4. 魔法学院の日々 (2)
ライオネル・クィーンズベリー侯爵子息には、侍女ジェニファー・ベンスが付いている。家では侍女、魔法学院でも連絡役・補助役として同学年に通っている。彼女はクィーンズベリー家の跡継ぎに付けられるだけあり、魔力も優秀なので、子爵令嬢であるのに伯爵家の子女が多い2組の生徒だった。
「2年2組ではノッティンガム伯爵の長女セイディ嬢がエレナ嬢の悪評を振り撒いております。食事に出てこない、社交もしない、困って父が離れに押しやったと言っています」
半目になったライオネルが溜息を吐いた後に言った。
「エレナの言う事とは異なるね……」
「食事を共にしていないのは事実なのでしょう。社交をしないのは誰の意思だかは分かりません」
「とかく実子は養子を見下しがちだけど、悪評を振り撒くのはどうかと思うね」
ジェニファーは半目でライオネルを見ながら言った。
「養子を見下されているので?」
「生前、祖父は強面だけど温和な人だったし、父も普段は穏やかだが厳しい面もある。その二人が選んで養子にした人間を見下す事など出来ないだろう。能力・人格共に優れていなければクィーンズベリーの名を名乗る事を許す筈も無い」
「それを聞いて安心いたしました」
「大体、どう見ても義兄の方が僕より人が出来ている。あの人を真似て何とか僕も人並みの人格に見える様になったんだ」
「よくクラレンス様に諭されておられたのを覚えております」
「子供だったんだから仕方が無いだろう?」
「話を戻しますと、セイディ嬢はエレナ嬢の魔力の低さも伯爵家に相応しくないと言っています。他家への嫁入りが出来ずに家を出た母親の子だけはあるとも言っています」
「見た事もない他人の親を貶すのはさすがに問題だと思うけれどね」
「多分、ノッティンガム伯爵から夫人にはその様に伝えているのでしょう。それを子供にそのまま伝えているのではないでしょうか」
「まあ、真実が家庭内にも伝わっていない事が事の重大さを示しているね」
「エレナ嬢とのお話には充分な気配りが必用と考えます」
「分かっているよ」
昼休みには、学院裏の林でエレナ・ノッティンガムと食事をしながらお喋りをするのが習慣になった。
「サーシャが昨晩、夕飯の皿をひっくり返してしまって、こぼれた具をサーシャが口に入れようとするから抱えて移動させたんです。侍女とメイドが片づけたり、カーペットを拭いたりしてくれて、お詫びとお礼を言ったのだけれど、『お嬢様のせいではありません』と気にしない様に言ってくれて。サーシャはそっぽを向いていたんですけど、耳を少し伏せていて。悪かったとは思っている様でした」
「侍女もメイドも、猫に理解のある人達で良かったね」
「ええ。いつもサーシャに良くしてくれているんです」
「この間も、サーシャが砂のトイレ以外のところで粗相をしてしまって、そうしたら『何か体調でも悪いのでは?』と寝床用の布を余分に持って来てくれて。夜にサーシャが寝た後にかけてあげたら、朝には振り払っていたみたいです」
「何もなかったの?」
「粗相をする度に心配していたら、猫とは暮らせませんよ。もっとも、あの子がもっと年をとったら、そういう心配もしないといけませんけど」
そんな話をしていると予鈴が鳴った。
「長く話してしまったね」
「お話しを聞いてくださって、ありがとうございました」
「気にしなくて良いよ。友達じゃないか」
「はい。ありがとうございます」
エレナは先に教室に戻った。二人が肩を並べて人前で歩くのは、彼女の悪い噂を流している者がいるため、避けた方が良い。だからいつもエレナが先に移動した。
笑顔でそれを見送った後、ライオネルはベンチに腰かけて項垂れた。
「若様」
ジェニファーの言葉に力なくライオネルは答えた。
「彼女の心の水面には、猫の歩いた後の波紋しか残っていないんだ。もっと人間同士の思い出を残してあげたいと思わないかい?」
「そのお言葉に責任をおとりになるつもりがあるなら、止めはしません」
「実子が悪い噂を広めているだけでは、引き取る事は出来ないと父は思っているんだ。ノッティンガム伯爵も、下手にエレナと実子達が触れ合って、何かを感づかれたらいけないから放置していると思うんだが。でも、出来れば早く、良い環境に移動させてあげたい」
「無理をなされば、あらぬ疑いをかけられます」
「あらぬ疑いではないから、余計に困るんだよなぁ……」
「魔法遮蔽の下には、それほど大きなものが隠れているとお考えで?」
「義兄さんは魔法遮蔽が止まった場を見ているんだ。その上で何時でも保護出来る様にと言っているんだ。疑う理由は無いよ」
「私にも遮蔽の下は見えません」
「僕にもだ。このクィーンズベリー家の跡継ぎにも悟らせない技術、そこまで娘を鍛える母親、それだけでも重大性が分かる筈だよ」
「仰る通りです」
「3組になったのは幸運だったよ。第一王子殿下が1年1組にいる。2組くらいなら顔を出す事もあるだろうが、下位貴族クラスの3組には顔を出さないだろう」
「あの魔法遮蔽に気付かれる様だと、問題とされる可能性がありますが」
「下位貴族に囲まれていれば、中々気付く事も出来ないと思うよ。多分」
「若様、そろそろお時間です」
「ああ、急いで戻ろう」




