「前回気になったのだけど、地方で遭った詐欺というのはどういうものだったんだい?後学の為に聞いておきたいんだ」

背中に汗が滲んだ。水魔法で治癒が出来るのは隠すべき事かもしれないけど……


「その、通りで体調が悪そうで座り込んだ男性がいて、私は水魔法で簡単な診断が出来るんですが、そうして診てみると、手に負えない状態だったんです。すると、私が何かやったから酷くなったと因縁をつけられたんです」

「ああ、困っているフリをして話しかけた人間を逆に非難して金品を巻き上げようと言うヤツか。色々あるから注意した方が良いよ」

「はい。気を付けます」


 そこでアレクシス王子は目を細めた。

「でも、不思議だね。水魔法で治療・診断が出来るのは熟練した水魔法師なんだ。君はこうして近くにいても強い魔力は感じない。そして、だから伯爵家なのに3組なのだろう?どうしてだと思う?」

「今仰られた通り、魔力は弱いと思います。診断は、母が教えてくれて……貧乏暮らしだから、具合の悪い場所だけでも分かれば、薬を買う時に役に立つだろうと教えられたんです」

実際には軽い治療も教えられたけど、魔法遮蔽の外側で治療は出来ない。現状、治療は出来ないと言うしかない。


「ふむ、では、私の手を診断してくれないか?」

「その、多少は魔力を流すので、王族の方に行うのは問題だと思うんですが……」

「診断だけだろう?問題ないよ」


「では、失礼します……」

私はアレクシス王子の左手の甲に右の手のひらを近づけた。触れない距離から弱く魔力を注げば良いや……途端、私の右手は跳ね上がった。


 護衛二人が腰の警棒に手をかけた。

「ああ、何でもないから、気にしないで良いよ」

それは王子から護衛二人にかけた言葉だった。


 彼の瞳は私を見つめていた。そして、彼の唇は弧を描いた。


「なるほど、ライオネルが君を気にする理由は分かったよ」

アレクシス王子は私が診断の魔法として魔力を注ぐ直前、逆に彼の左手から私の右手のひらに魔力を注いで来た。王族の強い魔力を。私は反射的に魔法遮蔽を強めてしまった。だから、二人の魔力が反発しあって、私の右手を跳ね上げたんだ。


 右腕を下した私の瞳を、アレクシス王子はじっと見つめていた。魔力の反発の強さが、私の魔法遮蔽……この場合は魔法防御になったが……の強さを示していた。本格的に背中に汗が噴出していた。


「そんな顔をされると傷付くなぁ……私は別に、君をどうこうするつもりは無いよ。ただ、無知とは罪なのでね。危険があるなら知っておく必要があったんだ」

それ、私が危険人物って言ってるんだよね……

「だから、そんな顔をしないでくれ。私達は友人だろう?」

友人という事で話に付き合わされて……試された訳で……


「さあ、気を取り直して、君の家の事でも話してくれないか?友人の家庭の事は気になるんだよ」

……だから、この上更に情報を得ようとしているんだよね?それなら聞きたくもない話題を話してあげる。猫好きなめんなよ。


「家族と言うと同居している猫の話になります。彼女が幼い時に、お腹を壊した事がありまして。だからといって砂場で寝かせる訳にもいきません。お腹も身体も温めてあげないといけませんから」

「……えーと、猫はペットであって家族ではないのでは?」

「引き取られた時に伯父、今は義父ですが、伯父に尋ねられまして、猫と離れて母屋で暮らすか、猫と共に離れで暮らすか、そんな質問を受けまして。私は猫を取りました。だから、今も家族は猫だけ、となります」


「なるほど」

「という訳で、仕方なく床の上に布を重ねてその上に寝かせて、布をかけてあげたのですが、度々、匂って来まして。その度に布を代えてあげました。次の日の洗濯が大変でした」

「その、ペットを飼うというのは大変だと言う話?」

「ですから、家族の世話をした話です」


「その、メイドが洗濯が大変だったと言う話?」

「いえ。当時は私と母は平民でしたので、使用人はいませんから、家事は二人で分担していました」

「ああ、なるほど。でも、家事もしてペットの世話もするのは大変だったんじゃないか?何故そんな無理をしたんだい?」


 ぐ、それを話さないといけないか。私からした話なのだから仕方がない。

「多分、母は遠からず自分が亡くなる事を悟っていたのではないかと思います。猫が2才になって、ある程度丈夫になった頃に、母が亡くなりましたから」

「ああ、不躾な事を聞いてしまったね。すまない」

「いえ。おかげで一人にならずに済んでいます」


「あ、そう言えば馬車を待たせているから、長話は出来ないんだったね?」

私は立ち上がった。

「そうでした。今日はお話しを聞いていただいて、ありがとうございました」

私はぺこりと頭を下げた。

「ああ、また話をしよう」

「はい。それでは失礼します」


 ぱたぱたと小走りで去って行くエレナの背中を見ながら、アレクシスの口元は緩んでいた。

(猫の話をし出したら、時間を忘れて、私の事を警戒していた事すら忘れてしまっているとは。まだ精神的に幼いのだろう)

 私の作品世界の魔法理論は、初めてのハイファンタジー作品『最果てから来た少女』の魔法理論をほぼ踏襲しています。


 空間に『魔法子』という魔法を介在する量子的なもの(魔素に相当)があり、魔法師は神経系を通して身体の一部から放出された魔力で魔法子を操って物理的な干渉を行います。当然、ある空間の魔法子は、より強い干渉力を持つ魔法師が支配します。


 ところが、今回、王子が支配していた魔法子による魔法干渉は、エレナの体表に展開している魔法遮蔽、この場合は魔法防御に阻止されました。強い波に壁が動かされた現象でした。


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